燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第八章

冒険者としての心得

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 子供ながらも、しっかりした礼の作法をこなした少女に対し、まるで主人につかえる騎士のように片膝をつき、頭を下げたのはエクセであった。

「いえいえ、お怪我がなくて何よりです。お嬢さん」

 ほとんど同じ目線に、エクセの白く秀麗な顔がある。
 見惚れてノルニルは、ほうっとため息をついた。
 
「エルフの方は、ここナハンデルにも多数いますが、ここまで美しいお方を眼にしたのは初めてですわ。お名前をうかがってもよろしいですか?」

「エクセ=リアンと申します。お嬢さん」

「まあ、お名前まで美しい響きです。まるで透明な泉のように澄んだ――」

「はいはい、ここは危険な場所ですから、のんびり挨拶している場合ではありませんよー」

 うっとりとエクセを見やるノルニルの眼前に、ずいとルカが立ちふさがった。にこやかな顔をしているが、どことなく得体の知れぬ迫力を感じたのは、ノルニルだけではなかったであろう。

「……え、ええ。ホラ、アッシバも、ちゃんと頭をさげて」

「あ、あぶないところを、ありがとうございました」

 アッシバもぎこちなく頭を下げた。ふたりとも蜂蜜色の頭髪に、そろいの緑の衣服を身に着けている。どうみても姉弟であろう。顔立ちもどことなく似ている。
 
「おや……?」

 ぎこちない姿勢で首だけ頭を下げている少年――アッシバが、ぎくりと身体を硬直させた。ルカが何かを見つけたようだ。アッシバを指差して、

「なぜあなたは、そんなに背中がこんもりとしているんです?」

 その言葉で、少年はたちまち恐慌《パニック》状態に陥った。ぎこちない姿勢のまま背を向けると、一目散に駆け出した。
 背を見ると明白に、一部分だけ盛り上がった部分が揺れている。

「コニン、怪我させぬよう――」

「うん」

 コニンはきりきりと弓を引きしぼると、中天めがけ、すうっと矢を放った。
 それは大きく美しい放物線を描いて飛んだ。
 後ろも見ず、必死に逃げるアッシバの目の前の地面に、垂直に矢が突き立った。
 少年は「わあっ」という驚きの声を上げるのが精一杯だった。勢いでつまずき、前方へ倒れこむ。
 そこを、ゆうゆうと歩いてきたクロノに、ひょいと捕まえられた。子猫のように首ねっこを掴まれ、宙に浮いたまま連れ戻される。
 
「さて少年よ、何を隠しておったのじゃ?」

 空中でクロノが彼の背中から、なにかを引きずりだした。
 それは白地に赤の斑点が描かれた、大きい奇妙な卵だった。

「――これは?」

「ユニゴンの卵です」

「なるほどのう。半刻で2匹しか出なかったユニゴンが、集団で襲ってきたわけがわかったわい。やつら、卵を持ち逃げされて怒っておったのか」

「そうです、この子ったら。私は止めたのに」

「ウソつけ、ノルニルだってそうしようって言っただろ。お母さまの病気が治るために必要だって」

「まったくもう、考え無しのばかアッシバ! 全部バラしちゃってどうするのよ!」

 言われてアッシバはハッと口をつぐんだ。だがもう全てが手遅れである。

「詳しいお話を聞かせていただけますね?」

 エクセとルカが、笑顔でじりっと詰め寄った。
 その迫力に押されたのか。ふたりともぼつぼつと語り始めた。

「きっかけはメイドたちが井戸端会議していたのを、僕たちが盗み聞きしたことだったんだ」

「彼女たちの話で、お母様の病が誰かの呪術によるものであるということ、その解呪にはユニゴンというモンスターが持っている何かが必要だということ、などを知ったの。残念だけどそれが何かまでは、彼女たちも分かってない様子だったわ」

「メイドたちの情報網もあなどれないね。ほとんど魔女の話と同じじゃないか」

「魔女? 冒険者さまがたは、深緑の魔女ヴィアンカとお知り合いなのですか?」

「知り合いどころか、今回の冒険の依頼主じゃわい」
 
 蜂蜜色の髪をした少年少女は、驚きに目を見開いた。
 そこから迅速に情報が共有された。ふたりがナハンデル領主の子供であること。仲良しのメイドの協力のもと、城兵の勤務時間や視回りの時間などをしっかりと調べあげた上で抜け出したこと。
 そしてダーたちが深緑の魔女の依頼で、領主の奥方様にかけられた呪術を解くため、ユニゴンの角をかき集めていること。
 一気に情報が与えられて、ふたりの子供は「ふええ」と安堵の声をあげてへたりこんだ。

「よかった……。それなら、お母様は助かるのね」

「そうじゃ。まだ、ひと仕事のこっておるがのう」

 ダーは陰鬱そうな顔つきで、一角獣もどきの死骸が折り重なったあたりを眺めやった。あそこからあと5本、角を収集しないといけないのだ。
 おずおずと少女が口をひらいた。

「あの、それを私たちも見ていて構いませんか」

「見ていて、心楽しい作業ではないと思うぞ」

「それでも構いません。お母様を救うためになさること。私は見ておきたいのです」

 少女の決意は揺らぎそうになかった。ダーはふっと溜息をつき、「怪我をせぬ距離でな」と言い残し、クロノを連れ立って歩き出した。そのあとを、ノルニルがゆっくりとついていく。

「アッシバくんは別の役目があるよ」
 
 ひょいひょいとコニンが手招きする。勘違いでもちだした、ユニゴンの卵をもとに戻さねばならない。こちらはコニン、ルカ、エクセが同行することとなった。
 アッシバが自分たちが逃げてきた方角を思い出しつつ、うろうろと巣を探索する。ルカとエクセがその背後を歩き、コニンはすこし距離をおいてついていく。
 突然ユニゴンが飛び出してきた場合、すぐに射殺できるように考えての配置である。
 
「あった、ここ、このあたりだよ!」

 しばらく森をさ迷っていた最中である。アッシバが嬉しげに声をあげた。潅木の裏側に、枯れ草をたくさん積み重ねて作った柔らかそうな寝床がある。卵がふたつあり、その周囲には、まだ幼い白い子馬が数匹、ふるえて座っている。コニンは周囲を警戒して見回すが、成獣はいないようだった。

「ごめんね……」

 アッシバが謝罪しつつ、手に持った卵をそっと巣に戻した。
 成獣がいないのは、あの場ですべて殺してしまったからだろうか。
 コニンはふとうつむき、唇を噛んだ。
 そっとルカがよりそって、コニンの肩を抱いた。

 親を失ったユニゴンは、どうなるのだろう。
 考えても仕方のないことだが、つい考えてしまう。

「オレたち、やりすぎたのかもしれないね……」

「放っておいたら、この子達はズタズタに八つ裂きにされていたでしょうし、私たちには角が必要でした。あまり気に病んではいけません」

「そうです。我々は冒険者なのですから、モンスターとは闘う定めにあるのです。こちらが敗北して屍を晒すか、その逆かしかないのです。粛々とその結果を受け入れて、生きていかねばなりません」

「………そうだね。オレたちは、冒険者なんだから」

 静かにコニンはひとり頷いた。
 4人が戻ると、疲労困憊といった顔で、みっつの顔が待っていた。
 殺したユニゴンの死体から、ひたすら角だけをへし折る作業はかなりの苦痛だったようだ。
 ダーは無言のまま、表面のゴツゴツとした麻袋を掲げて見せた。そこにへし折ったユニゴンの角を詰め込んだのであろう。
 
「アッシバ様ーッ!! ノルニル様ーッ!」

「どちらにおいでですかーっ!!」

 遠くから、ふたりの子供の名前を呼ぶ声がする。森の遠くから、数人の騎士たちが姿をあらわした。
 行方不明になったふたりを探して、捜索隊が組まれたのだろう。

「むっ、怪しげな冒険者どもと一緒だぞ!!」

「――総員、戦闘態勢に入れ!!」

「おや、厄介なことになったようじゃわい」

 長旅の後のユニゴン狩りで、一行の疲労はピークに達している。さすがのダーたちも苦い表情を浮かべるしかない。捕縛だの取調べだの、面倒なことになる前に、話し合いに応じてくれればいいのだが。
 アッシバとノルニルが駆け出して、騎士たちに事情を説明してくれているが、ユニゴンの卵だの角だの呪いだの、彼らにはまるで意味不明なことばかりである。
 
「おふたりは少し混乱しておられるようだ。速やかに城内にお連れしろ。くわしい事情は、この得体の知れぬ輩どもから聞きだすとしよう」

「ふむ。われらはおぬしらの領主の奥方のため、やりたくもないユニゴンの虐殺を行なったのだ。そのわれらを輩呼ばわりとは、この国の兵は礼儀もわきまえぬと見える」

 ダーはぎろりと剣呑たる視線をむけた。不機嫌さを隠そうともしない。
 騎士たちも腰剣の柄に手をかけた。一触即発の状況である。

「――全員、落ち着いてください。この冒険者たちは深緑の魔女の仲間です。ヴィアンカ様の依頼のもと、彼らはご子息たちを助けに参ったのです」

 遅れて姿を現した、兵士の顔には見覚えがある。
 短く刈りそろえた栗色の髪をした青年――ソルンダだった。 
 彼が間に入ってくれたお陰で、あとの会話はスムーズに済んだ。事情を知った彼らは顔を青くし、
「これは失礼な発言であった」と、先程の発言をした騎士は頭をさげた。礼は後ほどさせていただくという言をのこし、彼らはアッシバ卿、ノルニル嬢を守りつつ、風のように去っていった。

「さて、わしらも帰るとするか」

「あっ、ちょっと待ってくれない?」

 コニンが両手を合わせてダーに告げた。

「ちょっと寄りたい処があるんだ――」

 彼らはコニンの案内のもと、さきほどの潅木の裏側にあるユニゴンの巣の見物にむかった。目的地の潅木が見え、コニンが先頭に立ってそっと巣を覗こうとすると、どこに潜んでいたのか、不意に成獣のユニゴンがこちらへむかって突進してきた。

「わっ、まだ生き残りがいたんだ!」

「――よし、みんな、逃げるんじゃ!」

 駆け足で逃げ出した一同の顔には、安堵感に満ちた笑顔が浮かんでいた。
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