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第九章

地下に巣食うもの その2

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 クロノの手助けで、ダーは漆黒の暗渠のなかから這いずり出た。
 前衛がダーだったのだから、必然的に 殿はしんがり彼であり、後続はいない。
 ダーたちはとりあえず重い蓋を穴の上にかぶせた。どっこらせとその蓋の上にダーは腰を下ろした。その表情は、誰が見ても憔悴しきっていた。
 いつもの溌剌さはどこかへ消し飛んでしまったかのようであり、その姿を見、誰もが声をかけるのをためらっているようであった。
 最初に出て行ったメンバーと、今ここにいるメンバーでは数が違う。
 誰が帰らぬ人となったのか、残留組は否応なく悟らざるを得なかったのだ。

「ねえ、いつまでもこうしてるわけにはいかないでしょ」

 沈黙をやすやすと破ったのは、深緑の魔女ヴィアンカであった。
 呆然としていたダーだったが、その言葉に深くうなづいた。

「そう、じゃのう。こうしているわけにはいかぬの」

 彼には重い使命が残っていた。内部の様子の報告――つまり、領主ウォフラムに部下であるロセケヒトの死を報告しなければならない。
 ダーは深いため息とともに立ち上がった。

「そうか――報告、かたじけない」

 執務室で報告を受けた領主ウォフラムは、そう簡潔に言葉を切った。
 しばしの沈黙が、彼の沈痛な心のうちを代弁しているかのようであった。部屋のなかの重力が増したような錯覚が一同を支配した。

「まさか暗渠のなかに、あんな植物の化け物が巣食っていたとはね」

 あっけらかんとその沈黙を破ったのは、またしても深緑の魔女であった。
 なんというのか、彼女にはそういった空気を読む能力が欠如しているのかもしれない。

「で、どうすんの? 負けたままおめおめ引き下がるってわけ」
 
「そんなわけがないじゃろう!」

 ダーはヴィアンカの言葉を吹き飛ばすような大声をあげた。
 目の前で仲間を殺された屈辱はその身にしみこんでいる。

「でも、どうやってアレを倒すの? クロノとエクセさんを欠いたメンバーで、しかもあの狭いスペースじゃ、戦いのバリエーションも限られるよ」

 コニンがぶつけた問いは、そのままダーの苦悩でもあった。
 彼女に言われるまでもなく、ダーはそのことを考えていた。
 あらゆるものを食いちぎる鋭い牙を有した、球状の先端をした触手。それをかいくぐりながら、その奥にいる木の幹のような本体。それに痛撃を与えなければならない。リーチの短いドワーフのダーには、相性最悪の相手といえた。
 
(地摺り 旋風斧ローリングアックスは基本的に対人用の技じゃ。あのような異形の生物には通じまい。とすれば、どう作戦を立てたものかの)

 エクセもダーも、いや全員がすっかり考えこんでしまった。どう考えてもいい打開策が見出せない。遠距離でコニンに火矢を放ってもらうという手もあるが、まずあの触手の防御網に防がれてしまうようにも思う。本体までの距離が遠い。
 その様子を眺めやり、冷笑するようにヴィアンカが言った。

「基本的にあなたたちは脳筋なのよね」

「それはどういう意味じゃ?」

「言ったまんまの意味よ。あれは完全にあの場をキープするために誕生した、対生物用のモンスターだわ。正面から突破しようとしたって、うまくいくわけないじゃない」

「しかし、われらはあの怪物を仕留めるために雇われたようなものじゃ。正面から当るより他はあるまい」

「だ・か・ら、脳筋っていってるの。なにも正面からぶつからなくても、倒す手段のみを考えればいいの」

「なるほど、そこまで言うからには、何か策があるのですね」

「当たり前じゃない。私は伊達や酔狂であなたたちに付いて行ったわけじゃないわ」

 ヴィアンカは自信ありげに、赤い唇にふふんと小悪魔さながらの笑みを浮かべた。
 ダーたちは当惑しつつも、彼女の指示にしたがうことになった。

―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―

 その怪物は暗渠のなかでのみ生息していた。
 正式な名は分からないため、ただ 人食いマンイーターとだけ名付けられた。
 円柱型の本体は旧い大木のように太く、ざっと見てもダーの身長ほどはあろう。それが床に根のような触手を伸ばし、しっかりと固定化されている。
 天井部分も同様である。緑の触手がしっかと根をはり、この怪物を動かす方法は皆無のように思える。
 その周囲を、あたかも衛星のような緑の球体が浮遊している。数は10本以上あろうか。本体とは細い触手で繋がっており、人肉を求めているのか、しきりと牙の生えた赤い口腔を開閉させている。
 
 ふと、その動きがぴたりと止まった。
 何らかの気配を察したのだ。気配は人間のそれであり、ただちに緑の球体は攻撃態勢に入った。
 だが、通路の行く手には、何も現れない。
 気配は水平方向にない。やがてゴツゴツとした堅いものが破壊される音が響いてきた。それは頭上から響いてくるようであり、いくら警戒しても、音が静止する様子もないし、敵影もない。
 やがて。ゴバンッ!!と衝撃音がひびいた。
 怪物が根を伸ばしていた、天井部分のほぼ中心が消失したのだ。

「やれやれ、ヴィアンカの言うとおり、ドンピシャじゃわい」

「当たり前でしょ。私の投げた位置探知の魔具は正確なのよ。間違えるわけがないじゃない」

 頭上から声が降り注いだ。会話の内容は、怪物に理解できるはずもない。
 それは消失した部分から聞こえてくるようであった。
 怪物はただちに緑の球体を天井部分に伸ばす。だが、堅い天井の石壁に阻まれ、どうしようもない。
 ほぼ無抵抗状態となった怪物に対し、上からの攻撃は容赦がなかった。
 ズドッと、円形をした鉄の杭が打ち込まれた。
 怪物は苦悶の雄叫びをあげた。だがそれは容赦なく食い込んでくる――

―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―

 ヴィアンカの提案は単純なものであった。

「正面から倒すのが大変なら、上から倒せばいいじゃない」

というものであった。
それができれば苦労はしないとダーがただちに反論すると、

「できるわよ、正確な位置が把握できているもの」

 と意外な応えがかえってきた。最後にヴィアンカが投擲した呪文。
 あれは位置を把握するための魔具――魔審針というものらしい。
 微量の魔力が放出されており、それを探知すれば正確な位置が把握できるということである。
 ヴィアンカがその位置を割り出すと、それは厩舎の内部であった。
 ただちに藁や馬が外に連れ出され、ダーたちは掘削作業にとりかかることとなった。
 ひたすら垂直に土を掘りかえすと、やがて堅い岩盤があらわれた。

「この下よ、さあもうひと頑張り」

「やれやれ、ドワーフ使いの荒いおなごじゃ」

 ソルンダや他の兵士も掘削作業に加わり、困難ながらも作業は順調にすすんだ。
 ダーはそれ以外にもヴィアンカに依頼されている作業がある。作業を兵たちに任せ、ダーは鍛冶場へと直行した。
 ヴィアンカの命じた部品は、へんてこなものであった。
 中央部のくりぬかれた円柱のような、長さ1メートル、直径30センチほどの鉄の槍をこしらえてくれというものである。真ん中のない槍を製作しろというのは、なかなか困難な依頼である。ダーはしばし悩んだが、先端部を竹槍のように斜めに切断することで、それをクリアした。

「よし、では行くぞい!!」 

 ダーは割り砕いた石の中央部、マンイーターの露出した頭部分に、それを突き立てた。轟音のような悲鳴が上がる。

「よし、兵士のみな、頼むわい」

「かしこまりました!!」

 ダーが周囲の兵士を見やる。彼らはその手に大きな鉄のハンマーを抱えており、それを次々と鉄の杭の上に振り下ろした。
 ガンガンと鉄杭は情け容赦なく怪物の身体に食い込んでいき、やがて完全に胴体に埋めこまれた。
 円形の中央部からは、怪物の体液がじわじわとあふれ出てくる。

「さあ、ここからが本番よ!!   火炎球!ファイヤ・ボール

「ファイヤー・バード!!」

 ヴィアンカが、エクセが火炎呪文を、次々と怪物の体内に通じる円形の穴に叩き込んでいく。そこにコニンも火矢を投じる。一体どれほどの攻撃呪文が叩き込まれたのであろうか。
 硬い外殻からならばともかく、体内に直接、攻撃呪文が炸裂しているのだから、たまったものではないだろう。怪物はやがて小刻みに振動しはじめた。

「いかん、離脱じゃ!!」

 ダーたちはあわてて土穴の周囲から距離をとった。
 形容しがたい、異様な断末魔の悲鳴があがった。
 巨大な炸裂音とともに、円形の穴から緑色のシャワーが噴出した。
 
「うえええ、サイアクッ!!」

「もう、すぐに水浴びに行かなきゃ」

 ダーたちは一様に、緑のヘドロのようなものを頭からかぶることになってしまった。異臭が周囲に漂い、こらえることができずに一同は厩舎から退出した。

「しかし、やりましたね、ダー殿!!」

「おお、おぬしらの協力のおかげじゃ」

 ダーはまずソルンダと、ついで協力してくれた兵たちと、井戸へと駆けながら固い握手をかわした。
 ただし、異臭のおまけつきであったが。
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