燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第九章

トラ退治

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 投げた短剣の刃はどす黒く、何か液体のようなものが付着していた。あきらかに毒のたぐいであろう。
 デルトラの表情に残忍な笑みがふくれあがった。
 が、それはたちまちのうちに、しぼんだ。
 短剣は何かに弾かれるように空中で急降下し、硬質な音をたてて床にころがった。

「そんな真似、やすやすと私がさせるわけないじゃない」

 と、一笑に付したのがヴィアンカであった。
 すでに領主の周囲に、ごく小さな障壁を張り巡らせていたのである。いわばこれは、デルトラを激昂させるための罠であった。まんまとデルトラは引っかかった。その罠めがけて猪突猛進したようなものである。 
 
「皆の者、デルトラをとりおさえよ!」

 領主に命じられるまでもない。
 すでに衛兵が駆けつけ、逃走しようとした彼の退路をふさいでいる。

「ええい離さぬか無礼者が、俺を誰だと思っておるか!!」

 最後まで狂態をさらしつつ、デルトラはその場にいたダーたちにとりおさえられ、縛につくこととなった。

「ちなみにね、あなたがやとったドンマイケル君は、本当は死んでしまって、この世にはいないのよ」

 事実であった。呪術者はダーたちに取り押さえられたあと、急に烈しく悶絶し、絶命した。
 いかにも暗殺を生業とする男らしく、瞬時に毒を口に含んだものらしい。雇い主の秘密は決してしゃべらぬというわけだ。
 名も知らぬ呪術者は、こうして名すら知られぬまま世を去ったのである。

「――な、なにい? すると、かまをかけよったか!?」

「当然よ。あなたにそれくらい腹が据わったところがあれば、こちらとしては切り札がなかったのよ。それを自らぶちこわして、べらべらしゃべってくれたものだから、大助かりね」

「くう、覚えておれ、この魔女めが」

「ああ、たった今忘れちゃった。わたし健忘症の気があるのよね」

「ぐう、この  売女バイタが、おぼえておれえぇぇぇぇ」

「あー聞こえない聞こえない」

 ヴィアンカは大げさな身振りで耳をふさいだ。デルトラは両脇を駆けつけた衛兵に抱えられ、歯ぎしりしつつ退場するところである。
 負け犬の遠吠えにも似た、遠ざかるデルトラの声は徐々に小さくなって、やがて消えた。広間には誰ともつかぬ、ほっと安堵感のつまった吐息が流れた。
 
「さて、諸君にはとてつもない失態を見せてしまったな。申し訳ない」

「立ち入ったことをうかがうようじゃが、領主どのとデルトラどのは血縁関係はないのであろう。なぜあの男がこのような凶行に及んだのか、領主どのは理解されておると思うが」

「もともと俺は婿養子でな。ナハンデルへ忠勤一筋。ただひたすらに魔物を倒し、ひたすらにナハンデルに仇なすものを倒し、やがては先代のご領主様に長女メディア姫を娶ることを許された。もし――」

 ウォフラムはそこで絶句した。なにかを堪えているかのように、視線を宙にさまよわせ、ぐっと唇を噛んで言葉を継いだ。

「先代様はよく、ため息とともに仰られていたものだ。『もしデルトラが優秀といわぬ、せめて凡庸な男でさえあってくれれば、爵位を譲ることをためらったりはせぬものを』と。だが、諸君らも見ての通り、あの直情径行な性格は変わることがなかった」

 デルトラは幼少よりもって生まれた性質なのか、身の回りの世話係をなぶり、気に食わぬものを半殺しにするような、とにかく手に負えぬ人間であった。先代の領主は、とても民を慈しみ、善政を敷くような男ではないと判断し、忠義と武勇にすぐれたウォフラムに国政を委ねたのだ。

「なるほど、そのような背景があったのですか。ならば、彼の立場からしたら、ウォフラム様は王位を簒奪した憎き敵ということになりますね」

「そんな、どう考えたっておかしいよ。あの人!」 

「コニンよ。狂人にわれらの常識は通じぬのじゃ。あの男は狭い世界に生きておるのだ。憎しみと言う狭い精神世界に囚われた男には、目に映るすべてが敵にしか見えぬのであろう」

「ダー殿の言われるとおりだ。私がまだ臣下であるときも、何度かその所業を諌めた事があるが、まずかの御仁は善意というものを一切信じておらぬ。この日がくるのは時間の問題だったのかもしれん」

 ウォフラムは深いため息に沈んだが、ことはそれだけでは収まらない。なにせデルトラは実の姉である奥方ばかりか、現領主の暗殺まで謀ったのである。
 本来ならば死罪が相当であるが、もとは先代領主の嫡男である。
 酌量の余地があるということになり、重臣たちは協議を重ねた。結論としては財産をすべて没収の上、腕に犯罪者の刺青を彫られ、ナハンデルからの永久追放という形で終結した。

 もちろんデルトラは、死罪を免れたことに恩義を感じるような人間性など持ち合わせてはいない。国外へ退去するその瞬間まで、延々と呪詛の言葉を吐きつらねていたという。
 若干の後味の悪さは残ったものの、こうしてナハンデルを揺るがしていたふたつの事件は解決した。ダーたちは、ナハンデルの危機を救った英雄として、この領内ではかなりの有名人となってしまった。
 
 町を歩いていても、「あっ、救世主のお通りだ」とか、「よっ、うちで飯食っていきなよ」とか、「今日はどんな冒険をするんだい?」とか、気さくに声をかけられることが多くなった。
 これまで亜人というだけで差別され、侮辱されてきたダーとエクセである。悪い気がしないのは当然である。
 ダーはにこにこ笑みを浮かべながら、

「これはこれでいい気持ちじゃが、これでいいのかのう」

「まったくよくはありません」

 エクセはたしなめるように  頭かぶりをふった。

「人の窮地を救うのは冒険者として当然ですが、知名度が上がったのは誤算です。我らは追われる身。評判を聞きつけ、いつ王都からの使者が現れても不思議ではありません」

 エクセの懸念ももっともである。なんといっても彼らは追われ追われて最果ての地ともいえる、ここナハンデルまで逃亡してきたのだ。

「でもさ、褒められて悪い気はしないじゃん。もっと喜ぼうよ」

「そうですよ、やっとこうして胸を張れる日が来たんじゃないですか」

「……うん……喜ぶべき……」

 3人娘が口をそろえて同じようなことを言う。
 ふっとダーとエクセは顔を見合わせ、口元をゆるめた。
 ここまで苦難の連続であった。だが、亜人に偏見をもたぬこの3人に出会えたこと。それこそが最大の僥倖だったかもしれない。

(こうした人々が、もっと増えてくれればよいのじゃが)

 そうつぶやいた次の瞬間であった。

「――そうよあなたたち、もっと喜びなさいよ」

 転移魔法であらわれたかのごとく、背後から唐突に声をかけてきたのは、燃えさかる美貌のもちぬし、ヴィアンカだ。ダーはやれやれと溜息とともにふりかえり、

「そもそも、今回の事件はほとんどおぬし1人で解決したようなものではないか。怪物退治、呪術師退治、いずれもわしらの活躍などあってなきが如しではないか」
 
「なにいってんの、この 唐変木。トーヘンボク私はね、それこそデルトラじゃないけど猪突猛進型なの。これと思ったら危険も顧みず向かっていくタイプ。あなたたちがいなかったら、とっくに命を落としているわ」

 そういわれて思い当たる節がある。呪術師と扉をはさんで対峙したときだ。
 睨みあいの展開に癇癪を起こしたヴィアンカが、扉を消滅させてしまい、危うく術師の一撃を食らうところであった。さいわいエクセの迅速な迎撃のおかげで事なきを得たものの、あれは間違いなく危険な行為であった。

「そういうわけでね、あなたたちが居て助かったわ。感謝の代わりといってはなんだけど――」

「なんじゃ、なにかくれるのか?」

「――馬鹿ね、もう忘れたの? 玄武の珠のことよ」

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