燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第十三章

新たなる魔王

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 形勢は目まぐるしく変遷をとげている。
 圧倒的に優勢であった魔王軍は、いまや算を乱して壊走し、総大将ラートドナは、自ら大剣を取って4人の敵と相対さなければならない状況に追い込まれていた。
 しかし。またも事態は変わった。
 凱魔将ラートーニ、凱魔将ウルル、ケンジ・ヤマダ。
 そして魔王ヨルムドルに次ぐ魔力のもちぬしといわれる美少年、イルンが出現したのである。
 これで五分と五分どころではない。
 人数的には再び、勇者がわに不利になってしまった。
 
 このような状況をたびたびひっくり返してきたのは、目の前にぐったりと地に伏しているひとりのドワーフであった。しかし今回の彼は、まるでものの役には立たない。
 彼の魔力を媒体に、神である青龍が地上に顕現したのである。
 いままでにはない、深刻な魔力枯渇。
 この枯渇状態を回復するには、通常の魔力回復ポーションなどでは不足であった。以前、かれがその身に四獣神を宿したときのように、深く長い睡眠こそが彼の状態を回復させることができる唯一の手段であろう。

「ワシはどうすることもできぬのか」

 ダーは仲間の窮状を見て、切歯扼腕せっしやくわんした。
 言うまでもないことだった。現状のかれは、精神のみが乖離して雲の間にいるのだ。この行動力の塊のような男が、ただの傍観者のみに徹することしかできない。非常にもどかしかった。
 周囲にいる神々は、一言も発しない。
 特に青龍は、すべての原因が己の癇癪によるものであるため、まるで息をひそめるが如きであった。しかし彼のその癇癪がなければ、あの偽モノの龍により、ダーたちは全滅の憂き目に遭わされていたかもしれないのだ。それがわかっているからこそ、ダーとしてもこれ以上、彼を責め立てるようなことはしないのである。

 天上の思惑をよそに、地上の出来事は、つづいている。
 勇者陣営は、ミキモト、ゴウリキ、ケイコMAX。そしてクロノ、エクセ、コニン、ルカ、スカーテミスがザラマの市壁を背景に立っている。
 若干の距離をはさんで、新魔王イルンが彼らの向かいに立っている。
 その傍らに座すのは、凱魔将ウルル。
 背後にラートーニ、ラートドナ、ケンジ・ヤマダが控えている。
 この奇妙な睨みあいの状況は、しばし続いた。誰も言葉を発しない。

 ザラマ周辺では、なおも血腥い戦闘がつづいている。
 統制を失った魔王軍は、ほぼ押されっぱなしの状況である。それもそうだろう。命令を下さなければならない方面総大将のラートドナは、ここに黙したまま並んでいるのだ。
 大軍といえど――いや、大軍であるからこそ、指揮系統が乱れれば、まともに機能しなくなる。魔王軍はコートオアの指揮下で、いきいきと躍動するザラマ兵の勢いに押されるがままであった。

「姉上、説明してくだされ。このままでは――」

 戦況が気が気でないラートドナが、ついに口を開いた。
 
「ラートドナ、先程ウルルが申したとおりです。魔王ヨルムドル様は崩御されました」

 その言葉は、敵味方わけへだてなく双方に衝撃を与えた。

「――なにィ! ま、魔王が死んだだと!?」
 
「な、なんと! されば、われら魔王軍は一体……」

「もう。狼狽しないのお。だからさっきから言ってるじゃない。ここにいるお方こそ、我らが新たに仕える魔王、イルン・ウェミナー様だったらあ」

「ま、マジかよ。この子供が新魔王だって?」

 勇者がわは互いに顔を見合わせ、ざわめいた。この年端もいかぬ少年が、新魔王だといわれてもピンとこない、というのが実情だろう。
 いっぽう黒髪の美少年は、そよ風にも似たゆるやかな笑みをたたえて佇立している。まるで以前、馬車の隅で怯えていた少年とは思えないほど堂々たるたたずまいであった。

「――同じ顔だけど、まるで別人みたいだね」

 というコニンの感想が、事情を知るダーたち一行の偽らざる心境だったであろう。これまで命を脅かされていた状況が一転し、魔王軍の頂点に立ったのだ。もう誰にも気兼ねせず、その膨大な魔力を放出することができるのだ。
 目に見えぬその魔力がイルンの身からあふれ出て、彼らの周囲を圧していた。

「それで新魔王様が、自ら最前線に立たれた理由をお聞かせねがいたい」

 これまでまったく表に出なかったヨルムドルと違い、イルンはいきなり最前線に現れた。魔王軍10万をあずかっていたラートドナには、その意図がつかみがたい。
 
「うん、理由は簡単だよ。ラートドナ、これまでご苦労だったね。今から君をヴァルシパル討伐軍の総大将の任から解く」

「――は、はあ!?」

 晴天の霹靂とは、まさにこの事だったであろう。
 フシャスーク、ガイアザと大国を制圧し、ここまで軍を進めてきたのは、他ならぬこのラートドナであり、その功績は計り知れない。また、他にこのような大軍指揮の経験を積んだ将軍がいないというのも魔王軍の真実であった。
 その彼を解任する。
 衝撃的な宣告に、しばし言葉を失っていたラートドナだが、すぐに猛然と反論を開始した。

「服しかねまする。傲慢に聞こえるかもしれませぬが、ここまでこの魔王軍10万を預かってきたのは、このラートドナであります。そしてそれだけの戦果を挙げてきた自負もあります。それがいきなり、この混乱した状況で解任とは、理解できかねまする!!」

「うん、だからご苦労だったと言ったんだ。もうヨルムドルはいない。彼の大陸制覇の野望は彼の死とともに費えた。ぼくはヴァルシパルを侵攻する意図はないんだ」

「な、何をおっしゃいまする、ここまで来て――」

「これが新魔王の方針なんだ。魔王軍10万はここで引き返す。ヴァルシパルとは不可侵条約を結ぶ。異論は許さないよ」

 毅然とした態度で少年は告げた。
 憤怒に顔を紅く染めたラートドナは、なおも少年に食って掛かろうとしたが、その腕を引っ張って発言を押し留めた人物がいた。彼の姉、ラートーニだった。

「これは新魔王様の方針なのよ。誰も異論を唱えることはできないわあ。少なくとも、私たち部下はねえ」

「とすると、魔王はわれらと敵対する意思はない、ということですかね?」

「そうとってもらって結構ですよ」

「――となると、これから先どうなるんだぜ?」

 ゴウリキが小首をかしげた。
 魔王を倒すためだけに、彼ら勇者たちは異世界からはるばる召還されたのだ。その魔王が世界を支配する意思はない。撤収するというのである。その存在意義は失われたといっていい。

「しかし、魔王は魔王、退治すべきではありませんかね?」

「戦意もない、こんな年端もいかぬ子供をかよ、冗談じゃねえぜ」
 
「そうよ、だったらワタクシはパスだわァ」

 3人の勇者たちは熱心に討論をはじめた。相手に戦意がないということはわかった。しかし、彼らは彼らであっさり納得するわけにもいかないのだ。白熱する議論をよそに、ダーたち――といっても、本人は気絶したままだが――一行は安堵の吐息をもらした。
 これで戦乱はひとまず収まる。
 これ以上、魔王軍と対峙する必要はないのである。
 そんな弛緩した空気が変化したのは、一瞬だった。
 
 だれも、ひとりの人物の怪しげな動きに注意を払わなかった。
 
 ラートーニが、亜空間を開き、ひとりの人物を地に降り立たせた。
 その男の動きには一切の迷いが無かった。
 謎の男は地を駆け、少年の背後に立った。
 イルンが不審げに背後をふりかえったときである。

 かれはその口から、吐血した。
 見るとその胸から、赤黒いものが生えている。
 剣の先端であった。
 それが彼の胸を、背後から貫いているのだ。

 少年はずるりと膝から身を屈すると、そのまま前方に倒れた。
 ウルルの悲鳴が、虚空にこだました。

 なにが起こったのか。

 だれもがその意味を理解できず、凍り付いている。

 謎の男は倒れた――かつて魔王だった少年を――見下ろして哄笑した。

「これで、これで私が新たなる魔王だ!!」

 その声の響き。
 誰もが知っていた。
 その意外な男の正体を。

 彼こそヴァルシパル現国王、ヒエン・ササキ2世その人であった。
 
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