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第一章
ドワーフ、エルフを訪問するのこと
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「いたたたたたた。さすがにこたえたわい……」
ドワーフ、ダー・ヤーケンウッフは痛みに顔をしかめた。
ここ2日ばかり、自宅で療養していのだ。
さすがに頑健さで知られたドワーフといえど、鋼ではない。
屈強な城兵、数人がかりでフルボッコにされたのだ。ほうほうの態で、どうにか自分の家にたどりついたものの、そこで気絶してしまった。
翌日は、顔面が原型を留めていないほど腫れてしまった。閉口したのは前がよく見えないため、外出もろくにできないことであった。
知り合いのドワーフにも「誰だお前は」といわれる始末である。
(まったく、ひどい目に遭わされたものじゃ)
ダーは濡れた布キレを顔に当てて休息をとっていた。熱くほてった患部が冷えて心地よい。
彼が自宅療養中の間に、あの4人の異世界人はそれぞれ個別にパーティーを結成し、旅に出たらしい。チームワークと呼べるものはまるでない。
それどころか4人のうち、誰が先に魔王を討伐するかということで、競争になっているらしい。すでに王都の民は、誰が最初に魔王を倒すか、賭けさえ行なっているという。
知人のドワーフからその話を耳にしたダーは、焦りの色を浮かべた。
こちらも、ただちに行動を開始しなくてはならない。
しかもそれだけではない。異世界人たちはあの後、『異世界勇者専用の武器』なる特別なアイテムを、国王から授けられたということである。あまりに彼我の戦力差が大きすぎる。
しかも、あの謁見の間に集められた連中とチームを組んでいるのだ。
ダーも自分の腕には、かなりの自信があった。
ということは、あの謁見の間に集められていた亜人たちは、全員相当なの力量のもちぬしということになる。こうなると差を考えるだけ滑稽といえた。
「なんという邪悪な者どもじゃ……」
つぶやきつつも、ダーはあせっていた。
邪悪な者同士、魔物と相打ちになってくれたらめでたしめでたし。
――だが、そう都合よく話しが進むまい。
逆に魔王を退治されてしまったりしたら、当然のことながら、手柄はすべてあのいけすかない異世界人のもの。ダーは、単なる殴られ損になる。
(これは大至急、ワシも仲間を集める必要があるな)
しかし、思案してみても、なかなか首を縦に振りそうな人物には思い当たらない。
冒険者稼業も、ながいことご無沙汰していた。
昔、ともにパーティーを組んだ仲間はどうしているだろうか。
もとより命がけの職業であるし、なにより人間の流れる刻の速さは、ドワーフのそれとは違う。
無事に生きている可能性はあまり高くないだろう、と思う。
ダーは不意に寒さを感じた。孤独の風が、背筋を駆け抜ける。
(もっとおともだち募集をしておけばよかったわい。後悔先に立たず)
ムム、と頭を抱えていることしばし。ダーは唐突にぽん、と手を打った。
「……そうじゃ。ワシの仲間といえば、エクセがおるではないか!」
なぜ失念していたのか。仲間といえば彼がいる。
旧知の友であるエルフに、ただちに協力を要請すればよいのだ。
「善は急げ。こうしてはいられぬわい」
ダーはスケールアーマーを身につけ、頭部に雄牛の角のような飾りのついた兜を、すっぽり被った。背嚢を背負い、腕にバックラーを装着する。
足にブーツを履き、ぐっと愛用の巨大なバトルアックスを握った。
出撃準備完了である。
「わしじゃああああああああ!!」
ダーは意味不明な雄叫びをあげ、すさまじい勢いで家を飛び出した。
不意にテンションが上がってきたのだ。
一直線にエルフの家まで駆ける。馬などは不必要だ。
足の短いドワーフ族にとって、馬は乗りにくく、厄介な代物なのだ。
ひたすら快足をとばす。今からならば、深夜までには到着するだろう。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
そのエルフは鬱蒼とした木々に囲まれた家で、孤独に生きていた。
耳が長く、美しい外見をもち、自然を愛する種族、それがエルフである。
エルフというのは保守的な民族で、緑に囲まれた里から出る事はめったにない。
里から出たエルフは、はぐれ者とよばれ、ちょっとした差別を受けることになる。
そういう意味で、このエルフはまぎれもないはぐれ者だった。
彼は、エルフ里の刺激のない生活にうんざりしていた。
――というわけではなく、彼の求める知識の少なさにうんざりしていたのだ。
里の外には数多くの文献があり、賢者がいるのに、それに接する機会を自ら放棄するのは馬鹿げていると思った。自己を高める努力を怠りたくない。
基本的に長寿のエルフはのんびり屋なので、彼のようなエルフは急進派であり、変わり種といっていい。
彼はもっと多くの文献を里に集めてほしいと、長老たちに呼びかけた。
もちろん、大反対。
「そのような外界の知識など必要ない」と、手痛くつっぱねられる始末だ。
知識はあればあるほどよい。無知はむしろ怠惰であるし、怠惰は罪である。
そうしたかれの主張は、エルフの保守派には、邪悪なものと映ったようだ。
彼の主張に対し、里のお偉方は一歩も譲歩することなく、平行線をたどった。
押し問答のすえ、彼ははぐれ者の道を選んだのだ。
里から出て、知己もいない世界で一人ぽっちになる、というのは想像以上につらい日々だった。
しかし、それでも彼はめげなかった。
つらさよりも、未知なるものへの探究心が満たされる充実感の方が勝ったのだ。
しかし研究というものには、とかく素料が必要で、お金がかかるものだ。
こうなれば世捨て人を気取ってもいられない。
彼はしぶしぶながら人間の町に出て、冒険者ギルドに登録した。
いくつかの冒険を経て、彼はさらに魔術の腕を上げていった。自分の研究成果を、実戦で経験できるというのは、想像以上に得るものが大きかった。
クエストの報酬として、それなりの収入も得ることができた。
おかげで素材も、欲しかった文献も、想像以上に集まった。
いまは悠々自適――静謐な森林のなか、そのエルフはたったひとりで、内なるマナを高めるべく瞑想したり、あるいは呪文の精度を高めるべく、様々な思いつきを実験したり、それなりに充実した日々を送っていた。
「やはり、里を出て正解だったようですね」
満足そうにひとり、柔和な笑みを浮かべるエルフ。
彼の名は、エクセ=リアンといった。
――だが彼の平穏は、一人のドワーフの手により、たやすく打ち破られた。
とある夜更けのことである。
かれは羊皮紙へ、本日の成果を記していた途中、猛烈な睡魔に襲われた。
無理をしても頭脳は働かない。彼は潔くペンを措くと、すぐに床についた。
それからほどなくのことである。
ドーーン! ドーーーン!
すさまじい衝撃と振動に、エルフはガバっと眠りから覚めた。
いや、強制的に覚まされたといっていい。
「な、な、なにごとです?」
エルフが呆然としていると、家の扉から激しい衝突音がしている。
この木造りの家は、友人のドワーフの協力のもと建てられたもので、見栄えこそぱっとしないが、頑丈さはかなりのものだ。
既に築三十年以上が経過しているが、いまだ雨漏りひとつしないのは、流石ドワーフの技術力の高さである。
その頑丈な扉が、今にも破壊されんばかりに軋んでいる。
もしや――。
「だ、誰です?」
「ワシじゃ、ひさしぶりじゃな、エクセ=リアン」
「その声はもしかしなくても、ダー・ヤーケンウッフ」
「正解じゃ。元気でやっておるか、エクセ」
「ええ、つつがなく――って、呑気にあいさつしつつ、何をしてるのです!」
「扉が開かないから体当たりをしておる!」
「バカですかあなたは! 今から開けますから止めてください」
ドーーン、ドーーン。
衝突音はやまない。
彼はあわてて寝台から降り、薄い寝間具の上から上着を羽織ると、彼の暴挙を止めるべく扉へと向かった。
「――あっと……」
エクセは思わず片膝をついた。さすがに寝起きの状態では、頭がふらついてしまう。彼は低血圧なほうなのだ。
ドーン! ドーーーン!!
その間も、情け容赦なく体当たりは続く。
「壊れるから、体当たりをやめてください」
「イヤじゃ、こうなったら意地でも体当たりで開ける」
「……ふざけるのも大概になさーーーーい!!」
もはや温厚で知られる彼も、我慢の限界だった。
エクセ=リアンは髪留めに使っていた小さな棒を引き抜き、それをタクトのように振ると、空中に緻密な魔方陣を形成していった。この世界には、多様な神々、妖精が存在する。大地母神センテス、暗黒神ハーデラ、etc……
その中で最も力の強い神と言われているのが、四獣神である。
『大いなる天の四神が一、朱雀との盟により顕現せよ――』
標的を差すように、杖を振るう。
『――ファイア・バード!』
詠唱と共に、空間から突如として炎の鳥があらわれ、扉へむかっていく。
衝突音とともに、ダーは扉もろとも、炎に包まれた。
まさに燃えるドワーフであった。
ドワーフ、ダー・ヤーケンウッフは痛みに顔をしかめた。
ここ2日ばかり、自宅で療養していのだ。
さすがに頑健さで知られたドワーフといえど、鋼ではない。
屈強な城兵、数人がかりでフルボッコにされたのだ。ほうほうの態で、どうにか自分の家にたどりついたものの、そこで気絶してしまった。
翌日は、顔面が原型を留めていないほど腫れてしまった。閉口したのは前がよく見えないため、外出もろくにできないことであった。
知り合いのドワーフにも「誰だお前は」といわれる始末である。
(まったく、ひどい目に遭わされたものじゃ)
ダーは濡れた布キレを顔に当てて休息をとっていた。熱くほてった患部が冷えて心地よい。
彼が自宅療養中の間に、あの4人の異世界人はそれぞれ個別にパーティーを結成し、旅に出たらしい。チームワークと呼べるものはまるでない。
それどころか4人のうち、誰が先に魔王を討伐するかということで、競争になっているらしい。すでに王都の民は、誰が最初に魔王を倒すか、賭けさえ行なっているという。
知人のドワーフからその話を耳にしたダーは、焦りの色を浮かべた。
こちらも、ただちに行動を開始しなくてはならない。
しかもそれだけではない。異世界人たちはあの後、『異世界勇者専用の武器』なる特別なアイテムを、国王から授けられたということである。あまりに彼我の戦力差が大きすぎる。
しかも、あの謁見の間に集められた連中とチームを組んでいるのだ。
ダーも自分の腕には、かなりの自信があった。
ということは、あの謁見の間に集められていた亜人たちは、全員相当なの力量のもちぬしということになる。こうなると差を考えるだけ滑稽といえた。
「なんという邪悪な者どもじゃ……」
つぶやきつつも、ダーはあせっていた。
邪悪な者同士、魔物と相打ちになってくれたらめでたしめでたし。
――だが、そう都合よく話しが進むまい。
逆に魔王を退治されてしまったりしたら、当然のことながら、手柄はすべてあのいけすかない異世界人のもの。ダーは、単なる殴られ損になる。
(これは大至急、ワシも仲間を集める必要があるな)
しかし、思案してみても、なかなか首を縦に振りそうな人物には思い当たらない。
冒険者稼業も、ながいことご無沙汰していた。
昔、ともにパーティーを組んだ仲間はどうしているだろうか。
もとより命がけの職業であるし、なにより人間の流れる刻の速さは、ドワーフのそれとは違う。
無事に生きている可能性はあまり高くないだろう、と思う。
ダーは不意に寒さを感じた。孤独の風が、背筋を駆け抜ける。
(もっとおともだち募集をしておけばよかったわい。後悔先に立たず)
ムム、と頭を抱えていることしばし。ダーは唐突にぽん、と手を打った。
「……そうじゃ。ワシの仲間といえば、エクセがおるではないか!」
なぜ失念していたのか。仲間といえば彼がいる。
旧知の友であるエルフに、ただちに協力を要請すればよいのだ。
「善は急げ。こうしてはいられぬわい」
ダーはスケールアーマーを身につけ、頭部に雄牛の角のような飾りのついた兜を、すっぽり被った。背嚢を背負い、腕にバックラーを装着する。
足にブーツを履き、ぐっと愛用の巨大なバトルアックスを握った。
出撃準備完了である。
「わしじゃああああああああ!!」
ダーは意味不明な雄叫びをあげ、すさまじい勢いで家を飛び出した。
不意にテンションが上がってきたのだ。
一直線にエルフの家まで駆ける。馬などは不必要だ。
足の短いドワーフ族にとって、馬は乗りにくく、厄介な代物なのだ。
ひたすら快足をとばす。今からならば、深夜までには到着するだろう。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
そのエルフは鬱蒼とした木々に囲まれた家で、孤独に生きていた。
耳が長く、美しい外見をもち、自然を愛する種族、それがエルフである。
エルフというのは保守的な民族で、緑に囲まれた里から出る事はめったにない。
里から出たエルフは、はぐれ者とよばれ、ちょっとした差別を受けることになる。
そういう意味で、このエルフはまぎれもないはぐれ者だった。
彼は、エルフ里の刺激のない生活にうんざりしていた。
――というわけではなく、彼の求める知識の少なさにうんざりしていたのだ。
里の外には数多くの文献があり、賢者がいるのに、それに接する機会を自ら放棄するのは馬鹿げていると思った。自己を高める努力を怠りたくない。
基本的に長寿のエルフはのんびり屋なので、彼のようなエルフは急進派であり、変わり種といっていい。
彼はもっと多くの文献を里に集めてほしいと、長老たちに呼びかけた。
もちろん、大反対。
「そのような外界の知識など必要ない」と、手痛くつっぱねられる始末だ。
知識はあればあるほどよい。無知はむしろ怠惰であるし、怠惰は罪である。
そうしたかれの主張は、エルフの保守派には、邪悪なものと映ったようだ。
彼の主張に対し、里のお偉方は一歩も譲歩することなく、平行線をたどった。
押し問答のすえ、彼ははぐれ者の道を選んだのだ。
里から出て、知己もいない世界で一人ぽっちになる、というのは想像以上につらい日々だった。
しかし、それでも彼はめげなかった。
つらさよりも、未知なるものへの探究心が満たされる充実感の方が勝ったのだ。
しかし研究というものには、とかく素料が必要で、お金がかかるものだ。
こうなれば世捨て人を気取ってもいられない。
彼はしぶしぶながら人間の町に出て、冒険者ギルドに登録した。
いくつかの冒険を経て、彼はさらに魔術の腕を上げていった。自分の研究成果を、実戦で経験できるというのは、想像以上に得るものが大きかった。
クエストの報酬として、それなりの収入も得ることができた。
おかげで素材も、欲しかった文献も、想像以上に集まった。
いまは悠々自適――静謐な森林のなか、そのエルフはたったひとりで、内なるマナを高めるべく瞑想したり、あるいは呪文の精度を高めるべく、様々な思いつきを実験したり、それなりに充実した日々を送っていた。
「やはり、里を出て正解だったようですね」
満足そうにひとり、柔和な笑みを浮かべるエルフ。
彼の名は、エクセ=リアンといった。
――だが彼の平穏は、一人のドワーフの手により、たやすく打ち破られた。
とある夜更けのことである。
かれは羊皮紙へ、本日の成果を記していた途中、猛烈な睡魔に襲われた。
無理をしても頭脳は働かない。彼は潔くペンを措くと、すぐに床についた。
それからほどなくのことである。
ドーーン! ドーーーン!
すさまじい衝撃と振動に、エルフはガバっと眠りから覚めた。
いや、強制的に覚まされたといっていい。
「な、な、なにごとです?」
エルフが呆然としていると、家の扉から激しい衝突音がしている。
この木造りの家は、友人のドワーフの協力のもと建てられたもので、見栄えこそぱっとしないが、頑丈さはかなりのものだ。
既に築三十年以上が経過しているが、いまだ雨漏りひとつしないのは、流石ドワーフの技術力の高さである。
その頑丈な扉が、今にも破壊されんばかりに軋んでいる。
もしや――。
「だ、誰です?」
「ワシじゃ、ひさしぶりじゃな、エクセ=リアン」
「その声はもしかしなくても、ダー・ヤーケンウッフ」
「正解じゃ。元気でやっておるか、エクセ」
「ええ、つつがなく――って、呑気にあいさつしつつ、何をしてるのです!」
「扉が開かないから体当たりをしておる!」
「バカですかあなたは! 今から開けますから止めてください」
ドーーン、ドーーン。
衝突音はやまない。
彼はあわてて寝台から降り、薄い寝間具の上から上着を羽織ると、彼の暴挙を止めるべく扉へと向かった。
「――あっと……」
エクセは思わず片膝をついた。さすがに寝起きの状態では、頭がふらついてしまう。彼は低血圧なほうなのだ。
ドーン! ドーーーン!!
その間も、情け容赦なく体当たりは続く。
「壊れるから、体当たりをやめてください」
「イヤじゃ、こうなったら意地でも体当たりで開ける」
「……ふざけるのも大概になさーーーーい!!」
もはや温厚で知られる彼も、我慢の限界だった。
エクセ=リアンは髪留めに使っていた小さな棒を引き抜き、それをタクトのように振ると、空中に緻密な魔方陣を形成していった。この世界には、多様な神々、妖精が存在する。大地母神センテス、暗黒神ハーデラ、etc……
その中で最も力の強い神と言われているのが、四獣神である。
『大いなる天の四神が一、朱雀との盟により顕現せよ――』
標的を差すように、杖を振るう。
『――ファイア・バード!』
詠唱と共に、空間から突如として炎の鳥があらわれ、扉へむかっていく。
衝突音とともに、ダーは扉もろとも、炎に包まれた。
まさに燃えるドワーフであった。
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