上 下
117 / 146
第十二章

街道をゆく

しおりを挟む
 街道に転がった小石が馬蹄に蹴散らされて宙に舞った。
 路傍の草はにわかに巻き起こった風をあびて、まどろむように揺らめいた。
 白馬が駆ける。先頭を行くのは派手な衣装を身にまとった男、ミキモトだ。
 その後を追うように駆ける二頭の馬には、それぞれひとりの女性がまたがり、三つの凛々しい眼を前方へと向けている。かたや左目の潰れた女戦士、スカーテミス。もうひとりは銀色の弓を背にした弓矢使い、コニンである。
 その後方から着いてくる馬車の内部では、ふたりの亜人と3人の人間が揺られている。亜人はドワーフ、ダー・ヤーケンウッフと、エルフのエクセ=リアンだ。
 3人の人間は、剛勇の女戦士、クロノトールと、聖職者ルカ。そしてスカーテミスの恋人である金髪の若者、シュロークである。
 このなかで、シュロークのみが戦闘経験というものがない。
 彼らが目的地としているザラマはいま魔王軍との戦争の真っ只中であり、いってみればこの大陸、最大の危険地帯である。そこへシュロークを連れて行くにあたっては、相当にもめた。

「シュローと別れて、遠くで戦うなんて嫌だ」

 と、スカーテミスが駄々をこねたのが騒動の発端であった。

「しかし、危険地帯に戦闘経験のない若者を連れて行くのはのう」

「私も賛成はできかねます。われわれの目的地は、戦乱の渦の中心地。待ち構える運命は困難をきわめますよ」

「それでも、私たちの愛を引き裂くことはできない!」

 ダーとエクセはにがい顔を見合わせた。ザラマが迎え撃っている敵は魔王軍10万もの大軍。そこへ向かうのだから、自分の身は自分で護れるぐらいの武勇は最低限必要である。
 いいにくいことだが、要するに足手まといなのだ。

「シュロークはそれでいいのかの?」

 ダーが水を向けると、柔和な外見の若者は、決然とした声で言ったものだ。

「みなさんのご懸念は理解しているつもりです。ですが、僕も彼女の傍にいたいのです。どうか、一緒に連れて行ってはもらえませんか。きっと僕にもお役に立てることがあります」
 
「ふむ、そこまで腹が据わっているならば否やはない。じゃが、辛い旅になるぞ」

「望むところです」

「いい眼じゃ。よし、ならば共に行こう」

 こうして話はまとまった。
 そしてシュロークの言葉は決して嘘ではなかった。彼の薬草における知識はかなりのものであり、船酔いの薬や馬車酔いの薬、眠気覚ましといった薬をたちどころに調合して一同に配布した。
 ルカの奇跡の力は強力ゆえに回数制限があり、かなり貴重なものなので、こうした細々とした事態に使用する必要がなくなったのは大いにありがたいことであった。

「しかしダー、我々はこのままベールアシュへと向かうことはできませんよ。門をくぐるには、身元証明書を提示する必要があります。私たちが冒険者パスを差し出したが最後、ただちにお縄という羽目になりかねません」

「それはワシも懸念しておった。幸いなことに、ナハンデルで都合してもらった携帯食料には、まだゆとりがある。とりあえずは野営を基本とし、街道沿いに建てられている馬車宿か、神殿にお邪魔できればいいのじゃがな」

 彼らの旅には、様々な困難が横たわっている。そのひとつがヴァルシパル国王が命じた「フェニックス」捕縛令である。ミキモトの識るかぎり、これを国王が撤回したという事実はないという。
 ならば、用心に越したことはない。なるべく危険な道を避け、安全な方法で先を急ぐべきだろう。
 
「――しかし、不思議な話じゃわい」

 ダーは当前のような顔をして、メンバーの一員となっているミキモトを見て思う。
 さまざまな経緯《いきさつ》がからまりあい、かつて追跡隊の急先鋒であったミキモトが、いまやダーと行動を共にしているのである。傍から見れば、かなり皮肉めいた状況であろう。
 
 一行はとりあえずの目的地を、ジェルポートに定めた。
 ジェルポートには彼らに好意的な公爵が土地を治めている。公爵の協力を得て船を出してもらい、そこから海路でザラマへと向かう。とりあえずはそれ以外の方法はないであろう。
 
 ダーたち一行がナハンデルを後にして、二日ほどの刻が経過した時である。
 ミキモトがおもむろに声を発した。 

「前方に、怪物の姿が見えますね。数はざっと20匹」

「――20! はぐれにしては、多い!」

「ヴァルシパルの国土が荒れているという報は、事実であったか」

 それは、彼らがナハンデルで旅の支度をしているとき、斥候からもたらされた情報であった。
 ヴァルシパル国王がナハンデル領へ対して武力討伐をもくろみ、しかも戦況が不利な状況のまま、諸侯から見放される形で終結したという事実は、衝撃を持って王国内に拡散した。
 この討伐戦に加わった諸侯は、それぞれみずからの領土に帰り、防備をかため、ザラマへの救援要請に対してもことごとく無視する姿勢をとっているという。
 ちょっとした内乱状態である。もはや、魔王軍が侵攻する前に、王国の権威は失墜してしまったといっていい。
 
「――野望の代償としては、かなり大きなものを支払ったとみるべきですね」

「呑気に悟っている場合ではないですね」

「どうやら、襲われている人がいるようだよ」

 ミキモトは、異世界勇者の出番とばかり、はりきって敵中に馬を走らせる。
 あわてて後続のふたりも馬の速度を上げ、その後を追う。
 怪物はオークとゴブリンの混生部隊であり、組織だった行動はしていない。襲われているのは、隊商の一団のようであった。オークの死体と護衛の死体がかさなりあい、街道を紅に染めている。
 こうした怪物を退治して回るのは街道警備隊の役割であるが、ダーたちが旅に出て以降、一度もその姿を確認していない。王国の警備機能は、ほぼストップしているとみるべきだろう。

「ようし、御者。できるかぎり近くで馬をとめてくれ」

「か、かしこまりました」

 馬車が止まると同時、冒険者たちは猛烈な勢いで外へと飛び出した。
 すでに先陣を切っていたコニン、スカーテミスたちは怪物どもを次々と射すくめ、斬り倒している。ミキモトは何故かふてくされたような顔をして、馬上で腕を組んでいる。

「どうしたのじゃ、おぬし?」

「どうもこうもないですね。そこの片目の女性が『おまえの力は強力すぎて、みんなを巻きこんでしまう。大人しくしていてくれ』と言って、私の参加を阻むのですね。私だって、手加減ぐらいはできますよ」

「いや、どうかのう?」

「なにか言いましたか?」

「いやいや。この程度の雑魚に対して、異世界勇者の力は必要あるまい、と言ったのよ。ここは我ら従者におまかせあれ」

 そういわれて、ミキモトも悪い気はしなかったようで、

「ようし、さっさと片付けてくるのですね」

 と命じた。ダーは「承知」と、笑みを浮かべて踵を返した。
 その後につづくクロノトールは、不満そうに唇を尖らせている。

「どうした、クロノ?」

「……あいつ、ダーに対して、偉そう……」

「そうじゃのう。もしアレを旅に出た当初に言われておったら、さぞかしむかついていたことじゃろう」

「……もう、むかつかないの……?」

「うむ、今のワシには、代わりに怒ってくれる仲間がおるでの」

 ダーはクロノにぐっと親指を向けた。
 クロノの顔が、花のようにほころんだ。
 次の刹那、ふたりの位置は瞬時に入れ替わっていた。クロノがダーに抱きつこうとして突進し、それを見抜いたダーが敏捷に身をかわしたのだ。
  
「……失敗……」

「そう何度も抱きつきタックルは食らわんわい。頼むから、その力は敵へと向けてくれぬか」

 こっくりと頷いたクロノに、ようやくダーは安堵し、敵影へと突入した。
 彼らが怪物の群れを片付けるのに、さほどの時間は必要としなかった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...