燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第十三章

雲をつかむ死

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「まったく、勝手なことをしてくれるもんじゃわい……」

 ダーはぼやいた。その口調には怒りがにじんでいる。
 それも無理はあるまい。
 乗っ取られるようなかたちで、勝手に身体を使われたのだ。
 それをやったのが、青龍という四獣神の一柱なのだから始末に終えない。おかげさまで現在、ダーの身体は身動きがとれない。魔力枯渇で失神してしまったのだ。

 ダーの頭上にも足元にも、白雲が連なり、見渡す限り果てしなく続いている。彼はまたも、精神世界というべき、あの雲の間にいるのだ。
 かなり久しぶりのこと――というか、二度目の経験である。
 精神枯渇は魔力《マナ》拡大の修行中に何度も経験したが、この空間に入ることはついぞなかった。ということは、この空間に訪れることができるのは、あくまで神側の都合というものなのだろう。

「いやあ、神様というものは、元来勝手なものでな……」

 と、さすがにばつが悪そうに、言い訳にもならない言い訳をするのは深海のごとき衣を身にまとった白髪白髭の老人だ。いうまでもなく青龍である。
 だが、悪びれた様子もなく、笑顔で言うのだからたちが悪い。

「その顔は、全然悪かったと思っておらぬ顔じゃのう。暗黙の不文律とやらはどこへ飛んで逃げてしまったのじゃ?」

「まあ、そうぼやくない。ダー」

 そう親しげに肩を叩いて笑いかけるのは、白虎である。
 筋肉質の体に白い着流しをまとっている。相変わらずの姿だ。

「俺たち神々というのは、お前たちから見れば、恐ろしいほど長い時間を生きている。つまるところが暇なのさ。面白そうな事なら、思わず手を出してしまうものなのさ」

「おいおい、白いの。勝手なことを言うでない! 神であるわれが自ら手を下したのは、あくまであの魔族の阿呆どもの自業自得というもの。傍若無人にもわれを模した怪物などを創り出しよるからであろう。これこそ天罰覿面。不可抗力というものだ」

「――いえ、ダーの怒りは正常なものです」

 すっぱりと刃物のような声でそう断じたのは、長身痩躯の男。
 緑の漢服を着た神――玄武だ。

「この戦いは神々の代理戦争。直接、強大な力を持った神同士が戦えば、この世界が消滅するかもしれぬ最悪の事態を招きかねない。それを避けるため、あのハーデラでさえ直接手を下さず、人族と魔族の争いという形で推移しているのです。――にも関わらず、我々が干渉してよいことなど、まったくありません。この事で、ハーデラが逆に干渉してくる可能性もありますよ」

「わかったわかった。今回のことは我が短慮だったわい。もう二度とせぬ。――それでよかろう?」

「それですめばよいですが」

「まあまあ、玄武。こいつも反省してるんだ。老人をいためつけてやれ。――ん、いや、違うな。いたわってやれ」

「その言葉は、まったく真逆の言葉ですね」

 いつのまにか、けらけらと愉快そうに笑う黒髪の美女が、ダーのそばに立っていた。見るまでもなく、朱雀であろう。こうした会話を聞いていると、神々といえど、そう人類と変わらぬのかも知れぬ。そうダーは思った。

「皆さん、そんな悠長な会話をかわしている場合ではなさそうです」

 玄武が足元の雲の一部を割き、地上の様子を映し出した。
 そこには、意外な光景が広がっていた。

―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―

 さてザラマにおいてダーが倒れ、魔竜が神の怒りにより消滅したころ。
 ほぼ時を同じくして、まったく別の場所でもある動きが生じていた。
 かげろうの如く、霧の奥に揺らぐ漆黒の居城があった。
 晦冥大陸にある魔王軍の本拠、ダーク・クリスタル・パレスである。
 
 その一室で、ひとりの男が驚くべき光景をまのあたりにしていた。
 彼の名はボム。ただの忠実なるひとりの召使いである。
 ボムの主人は、銀色の短髪に青い肌、書生のごとき痩躯の男、
 凱魔将クレイターその人である。
 かれは魔王軍の重鎮であり、4人しかいない凱魔将のなかでも特に有能という評判が高い。勝手気ままな集団にみられがちの凱魔将のなかでは、常識人の部類に属するであろう。なにかと便利なので魔王ヨルムドルも、彼を傍から離そうとしない。

 しかし、主人としてのクレイターは、使えづらい男であった。
 といっても、彼は、暴力を振るったり怒鳴ったりすることはない。
 ただ自分にも部下にも厳格な男であり、その行動のすべては自分が決めた緻密なルールに基づいている。決められた手順がわずかでも違うと、しばらく口も利いてくれない。
 常に不機嫌そうに眉間に皺を寄せており、それが最も顕著になるのが魔王ヨルムドルに呼び出されるときである。呼び出しを受けるたび、彼は憂鬱そうな吐息とともに部屋を出て行く。
 帰ってきた後は特に不機嫌であり、しばらくは入室も許さない。
 
 ところが、どうだ。
 今日はご主人は、朝から上機嫌なのである。
 それが理解できるのは、おそらく自分だけであろう。トレードマークともいうべき、眉間の皺が消えている。そしてあろうことか、ときおり鼻歌まじりにペンを動かしている。
――あのご主人が、鼻歌など!
 クレイターの意外な行動に、ボムが面食らっているときである。
 
「ボムよ、ボムよ、魔王様の様子はどうであった?」

「――は、はっ、魔竜出撃の報告を受けると、いかにも上機嫌でした。今日も早朝から葡萄酒などを嗜まれているようで……」

 陽気な口調に面食らいつつも、ボムはハキハキと応えた。
 その直後であった。激しい調子で、クレイターの扉がノックされた。
 
「騒がしいが、何用ですか」

 せっかくの主人の機嫌を損ねないように、あわててボムが応対した。

「――危急の事態が生じました。一刻も速く、クレイター様にお取次ぎを」

「構わぬ、通せ。――何用か?」

「はっ、魔王様が――――」

「わかった、すぐに行く」

 いつもの憂鬱そうな表情も見せず、クレイターは部屋を出ようとした。しかしそこで振り返ると、意外な言葉を口にした。

「ボム、おまえもついてまいれ」

 思わぬ命令に、ボムは目をまるくした。これまでクレイターが魔王様に召されたとき、彼を連れていったことなど一度もなかったではないか。おそらく叱責されている自分を見られるのが嫌だから、そうしていたのだと彼は考えていた。
 どういうことかわからぬが、主人の気まぐれなのであろう。彼は黙って頭を下げると、クレイターのあとに従った。
 通路を進むにつれ、気のせいか、城内の空気が重く感じられた。
 なにか得体のしれぬ嫌な予感が彼をつつんだ。
 やがて最奥部の魔王の部屋にたどりつくと、うやうやしくクレイターが扉を叩いた。二度、三度。

「開いておりますよ、クレイター様」

 意外なことに、ノックに応えた人物は魔王ではなかった。
 クレイターが扉を開き、ボムもヨルムドルの部屋に入室した。
 そこには魔王つきの医者が立っていた。
 魔王ヨルムドルは、ベッドで仰向けに寝ていた。
 その両眼は苦悶に彩られたまま見開かれ、閉じることは無かった。
 おそらくは、永遠に。
 
「――死んだのか?」

 クレイターは医者に、不敬すぎる言い回しで、単刀直入に訊いた。
 医者は動揺していてそのことに気を回す余裕もないようだ。小刻みに震えつつ、彼は応えた。

「はい。葡萄酒に毒が仕込まれていたようですな……」

 クレイターは眉間に皺を寄せ、横目で医者を睨んだ。

「つまり、ヨルムドル様は暗殺された、ということだな」

「そうなりますな……」

 暗く重い沈黙が室内をつつんだ。
 クレイターはこの衝撃的な状況においても、動揺をみせず、きびきびと動いた。まず葡萄酒を運んできた召使いを即刻逮捕するよう命じ、そして料理人たちも捕縛して尋問するよう指示を出した。ボムも、呼び出された部下たちも首肯し、あわただしく行動を開始した。
 
 クレイターは、部下や医者が出て行った後も、室内に残っていた。
 かれは、もはや完全に動かなくなった元魔王の老人に向かい、
 たった一言だけつぶやいた。

「いい気味だ……」
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