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第九章

ティー・タイム

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 案内された部屋は窓もなにもなかった。
 例のように室内はそのまま野外へつながっているかのような、不可解なほどの清冽な青さで満ちている。思わずダーも、コニンも、クロノも、いやヴィアンカをのぞく全員が青く染まった天井を見上げた。
 積雲らしき白いものがゆったりと移動して見えるのは、気のせいではあるまい。
 その様子を満足げに見やったヴィアンカは、楕円形のテーブルの周囲に配置されている椅子をすすめ、本人は室外へと退場した。
 やがてカップを6つ載せた木の板を、片手の人差し指と親指のみで支えて戻ってきた。あらかじめ準備しておいたのではないかと思われるほどの迅速さである。
 盆をひっくり返さぬか周囲がはらはらして見守るなか、ヴィアンカは華麗ともいえる手つきでカップをそれぞれの手前へ置いていく。

「さ、このヴィアンカが手ずから煎れたお茶ですからね。ちゃんと味わって」

 といわれて、一同は気まずそうに互いの顔を見やった。
 この魔女の性格である。どんな成分が含まれているか知れたものではない。その様子を不満げに見つめていたヴィアンカは、手に持った自身のカップを、ぐいっと一気にあおった。
 
「どう、毒見は終わったわよ」

 そういって、じろりと一同を睥睨する。しぶしぶ他のメンバーはカップに口をつけた。
 意外な清涼感が喉を潤すのがわかる。しかも、これまで蓄積された疲労が解消されるような感覚がある。一同のおどろくさまを満足そうに見やった深緑の魔女は、お茶に含まれた滋養成分などを細かく解説しだした。それを真面目に聞いているのはエクセだけで、他はおいしいねーと凡百な感想を口にするだけであった。魔女はいくぶん不満そうに唇を尖らせていたが、「まあいいわ」とあっさり不問に付した。

「それでひとつ、あなたには質問があるのですが」

「なにかしら、3サイズ以外なら答えられると思うわ」

「この玄武の珠を、あなたが所持していた理由です」
 
「そうくると思ったわ。でも残念ながら、私もこの珠については、お師匠から受け継いだだけなんで、細かい事情は知らないのよ」

「魔女のお師匠さまですか?」

「そうよ、魔女は幼少の頃から素質ある子供を見繕って教育されるの。私はその、栄えある素質ある子供のひとりってわけ」

「つまりは人さらいかのう」

「人さらいかのう、じゃないわよ。誰がお子様をさらうのよ。魔女学というのは文字の読み書きから始まって、高度な薬学知識まで要求される――つまりは、さまざまな教養を身につける必要がある高度な学問なのよ。いやいや教え込んだところで得ることはできないわ」

「そのお師匠から、玄武の珠を与えられたということかの」

「そうよ、免許皆伝のおまけにね。魔女として駆け出しの私でも、どのような重要なものを与えられたのかは理解できたわ。緊張感で背筋が伸びる思いだったわよ」

「傲岸不遜を絵に描いて、額縁に飾ったような性格のおぬしがのう」

「そうそう、その額縁は立派な部屋のアクセントになって――って、違うわよ。あんまりなめてると殺すわよ」

「ノリのいい魔女じゃ」

「変なことで感心されても困るけど。私も師匠から詳しいことは聞いてないの。ただ、この珠は師から弟子へと、代々受け継がれてきたと言っていたわ。それは今から二百年ほど昔から行われてきたことだ、と」

「二百年ほど前――ちょうど前回、邪神ハーデラが復活し、勇者たちに退治された年から、ということになりますね」

「まったく不可思議な話じゃわい、それぞれの四神を奉る大神殿に置いてある珠はいずれもレプリカ。本物はこうしてあちこちの人の手に渡り、点在しているとはな」

「あの忌まわしい王から守護するためじゃなくて? まったくイラつく連中ね」

 ヴィアンカはそのときのことを思い出したのか。ぷりぷりと唇を尖らせている。

「ということは国王は、あなたの所持している玄武の珠の存在を知っていたということですね」

「まったく、あんな亜人差別しまくりのバカ王に、大切な珠を渡してたまるものですか」

 不敬罪で独房にぶちこまれそうなことを、堂々と口にする魔女。しかし亜人嫌いな王を嫌いということは――

「ヴィアンカ、あなたひょっとして、亜人なのですか?」

 思い切ってエクセが、ストレートにたずねてみた。
 するとヴィアンカは微妙な表情になり、

「半分だけ正解ね、あたし、ハーフ・エルフなの」

「なんと……?」

 さすがのダーも口が半開きになった。
 人間とエルフの混血、それがハーフ・エルフだ。しかし考えてみればこの人間離れした美貌、強大な魔術の才能。単なるヒューマンではないと考えればしっくりくる。
 そういう背景があれば大いに納得である。あの国王の使者が来たのならば、さぞ傲慢な態度で臨んだことはまちがいない。ヴィアンカの逆鱗に触れぬわけがない。

「まったく、ムカつくやつら。文字通りケツに火をつけて追い返してやったわ」

 と、誇らしげに豊満な胸をそらすヴィアンカ。しかし仮に一国の王の使いを追い返したということであれば、外交上の問題になりはしないものか。

「ああ、そのあたりは大丈夫。さすがに頭のおかしな国王でも、異世界勇者に魔王軍退治を依頼するほど切羽詰まった状況で、ナハンデル領へ兵を派遣するなどといったオバカな真似はしないでしょ」

「計算どおりというわけか。短気なのかしたたかなのかよくわからぬ女じゃわい」

「そのよくわからぬ女が死守したおかげで、玄武の珠が入手できたのをお忘れなく」

 ヴィアンカはきっちりと釘を刺しておくことを忘れなかった。
 さて、玄武の珠を入手したはいいが、まだ使い道がまるでわからないという問題が残っている。どのようにして珠に秘められた力を解放していくのか。また極限状態に陥らなくては発動できぬでは話にもならない。
 それにダーの魔力も以前より上がったとはいえ、余計な横槍が入ったおかげで修行が中途で止まったままである。
 ダーは面倒くさいといわんばかりに両手をあげた。

「やれやれ、これでは時間がいくらあっても足らぬわい」

「あら、それどころじゃないわ。あなたたちはますます忙しくなるわよ」

「どういうことじゃ?」

 あれだけの活躍をしたんですもの。ウォフラム・レネロスから褒美と豪華なパーティーに招かれるでしょうね」

「うええええパーティー大嫌い」

 コニンが露骨に顔をしかめた。
 もとよりこの娘は、そういう堅苦しい世界が嫌いで、実家の男爵家を逃げ出してきた経緯がある。ダーとエクセも、そうした立派な人々が参列するような席が得意というわけではないし、剣奴隷あがりのクロノトールにいたっては、テーブルマナーどころの騒ぎではない。

「……これは早々に逃げ出したほうが無難かのう」

「あら、あなた方の逃げ場所だなんて、天地広しといえどここナハンデル領ぐらいのものよ。あきらめなさいね」

 とヴィアンカは毒を含んだ、完全におもしろがっている笑みを浮かべた。


――後日。杞憂は現実のものとなった。ダーたちの歓迎パーティーはヴィアンカの予告どおり開催され、一同は大いに困惑する羽目になった。
 エクセとヴィアンカはエルフの正装であらわれて、周囲の視線を独占し、ダーはいつもどおりの冒険者姿で周囲を辟易とさせた。ルカも同様にいつもの黒い衣装のまま。コニンはさすがに元貴族の娘らしく、ドレス姿で参加して、別人のように可愛らしくみえた。
 特に苦労したのはクロノで、さすがにいつもの甲冑姿でパーティーに参加するわけにもいかず、かといって彼女の身体に合うドレスなど存在しない。結局、男性用の服を身にまとう羽目になり、始終うんざりした表情を浮かべていたものだ。
 
 さて、このメンバーがあつまって何事も起こらぬはずもなく、パーティーの真っ最中、ちょっとしたひと騒動が起こったのだが、今回は割愛するとしよう――。
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