燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

チャンスに賭けろ

文字の大きさ
上 下
100 / 146
第十章

シュローとテミス その2

しおりを挟む
 「ううむ、どうしたものかのう……」

「そのセリフ、今ので10回目ですよ」

 あきれたようにエクセが指摘した。
 ダーはベッドの上で、それを黙殺した。彼は早々にシュロークの家を辞し、フェニックスの一同と合流した。メンバーには、盗賊とのいざこざについては報告済みである。
 しかし、そのあとの連携練習については、かなり精彩を欠いた。彼がずっとこのことについて思い悩んでいたからである。周囲もこれでは練習にならぬと判断したのだろう、計画していたより、だいぶ早めに練習を切り上げることにした。
 宿へと戻ってからも、ダーの屈託はつづいている。シュロークのことが気がかりなのである。 
 ほんのささいなきっかけで救ったにすぎないが、ダーはシュロークという若者に好感を覚えていた。見殺しにするのは寝覚めが悪い。

(見知らぬ盗賊たちと、追われているテミス。王都でなにかあったのか)

 確認すればよいことなのだが、宿の外はすでに陽が落ち、暗闇があたりを漆黒に染めている。さすがに今からシュロークの家に訪問するのは非常識であろう。

「ずっと悩んでいますね、ダーらしくもない」

「失礼な。ワシだって一応頭がついている。悩みもするわい」

「そういう意味ではありませんよ。私の知るダーであれば、傍若無人。他人の迷惑顧みず、正しいと思ったことを即実行に移す。そういう男だと思っていましたが、どうやら見当違いだったようですね」

「むっ、ワシが日和ったと申すか、エクセ」

「それは自分の心に聞いてみるとよいでしょう」

 ダーもそれは自覚していたことだった。王都を出て、さまざまな人物と出会い、さまざまな出来事と触れてきた。そのなかでダーは、強引さは状況の改善につながらぬと考えるようになったのである。
 しかし今回の事態はどうだろう。なにかいわくありげな女戦士と、事態に巻き込まれただけの若者。あの盗賊どもはあれで引っ込むようなタマだろうか。
 答えは否である。まちがいなく、また若者は危険にさらされる。
 
「よしわかった。確かにワシは、動くのが専門じゃ」

 ダーはすっくと立ち上がった。確かに考えるだけ無駄である。
 こういったときは直感にもとずいて行動あるのみ。ダーはそう決めると、装備をととのえ、戦斧を背中に負った。

「ちょっと待った。ひとりで行こうってんじゃないだろうね」

 コニンがすかさず言った。ダーは一瞬たじろいだ。ひとりで行く気満々だったからだ。

「しかし、今回はワシが勝手に心配して向かうだけのこと。ギルドを通したクエストではない。一文の得にもならぬぞ」

「オレたちだって心配だよ。ダーさんの話を聞いたんだから。その盗賊たちが諦めるわけがないからね」

 クロノも無言でうんうんと頷いている。
 やれやれ。ダーは苦笑いとともにこう言った。

「それではついてまいれ、おひとよし集団!」

「よくそんなことが言えますね。その筆頭が」

 ダーはふたたびその言葉を黙殺し、勢いよく部屋を飛び出した。

―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


「……んん、テミス……?」

 金髪の若者、シュロークはベッドのなかで目覚めた。
 今まで感じていたぬくもりが、消失していたからである。
 不審げにとなりを見ると、一緒に寝ていたはずのテミスの姿がない。
 
「テミス……トイレかな?」

 しかし、待てど暮らせど帰ってこない。さすがに異常を感じて、シュロークは彼女の姿を探した。しかしどこにもその姿がない。便所のなか、寝室の隅、屋根裏部屋。そんなとこにいるはずもないのに。
 探し回った挙句に、ようやくシュロークはテーブルに置いてある手紙に気付いた。
 さびしげに置いてあるそれには「さよなら」と一言の書き文字。
 シュロークが手紙を開くと、中にこうあった。

 ありがとう。さようなら。
 あなたと別れるのが本当につらい。
 これ以上ここにいると、迷惑をかけるばかり。
 だから、お別れです。
 あなたの献身的な愛の代わりに
 私の心臓を置いてゆければよいのに。

 シュロークはこの若者らしくもなく、決意に満ちた顔で手紙を握りつぶした。
 彼女はひとりで、あの盗賊の群れに飛び込むつもりなのだ。怪我を抱えた身体で。

「そんなこと、見過ごすわけにはいかない」

 彼はあわてて荷造りをはじめた。とりあえず生活必需品だけを背嚢に押し込むと、とるものもとりあえず雷のような速さで家を飛び出した。


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


「ひとりで出てくるとは、いい度胸だ」

「てっきり野ネズミのように、こそこそと逃げ回り続けるつもりかと思ったが」

「ぬかせ、徒党しか組めぬような連中が。野ネズミはきさまらだ」

 そう言い放ったのは、片目がつぶれた女戦士、スカーテミスだ。
 夜闇のなか、ビキニアーマーの下で、白くおぼろげに光る包帯が痛々しい。
 彼女はいまや完全装備だった。決意を持ってこの場に臨んでいるのだ。
 
 周囲には、完全に優位をたもって勝利を確信している笑みがとりまいている。
 言うまでもなく、盗賊の集団である。
 位置を特定できぬよう、その全員が革鎧を黒く染めている。
 
「威勢だけはいいな、スカーテミス。今日がきさまの命日だ」

「お前がいくら腕っこきだろうと手負いの身。これだけの人数差、勝ち目などないぞ」

「ぬかせ、たかだか盗賊風情に遅れはとらない!」

 口論をかわしつつ、彼女は冷静に敵の声を聞いていた。
 ざっと10人以上はいるであろうか。
 おのれの技量がどれほど優れていようと、これほどの人数に一斉にかかられては、万が一にも勝てる見込みなどない。だが、せめて前のめりで死んでやる。

「今回はロイイツラの腰抜けは来ないのか?」

「――心配せずとも、来ているさああ」

 低い、聞きおぼえのある独特の口調の声が闇のなかで流れた。

「グローカスの旦那はきさまの首をご所望だあ。塩漬けにして、超特急で王都まで連れて行ってやるよ。ただし、用があるのは首から上だけだあ」

「ぬかせ、逆にきさまの生首を、グローカスに送ってやる」

 ぐげげげと不気味な嘲笑がひびいた。
 
「さて、楽しい会話もそろそろ終りだあ。後はきさまの首に話かけるとしようう」

「簡単に出来ると思うなよ」

 スカーテミスは、跳躍した。
 彼女が立っていた場所に、数本の短剣が突き刺さった。
 腰の剣をぬきはなち、彼女は駆けている。
 大勢を相手にして少数が勝つには、敵の頭を潰すしかない。
 
「――ロイイツラ、覚悟!!」

 にやにやと笑いを張り付かせている男に、いっさんに斬りかかった。
 だが、その刃はロイイツラには届かない。その前にふたりの盗賊があらわれ、その剣を受けたからだ。
 くっと唇を噛みしめて、彼女はさっと後退した。包囲されるのを避けたのだ。
 唯一の希望だった奇襲を阻止され、テミスは防戦一方に立たされた。
 
 それでも彼女は、卓越した剣士であることを技量によって示した。
 位置をたくみに変えながら、追ってくる盗賊と切り結び、投擲された短剣をはじき、逆にひとりの盗賊を斬りふせる。
 彼女が背にした大木に、短剣が突き立った。
 いつまでも同じ位置にいるほど、彼女はまぬけではなかった。
 だが、それも時間の問題だった。なにしろ敵の人数は多く、彼女はとにかく攻撃をもらわないように走りつづけなければならない。
 いつのまにか彼女は肩で息をしていた。汗で全身が不快に湿っていく。

「奴は左目がないんだあ、左から狙えよお」

 ロイイツラの声が闇に響く。敵の動きが明確に変わった。
 彼女の死角である左側に回りこむように攻撃を仕掛けてくるようになった。テミスとしては、右目で相手を捉えざるを得ず、首を向けて敵の攻撃を回避しなくてはならなくなった。
 一動作遅れる。それが命取りとなった。
 敵の刃が、彼女の皮膚を裂いた。
 
「うぐっ」と、悲鳴を押し殺し、彼女はその男を蹴り飛ばし、距離をとった。
 不意に膝から力が抜け、がくりとその場にひざまずいた。

「なんだ、まさか……」

「まさかも何もねえ。毒が仕込んであるのよ」

「さんざん手こずらせてくれたが、これでお仕舞いだ」

「へっへっへ、死ぬ前に楽しませてやるぜ」

 勝利に酔った連中が、彼女の周りをとりまいた。
 もはや痺れは全身にまわり、彼女は抵抗すらできない。

「ここまでか……無念な……」

 彼女は観念して右目を閉じた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

処理中です...