燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第一章

ドワーフ、唐突すぎる告白に戸惑うのこと

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「――もう行かれるのですか、名残惜しいですな」

「ええ、先を急ぐ身ですので」

 エクセ=リアンは村人たちに、ぺこりと頭を下げた。
 目指す目的地は、まだ先である。
 せめて馬でいかれてはどうかと、親切に村人は馬車を進呈しようとした。
 ダーたち一行は、その申し出を丁寧に断った。
 ありがたい話だが、このような小さな村では、馬車は必需品といっていい。それを頂戴しては彼らの生活が立ち行かなくなる。そう考えてのことだった。

「なんと奥ゆかしい冒険者たちだろう」

 そう感激してくれた村人たちは、なにやら協議をはじめた。
 どうしても何か受け取ってもらいたい。そんな意思がひしひしと伝わってくる。
 やがて会議は決し、村長がなにやら、小さな樫の木箱を持ってきた。
 聞くと、それは村長の家に代々伝わる、村の宝だという。
 それも断ろうとしたが、「恩人に何もできないのは犯罪も同じだ」と力舌する彼らの前で、断るのは難しかった。
 その木箱だけは受け取ると、名残を惜しむフルカ村の住人に手を振って、ジェルポートの町へと向かった。

「ダー、村人から渡された木箱は何でした?」

「うむ、開けてみたが、なにやら青い球体だったわい」

 ダーはごそごそと背嚢から、ぴかぴか光る珠をとりだした。
 掌にすっぽり収まるサイズの、青い色をした綺麗な球体だった。

「村の宝だと言っていましたね。大切に使ってあげるべきでしょう」

「そうじゃの、細工を施して、武器にでも埋め込んでみるか」

 豪快な性格から忘れられがちだが、ドワーフであるダーは細工物は得意なのだ。

 ダーは新たに仲間になった冒険者たちから自己紹介を受けた。
 三日も村へ逗留していたので、ある程度はすでに顔なじみとなっているが、なにごともきちんとした形式は必要なのである。ちなみに三人とも種族は人間だ。

「――私は、ルカディナ・セロンと申します。ルカとおよび下さい」

 栗色の髪をした女の僧侶が、ていねいに頭を下げた。
 ふわふわした髪の毛が特徴的な、笑顔のかわいい娘だ。
 いかにも聖職者らしい、紺を基調に白のラインが入った服で統一している。
 割とタイトなデザインで、身体の線が浮き出て見える。
 回復と援護の奇跡を専門とするが、死者を蘇らせることはできないそうだ。

「それはむしろ、死者に対する冒涜ですから」

 彼女の入信しているセンテス教は、そういう教義なのだろう。
 ダーは逆に死者を冒涜する連中も知っているが、あえて何も言わなかった。
 こんなところでわざわざもめる必要もないことを、彼らより長く生きているダーは理解していた。

「オレはコニンだ――コニンと呼んでくれ!」

 やたら威勢のいい、黒髪でショートカットの弓矢使いがいった。

「当たり前じゃ、他に呼びようがあるか」

「オッサン、それはいいっこなしだぜ」

「オッサンではない、ダー・ヤーケンウッフじゃ」

 元気のかたまりのような娘だった。
 髪は短く、硬そうであまり手入れをしていないようだ。
 かわいい男の子といっても通じそうだが、着ている緑のチュニックには、ちゃんと女性らしいふくらみがある。
 フルネームはなんというのかを問うても、コニンでOKだという返事。
 なぜ自分のことをオレと呼ぶのかも聞いてみたが、
「オレはオレなんだ。だからオレでいいんだ」という、禅問答のような答えしか返ってこないので、それ以上詮索するのは諦めた。

 さて、最後は大きな女戦士の番だ。

「………クロノトール………」

 それが名前のようだった。しかし――でかい。
 ダーが小さいせいもあるが、身長は二メートルはあるのではないか。
 しかも、伝説とまで言われたビキニアーマーを装着している。
 どこからどう見ても切り傷だらけになりそうな格好だった。
 鋼のように鍛え上げられた肉体には、それを示す傷跡がいくつも残っている。

 その彼女が、突如として驚くべき行動に出た。
 いきなりダーをひょい、と担ぎ上げたのだ。
 ダーは重い背嚢や大きな斧を背負っている。信じられない膂力であった。

「おいこら姉ちゃん何の真似じゃいはなさんか」

 クロノトールは、ダーを自分の顔の前まで持ち上げた。
  二人の目が合った。

「………………………………」

 長い沈黙がおりた。

「―――なにか言え」

 さらに長い逡巡のあと、

「………………好き……………」

「はあああああああっ!!???」

 この唐突な告白に、一同そろって大声を上げた。
 まったく意味が分からない。

「大きなお嬢ちゃん、冗談は剣を頭上からまっすぐに振り下ろし」

「ダー、それは上段です」

「はぐらかしちゃ駄目だぞオッサン。それが男というものだ!!」

「オッサンではないダーじゃ!」

 誰もが混乱している。今まさにパーティーを組み、それぞれの自己紹介を終えたタイミングで告白など、前代未聞のことだろう。
  ダーはじっ、とあらためて目の前のクロノトールという大女の顔を見た。
  黒髪でボブカット。茶色の瞳は光を受けて澄みわたり、琥珀のようだ。
  目鼻立ちの整った、きれいな顔をしている。頬が朱が差したように紅いのは、恥らっているのだろうか。

 「よくわからんのじゃがの、お嬢ちゃん。エクセと勘違いしとりやせんか?」

  ダーは、ルカがときおり、熱っぽくエクセを見る視線には気づいていた。
  というか、エクセの美貌に惚れない女というのはほとんどいない、といっていい。
  しかしこのときクロノトールは、首をぶんぶんと左右に振った。これ以上ない、はっきりとした意思表示といってよかった。

 「ふうむ……ワシのどこが気に入ったのだ?」

  表情が変わらないのでよくわからないが、頬の赤みが顔全体に燃え広がっている。どやら照れているようだ。ダーとしては、顔の美醜で人間を判断する方ではないが、それでも美人に惚れられるのは悪い気がしない。
  しかし当然のごとく、ダーは腑におちない。

 ダーは、ルカがときおり、熱っぽくエクセを見る視線には気づいていた。
 というか、エクセの美貌に惚れない女というのはほとんどいない、といっていい。
 しかしこのときクロノトールは、首をぶんぶんと左右に振った。これ以上ない、はっきりとした意思表示といっていい。

「ふうむ……ワシのどこが気に入ったのだ?」

 表情が変わらないのでよくわからないが、紅い頬が顔全体に燃え広がっている。
 一応、羞恥心はあるようだ。しかし、ダーは当然ながら腑におちない。 

「これがタチのわるい冗談ではないのなら尚のことじゃ。ワシら知り合ってまだ、それほども立っておらんはずじゃが」

 彼ら人間より、はるかに長く生きているダーは、自分がモテるタイプではない事は経験でイヤというほど知っていた。というか、憎まれ口がすぎて嫌われるタイプだ。
 口は災いの元という言葉通り、つい最近も、王宮でボコボコにされたばかりである。

「……………冗談じゃないよ……好き………」

「どこが気に入ったというのじゃ?」

「……………ひとめぼれ……………?」

「う、うーむ、そんなものか?」 

 あまりに会話が進まないので、その後の会話をかいつまんで説明すると、どうもハイオークとの一騎打ちのときに見せた、武人らしき堂々たるたたずまいにキュンときたらしい。
――この人こそが運命の男だ。と感じたというのだ。
 
(オークを倒す姿にぐっときたのか。なかなか業が深い女じゃの)

 この世界で二百年以上生きてきたダーにとっても、人間の女性に惚れられるというのは初めての経験だった。
 さすがの燃えるドワーフ、ダーもふうむ、と思案顔にならざるをえない。

「……ワシが本当におぬしの運命の男なのか、それとも、命を救われたことによる錯覚でそう思いこんどるのかは分からん。ただ、ワシらは大事な目的の途中じゃ。それはわかるな?」

 クロノトールはこっくりと頷いた。
 巨体で筋肉質。さらに無口な性格も災いしてか、相手に無用な威圧感を与えてしまう。そのせいで女性と見られることは稀だというが、ちゃんと出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる
 ダーは揺れる彼女の眼を見る。戦闘に特化したタイプのようだが、精神的には脆いのだろうか。 
 そのきらめく茶色の瞳には、怯えるような、不安げな陰が宿っている。断れば泣きだしてしまいそうな、儚げな印象がのこった。ダーは決断した。

「……じゃが、まあワシを好きだというなら、好きなだけ好きになるとよい」

「よかったな!! クロノ、OKだってよ!」

 コニンの声に、クロノトールの顔がほころんだ。
 ぱっと華が咲いたような、それは実にすてきな笑顔だった。

「………………うん、うれしい……………」

「痛い痛い痛いいたい!! 力の入れすぎじゃ、殺す気か!?」

 うれしさのあまりか、クロノがぎゅうううっと、力いっぱいダーを抱きしめた。
 たちまちダーの胴がめきめきと悲鳴をあげた。装備もろともへし折られてしまいかねない、圧倒的なパワーであった。

「――や、やっぱり、前言撤回したい気分じゃわい!!」

 ダーは心の底からの叫び声をあげた。

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