燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第七章

ヤーとタラシ

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 その夜の騒動は、宿全体を巻き込んだ騒ぎとなった。
 あの黒い片目の眼帯の男とその仲間は、かなり悪名高い強盗団だったらしい。目をつけた旅人に、親切をよそおってしきりと酒をすすめ、酔い潰して縛りあげ、金目のものを奪うという悪質な連中だったようだ。
 だが今回はそれどころではない。金目のものどころか、ダーの命が奪われかけたのだから洒落になっていない。
 なぜ今回に限って、このような暴挙に出たのか。
 ダーとしては聞き出さないと納得がいかぬ。

「傷の手当をして欲しければ、すべてを白状するのじゃ」

「うううううう、この痛みがなくなるならなんでもするぁぁ」

 ダーの戦斧で、片足を切断寸前のところまで斬られた男は、痛みにのたうちまわり、鮮血をまきちらしながら、眼に涙を浮かべて許しを乞うている。

「夜遅くすまんが、ルカ、頼むわい」

「はいはい、予期しておいたことですし」

 僧侶の正装のままのルカがいそいそと現われ、野盗に回復の奇跡を唱える。傷がふさがると、男はあっけなく口を割った。
 なぜ今回にかぎり、命を奪おうという大胆な犯罪に及んだのか。それは白髭のドワーフと老いた紳士が、美女4人をはべらしているのがたいそう気に食わなかったそうで「ドワーフと老人は殺し、他の4人は生け捕りにして連れて行こう」とか考えていたらしい。

「なんとまあ、杜撰な計画じゃな」

「――本当ですよ」

 エクセとコニン、クロノとベクモンドも、しっかりとした足取りで姿をあらわした。その背後には、ロープで身柄を拘束された眼帯の男と、もうひとりの仲間の男が数珠繋ぎに連行されている。
 黒い眼帯の男はしきりと首をひねりながらダーに尋ねた。

「どういうからくりか、教えてもらいてえ。あの酒には薬も入っていた。あれを呑んで、眠りに落ちない生物なんて、いるはずはねえんだ」

「答えは簡単じゃ。二階にあがってすぐ、ワシはルカから状態異常解除の奇跡を唱えてもらっていたのじゃ」

「な、なぜそんな手回しのいい……」

「最初から私たちは、あなたがたを疑っていたのです。私は呑んだふりをしつつ、こっそりお酒のチェックをしていました。すると、しっかり異常な反応が出たので、みんなにテーブルの下で合図を送っていたのです」

「ちくしょう。最初ハナっからバレてたってわけか」

 こうなると、飛んで火に入る夏の虫なのは野盗たちのほうである。
 ノコノコとベクモンドの寝室にあらわれた野盗を、手ぐすねひいて待ち構えていたクロノ、コニンが、逆に返り討ちにしてしまったというわけだ。
 それにしても、運命とは皮肉なものじゃ。ダーとしてはそう思わざるをえない。危険を避けるために泊まった宿で襲撃されるとは。
 ただでさえ追われる身の彼らにとっては不本意きわまりない事態だが、襲われたものは仕方がない。火の粉が身に降りかかって炎上する前に、消しとめる必要があるのだ。

「このような無法者とはつゆ知らず、泊めた私どもの不手際です。お客様に迷惑をおかけしたことを、心よりお詫びいたします」
 
 この宿の主とおぼしき、恰幅のいい体型の男が、ていねいに頭をさげた。

「お詫びにできるかぎりのおもてなしをさせていただきます。ええと確かあなたの名前は、ヤー・ダーケンホッフさまでしたか」

「違うわしの名はダーじゃ」と言おうとして彼は、はたと気付いた。
 そういえば宿泊帳には偽名を記していたのだった。

「ひ、ひどい偽名……」

 小声でコニンがつぶやき、掌で眼をおおった。

「しっ、あれで精一杯なのです」と、ルカがこれまた小声でささやく。

「なにかおっしゃいましたかな」

「いや、なにも申しておらぬ。それよりあるじ殿よ、この件はなるべく内密に頼む。本件を解決したのはあるじ殿の手腕。そういう事にしておいてほしい」

「な、なんと。そんなわけには参りません!」

 宿屋のあるじは眼をまるくした。尋問の結果、この3人組は手口の悪辣さで評判の賊ということがわかった。巡察隊に引き渡せば、それなりの賞金が手に入るはずなのだ。
 それを譲るというのだから、ただごとではない。
 ダーとしては、ここではした金を頂戴するより、自分たち一行の存在が、ミキモトたちに伝わってしまう方がはるかにまずい。しかし正直に事情を話すのもまずい。
 どうすればまずくないだろうか。ダーが途方に暮れていると、

「実はわれわれは先を急ぐ身。のっぴきならぬ事情により、明朝にはここを出なければならぬのです。巡察隊の到着を待っている暇はありません」

 と、エクセが助け船を出した。

「それはどういう事情ですかな、オトコ=タラシさんでしたか」

 ぶっとコニンが噴きだした。
 ルカは顔を伏せ、クロノはあらぬ方向を見据えて肩をふるわせている。
 ここにきて、ダーの悪ふざけが効果を発揮するとは、誰も予想できなかったことであった。エクセは偽名だと反論するわけにもいかず、笑顔を引きつらせつつ「はい」と応えるしかなかった。
 
「……それは、ですね。残念ですが、ここで詳しい事情を申し上げるわけにはいきません。われわれは王からの密命を帯び、これからナハンデルに向かわなくてはならないのです」

「密命……ですか。それは穏やかでない話ですな」

 エクセとしては、これはかなり綱渡りの詭弁だった。ここで宿のあるじが「では国王の使者である証明をしろ」と要求してくれば、ほぼ進退きわまってしまう。
 さいわいなことに宿のあるじは善良な性格らしく、エクセの言葉を疑いもしていないようである。真剣な表情で頷いている。

「ええ。実はこうしている間も、魔王の追っ手がヴァルシパル軍の偽装をほどこし、われわれの後を追ってきているのです。それゆえ、われわれがここへ来たのは内密に願いたいのです」

「そういう事情でしたら多くを聞きますまい。手柄を横取りする形となってしまいますが、相手が魔王軍とあらば致し方ありません。私どもとしても、できるかぎりの協力をさせていただきます。旅の無事を祈っておりますぞ。――タラシさん」

 どさっと大きな物音がして、宿のあるじは驚いた。
 ドワーフが床に倒れ、ふるふると痙攣しているのである。

「ど、どうしたのです、ヤー殿?」

「このドワーフはすこし頭がおかしいのです。放っておけばそのうちよくなります」

「そ、そういうものですか」

 あるじは怪訝な表情を浮かべつつも、それ以上の追求を避けた。 
 目の前の美しいエルフは、さりげなく笑みを浮かべてはいるものの、まるで噴火寸前の火山のような、不穏な気配を漂わせていたからであった。

 黎明のさわやかな風が、6人の髪をかきあげる。
 追手の来る前に、すみやかに一行の馬車は宿を後にした。
 宿のあるじは親切に、さまざまな手配をしてくれた。携帯食料や水をタダで分けてくれたのは、この先の旅路を考えると非常にありがたいことだった。
 しかし、一行はまだ問題を抱えていた。

「まったくもう。今回のことは、いつまでも憶えておきますからね」

 長い睫毛をダーに向けて、エクセが鋭く言った。
 これでも本人的には睨みつけているつもりなのだろう。

「わしは忘れた。昨日の事など憶えておらぬよ。タラシ殿」

「しっかり憶えているじゃないですか!」

 そのような問答を刻みつつ、馬車は進む。ナハンデルへ向けて。
 行く手に誰が待ち構えているかも知らずに。
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