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第八章

深緑の魔女の館

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 ダーたちは馬車が見えなくなると、ぱんぱんと全身に付着した埃をはらい、踵をかえした。いつまでも悲しみにひたってはいられない。

「お待たせしたようじゃな」

「いえ、大したことではありませぬ」

 ソルンダという兵士は同情のこもった笑みで返した。
 彼は若いわりに気の利く男であった。一同がベクモンドとの別れの挨拶をしているとき、すでに市壁の正門前の兵士詰め所へとおもむき、全員ぶんの入所手続きを終えていたのだ。
 とりあえずの滞在期間は10日。それ以上ならば、さらに滞在許可を申請しなければならない。
 ナハンデルは樹木と町が同化したような、不思議な町だった。
 町の中央にはひときわ大きな巨木が立っており、それが町のランドマークとなっていた。
 
「なんというか、この町はエルフの里を思わせる雰囲気がありますね」

 どことなく、懐かしそうな顔つきでエクセがつぶやいた。
 店の立ち並ぶ通りにも、椅子代わりらしき切り株があちらこちらに見え、店の隙間には木が天を衝いている。
 自然と一体化したような町並みは、大いにエルフを喜ばせた。

「まあ、こうして呆然としておっても仕方がないの」

「そうですね。すでにお昼時ですし、適当な店にて昼食を済ませて、今後の行動を決める事にしましょう」

「賛成、賛成、ごはんごはん!」

 さんざんお尻の痛みに苦しめられたというのに、コニンは元気である。 
 さっそく一行は、ソルンダのいきつけという店を紹介してもらい、その扉をくぐった。
 値段は安めの平凡なメニュー。きのこのスープに、豚の腸詰め、チーズに黒パン。
 それに葡萄酒がつけば、ダーとしては大満足らしかった。

「さて、ソルンダよ、おぬしには聞いておかねばならぬことがあるわい」
 
 一息ついてから、ダーはソルンダに尋ねた。

「私が知っていることであれば、なんなりと――」

「まず、第一の目的として、われらは深緑の魔女ヴィアンカに会わなければならぬのじゃが、彼女はナハンデルの領主の城へ滞在しておるのかの?」

 答えは否だった。ヴィアンカは窮屈な城での暮らしが大嫌いで、よほどの事がない限り、自分の館にこもって何やら不気味な研究に没頭し、滅多に人前に姿をあらわさぬという。

「ふむ、ご領主どのはそのわがままを許しておる、と」

「は、まずもってこのナハンデルへ攻め込もうという命知らずもそうおらぬゆえ」

 誇らしげに緑の胸甲をどんと叩くソルンダ。この領地の防衛に自信を持っていることが窺える。だが、ダーとしては、敢えて釘を刺しておかねばならぬことがある。

「……しかし、これからはそうも言っておられぬかもしれぬぞ」

「料金所での一件ですか……確かにあれは悪夢でした」

 ソルンダは、ふっと表情を曇らせた。血の匂いが充満した料金所内部のようすが胸中をよぎったのだろう。
 上位魔族の襲撃。
 ナハンデルに住まう者にとってみれば、まさに晴天の霹靂というべき出来事だろう。

「地理的にいえば、ここナハンデルはガイアザ国境より遠いですからね。魔王軍の襲撃など、予期すらもしていませんでしたよ」

 かれの理屈も最もである。魔王軍がもしガイアザを併呑し、ヴァルシパルへと侵攻するようなことがあれば、ルート的にガイアザ国境からほど近い最西端のザラマの町を目指すだろう。
 それから貿易の要衝であるジェルポートを押さえ、兵糧の供給を断ち、一気に南下して王都ヴァルシパルを目指すのが最適解。わざわざ迂回して東のナハンデルへ侵攻するのは蛇足というべきであろう。

「しかし、説明したとおり、今の奴らには亜空間移動という手段がある」

「たしかに窺った話ですと、どこからでも襲撃できるというそれは脅威です。しかし、ナハンデル城砦内へ亜空間移動は不可能です。これは保障します」

「ほほう、それは大した自信じゃが、何故じゃ?」

「それこそヴィアンカ様のお力の賜物ですよ」

 深緑の魔女ヴィアンカはその強大な魔力で、王都に匹敵するほどの強力な結界を、ナハンデル一帯に張り巡らしているという。
 エクセは秀麗な横顔に笑みを浮かべ、

「それが本当であれば、魔法使いとしては最高レベルの力を持っていますね。これは、会うのが楽しみになってきました」

「それでは、彼女の館までは私がご案内いたしましょう。ですが、彼女はかなり気難しい方ですから、あまりゾロゾロ大勢で向かわれると、機嫌を損ねる可能性があります」

「ふむ、メンバー分けする必要がありそうじゃな」

 まず道案内のソルンダは決定として、そこに魔法使いの塔から紹介状をあずかっているエクセ。四神獣の珠の回収をめざすダーが加わることになった。
 他の3人は、ベールアシュで苦労した経験をもとに、宿屋の確保に向かうこととなった。
 用件が終われば、中央の大木の元に集まるという約束で、一同は別れた。


「――それから、この道を右折します。さらにこの坂を昇っていき――」
 
「……まあ、そのへんはまかせるわい」

 ソルンダはきびきびとした動作で市壁内を歩きつつ、魔女の館へ到る道をガイドする。ふたりはその後をえっちらおっちらついていく。
 ナハンデルの歩道は平坦といえる場所があまりない。いたるところで木の根が、舗装された石畳を割って隆起し、でこぼこして歩きにくい。通りをすれちがう人々は、エルフとドワーフのふたり連れが珍しいのか、けっこう遠慮なくこちらを見てくる。

「注目の的になってるようじゃが、この町に亜人は珍しいのかのう」

「ははは。いえいえナハンデルでは亜人は珍しくありません。むしろ、エクセさんほどの美人が珍しいといいますか。この町で匹敵するのは、ヴィアンカ様ぐらいしかいますまい」

「ほう、ヴィアンカとはそこまで美人か」

「美人ですが、エクセさんとは対極ですね。エクセさんが静の美とするならば、ヴィアンカ様は動の美といいますか」

「なんじゃそれは。美に静も動もあるものか」

「会ってみれば、お分かりいただけますよ――」

 魔女の館は、町の中心部からかなり外れた、ものさびしい位置にあった。潅木が見物人のように家の周辺をとりかこんでいる。その潅木の内側には鉄製の高い柵がさらに家を囲み、ダーはまるで他人をよせつけない偏屈な老人のように見えた。

「ここを通っていくのです」

 潅木の隙間をぬうように、3人はせまい道を歩いた。鉄製の柵の隙間から、木造りの家が見える。その家は、まるで巨大な切り株をそのまま住まいにしたような、独特の形状をしていた。
 
「ヴィアンカ様、ソルンダです。お客様をおつれしました!!」

 ソルンダが鉄製の門扉の前で大声をはりあげた。応えはない。
「通ります」と軽くその場で会釈すると、ソルンダはぐいと門扉を開いた。無用心にも、扉に鍵はかかっていなかった。扉をくぐると、ふたつの光輝が3人を捉えた。
 見ると、エクセの背丈と同じくらいの高さの止まり木に、一羽のカラスがいる。
 
「――ナンノヨウダ」

 カラスは口を開いた。
 
「私はエクセ=リアン、魔術師協会のフレイトゥナの紹介で来ました。あなたのご主人様におはなしがあるのです」

「ゴシュジンサマハイナイ、カエレ!!」

 カラスはにべもなく言った。

「いないのですか。それは困りました……」

「ゴシュジンサマハイナイ、カエレ」

「そうかそうか、おらぬなら中で待たせてもらおう」

「ゴシュジンサマハイナイ、サッサトカエレ」

「そうか、そりゃありがたい。いやー歳を取ると耳が遠くなっていかんわい」

 ダーはカラスの言葉にはまるで耳を貸さず、ずかずかと歩を進め、家の扉に手をかけた。

「ゴシュジンサマハオラヌ、ジジイカエレ!」

「そうかそうか、おらぬなら金目のものをもらっていこう」

「――聞こえてるじゃないか、ふざけるなジジイ!」

「やっぱり、おぬしが魔女だったか」

 ダーはにやりと不敵に笑って振り返った。
 カラスはふん、と怒りの吐息を漏らした。くるっと宙返りし、着地したときにはすでに人間の姿になっている。
 身軽にとん、と地に下りた人物は、深緑のローブを身につけた妙齢の美女である。

「入りな。フレイトゥナの知り合いなら、話ぐらい聞いてやるわよ」
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