燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第十四章

決着

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 ダーの問いに、王は不敵な哄笑をもって報いた。

「このような狭苦しい、古びた都市にももう飽いた。ここを一度更地にもどし、ここに新たなるダーク・クリスタル・パレスを築く」

「ばかな、この近辺には遠征をひかえた魔王軍10万もいる。巻き添えにするつもりか!」

「仕方ないであろう。大事の前には犠牲はつきものぞ」

 この言には、中央広場にいた魔族たちもざわめいた。
 いかにかつての魔王ヨルムドルが非道であったにせよ、魔族にとってはそれほど悪い王ではなかった。しかし、目の前にいるこの男は、完全に何かのタガが外れていた。

「王よ――いや、ヒエン・ササキよ、貴様は狂気に憑かれておる。もはや国王として――いや、魔族を率いる魔王としても失格じゃ。貴様は許されぬ!」

「ならばどうする、もはや矢は放たれたのだ。あれを今更消す方法など、きさまらにはないであろうが」

「エクセ、あの呪文は――」

 ダーは焦燥の色を浮かべ、相棒のエルフを見た。
 彼は弱々しく首を左右に振り、

「あの呪文にはとてつもない量の魔力マナが必要となります。いますぐあれを撃つ程の膨大な魔力など、私には――」

「私の魔力を使いなさい!」

 いつのまにか、エクセの傍らにはヴィアンカが立っている。そのたおやかな繊手をエクセの肩に乗せ、何事かを詠唱している。効果はすぐに現れた。疲労感に満ちたエクセの表情が、見る間に健康そのものに変化していく。エクセの身体になにかの力が加わっているのはあきらかだった。
 対照的に、ヴィアンカはその身に宿した魔力のほとんどを消費したのか、がっくりと片膝をついた。

「ヴィアンカ!?」

「わ、私は大丈夫……それよりはやく……」

 いまや体内に満ちた魔力で膨張せんばかりのエクセは、これまでの記録を打ち破るほどの迅速さで魔法の詠唱を完成させた。高熱につつまれた巨大な怪鳥が彼らのはるか頭上に出現した。エクセ最大の呪文、ファイヤー・カセウェアリー。
 ダーは圧倒された。これまでに出現した怪鳥よりも、これは一回り大きい。朱雀の珠の力に加え、ヴィアンカの魔力が加わったそれは、一声鳴いて隕石へと突進していく。
 力強い羽ばたきとともに、それはザラマ・メテオライトと空中で衝突した。
 すさまじい衝撃破と、遅れて爆発音が彼らの耳朶を打った。
 地上にいる民も、兵も、魔族も、衝撃破のすさまじさに転がるように倒れ、あるいは大地に這いつくばって難を逃れた。
 ダーが路面へと身を伏せていると、同じ姿勢のヴィアンカと視線が合った。

「……ダー、魔王を倒さなければ、また同じことが起こるわ。もう私の魔力ほとんど枯渇した。……はやく、奴を」

「――わかった。すべて任せい」

 ダーはひたと魔王を見た。彼は悔しげに歯軋りしていたものの、その表情から疲労の色は一切感じ取れない。たしかにもう一度、あの隕石を放つだけのゆとりはありそうだ。
 ダーは地を蹴り、ササキに肉薄した。
 クロノも同様である。彼に呪文を放つ余裕を与えてはならない。
 しかしそれは不可能であるようだった。ササキのもつ杖の先に乗った球体、ハーデラ・ストーンが不気味に暗い光を放ちだす。わずかな差で、彼らが近くに到達する前に、ササキは無詠唱呪文を完成させるだろう。ダーはそれを駆けるとともに理解し、おのれの鈍足を悔やんだ。
 だが、ササキは唐突に切迫した表情になり、メテオライトの完成よりも、障壁を完成させることを優先した。その暗き障壁に、炎の玉が幾度も炸裂した。
 エクセは先程の大型呪文を放ったため、地に伏せたまま動けていない。
 ならば、誰が――

 そこにひとりの戦士が立っていた。
 片手に朱雀の珠を握りしめ、もう片手でひたすら剣を振るっている。
 普通ならば手に穴を開けてしまうほどの熱量を秘めている朱雀の珠を握ることが可能なのは、その特殊な鎧の効果のためである。いかなる炎も、この蒼き甲冑は通さない。
 そして片手で振るうレーヴァティン炎の魔剣
 剣身から連続で放たれる火の玉は朱雀の珠の加護により、魔王ですら無視できないほどの威力をともなっていた。この援護射撃により、術の完成が遅れた。

「ダー、クロノ、いまだ!!」

 ダーよりも速く、魔王の懐に飛びこんだのは、クロノであった。
 彼女は長い剣闘士生活で、これまでの冒険ですら、一度も使ったことのない技を放った。それは不思議な感覚だった。まるで身体がそれを放てと命じているようだった。
 
「虎のひと噛み!!ワンバイトオブザタイガー

 黒いバスタードソードの剣身が白く染まり、魔王の障壁をこなごなに打ち砕いた。ヒエン・ササキはこれまで見たこともない、驚愕に満ちた表情を浮かべている。

「ダー、チャンスだ!」

「決めてくれ、ダーさん!!」

 言わずもがなである。ダーはすでに攻撃態勢に入っている。
 深く、ずしりと踏みこんだ片足に重心を乗せ、旋回する。
 それはかれ最大の奥義であり、父ニーダゆずりの技でもあった。

「遅いわ!! 鈍足ドワーフめが!」

 だが、この技には致命的な弱点がある。力強く踏みこむため、初動が遅いのだ。ダーの斧が魔王の足に炸裂するよりも、ダーの頭上目がけ振り下ろされた杖が一瞬速い。
 ダーの頭蓋は兜ごと粉砕され――――はしなかった。
 
 魔王は気付いた。
 おのれの掌の内にあった、杖が消失していることに。
 一瞬、かれは何事が起こったのか理解できない。どこか嘲弄をするような声が、彼の耳朶を打った。それは、どこか聞き覚えのある声であった。

「返してもらったよ、ボクの杖!」

「き、きさまは――っ!」

 とるにたらぬ、たかだか人間のはずだった。
 異世界勇者の武器をもたぬ異世界人など。
 だが、いま彼の手から杖を奪いとったのは、まさしく彼があなどってきた、何の力もない異世界人の仕業であった。
 それにしても腑に落ちない。魔王であるかれが、魔力はおろか何の武道の心得もない、ケンジ・ヤマダの接近を許すとは。その気配を察知できないわけがないのだ。
 その背後に立つ人物を見て、理解した。
 なぜ瞬時に、この凡人が魔王の背後をとることができたのか。

 魔族の少女が、きつい眼差しで彼をねめつけている。
 ウルルだ。彼女が異空間を開いてヤマダをつれてきたのだ。
 
「おのれ、ウルル、裏切ったか!!」

「裏切ったも何も、私はあなたに忠誠を誓ったことなど一度もないよ。私のあるじはイルン様だけなんだから!」

「ぬうっ、イルンだと、この痴れ者! 現魔王はこのヒエン・ササキだ」

 ヒエン・ササキはウルルに論駁しつつも、おのれの失策を悟っていた。かれは全方面に敵を作りすぎていた。これだけの魔族や兵に囲まれながら、彼に忠誠を誓う者などひとりもいないのだ。
 そのツケが、いま、一気に襲い掛かってきている。
 魔王はウルルとヤマダへと、完全に意識を集中してしまっていた。さすがの彼も焦燥に駆られていたのだ。足元に迫っている危機を失念するほど――

「――どこを見ている、魔王よ!!」

「くっ、しまった――」

地摺り旋風斧!!ローリングアックス

 ササキの反応が遅れた。致命的な遅れであった。 
 雷の蒼き光輝につつまれた斧が、連続で魔王の足元を襲った。

 次の瞬間、戦斧の先端が、皮膚に食いこむ感覚があった。
 それは魔王の肉をうがち、両足の骨を断った。
 すさまじい絶叫が大地を揺るがし、空を振動させた。
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