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第十一章
ミキモトvsダー その2
しおりを挟む ダーの髭が動き、その口は呪文を詠唱しはじめた。
「大いなる天の四神が一、青龍との盟により顕現せよ――サンダー・リザード!」
ダーの戦斧から、光輝につつまれた蜥蜴がとびだし、一直線に空を走った。ミキモトの顔めがけて放たれたそれは、宙で唐突に方向を変え、地中へとめりこんだ。むなしく大地に電気を放出する。
二撃、三撃と放たれても同じである。
ミキモトがパラード(防御)で、ダーの攻撃をはじいているのだ。
その口許はあざけるように歪んでいる。
「やれやれ、こんなしょぼい魔術が通じると、甘く見られましたかね」
「なに、ほんの前菜じゃよ。メインディッシュまでお待ちあれ」
言いかえしつつも、ダーは内心舌を巻いている。
(やれやれ、まるで当らぬとは。少々まずいのう)
もちろん、こんな攻撃で倒せる相手とは思っていない。
だが、こないだキングゴズマ相手に使用したサンダー・ドラゴン。あれはダーの操作できる雷系最大呪文である。これが放ってしまうと、ダーとしては後がなくなる。下手をすれば魔力枯渇で身動きがとれなくなってしまうだろう。
「おやおや、そういいつつ顔色がわるいですね。で、あなたに問いたいのですが、なぜ先ほど緑色の珠をしまったのですか?」
「わしの手の数には限りがあるでのう」
「手の数ではなく、魔力ではないですかね? あなたは何らかの事情で、それを両方同時に扱うことはできないのではないですかねえ?」
ダーはできるだけ無反応を心がけたが、じつは内心動揺していた。ミキモトの指摘は事実だったからである。彼の魔力では、ふたつの珠を同時に操ることはできない。
特訓で少しずつマナの最大値をあげる努力を続けていたが、もともと魔法使いの適性がないダーには限界がある。それぞれの珠の力は絶大だが、かれ自身の未熟ゆえ、その力を全解放できないでいるのだ。
「悪あがきが終ったなら、今度はこちらの番ですかねえ」
ミキモトがゆらりとレイピアを頭上へかかげた。この男の悪いクセだ、とダーは思った。
好機が訪れても、一気呵成に攻めかけるということをしない。この期におよんでも優雅さを気にかける、ミキモトならではの悪癖といえた。
「大いなる天の四神が一、青龍との盟により顕現せよ――」
「まだくりかえしますか、馬鹿のひとつ覚えをね!」
「――サンダー・アリゲーター!!」
「何――っ!?」
ダーの放つ呪文は、魔法使いが空中魔方陣を描いて精霊を召還するのとは一線を画す。呪文の詠唱、そしてくりかえし練習した、イメージを具象化する作業。脳内でダーがイメージした精霊が、ダイレクトで珠のもつ力によって出現する。
ふたりが対峙する足元。ぎりぎり接地していない場所に、空中魔方陣が生じた。
そこから雷《いかづち》を身にまとった鰐《わに》が、その巨躯をあらわした。口が裂けたかと思われるほどの巨大な口腔を上下に広げながら、ミキモトへと突進する。
ミキモトはうろたえた。明らかに先ほどの防御が通じる相手ではない。
「こしゃくな真似を!」
もはや並の防御方法では、この攻撃を回避できないと見たのか、ミキモトはふたたび必殺技の態勢にはいった。
「流星連続突き」
本日、二度目の必殺技がミキモトの剣から放たれた。
風の奔流が、空中でサンダー・アリゲーターと噛みあった。眼がくらむほど光の洪水が生じ、破裂したかのようだった。ダーは後方へと投げ出された。
二転、三転して、かろうじて立ち上がる。
ミキモトも同じのようだった。彼も頭をこちらへむけた格好で、うつぶせに倒れていたが、ゆっくりと両手と片膝をついて立ちあがる。額から大粒の汗が流れているのが見て取れる。
「味な技を使いますね。ですがその技は、もう打ち止めでしょう?」
「そういうおぬしも、必殺技は二回目じゃのう。まだまだ余裕があるのかの?」
「当たり前です。さあ、次はあなたを細切れにしてあげますよ」
「そんなにゼーゼー言いながらでは説得力がないのう。本当にドワーフの細切れを作りたいなら、今すぐ出すべきではないか」
「亜人ごときの指図は受けませんね」
「いや、おぬしは出せぬのよ。見ておるかぎり、こちらは魔力を消費するが、おぬしは体力を相当に消耗するようじゃ。ワシが見るに、出せてあと一回といったところではないか?」
「てきとうな当て推量をいいますね。もう少し待っていなさい。いまに思い知らせてあげますからね」
なんとまあわかりやすい男じゃ。ダーはあきれた。これでは、もうちょっと時間をくださいと言っているようなものだ。
ダーの方も準備がある。彼は青龍の珠をふところにしまい、再び玄武の珠をその手中におさめる。そうした仕草をごまかすため、ダーはあえて違う話題をふった。
「そういえば、あれだけいたおぬしのお供はどこへ行ったのだ? ジェルポートのときは、あれほどチヤホヤされておったのに」
「ふん、今回の戦いはスピードが命。ぐずぐずしている者は置いてきましたね。所詮、彼らは戦力にはなりませんからね」
「そうか。おぬしは最初の亜人を解雇したり、自ら雇い入れた冒険者を置いてきたりと、ほとほとワンマンな男なんじゃのう。それでは誰もついてこないじゃろう」
「おやおや、動揺を誘う手ですかね? 私は異世界勇者なのですよ。この力さえあれば、仲間など不必要なんですよね」
「そうか、そこはワシと違うの。ワシも最初はおぬしと同じであった。自分ひとりで突っ走り、仲間を危険にさらしたこともある。じゃが、今はちがう。仲間を信頼し、互いに支えあっておる」
「フン、それは弱い人間のすることですね。私は違う」
「そうじゃのう。おぬしは違う。じゃから、おぬしは敗れる……」
「敗れる? 敗れるといいましたか。やれやれ、増上慢もここにきわまれりですね。――もう会話も充分です。そろそろ細切れになる時間ですよ」
「そうじゃな、こちらもそろそろいい頃合じゃろう」
ダーがそういった瞬間である。
にわかに周囲がざわめいた。
それは後方のヴァルシパル王国軍から発せられたものであった。彼らは頭上を指差して、しきりと何かを口走っている。不審さを覚えたのか、ミキモトも頭上を見た。
先ほどまでの澄み渡った蒼穹がうそのように、昏い赤に変わっている。
夕焼けにはまだ早い。雨の気配もない。誰がどう考えても、天変地異が起こったとしか思われない事態である。
ふと、ミキモトはナハンデル陣営を見やった。
こんな異様な事態にもかかわらず、そちらの方は不自然なほど静まり返っている。まるで、何が起こるのか承知しているように。
ミキモトの視線が動いた。その視線の先に、ある人物の姿を見出した。
エクセ=リアンと呼ばれていた、多少の美しさをひけらかす亜人だ。
彼は土塁の隙間に立って、なにかを詠唱している。その背後には数人の魔法使いらしき連中の姿が見てとれる。
異様だった。彼らはみな、エクセという亜人の肩や背中に手をあてているのだ。
何の儀式かいぶかしんだとき、彼は回答にいきあたった。
この異変は、この連中が引き起こしているのだ。
「なにをたくらんでいるか知りませんが、邪魔だてするなら死んでもらいますね」
ミキモトが攻撃態勢にはいったとき、静かにドワーフの声がひびいた。
「その力は、おのれの身を護るために使った方がよいの。天を見よ――くるぞ」
ミキモトは空を見た。天から雲が落ちてくる。
いや、雲につつまれた巨大な物体――あれは鳥だろうか。
あまりにありえない光景に、ミキモトはしばし呆然とした。そして気付いた。あれはこちらへとまっしぐらに落下してくる。彼は思わず踵をかえした。
「――尻尾を巻いて逃げるなら、さっさとした方がいいのう」
そのダーの言葉が、彼の足を止めた。
ミキモトは大声で叫んだ。みずからを鼓舞するように。
「亜人風情の技に怯えるほど、落ちぶれてはいませんねえ!!」
朱雀系最大呪文、ファイヤー・カセウェアリー。
いまやその巨体は、ふたりの頭上で影を落としている。
ミキモトは吼え、天空めがけて必殺技を放った。
「流星雨連続突き!!」
その声が周囲にひびきわたるよりも先に、衝撃波が大地を揺るがした。
「大いなる天の四神が一、青龍との盟により顕現せよ――サンダー・リザード!」
ダーの戦斧から、光輝につつまれた蜥蜴がとびだし、一直線に空を走った。ミキモトの顔めがけて放たれたそれは、宙で唐突に方向を変え、地中へとめりこんだ。むなしく大地に電気を放出する。
二撃、三撃と放たれても同じである。
ミキモトがパラード(防御)で、ダーの攻撃をはじいているのだ。
その口許はあざけるように歪んでいる。
「やれやれ、こんなしょぼい魔術が通じると、甘く見られましたかね」
「なに、ほんの前菜じゃよ。メインディッシュまでお待ちあれ」
言いかえしつつも、ダーは内心舌を巻いている。
(やれやれ、まるで当らぬとは。少々まずいのう)
もちろん、こんな攻撃で倒せる相手とは思っていない。
だが、こないだキングゴズマ相手に使用したサンダー・ドラゴン。あれはダーの操作できる雷系最大呪文である。これが放ってしまうと、ダーとしては後がなくなる。下手をすれば魔力枯渇で身動きがとれなくなってしまうだろう。
「おやおや、そういいつつ顔色がわるいですね。で、あなたに問いたいのですが、なぜ先ほど緑色の珠をしまったのですか?」
「わしの手の数には限りがあるでのう」
「手の数ではなく、魔力ではないですかね? あなたは何らかの事情で、それを両方同時に扱うことはできないのではないですかねえ?」
ダーはできるだけ無反応を心がけたが、じつは内心動揺していた。ミキモトの指摘は事実だったからである。彼の魔力では、ふたつの珠を同時に操ることはできない。
特訓で少しずつマナの最大値をあげる努力を続けていたが、もともと魔法使いの適性がないダーには限界がある。それぞれの珠の力は絶大だが、かれ自身の未熟ゆえ、その力を全解放できないでいるのだ。
「悪あがきが終ったなら、今度はこちらの番ですかねえ」
ミキモトがゆらりとレイピアを頭上へかかげた。この男の悪いクセだ、とダーは思った。
好機が訪れても、一気呵成に攻めかけるということをしない。この期におよんでも優雅さを気にかける、ミキモトならではの悪癖といえた。
「大いなる天の四神が一、青龍との盟により顕現せよ――」
「まだくりかえしますか、馬鹿のひとつ覚えをね!」
「――サンダー・アリゲーター!!」
「何――っ!?」
ダーの放つ呪文は、魔法使いが空中魔方陣を描いて精霊を召還するのとは一線を画す。呪文の詠唱、そしてくりかえし練習した、イメージを具象化する作業。脳内でダーがイメージした精霊が、ダイレクトで珠のもつ力によって出現する。
ふたりが対峙する足元。ぎりぎり接地していない場所に、空中魔方陣が生じた。
そこから雷《いかづち》を身にまとった鰐《わに》が、その巨躯をあらわした。口が裂けたかと思われるほどの巨大な口腔を上下に広げながら、ミキモトへと突進する。
ミキモトはうろたえた。明らかに先ほどの防御が通じる相手ではない。
「こしゃくな真似を!」
もはや並の防御方法では、この攻撃を回避できないと見たのか、ミキモトはふたたび必殺技の態勢にはいった。
「流星連続突き」
本日、二度目の必殺技がミキモトの剣から放たれた。
風の奔流が、空中でサンダー・アリゲーターと噛みあった。眼がくらむほど光の洪水が生じ、破裂したかのようだった。ダーは後方へと投げ出された。
二転、三転して、かろうじて立ち上がる。
ミキモトも同じのようだった。彼も頭をこちらへむけた格好で、うつぶせに倒れていたが、ゆっくりと両手と片膝をついて立ちあがる。額から大粒の汗が流れているのが見て取れる。
「味な技を使いますね。ですがその技は、もう打ち止めでしょう?」
「そういうおぬしも、必殺技は二回目じゃのう。まだまだ余裕があるのかの?」
「当たり前です。さあ、次はあなたを細切れにしてあげますよ」
「そんなにゼーゼー言いながらでは説得力がないのう。本当にドワーフの細切れを作りたいなら、今すぐ出すべきではないか」
「亜人ごときの指図は受けませんね」
「いや、おぬしは出せぬのよ。見ておるかぎり、こちらは魔力を消費するが、おぬしは体力を相当に消耗するようじゃ。ワシが見るに、出せてあと一回といったところではないか?」
「てきとうな当て推量をいいますね。もう少し待っていなさい。いまに思い知らせてあげますからね」
なんとまあわかりやすい男じゃ。ダーはあきれた。これでは、もうちょっと時間をくださいと言っているようなものだ。
ダーの方も準備がある。彼は青龍の珠をふところにしまい、再び玄武の珠をその手中におさめる。そうした仕草をごまかすため、ダーはあえて違う話題をふった。
「そういえば、あれだけいたおぬしのお供はどこへ行ったのだ? ジェルポートのときは、あれほどチヤホヤされておったのに」
「ふん、今回の戦いはスピードが命。ぐずぐずしている者は置いてきましたね。所詮、彼らは戦力にはなりませんからね」
「そうか。おぬしは最初の亜人を解雇したり、自ら雇い入れた冒険者を置いてきたりと、ほとほとワンマンな男なんじゃのう。それでは誰もついてこないじゃろう」
「おやおや、動揺を誘う手ですかね? 私は異世界勇者なのですよ。この力さえあれば、仲間など不必要なんですよね」
「そうか、そこはワシと違うの。ワシも最初はおぬしと同じであった。自分ひとりで突っ走り、仲間を危険にさらしたこともある。じゃが、今はちがう。仲間を信頼し、互いに支えあっておる」
「フン、それは弱い人間のすることですね。私は違う」
「そうじゃのう。おぬしは違う。じゃから、おぬしは敗れる……」
「敗れる? 敗れるといいましたか。やれやれ、増上慢もここにきわまれりですね。――もう会話も充分です。そろそろ細切れになる時間ですよ」
「そうじゃな、こちらもそろそろいい頃合じゃろう」
ダーがそういった瞬間である。
にわかに周囲がざわめいた。
それは後方のヴァルシパル王国軍から発せられたものであった。彼らは頭上を指差して、しきりと何かを口走っている。不審さを覚えたのか、ミキモトも頭上を見た。
先ほどまでの澄み渡った蒼穹がうそのように、昏い赤に変わっている。
夕焼けにはまだ早い。雨の気配もない。誰がどう考えても、天変地異が起こったとしか思われない事態である。
ふと、ミキモトはナハンデル陣営を見やった。
こんな異様な事態にもかかわらず、そちらの方は不自然なほど静まり返っている。まるで、何が起こるのか承知しているように。
ミキモトの視線が動いた。その視線の先に、ある人物の姿を見出した。
エクセ=リアンと呼ばれていた、多少の美しさをひけらかす亜人だ。
彼は土塁の隙間に立って、なにかを詠唱している。その背後には数人の魔法使いらしき連中の姿が見てとれる。
異様だった。彼らはみな、エクセという亜人の肩や背中に手をあてているのだ。
何の儀式かいぶかしんだとき、彼は回答にいきあたった。
この異変は、この連中が引き起こしているのだ。
「なにをたくらんでいるか知りませんが、邪魔だてするなら死んでもらいますね」
ミキモトが攻撃態勢にはいったとき、静かにドワーフの声がひびいた。
「その力は、おのれの身を護るために使った方がよいの。天を見よ――くるぞ」
ミキモトは空を見た。天から雲が落ちてくる。
いや、雲につつまれた巨大な物体――あれは鳥だろうか。
あまりにありえない光景に、ミキモトはしばし呆然とした。そして気付いた。あれはこちらへとまっしぐらに落下してくる。彼は思わず踵をかえした。
「――尻尾を巻いて逃げるなら、さっさとした方がいいのう」
そのダーの言葉が、彼の足を止めた。
ミキモトは大声で叫んだ。みずからを鼓舞するように。
「亜人風情の技に怯えるほど、落ちぶれてはいませんねえ!!」
朱雀系最大呪文、ファイヤー・カセウェアリー。
いまやその巨体は、ふたりの頭上で影を落としている。
ミキモトは吼え、天空めがけて必殺技を放った。
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