燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第九章

地下に巣食うもの その1

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 まず案内役のロセケヒトが暗い穴のなかへと消え、ついでルカが縄梯子に手をかける。さらにコニンが降り、ダーが縄梯子に足をかけたときである。心配げな眼差しがダーを見つめていた。
 
「……はやく帰ってきてね……」

 クロノがささやいた。なにやら道楽亭主の帰宅を待つ奥方のようじゃな、とダーは思ったが、口には出さず、重々しく頷いた。

「何しろあらゆる情報がありません。危険を察知したら、ただちに安全圏まで避難してください」

 エクセは真剣なおももちで忠告を口にする。

「まあ、とりあえず偵察じゃから、大丈夫じゃわい。ワシらだけで片付けば越したことはないしの」

「ちょっと、まだ後がつかえてるんだから、はやく降りなさいよ」

 両手を組んで、ヴィアンカが露骨に表情と言葉で不満を表明する。
 ダーは肩をすくめ、ただちに縄梯子を降りた。
 その後に梯子も用いずに、ふわりとヴィアンカが飛び降りた。まるで重力など存在せぬかのように。
 地下はすでにランタンの灯りと、ルカが唱えた光の魔法で充分に明るい。
 ダーは一向を見回し、よろしく頼むと声をかけた。

「まかしておいてよ。オレの弓は誤爆なんてしないから」

「そこは信頼しておるぞ。ルカもよろしく頼む」

「はい、エクセさんの分までがんばります」

 めずらしく両拳をぎゅっと握り締め、決意表明するルカ。
 いつもより気合が入っているようだ。

「まあ、今回はあくまで様子見じゃ。それほど構えんでもいいぞ。それに敵には射程距離があるようじゃから、ある程度の距離があれば危険はないじゃろう」

 過信は危険だが、緊張しすぎるとかえってまずい。
 戦場では猪突猛進型のダーだが、それなりの配慮をすることもできるのである。

「では、私がご案内いたします」

 ぺこりと頭を下げ、ロセケヒトがランタンを掲げて一行を先導する。
 ダーはすぐその背後につけている。このふたりが前衛ということになろうか。
 続いてコニン、ルカが魔法で全員の足元を照らし、しんがりはヴィアンカである。
 暗渠のなかを、得物に手をかけたまま、ダーたちは一歩ずつ慎重に歩む。
 なにしろこの横穴に、得体の知れぬ怪物が潜んでいるのはまちがいないのだ。問題はいつ遭遇するかである。
 これはいってみれば、精神を削る作業のようなものである。
 暗闇から時折、なまぬるい風が吹き抜けてきて、ダーの髭をなぶった。どうやら脱出口から入ってくる風のようだ。通路の左右に、分かれ道が出現したりもしたが、これは案内のロセケヒトにいわせると、追っ手を惑わすためのダミー通路であるらしい。
 
「これ、結構歩いたよね……」

 緊張感に堪えかねたか、小声でコニンがささやく。
 ダーは無言でうなずき、ルカは口許にすっとひとさし指をあてる。

「アタシがついてるんだから、そこまで緊張しなくてもいいわよ」

 自信満々のヴィアンカが、またも胸を反らしたときである。
 
「さて、そろそろ敵の攻撃圏に入ります。覚悟のほどを――」

 言いもおわらぬうちだった。
 ばっと鮮血がしぶいた。
 一瞬、灯りが喪失し、重い音が通路をこだました。
 ランタンを握ったロセケヒトの腕が、灯りごと通路の床に落下したのだ。
 
「うぎゃあああああぁぁっ!!」

 兵士の絶叫がひびきわたる。

「いかん、下がるんじゃ!」

 戦斧を抜いたダーが、急いでロセケヒトの援護へ回ろうとする。
 しかし事態の変化は、それよりも急激だった。
 たちまち全身を、無数の球体に喰いつかれたロセケヒトは、悲鳴をあげつつ、そのまま闇の向こう側へと引きずりこまれていった。
 
「いかん! 追うぞ!」

 一向はルカは光明の奇跡のみを頼りに、闇のなかを駆けた。
 コニンは銀色の弓矢を両手に構え、ヴィアンカは手に小さなロッドを握っている。
 もぞりと暗闇が意思をしめしたかのように、ダーに襲いかかった。
 
「危ない!」

 駆けながら、コニンは気配のみを頼りに弓を放った。
 これまでのコニンにはできなかった芸当である。あらゆる体勢から弓を放てるよう、ひそかにコニンは研鑽を積んでいたのだ。
 魔将ンテカトルとの闘いが、彼女を弓手として成長させたといってもいい。
 狙いあやまたず、しっかりと球体の中央部に矢は突き刺さった。

「シャアアアアッ」

 緑の球体は横からまっぷたつに裂けたかのように、巨大な口腔をあらわにした。
 口腔の内部には鋭い牙が上下にならび、生身の肉体なら簡単に喰いちぎってしまいそうだ。

「ふううぬ!!」

 かけ声とともに、ダーがそれを、真っ向からから竹割りに斬っておとす。
 緑色の得体の知れぬ体液を周囲にぶちまけ、球体はべしゃりと床に叩きつけられた。
 球体はひくひくと痙攣をくりかえし、そのまま動かなく――ならなかった。
 まるで何かにひきずられるように、ずるずると後方へと、闇のむこうへと消えていく。
 
「ぬうっ、逃すか」

 エクセがいたならば、深追いは禁物です。と告げただろうか。
 しかし、状況が状況である。ロセケヒトの命がかかっているのだから、ダーとしては追うしかない。
 追ううち、それが全貌をあらわにした。
 灯りのもとで照らされた、それは、悪夢そのもののような姿をしていた。
 通路いっぱいに、触手がうごめいている。
 どの触手の先端にも、緑の球体がもれなく付随しており、それは大きく裂けた口腔の開閉をくりかえしてダーたちを威嚇している。
 その球体の群れの奥には、本体らしき芋虫型の大きな物体が、べったりと根のような触手を床に貼り付け、鎮座ましましている。
 近くに横たわっている物体は、先ほどまで彼らを案内してくれいていた、ロセケヒトの身体だろう。
 床に咲き誇ったおびただしい鮮血。それは完全に致死量を超えており、彼の生命活動が停止していることを無常にも告げていた。
 
「この観葉植物のなりそこないが!!」

 ダーはたちまち赫怒した。
 斧を横に構えて突進した。
 たちまち無数の牙が、かれを歓迎する。ひとつを斧で撃墜したものの、戦斧をメイン武器にしているダーにとって、こうした数をたのむ手合いは苦手の部類に属する。
 軽捷さで劣る斧では、どうしても次の一手が遅れるのだ。すかさず彼の左右めがけ、刃物のような牙が彼をくいちぎろうと殺到する。
 それが空中で制止した。原因は、考えるまでもない。
 コニンの放った矢尻が、正確にその牙の中心部から生えている。
 九死に一生を得たダーだが、敵の攻撃はこれでは止まらない。
 さらに無数の牙が、彼に襲いかかってきた。ダーはあわててバックステップし、後方へと逃れるしかない。

「みんな、頭を下げて!!」

 最後尾から声が飛んだ。深緑の魔女、ヴィアンカだ。
 ダーたちが頭を下げると同時、ヴィアンカは何事か口元で呪文を詠唱し、放った。
 彼女が何を投げたのか、一瞬のことでダーたちは視認できなかった。
 だが、怪物は平然と佇んでいる。まるで痛痒を感じていないようだ。

「ダーさん、ここは引きましょう」

 ルカが後方から進言する。

「しかし、死者がひとり出ておるんじゃ、ここで彼の無念を晴らさずしてどうする!」

「ダーさん、これ以上続けても、被害が広がるだけだとオレも思うよ」

 ダーは頑固にそれを否定しようとしたが、劣勢を承知で、闘いを継続するほどの愚者ではなかった。ここで下手をうてば、味方も危険にさらしてしまう。
 死者を出し、敵も始末できずに撤退する。これ以上の屈辱はない。
 ダーは悔しさにぎりぎりと歯噛みしたものの、不承不承うなずいた。

「――わかった、いったん撤退しよう」

 ある程度距離をとると、触手の追撃はぴたりとやんだ。あの触手の届く範囲から外は、攻撃ができないことが、あらためて実証されたかたちである。

「おぼえておれ、この無念はおまけをつけて返すぞ」

 そう、捨て台詞を吐くのがやっとであった。

――彼らは失敗したのだ。

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