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第十二章
襲撃者の正体
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隊商の一行は、怪物どもの包囲網のただなかにあった。
見通しの悪い林のなかで、待ち伏せを受けたのである。
全体的な敵の総数はわからない。
「大変だ! 敵がいっぱいいて、あちこちに隠れている」
と護衛リーダーのカバンジが、具体性を欠いた叫び声をあげた。
林のなかで待ち伏せとは、なかなかうまいやり口だ。樹木に視界を遮られて、敵が前後左右どこから襲いかかってくるのか見当がつかない。それに弓矢使いのコニンにとっては、障害物の多いこの地は、かなり攻撃が制限される。周到なことであった。
いったい、野良の怪物にそこまでの知恵があるのだろうか。誰か指揮を執っているボスモンスターがいるのではないか。ダーは目の前の敵を斧で斬りふせながら、そんなことを考えている。
「ダー、護衛対象の隊商《キャラバン》を先に避難させますか?」
馬に乗った冒険者たちを護衛につけて強行突破させ、『フェニックス』が殿をつとめるという提案を、エクセはした。その間も、ひっきりなしに敵の襲撃はつづいている。
クロノの黒い大剣がうなりを生じ、空中からの襲撃者を大地に叩きつけた。襲撃者の正体は、ガトルテナガザルという怪物だった。その名の通り手足の長い、人間ほどの背丈のある怪物で、おもに樹木の上で生活をしている。長い手足を器用に動かし、木の枝などを巧みに利用して俊敏に襲撃を仕掛ける。
地上ではそれほどの脅威ではないが、こうした樹木の林立した場所では最悪の相手であろう。
「それは難しいのう、向こうからもお客が来ておる」
ダーが指摘したとおり、街道にも敵がいる。行く手をふさぐように。
熊のようなその姿。もはや見慣れた敵、ゴズマだ。
「確かにこれじゃ、鈍重な荷馬車が先に進むという選択は不可能だよ」
「はっはっは、ようやく異世界勇者の出番が来たようですね!」
切迫した状況を尻目に、馬上で快活な笑い声をあげているのはミキモトである。ようやく活躍の場が与えられたとばかり、彼は琥珀色の美しいレイピアを天へ向かって突きたてた。
「流星連続突き」
ミキモトが得意の必殺技を放つ。
それはゴズマと、太い木の枝に張りついたガトルテナガザルの二体をまとめてこま切れに粉砕し、さらに威力を損なうことなく背後の樹木を根元から切断した。大木はばさばさと葉音を立てつつ隊商の頭上へと落下してくる。
「ひいっ!!」
荷馬車のなかに隠れていた人々が悲鳴をあげた。
これにはミキモトも驚いたようだ。あわててさらにレイピアを振り回して、落下してくる大木を中空で薄切りのハムのように寸断し、被害を最小限度で食いとめた。
「ミキモト殿、この場所では、あなたの必殺技は危険が大きすぎる」
スカーテミスが馬上で剣を振るいつつ、非難の口調で指摘する。
ミキモトは一瞬、不満げに口をとがらせたが、口に出しては何も言わなかった。その指摘は事実だったからだ。
やむなく彼は、一体ずつ敵を粉砕する方向へとシフトチェンジした。
これには他の冒険者たちも安堵した。もとよりミキモトの技の数々は範囲攻撃に特化したものが多く、轡をならべて闘うには仲間としても危険だったからだ。
考えてみれば、この男の仲間は後ろで追従《おべっか》を並べ立てるだけで、ともに闘おうとはしていなかった。それはこういった事情もあったからではないか、とダーは思う。
彼らの頭上を、ひゅんひゅんとフェイントを交えながら、ガトルテナガザルが軽捷に飛び回る。木々の生い茂る限定的な空間においては、この怪物は翼が生えているがごとく、自在な動きをする。
「ちっ、厄介な相手じゃわい」
いつ木の上から襲撃してくるのか、地上の彼らは待つことしかできない。
そうやって木の上ばかり注視していた冒険者のひとりが、馬上から大地に叩きつけられた。ほんの数瞬のあいだ、地上から突進してくるゴズマの注意がおろそかになっていたのだ。
倒れて地表をもがく冒険者のもとへ、木の上から怪物が殺到する。
飛翔する矢が、そのうちの一体の顔面に炸裂した。
空中でバランスを崩し、その怪物は後頭部から無様に落下していく。
もう一体は空中で炎上した。エクセのファイアバードが命中したのだ。
すかさずダーは覆いかぶさったゴズマの脳天を、気合一閃で叩き割ると、倒れた男の首根っこをひっつかんで、後方へと引きずっていく。
「ルカ、回復を頼む!」
「お任せください」
治療をルカに一任し、ダーはすぐさま戦線に復帰した。
とはいえ空を疾駆するガトルテナガザルを一掃することもできず、戦いは膠着状態に陥っている。なにかよい案はないかとエクセを見れば、彼は何事か思案をめぐらせているようだ。
やがて考えがまとまったか、エクセがこちらへ視線を向けてきた。
「ダー、玄武の珠の加護をお願いします」
ダーは頷くと同時に、すぐさま懐から玄武の珠をとりだした。
それを頭上に掲げ、「玄武障壁」と詠唱する。緑の珠はたちまち四方へ光を放ち、彼らの周囲を透明なドーム状の障壁がつつみこんだ。
「ダー、防御範囲をもっと拡大できませんか?馬車を覆うほど大きく」
「むう、ぶっつけ本番でできるかわからぬが、やってみよう」
ダーはさらに玄武の珠に魔力をこめた。緑の光はさらに輝きを増し、円形の防御壁は徐々にその範囲を拡大させていく。しかしそれにも限界があるようで、隊商全体を覆うほどの大きさにはできなかった。
「ダー、魔力とは形あって無きものです。これ、という絶対的な形はない。その防御壁はおそらく円形以外にも変形が可能だと思います。隊商《キャラバン》全体に薄い皮膜が張るようなイメージをしてみてください」
「やれやれ、注文の多いエルフじゃわい」
ダーは不平を漏らしつつも、そのようにした。
時間はかかったが、何とか隊商全体を覆うような薄い防御壁を完成させると、それをそのまま維持するようにエクセより指示される。こちらの方が、はるかに大変であった。
「ミキモト殿、今こそ、存分にその力を振るってください」
ミキモトの両眼に、ぱっと光がともった。一匹ずつ地道に怪物を退治するのに嫌気が差していた彼にとっては、願っても無い言葉だった。
「遠慮なくいきますね! 流星雨連続突き!!」
ミキモト最大の必殺技が放たれた。
烈風が大気を引き裂き、周辺の木々はまるで竜巻に呑まれた小枝のように宙へと舞った。ダーの張った障壁に保護されているとはいえ、衝撃は皆無とは言いがたい。冒険者や非戦闘員たちは身を縮めて、この局地的な暴風が過ぎ去るのを待った。
すべてが終ったとき、周囲にうごめく影は皆無となっていた。
あれだけいたガトルテナガザルも、ゴズマの姿もない。木々はなぎ倒され、無残な姿を晒している。明らかにオーバーキルだが、不利な戦場で、数え切れぬほどの敵に囲まれて、ひとりの死者もでなかったことを僥倖に思うべきかもしれない。
「ふふふ、どうです。これが異世界勇者の力ですね」
ミキモトは自らの戦功を誇るように胸を反らしている。
スカーテミスやコニンは、じろりと不満げな視線を送った。
ダーの防御あってこその活躍だったはずだが、そういうことは彼の脳裏には微塵も浮かんでこないらしい。ダーはダーとて、気が重かった。こうして力を行使した以上、ごまかしはきかない。カバンジをはじめとする冒険者たちに、隠していた四獣神の珠のことを説明する必要があるだろう。
ともあれエクセの機転でおこなわれたダーとミキモトの初の共同作戦は、こうしてどうにかこうにか成功に終ったのである。
一同がふっと気を抜いた、そのときだった。
「――やれやれ、でたらめなことをするねえ」
どこか緊張感を欠いたセリフがひびきわたった。
それまで誰もいなかった場所に、ひとりの少女が立っている。口許に不敵な笑みを浮かべたまま。ダー、エクセ、コニン、ルカ、クロノたち一行は、その人物が誰か知っている。
――凱魔将、ウルルであった。
見通しの悪い林のなかで、待ち伏せを受けたのである。
全体的な敵の総数はわからない。
「大変だ! 敵がいっぱいいて、あちこちに隠れている」
と護衛リーダーのカバンジが、具体性を欠いた叫び声をあげた。
林のなかで待ち伏せとは、なかなかうまいやり口だ。樹木に視界を遮られて、敵が前後左右どこから襲いかかってくるのか見当がつかない。それに弓矢使いのコニンにとっては、障害物の多いこの地は、かなり攻撃が制限される。周到なことであった。
いったい、野良の怪物にそこまでの知恵があるのだろうか。誰か指揮を執っているボスモンスターがいるのではないか。ダーは目の前の敵を斧で斬りふせながら、そんなことを考えている。
「ダー、護衛対象の隊商《キャラバン》を先に避難させますか?」
馬に乗った冒険者たちを護衛につけて強行突破させ、『フェニックス』が殿をつとめるという提案を、エクセはした。その間も、ひっきりなしに敵の襲撃はつづいている。
クロノの黒い大剣がうなりを生じ、空中からの襲撃者を大地に叩きつけた。襲撃者の正体は、ガトルテナガザルという怪物だった。その名の通り手足の長い、人間ほどの背丈のある怪物で、おもに樹木の上で生活をしている。長い手足を器用に動かし、木の枝などを巧みに利用して俊敏に襲撃を仕掛ける。
地上ではそれほどの脅威ではないが、こうした樹木の林立した場所では最悪の相手であろう。
「それは難しいのう、向こうからもお客が来ておる」
ダーが指摘したとおり、街道にも敵がいる。行く手をふさぐように。
熊のようなその姿。もはや見慣れた敵、ゴズマだ。
「確かにこれじゃ、鈍重な荷馬車が先に進むという選択は不可能だよ」
「はっはっは、ようやく異世界勇者の出番が来たようですね!」
切迫した状況を尻目に、馬上で快活な笑い声をあげているのはミキモトである。ようやく活躍の場が与えられたとばかり、彼は琥珀色の美しいレイピアを天へ向かって突きたてた。
「流星連続突き」
ミキモトが得意の必殺技を放つ。
それはゴズマと、太い木の枝に張りついたガトルテナガザルの二体をまとめてこま切れに粉砕し、さらに威力を損なうことなく背後の樹木を根元から切断した。大木はばさばさと葉音を立てつつ隊商の頭上へと落下してくる。
「ひいっ!!」
荷馬車のなかに隠れていた人々が悲鳴をあげた。
これにはミキモトも驚いたようだ。あわててさらにレイピアを振り回して、落下してくる大木を中空で薄切りのハムのように寸断し、被害を最小限度で食いとめた。
「ミキモト殿、この場所では、あなたの必殺技は危険が大きすぎる」
スカーテミスが馬上で剣を振るいつつ、非難の口調で指摘する。
ミキモトは一瞬、不満げに口をとがらせたが、口に出しては何も言わなかった。その指摘は事実だったからだ。
やむなく彼は、一体ずつ敵を粉砕する方向へとシフトチェンジした。
これには他の冒険者たちも安堵した。もとよりミキモトの技の数々は範囲攻撃に特化したものが多く、轡をならべて闘うには仲間としても危険だったからだ。
考えてみれば、この男の仲間は後ろで追従《おべっか》を並べ立てるだけで、ともに闘おうとはしていなかった。それはこういった事情もあったからではないか、とダーは思う。
彼らの頭上を、ひゅんひゅんとフェイントを交えながら、ガトルテナガザルが軽捷に飛び回る。木々の生い茂る限定的な空間においては、この怪物は翼が生えているがごとく、自在な動きをする。
「ちっ、厄介な相手じゃわい」
いつ木の上から襲撃してくるのか、地上の彼らは待つことしかできない。
そうやって木の上ばかり注視していた冒険者のひとりが、馬上から大地に叩きつけられた。ほんの数瞬のあいだ、地上から突進してくるゴズマの注意がおろそかになっていたのだ。
倒れて地表をもがく冒険者のもとへ、木の上から怪物が殺到する。
飛翔する矢が、そのうちの一体の顔面に炸裂した。
空中でバランスを崩し、その怪物は後頭部から無様に落下していく。
もう一体は空中で炎上した。エクセのファイアバードが命中したのだ。
すかさずダーは覆いかぶさったゴズマの脳天を、気合一閃で叩き割ると、倒れた男の首根っこをひっつかんで、後方へと引きずっていく。
「ルカ、回復を頼む!」
「お任せください」
治療をルカに一任し、ダーはすぐさま戦線に復帰した。
とはいえ空を疾駆するガトルテナガザルを一掃することもできず、戦いは膠着状態に陥っている。なにかよい案はないかとエクセを見れば、彼は何事か思案をめぐらせているようだ。
やがて考えがまとまったか、エクセがこちらへ視線を向けてきた。
「ダー、玄武の珠の加護をお願いします」
ダーは頷くと同時に、すぐさま懐から玄武の珠をとりだした。
それを頭上に掲げ、「玄武障壁」と詠唱する。緑の珠はたちまち四方へ光を放ち、彼らの周囲を透明なドーム状の障壁がつつみこんだ。
「ダー、防御範囲をもっと拡大できませんか?馬車を覆うほど大きく」
「むう、ぶっつけ本番でできるかわからぬが、やってみよう」
ダーはさらに玄武の珠に魔力をこめた。緑の光はさらに輝きを増し、円形の防御壁は徐々にその範囲を拡大させていく。しかしそれにも限界があるようで、隊商全体を覆うほどの大きさにはできなかった。
「ダー、魔力とは形あって無きものです。これ、という絶対的な形はない。その防御壁はおそらく円形以外にも変形が可能だと思います。隊商《キャラバン》全体に薄い皮膜が張るようなイメージをしてみてください」
「やれやれ、注文の多いエルフじゃわい」
ダーは不平を漏らしつつも、そのようにした。
時間はかかったが、何とか隊商全体を覆うような薄い防御壁を完成させると、それをそのまま維持するようにエクセより指示される。こちらの方が、はるかに大変であった。
「ミキモト殿、今こそ、存分にその力を振るってください」
ミキモトの両眼に、ぱっと光がともった。一匹ずつ地道に怪物を退治するのに嫌気が差していた彼にとっては、願っても無い言葉だった。
「遠慮なくいきますね! 流星雨連続突き!!」
ミキモト最大の必殺技が放たれた。
烈風が大気を引き裂き、周辺の木々はまるで竜巻に呑まれた小枝のように宙へと舞った。ダーの張った障壁に保護されているとはいえ、衝撃は皆無とは言いがたい。冒険者や非戦闘員たちは身を縮めて、この局地的な暴風が過ぎ去るのを待った。
すべてが終ったとき、周囲にうごめく影は皆無となっていた。
あれだけいたガトルテナガザルも、ゴズマの姿もない。木々はなぎ倒され、無残な姿を晒している。明らかにオーバーキルだが、不利な戦場で、数え切れぬほどの敵に囲まれて、ひとりの死者もでなかったことを僥倖に思うべきかもしれない。
「ふふふ、どうです。これが異世界勇者の力ですね」
ミキモトは自らの戦功を誇るように胸を反らしている。
スカーテミスやコニンは、じろりと不満げな視線を送った。
ダーの防御あってこその活躍だったはずだが、そういうことは彼の脳裏には微塵も浮かんでこないらしい。ダーはダーとて、気が重かった。こうして力を行使した以上、ごまかしはきかない。カバンジをはじめとする冒険者たちに、隠していた四獣神の珠のことを説明する必要があるだろう。
ともあれエクセの機転でおこなわれたダーとミキモトの初の共同作戦は、こうしてどうにかこうにか成功に終ったのである。
一同がふっと気を抜いた、そのときだった。
「――やれやれ、でたらめなことをするねえ」
どこか緊張感を欠いたセリフがひびきわたった。
それまで誰もいなかった場所に、ひとりの少女が立っている。口許に不敵な笑みを浮かべたまま。ダー、エクセ、コニン、ルカ、クロノたち一行は、その人物が誰か知っている。
――凱魔将、ウルルであった。
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