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第十章
シュローとテミス その2
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「ううむ、どうしたものかのう……」
「そのセリフ、今ので10回目ですよ」
あきれたようにエクセが指摘した。
ダーはベッドの上で、それを黙殺した。彼は早々にシュロークの家を辞し、フェニックスの一同と合流した。メンバーには、盗賊とのいざこざについては報告済みである。
しかし、そのあとの連携練習については、かなり精彩を欠いた。彼がずっとこのことについて思い悩んでいたからである。周囲もこれでは練習にならぬと判断したのだろう、計画していたより、だいぶ早めに練習を切り上げることにした。
宿へと戻ってからも、ダーの屈託はつづいている。シュロークのことが気がかりなのである。
ほんのささいなきっかけで救ったにすぎないが、ダーはシュロークという若者に好感を覚えていた。見殺しにするのは寝覚めが悪い。
(見知らぬ盗賊たちと、追われているテミス。王都でなにかあったのか)
確認すればよいことなのだが、宿の外はすでに陽が落ち、暗闇があたりを漆黒に染めている。さすがに今からシュロークの家に訪問するのは非常識であろう。
「ずっと悩んでいますね、ダーらしくもない」
「失礼な。ワシだって一応頭がついている。悩みもするわい」
「そういう意味ではありませんよ。私の知るダーであれば、傍若無人。他人の迷惑顧みず、正しいと思ったことを即実行に移す。そういう男だと思っていましたが、どうやら見当違いだったようですね」
「むっ、ワシが日和ったと申すか、エクセ」
「それは自分の心に聞いてみるとよいでしょう」
ダーもそれは自覚していたことだった。王都を出て、さまざまな人物と出会い、さまざまな出来事と触れてきた。そのなかでダーは、強引さは状況の改善につながらぬと考えるようになったのである。
しかし今回の事態はどうだろう。なにかいわくありげな女戦士と、事態に巻き込まれただけの若者。あの盗賊どもはあれで引っ込むようなタマだろうか。
答えは否である。まちがいなく、また若者は危険にさらされる。
「よしわかった。確かにワシは、動くのが専門じゃ」
ダーはすっくと立ち上がった。確かに考えるだけ無駄である。
こういったときは直感にもとずいて行動あるのみ。ダーはそう決めると、装備をととのえ、戦斧を背中に負った。
「ちょっと待った。ひとりで行こうってんじゃないだろうね」
コニンがすかさず言った。ダーは一瞬たじろいだ。ひとりで行く気満々だったからだ。
「しかし、今回はワシが勝手に心配して向かうだけのこと。ギルドを通したクエストではない。一文の得にもならぬぞ」
「オレたちだって心配だよ。ダーさんの話を聞いたんだから。その盗賊たちが諦めるわけがないからね」
クロノも無言でうんうんと頷いている。
やれやれ。ダーは苦笑いとともにこう言った。
「それではついてまいれ、おひとよし集団!」
「よくそんなことが言えますね。その筆頭が」
ダーはふたたびその言葉を黙殺し、勢いよく部屋を飛び出した。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
「……んん、テミス……?」
金髪の若者、シュロークはベッドのなかで目覚めた。
今まで感じていたぬくもりが、消失していたからである。
不審げにとなりを見ると、一緒に寝ていたはずのテミスの姿がない。
「テミス……トイレかな?」
しかし、待てど暮らせど帰ってこない。さすがに異常を感じて、シュロークは彼女の姿を探した。しかしどこにもその姿がない。便所のなか、寝室の隅、屋根裏部屋。そんなとこにいるはずもないのに。
探し回った挙句に、ようやくシュロークはテーブルに置いてある手紙に気付いた。
さびしげに置いてあるそれには「さよなら」と一言の書き文字。
シュロークが手紙を開くと、中にこうあった。
ありがとう。さようなら。
あなたと別れるのが本当につらい。
これ以上ここにいると、迷惑をかけるばかり。
だから、お別れです。
あなたの献身的な愛の代わりに
私の心臓を置いてゆければよいのに。
シュロークはこの若者らしくもなく、決意に満ちた顔で手紙を握りつぶした。
彼女はひとりで、あの盗賊の群れに飛び込むつもりなのだ。怪我を抱えた身体で。
「そんなこと、見過ごすわけにはいかない」
彼はあわてて荷造りをはじめた。とりあえず生活必需品だけを背嚢に押し込むと、とるものもとりあえず雷のような速さで家を飛び出した。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
「ひとりで出てくるとは、いい度胸だ」
「てっきり野ネズミのように、こそこそと逃げ回り続けるつもりかと思ったが」
「ぬかせ、徒党しか組めぬような連中が。野ネズミはきさまらだ」
そう言い放ったのは、片目がつぶれた女戦士、スカーテミスだ。
夜闇のなか、ビキニアーマーの下で、白くおぼろげに光る包帯が痛々しい。
彼女はいまや完全装備だった。決意を持ってこの場に臨んでいるのだ。
周囲には、完全に優位をたもって勝利を確信している笑みがとりまいている。
言うまでもなく、盗賊の集団である。
位置を特定できぬよう、その全員が革鎧を黒く染めている。
「威勢だけはいいな、スカーテミス。今日がきさまの命日だ」
「お前がいくら腕っこきだろうと手負いの身。これだけの人数差、勝ち目などないぞ」
「ぬかせ、たかだか盗賊風情に遅れはとらない!」
口論をかわしつつ、彼女は冷静に敵の声を聞いていた。
ざっと10人以上はいるであろうか。
おのれの技量がどれほど優れていようと、これほどの人数に一斉にかかられては、万が一にも勝てる見込みなどない。だが、せめて前のめりで死んでやる。
「今回はロイイツラの腰抜けは来ないのか?」
「――心配せずとも、来ているさああ」
低い、聞きおぼえのある独特の口調の声が闇のなかで流れた。
「グローカスの旦那はきさまの首をご所望だあ。塩漬けにして、超特急で王都まで連れて行ってやるよ。ただし、用があるのは首から上だけだあ」
「ぬかせ、逆にきさまの生首を、グローカスに送ってやる」
ぐげげげと不気味な嘲笑がひびいた。
「さて、楽しい会話もそろそろ終りだあ。後はきさまの首に話かけるとしようう」
「簡単に出来ると思うなよ」
スカーテミスは、跳躍した。
彼女が立っていた場所に、数本の短剣が突き刺さった。
腰の剣をぬきはなち、彼女は駆けている。
大勢を相手にして少数が勝つには、敵の頭を潰すしかない。
「――ロイイツラ、覚悟!!」
にやにやと笑いを張り付かせている男に、いっさんに斬りかかった。
だが、その刃はロイイツラには届かない。その前にふたりの盗賊があらわれ、その剣を受けたからだ。
くっと唇を噛みしめて、彼女はさっと後退した。包囲されるのを避けたのだ。
唯一の希望だった奇襲を阻止され、テミスは防戦一方に立たされた。
それでも彼女は、卓越した剣士であることを技量によって示した。
位置をたくみに変えながら、追ってくる盗賊と切り結び、投擲された短剣をはじき、逆にひとりの盗賊を斬りふせる。
彼女が背にした大木に、短剣が突き立った。
いつまでも同じ位置にいるほど、彼女はまぬけではなかった。
だが、それも時間の問題だった。なにしろ敵の人数は多く、彼女はとにかく攻撃をもらわないように走りつづけなければならない。
いつのまにか彼女は肩で息をしていた。汗で全身が不快に湿っていく。
「奴は左目がないんだあ、左から狙えよお」
ロイイツラの声が闇に響く。敵の動きが明確に変わった。
彼女の死角である左側に回りこむように攻撃を仕掛けてくるようになった。テミスとしては、右目で相手を捉えざるを得ず、首を向けて敵の攻撃を回避しなくてはならなくなった。
一動作遅れる。それが命取りとなった。
敵の刃が、彼女の皮膚を裂いた。
「うぐっ」と、悲鳴を押し殺し、彼女はその男を蹴り飛ばし、距離をとった。
不意に膝から力が抜け、がくりとその場にひざまずいた。
「なんだ、まさか……」
「まさかも何もねえ。毒が仕込んであるのよ」
「さんざん手こずらせてくれたが、これでお仕舞いだ」
「へっへっへ、死ぬ前に楽しませてやるぜ」
勝利に酔った連中が、彼女の周りをとりまいた。
もはや痺れは全身にまわり、彼女は抵抗すらできない。
「ここまでか……無念な……」
彼女は観念して右目を閉じた。
「そのセリフ、今ので10回目ですよ」
あきれたようにエクセが指摘した。
ダーはベッドの上で、それを黙殺した。彼は早々にシュロークの家を辞し、フェニックスの一同と合流した。メンバーには、盗賊とのいざこざについては報告済みである。
しかし、そのあとの連携練習については、かなり精彩を欠いた。彼がずっとこのことについて思い悩んでいたからである。周囲もこれでは練習にならぬと判断したのだろう、計画していたより、だいぶ早めに練習を切り上げることにした。
宿へと戻ってからも、ダーの屈託はつづいている。シュロークのことが気がかりなのである。
ほんのささいなきっかけで救ったにすぎないが、ダーはシュロークという若者に好感を覚えていた。見殺しにするのは寝覚めが悪い。
(見知らぬ盗賊たちと、追われているテミス。王都でなにかあったのか)
確認すればよいことなのだが、宿の外はすでに陽が落ち、暗闇があたりを漆黒に染めている。さすがに今からシュロークの家に訪問するのは非常識であろう。
「ずっと悩んでいますね、ダーらしくもない」
「失礼な。ワシだって一応頭がついている。悩みもするわい」
「そういう意味ではありませんよ。私の知るダーであれば、傍若無人。他人の迷惑顧みず、正しいと思ったことを即実行に移す。そういう男だと思っていましたが、どうやら見当違いだったようですね」
「むっ、ワシが日和ったと申すか、エクセ」
「それは自分の心に聞いてみるとよいでしょう」
ダーもそれは自覚していたことだった。王都を出て、さまざまな人物と出会い、さまざまな出来事と触れてきた。そのなかでダーは、強引さは状況の改善につながらぬと考えるようになったのである。
しかし今回の事態はどうだろう。なにかいわくありげな女戦士と、事態に巻き込まれただけの若者。あの盗賊どもはあれで引っ込むようなタマだろうか。
答えは否である。まちがいなく、また若者は危険にさらされる。
「よしわかった。確かにワシは、動くのが専門じゃ」
ダーはすっくと立ち上がった。確かに考えるだけ無駄である。
こういったときは直感にもとずいて行動あるのみ。ダーはそう決めると、装備をととのえ、戦斧を背中に負った。
「ちょっと待った。ひとりで行こうってんじゃないだろうね」
コニンがすかさず言った。ダーは一瞬たじろいだ。ひとりで行く気満々だったからだ。
「しかし、今回はワシが勝手に心配して向かうだけのこと。ギルドを通したクエストではない。一文の得にもならぬぞ」
「オレたちだって心配だよ。ダーさんの話を聞いたんだから。その盗賊たちが諦めるわけがないからね」
クロノも無言でうんうんと頷いている。
やれやれ。ダーは苦笑いとともにこう言った。
「それではついてまいれ、おひとよし集団!」
「よくそんなことが言えますね。その筆頭が」
ダーはふたたびその言葉を黙殺し、勢いよく部屋を飛び出した。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
「……んん、テミス……?」
金髪の若者、シュロークはベッドのなかで目覚めた。
今まで感じていたぬくもりが、消失していたからである。
不審げにとなりを見ると、一緒に寝ていたはずのテミスの姿がない。
「テミス……トイレかな?」
しかし、待てど暮らせど帰ってこない。さすがに異常を感じて、シュロークは彼女の姿を探した。しかしどこにもその姿がない。便所のなか、寝室の隅、屋根裏部屋。そんなとこにいるはずもないのに。
探し回った挙句に、ようやくシュロークはテーブルに置いてある手紙に気付いた。
さびしげに置いてあるそれには「さよなら」と一言の書き文字。
シュロークが手紙を開くと、中にこうあった。
ありがとう。さようなら。
あなたと別れるのが本当につらい。
これ以上ここにいると、迷惑をかけるばかり。
だから、お別れです。
あなたの献身的な愛の代わりに
私の心臓を置いてゆければよいのに。
シュロークはこの若者らしくもなく、決意に満ちた顔で手紙を握りつぶした。
彼女はひとりで、あの盗賊の群れに飛び込むつもりなのだ。怪我を抱えた身体で。
「そんなこと、見過ごすわけにはいかない」
彼はあわてて荷造りをはじめた。とりあえず生活必需品だけを背嚢に押し込むと、とるものもとりあえず雷のような速さで家を飛び出した。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―
「ひとりで出てくるとは、いい度胸だ」
「てっきり野ネズミのように、こそこそと逃げ回り続けるつもりかと思ったが」
「ぬかせ、徒党しか組めぬような連中が。野ネズミはきさまらだ」
そう言い放ったのは、片目がつぶれた女戦士、スカーテミスだ。
夜闇のなか、ビキニアーマーの下で、白くおぼろげに光る包帯が痛々しい。
彼女はいまや完全装備だった。決意を持ってこの場に臨んでいるのだ。
周囲には、完全に優位をたもって勝利を確信している笑みがとりまいている。
言うまでもなく、盗賊の集団である。
位置を特定できぬよう、その全員が革鎧を黒く染めている。
「威勢だけはいいな、スカーテミス。今日がきさまの命日だ」
「お前がいくら腕っこきだろうと手負いの身。これだけの人数差、勝ち目などないぞ」
「ぬかせ、たかだか盗賊風情に遅れはとらない!」
口論をかわしつつ、彼女は冷静に敵の声を聞いていた。
ざっと10人以上はいるであろうか。
おのれの技量がどれほど優れていようと、これほどの人数に一斉にかかられては、万が一にも勝てる見込みなどない。だが、せめて前のめりで死んでやる。
「今回はロイイツラの腰抜けは来ないのか?」
「――心配せずとも、来ているさああ」
低い、聞きおぼえのある独特の口調の声が闇のなかで流れた。
「グローカスの旦那はきさまの首をご所望だあ。塩漬けにして、超特急で王都まで連れて行ってやるよ。ただし、用があるのは首から上だけだあ」
「ぬかせ、逆にきさまの生首を、グローカスに送ってやる」
ぐげげげと不気味な嘲笑がひびいた。
「さて、楽しい会話もそろそろ終りだあ。後はきさまの首に話かけるとしようう」
「簡単に出来ると思うなよ」
スカーテミスは、跳躍した。
彼女が立っていた場所に、数本の短剣が突き刺さった。
腰の剣をぬきはなち、彼女は駆けている。
大勢を相手にして少数が勝つには、敵の頭を潰すしかない。
「――ロイイツラ、覚悟!!」
にやにやと笑いを張り付かせている男に、いっさんに斬りかかった。
だが、その刃はロイイツラには届かない。その前にふたりの盗賊があらわれ、その剣を受けたからだ。
くっと唇を噛みしめて、彼女はさっと後退した。包囲されるのを避けたのだ。
唯一の希望だった奇襲を阻止され、テミスは防戦一方に立たされた。
それでも彼女は、卓越した剣士であることを技量によって示した。
位置をたくみに変えながら、追ってくる盗賊と切り結び、投擲された短剣をはじき、逆にひとりの盗賊を斬りふせる。
彼女が背にした大木に、短剣が突き立った。
いつまでも同じ位置にいるほど、彼女はまぬけではなかった。
だが、それも時間の問題だった。なにしろ敵の人数は多く、彼女はとにかく攻撃をもらわないように走りつづけなければならない。
いつのまにか彼女は肩で息をしていた。汗で全身が不快に湿っていく。
「奴は左目がないんだあ、左から狙えよお」
ロイイツラの声が闇に響く。敵の動きが明確に変わった。
彼女の死角である左側に回りこむように攻撃を仕掛けてくるようになった。テミスとしては、右目で相手を捉えざるを得ず、首を向けて敵の攻撃を回避しなくてはならなくなった。
一動作遅れる。それが命取りとなった。
敵の刃が、彼女の皮膚を裂いた。
「うぐっ」と、悲鳴を押し殺し、彼女はその男を蹴り飛ばし、距離をとった。
不意に膝から力が抜け、がくりとその場にひざまずいた。
「なんだ、まさか……」
「まさかも何もねえ。毒が仕込んであるのよ」
「さんざん手こずらせてくれたが、これでお仕舞いだ」
「へっへっへ、死ぬ前に楽しませてやるぜ」
勝利に酔った連中が、彼女の周りをとりまいた。
もはや痺れは全身にまわり、彼女は抵抗すらできない。
「ここまでか……無念な……」
彼女は観念して右目を閉じた。
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