燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

チャンスに賭けろ

文字の大きさ
上 下
107 / 146
第十一章

ミキモトvsダー その2

しおりを挟む
 ダーの髭が動き、その口は呪文を詠唱しはじめた。

「大いなる天の四神が一、青龍との盟により顕現せよ――サンダー・リザード!」

 ダーの戦斧から、光輝につつまれた蜥蜴がとびだし、一直線に空を走った。ミキモトの顔めがけて放たれたそれは、宙で唐突に方向を変え、地中へとめりこんだ。むなしく大地に電気を放出する。
 二撃、三撃と放たれても同じである。
 ミキモトがパラード(防御)で、ダーの攻撃をはじいているのだ。
 その口許はあざけるように歪んでいる。

「やれやれ、こんなしょぼい魔術が通じると、甘く見られましたかね」

「なに、ほんの前菜じゃよ。メインディッシュまでお待ちあれ」

 言いかえしつつも、ダーは内心舌を巻いている。
 
(やれやれ、まるで当らぬとは。少々まずいのう)

 もちろん、こんな攻撃で倒せる相手とは思っていない。
 だが、こないだキングゴズマ相手に使用したサンダー・ドラゴン。あれはダーの操作できる雷系最大呪文である。これが放ってしまうと、ダーとしては後がなくなる。下手をすれば魔力枯渇で身動きがとれなくなってしまうだろう。

「おやおや、そういいつつ顔色がわるいですね。で、あなたに問いたいのですが、なぜ先ほど緑色の珠をしまったのですか?」

「わしの手の数には限りがあるでのう」

「手の数ではなく、魔力ではないですかね? あなたは何らかの事情で、それを両方同時に扱うことはできないのではないですかねえ?」

 ダーはできるだけ無反応を心がけたが、じつは内心動揺していた。ミキモトの指摘は事実だったからである。彼の魔力では、ふたつの珠を同時に操ることはできない。
 特訓で少しずつマナの最大値をあげる努力を続けていたが、もともと魔法使いの適性がないダーには限界がある。それぞれの珠の力は絶大だが、かれ自身の未熟ゆえ、その力を全解放できないでいるのだ。
 
「悪あがきが終ったなら、今度はこちらの番ですかねえ」

 ミキモトがゆらりとレイピアを頭上へかかげた。この男の悪いクセだ、とダーは思った。
 好機が訪れても、一気呵成に攻めかけるということをしない。この期におよんでも優雅さを気にかける、ミキモトならではの悪癖といえた。

「大いなる天の四神が一、青龍との盟により顕現せよ――」

「まだくりかえしますか、馬鹿のひとつ覚えをね!」

「――サンダー・アリゲーター!!」

「何――っ!?」

 ダーの放つ呪文は、魔法使いが空中魔方陣を描いて精霊を召還するのとは一線を画す。呪文の詠唱、そしてくりかえし練習した、イメージを具象化する作業。脳内でダーがイメージした精霊が、ダイレクトで珠のもつ力によって出現する。
 ふたりが対峙する足元。ぎりぎり接地していない場所に、空中魔方陣が生じた。
 そこから雷《いかづち》を身にまとった鰐《わに》が、その巨躯をあらわした。口が裂けたかと思われるほどの巨大な口腔を上下に広げながら、ミキモトへと突進する。
 ミキモトはうろたえた。明らかに先ほどの防御が通じる相手ではない。

「こしゃくな真似を!」

 もはや並の防御方法では、この攻撃を回避できないと見たのか、ミキモトはふたたび必殺技の態勢にはいった。

「流星連続突きエトワール・フィラント

 本日、二度目の必殺技がミキモトの剣から放たれた。
 風の奔流が、空中でサンダー・アリゲーターと噛みあった。眼がくらむほど光の洪水が生じ、破裂したかのようだった。ダーは後方へと投げ出された。
 二転、三転して、かろうじて立ち上がる。
 ミキモトも同じのようだった。彼も頭をこちらへむけた格好で、うつぶせに倒れていたが、ゆっくりと両手と片膝をついて立ちあがる。額から大粒の汗が流れているのが見て取れる。

「味な技を使いますね。ですがその技は、もう打ち止めでしょう?」

「そういうおぬしも、必殺技は二回目じゃのう。まだまだ余裕があるのかの?」

当たり前です。エヴィダマンさあ、次はあなたを細切れにしてあげますよ」

「そんなにゼーゼー言いながらでは説得力がないのう。本当にドワーフの細切れを作りたいなら、今すぐ出すべきではないか」

「亜人ごときの指図は受けませんね」

「いや、おぬしは出せぬのよ。見ておるかぎり、こちらは魔力マナを消費するが、おぬしは体力を相当に消耗するようじゃ。ワシが見るに、出せてあと一回といったところではないか?」

「てきとうな当て推量をいいますね。もう少し待っていなさい。いまに思い知らせてあげますからね」

 なんとまあわかりやすい男じゃ。ダーはあきれた。これでは、もうちょっと時間をくださいと言っているようなものだ。
 ダーの方も準備がある。彼は青龍の珠をふところにしまい、再び玄武の珠をその手中におさめる。そうした仕草をごまかすため、ダーはあえて違う話題をふった。

「そういえば、あれだけいたおぬしのお供はどこへ行ったのだ? ジェルポートのときは、あれほどチヤホヤされておったのに」

「ふん、今回の戦いはスピードが命。ぐずぐずしている者は置いてきましたね。所詮、彼らは戦力にはなりませんからね」

「そうか。おぬしは最初の亜人を解雇したり、自ら雇い入れた冒険者を置いてきたりと、ほとほとワンマンな男なんじゃのう。それでは誰もついてこないじゃろう」

「おやおや、動揺を誘う手ですかね? 私は異世界勇者なのですよ。この力さえあれば、仲間など不必要なんですよね」

「そうか、そこはワシと違うの。ワシも最初はおぬしと同じであった。自分ひとりで突っ走り、仲間を危険にさらしたこともある。じゃが、今はちがう。仲間を信頼し、互いに支えあっておる」

「フン、それは弱い人間のすることですね。私は違う」
 
「そうじゃのう。おぬしは違う。じゃから、おぬしは敗れる……」

「敗れる? 敗れるといいましたか。やれやれ、増上慢もここにきわまれりですね。――もう会話も充分です。そろそろ細切れになる時間ですよ」

「そうじゃな、こちらもそろそろいい頃合じゃろう」

 ダーがそういった瞬間である。
 にわかに周囲がざわめいた。
 それは後方のヴァルシパル王国軍から発せられたものであった。彼らは頭上を指差して、しきりと何かを口走っている。不審さを覚えたのか、ミキモトも頭上を見た。
 先ほどまでの澄み渡った蒼穹がうそのように、昏い赤に変わっている。
 夕焼けにはまだ早い。雨の気配もない。誰がどう考えても、天変地異が起こったとしか思われない事態である。
 
 ふと、ミキモトはナハンデル陣営を見やった。
 こんな異様な事態にもかかわらず、そちらの方は不自然なほど静まり返っている。まるで、何が起こるのか承知しているように。
 ミキモトの視線が動いた。その視線の先に、ある人物の姿を見出した。
 エクセ=リアンと呼ばれていた、多少の美しさをひけらかす亜人だ。
 彼は土塁の隙間に立って、なにかを詠唱している。その背後には数人の魔法使いらしき連中の姿が見てとれる。
 異様だった。彼らはみな、エクセという亜人の肩や背中に手をあてているのだ。
 何の儀式かいぶかしんだとき、彼は回答にいきあたった。
 この異変は、この連中が引き起こしているのだ。
 
「なにをたくらんでいるか知りませんが、邪魔だてするなら死んでもらいますね」

 ミキモトが攻撃態勢にはいったとき、静かにドワーフの声がひびいた。

「その力は、おのれの身を護るために使った方がよいの。天を見よ――くるぞ」

 ミキモトは空を見た。天から雲が落ちてくる。
 いや、雲につつまれた巨大な物体――あれは鳥だろうか。
 あまりにありえない光景に、ミキモトはしばし呆然とした。そして気付いた。あれはこちらへとまっしぐらに落下してくる。彼は思わず踵をかえした。

「――尻尾を巻いて逃げるなら、さっさとした方がいいのう」
 
 そのダーの言葉が、彼の足を止めた。
 ミキモトは大声で叫んだ。みずからを鼓舞するように。

「亜人風情の技に怯えるほど、落ちぶれてはいませんねえ!!」

 朱雀系最大呪文、ファイヤー・カセウェアリー。
 いまやその巨体は、ふたりの頭上で影を落としている。
 ミキモトは吼え、天空めがけて必殺技を放った。

流星雨連続突きプリュイ・デ・メテオール!!」

 その声が周囲にひびきわたるよりも先に、衝撃波が大地を揺るがした。
 
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中途半端なソウルスティール受けたけど質問ある?

ミクリヤミナミ
ファンタジー
仮想空間で活動する4人のお話です。 1.カールの譚 王都で生活する鍛冶屋のカールは、その腕を見込まれて王宮騎士団の魔王討伐への同行を要請されます。騎士団嫌いの彼は全く乗り気ではありませんがSランク冒険者の3人に説得され嫌々魔王が住む魔都へ向かいます。 2.サトシの譚 現代日本から転生してきたサトシは、ゴブリンの群れに襲われて家族を奪われますが、カール達と出会い力をつけてゆきます。 3.生方蒼甫の譚 研究者の生方蒼甫は脳科学研究の為に実験体であるサトシをVRMMORPG内に放流し観察しようとしますがうまく観察できません。仕方がないので自分もVRMMORPGの中に入る事にしますが…… 4.魔王(フリードリヒ)の譚 西方に住む「魔王」はカール達を自領の「クレータ街」に連れてくることに成功しますが、数百年ぶりに天使の襲撃を2度も目撃します。2度目の襲撃を退けたサトシとルークスに興味を持ちますが……

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...