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第十一章

黒装甲の巨神兵

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 視界を覆うように猛然と舞った砂塵は、いまやちりぢりとなって消えている。
 あとは無残なまでにえぐられた地表だけが、その身をさらしていた。
 ファイヤー・カセウェアリー。その破壊力は前代未聞級であった。この大技を放てるのは、大陸広しといえど、朱雀の珠の加護を得た、エクセ以外にいまい。
 強固に築かれたナハンデル陣営の土塁も、その猛烈なまでの爆風により、ほぼ半壊してもとの名残を留めてはいない。
 
 ヴァルシパル軍の前衛も、爆風に巻きこまれ、人馬もろとも後方に吹き飛んでしまった。敵も味方も、ヴァルシパル軍もナハンデル軍も、おずおずといった感じで爆心地へと歩をすすめた。
 そこにひとりの人物が立っていた。
 
 玄武の珠の加護で身を護った、ダー・ヤーケンウッフである。
 彼は半透明のドーム状の障壁を解くと、やれやれといった表情でその場に腰をおろした。
 その彼の視界には、ひとりの人物が倒れ伏している。
 むろん先ほどまで闘っていた相手、ミキモト・ハルカゼだった。
 
 ダーは水のような冷静さで、彼を注視している。
 死んでいるとは微塵も思っていない。異世界勇者の武器は、ただ強烈な破壊力を有しているだけではなく、装備しているとその所有者に一定の防御力も与えるらしい。
 それはダーも識っていることである。
 やがて彼の予想通り、目の前の人物は緩慢に動きはじめた。

「こんな、卑劣なことが、許されると……」

 息もたえだえといった調子ではあるが、悪態をつくだけの余裕はあるらしい。
 ダーはひそかに安堵の吐息をもらすと、口をひらいた。

「許すも許さぬも、これは戦争じゃ。純然たる一騎討ちだと言った覚えはないし、おぬしも申してはおらぬじゃろう。こちらは打てる手をすべて打っただけじゃ」

「くっ、へらず口を……」

 ミキモトは身を起こすと、煤だらけの全身を払った。異世界勇者の武器が防御力を発揮したといっても、あくまで護るのはその装着した人物のみなのだ。派手な道化じみた服装はぼろぼろになり、ほぼ半裸の状態である。
 自慢の髪も、いまはざんばらで見る影もない。

「そもそも、これはヴァルシパル王国内における同士討ちであって、本来ならば行われてはならぬ戦のはずじゃ。われらの敵はあくまで魔王軍。履き違えてはならぬ」

「詭弁を弄するんじゃありませんね、ドワーフめ。君がさっさと珠を国王に返却しないから、こういう事態になってしまったのではないですかね?」

「それも違う。この珠はそれぞれに想いが籠められておる。ワシらのためにこれを貸し与えてくれた人々の想いがのう。この珠を役立ててくれと、彼らは言ったのじゃ。その想いを無為にせぬために、われらはこの珠を活用してゆく。国王が横取りしてよいものではない」

「ヴァルシパル王国内のものは、国王のもの。そう決まっているのですね」

「そんな横暴はまかりとおらぬ。この珠を譲り渡す気はさらさらない。聞こえておるのじゃろう、ヴァルシパル国王陛下」

「聞こえておる、このドワーフめが」

 近衛騎士のとりまきとともに、ひときわ煌びやかな装飾品を身にまとった騎馬が前へと押し出してきた。ヴァルシパル国王その人である。
 
「私はいま、猛烈に後悔しておるよ。なぜあのとき、王宮で貴様の首を刎ねさせなかったのか、とな」

「詮ないことじゃ。ワシはあのとき、ただドワーフの地位を回復させたいと願うだけのはねかえりに過ぎなかった。今は、純粋に、この王国を護ろうと決意しておる」

「それならば、とっととその珠を我が方へとさしだせばよい。それは、おぬしのような亜人風情が持ってよいものではない」
 
「残念ながら、これは貴殿の弟君から承ったもの、そしてフルカ村の村長から、ナハンデルの魔女から譲りうけたもの。彼らは我らを見込んで、これを貸し与えてくれたのじゃ。国王よ、おぬしに真の人徳あらば、この珠はすでに貴殿の手中にあるはず」

「ほほう、ドワーフよ、この期に及んでなおも国王を侮辱するか。誰ぞある。即刻、この者の首を刎ねて、わが馬の脚元に転がしてみせよ」

「それでは僭越ながら、私めが」

 ひとりの巨体の騎士が、すっと国王の横に馬を並べた。

「それならば、私が」

 さらに違う騎士が、名乗りをあげて前へ進み出た。

「いずれも頼もしき勇士よ、許す。いますぐに――」

「ちょっとまった!!」

 ナハンデル陣営から、数名の声がひびきわたる。
 そして複数の馬蹄の音がこちらへと向かってきた。その馬上には、クロノトールが、スカーテミスが、その背後にはコニン、ルカ、エクセの姿もある。

(エクセは疲労困憊の身なのじゃから、無理をせずともよいのに)

 とダーは心配顔でその様子を眺めている。

「馬上での戦いならば、私たちに任せてもらいたい!」

 とスカーテミスが吼えれば、クロノトールも、

「……ダーのためなら、みなごろし……」

 と、物騒なことを口走っている。

「叛徒めが、まだ邪魔だてするか! よかろう、騎士どもよ、わが眼前に奴らの首を陳列してみせよ! 恩賞は思いのままぞ」
 
 恩賞! その言葉に勇躍した騎士数名が、ふたりの女戦士めがけて殺到した。
 ぎらりと無言で黒き長剣を抜き放ったのは、『巨大なる戦女神』『黒装甲の巨神兵』など、さまざまなふたつ名を持つ勇者、クロノトールである。
 その周囲を圧倒するオーラは尋常なものではない。無言のプレッシャーに堪えかねて、騎士たちは奇声をはなちつつ彼女に突進した。
 
 黒い長剣が舞った。鮮血が散った。
 彼女が剣をひとふりするたびに、火花が散り、馬上から人が消える。
 その武勇は生半可なものではなかった。2合も持たず、ほとんどの騎士が彼女の剣にかかって斃れていく。スカーテミスも、呆然として、彼女の活躍を見つめることしかできない。
 
「なにをグズグズしておる、とっととその女を倒せ!!」

 まさに言うは易し、行うは難しである。彼女はまさにヴァルシパル軍にとっての災厄であった。斬る、薙ぐ、払う。あらゆる剣技が一瞬のうちにおこなわれ、その技量に太刀打ちできるものはひとりもいなかった。
 みるみるうちにヴァルシパル側の戦意は損なわれていった。
 いまは騎士たちも歯噛みして、彼女をとりかこむばかりだ。だれも無駄に命を散らそうというものはいない。

「ええい、なにをしておる。誰もあの無礼者の首を刎ねる者はおらぬのか」

 沈黙がその答えであった。
 好きこのんで、みずから死地に赴こうとするものなどいよう筈もなく、国王はひたすら怒りを募らせるばかりである。
 
「ええい、騎士団長アクセルはおらぬか!」

「は、こちらに控えております」

 呼ばれて馬を寄せてきたのは、短い金髪に短い顎鬚をたくわえた、精悍な印象を与える男である。彼こそヴァルシパルの騎士団をとりまとめ、国王の警護のすべてをつかさどる男であった。いってみれば、ヴァルシパルの防衛のすべてを担う男といっても過言ではない。

「今すぐおぬしが、あの者の首を獲ってまいれ!」

「……私が、ですか」

 短い言葉に、いくつもの想いがこめられていた。それは彼に死ねと言っているのと同義だからである。これには周囲にいる騎士たちが慌てた。

「――陛下! そればかりは!」

「アクセル様はこの近衛騎士団の要! どうかお考え直しを!」

 国王はまるで聞く耳を持たない。氷を思わせる冷たい瞳でアクセルを見つめる。
 騎士団長アクセルは、無言でこうべを垂れた。
 彼は国王の臣であり、それを誇りに思ってきた。いまそれを、みずからの死で完結せよと言われているのである。アクセルは腰から剣を抜き、頭上に高く掲げた。
 
 静かに背後の騎士たちを見やる。
 彼らはみな涙に濡れている。
 アクセルは豪胆に笑って見せると、くるりと馬首を返した。
 かれが黒装甲の巨神兵へ――クロノトールへむかって突進する、まさにその瞬間であった。伝令がすばやく国王の下へやってきて、衝撃的な一言を告げた。

「――ガイアザの堅城、ブルーサンシャイン落城!
 ガイアザは陥落し、魔王軍10万がこちらへ向けて進行中!」
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