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第七章
ギルド2階の攻防
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「おい、さっき通ったのは異世界勇者さまじゃないのか?」
1階の誰かが、ミキモトの風貌を記憶していたらしい。
「まちがいない。見ているこっちが恥かしくなるようなあの衣装。俺は一度見たことがある。なんであんな険悪な雰囲気を漂わせているんだ?」
「どっちにしろ、ただごとじゃねえぞ、これは」
1階の酒場の広いホールからは、角度によっては手すりごしに2階の様子が見える。お行儀悪く丸テーブルの上に昇って、こちらを見ている者もいる。
いまやギルドに居合わせた全冒険者たちの耳目は、ここに集中しているといっていい。
ミキモトは1階から2階へと通じる階段から、およそ3歩ほど進んだ位置で、ぎろりと一同を睨みすえている。
対するダーたちは、彼から5歩ほど離れた位置にある受付カウンターの前に立っている。
先ほどナナウが指した奥の会議室の扉までは、ざっと7歩というところだろうか。
ダーの背後から、誰かの生唾を飲み込む音が聞こえる。
ミキモトから放たれる殺気は、それだけ本物だったといっていい。
「さて、四神獣の珠? ――なんのことじゃか、面食らって言葉も出ぬわい」
そんな緊迫感漂う重苦しい空気のなか、ダーの声だけは不自然なほど自然である。
異世界勇者とまともに正面衝突しては、勝ち目など微塵もない。
ダーとしては、会話して刻を稼ぎつつ、隙を見出すしかなかった。
「この期におよんで、まだとぼける気ですかね。私をただの異世界から来た無知蒙昧の徒と思って侮らないほうがいいでしょうね」
「いきすぎた被害妄想じゃの。ただ不確かな情報をもとに、一介の冒険者を糾弾しても、得るものなどなにもないと言いたいだけじゃ」
「情報の出所は、この上なく明瞭ですよ。なにせ、この王国の支配者――ヴァルシパル国王自身から得たものですからね。もちろん、四神獣の珠の価値も聞かせてもらいましたね。聞けば、それはこの国にとって必要不可欠な護符のようなもの。それを強奪するとは、なかなかの悪党ですね」
「わしらが悪党? それは初耳じゃ。しかし悪党の上前をはねようとするものは、何と呼べばいいんじゃろうの」
「シラを切るのも大概にしなさい! いくらとぼけても身体検査をすれば済むことですね」
ダーは単に、無意味な時間稼ぎをしているわけではない。
ミキモトが現れたときから、いかに逃れるかを考えていたのだ。
状況はほとんど詰んでいるといっていい。ミキモトが1階に通じる唯一の階段を背にしている以上、1階にある通常の出入り口からの脱出はむずかしい。
ダーはミキモトと口論を演じつつ、奥の会議室の扉を視界の隅に捉えていた。
あそこへ何とか、誰かが到達できれば――
「まあ、立ち話もなんじゃ、座って話そうじゃないか」
ダーは敵意がないという事を示すように両手を広げ、ゆっくりと腰を下ろした。椅子もクッションも何もない、たんなる木の床の上にである。
このダーの突拍子もない行動には、受付嬢のナナウも、なりゆきを見守っている冒険者たちもそろって怪訝な表情を浮かべた。当然、ミキモトも。
「ミキモトどのも、そこへ腰を下ろして話をしようぞ。座って話せば、落ち着いて会話ができるというもの」
ダーは座ったまま、上目遣いにミキモトへ視線を注いだ。
ミキモトは当然、座ろうとはしない。その眼には警戒の色がある。ダーのペースに乗せられてはならぬと思っているようだ。
チッと苛立ち混じりの舌打ちをすると、
「どこまでも人を食ったドワーフですね。この場で叩き斬って、あなたの死骸から回収しても構わないのですよ」
と、ミキモトは威圧するように、すうっとアンガルドの姿勢をとった。
ダーたち一行には見覚えがある構えだ。あの姿勢から、空中へ目に見えぬ斬撃を放ち、堅い黒魔獣の装甲を紙のように切り裂いた光景を、5人全員がそろって目撃している。
ダーは背後を見た。コニンと眼が合った。
「――ひっ!」
コニンは急に短い悲鳴を発し、会議室へと通じる扉へ駆けだした。
「逃がしませんよ、お嬢さん!!」
ミキモトはアンガルドの姿勢からレイピアを抜いた。
すいっとコニンへ向かい――いや、正確には彼女の向っている方向へ――かれは剣先をかるく動かした。
それだけの動作で、コニンの眼前の床が裂け、堅い樫の木製の扉が割れた。
コニンは怯えたように、後じさった。
「ポリシーとして、かわいい女の人を傷つける気はないんですよね。大人しくこちらの命令に従ってもらえれば、ちゃんとした待遇をお約束いたしますね」
彼が余裕しゃくしゃくに、語りだした瞬間だった。
「いまのは何のさわぎだ!!」
大きく割られた会議室の扉が開かれ、そこから白い頭髪をした精悍な顔つきの男が姿を現した。もと冒険者らしく、体格がいい。彼こそがこのベールアシュのギルドマスターなのだろう。
「おお、ちょうどよいところに来られた。実はこの異世界勇者どのが、ワシらのミスリル銀をよこせと脅迫し、なおかつ攻撃してきよったのじゃ」
機先を制して、ダーが告げる。
ギルドマスターが驚愕のまなざしを、ミキモトに向けた。
「なっ、本当なのですか。異世界勇者どの!?」
「ち、ちがう、そこのオイボレのまったくのデタラメですね!」
「ちがうも何も、この扉を破壊したのは、ミキモト様の斬撃ではないのですか?」
「それは不可抗力だ。私はそういうつもりで――」
もはやミキモトの精神のすべては、この唐突に浴びせられた理不尽な誤解をとくことのみに注がれている。この瞬間、ダーたちのことは、完全にかれの意識の埒外にあったといっていい。
「よし、今じゃみんな!」
ミキモトの視線は、ギルドマスターに釘付けになっている。
ダーは座った状態から、前に突き出したミキモトの片足をすくった。
「うおっ! しかしその程度で――」
ミキモトはふらついたが、すぐに体勢を立て直すかに見えた。
そこに、微塵の敵意も感じられぬ笑顔で、ルカが近寄ってきた。
「――浄化の光」
まばゆい光が部屋に満ちた。
屍を浄化するやさしげな光も、至近距離でもらえばたまったものではない。
「ぐあっっ!!」
ミキモトは両目を押さえた。
体勢を崩しかけた状態だったこともあり、大きく上体が揺れる。
そこへ、とどめとばかりに、クロノトールが追撃の前蹴りを入れた。
「……キミ、キライ……」
うわあああと悲鳴をあげて、ミキモトはもんどりうって階段を転げ落ちていった。
「す、すごい息の合った連携プレー……」
ナナウは指の隙間から驚きの眼を瞠っている。
「――それ、逃げるぞ!」
ダーの号令一下、メンバー全員が階段を降りる。
受身を取るのに失敗したのだろう。ミキモトはしたたか1階の床に頭部を打ち付けて、ごろごろと痛みにのたうち回っている。
彼らは地表に出てきたミミズと化した、ミキモトの体を飛び越えた。
「クロノ」
「……うん……」
タイミングはほぼ同時。
ダーがショルダータックルで、クロノが蹴りで、扉を蹴り破った。
強烈な衝撃を受けた扉は弾けとび、扉の向こう側で待ち構えていたミキモトの仲間を巻き込んだ。
「うわーっ」と悲鳴をあげて転がっていく連中を尻目に、ダーたちは町の中心部へと駆けた。
狙いはミキモトの追撃を封じるためである。大勢の人々がひしめきあう町のど真ん中で、すさまじい破壊力を持つ勇者の武器を使えばどうなるか。さすがのミキモトも、理性を働かせるだろう。
「これから、どこへ向かえばいいの?」
「……さて、どうしようかのう」
誰もこれといった方策があるわけではない。
駆けつつも、憂鬱な声が出てしまうのは仕様がない。
「このまま逃がすものですか……絶対にね!」
背後から、ミキモトのうなり声が聞こえたような気がした。
1階の誰かが、ミキモトの風貌を記憶していたらしい。
「まちがいない。見ているこっちが恥かしくなるようなあの衣装。俺は一度見たことがある。なんであんな険悪な雰囲気を漂わせているんだ?」
「どっちにしろ、ただごとじゃねえぞ、これは」
1階の酒場の広いホールからは、角度によっては手すりごしに2階の様子が見える。お行儀悪く丸テーブルの上に昇って、こちらを見ている者もいる。
いまやギルドに居合わせた全冒険者たちの耳目は、ここに集中しているといっていい。
ミキモトは1階から2階へと通じる階段から、およそ3歩ほど進んだ位置で、ぎろりと一同を睨みすえている。
対するダーたちは、彼から5歩ほど離れた位置にある受付カウンターの前に立っている。
先ほどナナウが指した奥の会議室の扉までは、ざっと7歩というところだろうか。
ダーの背後から、誰かの生唾を飲み込む音が聞こえる。
ミキモトから放たれる殺気は、それだけ本物だったといっていい。
「さて、四神獣の珠? ――なんのことじゃか、面食らって言葉も出ぬわい」
そんな緊迫感漂う重苦しい空気のなか、ダーの声だけは不自然なほど自然である。
異世界勇者とまともに正面衝突しては、勝ち目など微塵もない。
ダーとしては、会話して刻を稼ぎつつ、隙を見出すしかなかった。
「この期におよんで、まだとぼける気ですかね。私をただの異世界から来た無知蒙昧の徒と思って侮らないほうがいいでしょうね」
「いきすぎた被害妄想じゃの。ただ不確かな情報をもとに、一介の冒険者を糾弾しても、得るものなどなにもないと言いたいだけじゃ」
「情報の出所は、この上なく明瞭ですよ。なにせ、この王国の支配者――ヴァルシパル国王自身から得たものですからね。もちろん、四神獣の珠の価値も聞かせてもらいましたね。聞けば、それはこの国にとって必要不可欠な護符のようなもの。それを強奪するとは、なかなかの悪党ですね」
「わしらが悪党? それは初耳じゃ。しかし悪党の上前をはねようとするものは、何と呼べばいいんじゃろうの」
「シラを切るのも大概にしなさい! いくらとぼけても身体検査をすれば済むことですね」
ダーは単に、無意味な時間稼ぎをしているわけではない。
ミキモトが現れたときから、いかに逃れるかを考えていたのだ。
状況はほとんど詰んでいるといっていい。ミキモトが1階に通じる唯一の階段を背にしている以上、1階にある通常の出入り口からの脱出はむずかしい。
ダーはミキモトと口論を演じつつ、奥の会議室の扉を視界の隅に捉えていた。
あそこへ何とか、誰かが到達できれば――
「まあ、立ち話もなんじゃ、座って話そうじゃないか」
ダーは敵意がないという事を示すように両手を広げ、ゆっくりと腰を下ろした。椅子もクッションも何もない、たんなる木の床の上にである。
このダーの突拍子もない行動には、受付嬢のナナウも、なりゆきを見守っている冒険者たちもそろって怪訝な表情を浮かべた。当然、ミキモトも。
「ミキモトどのも、そこへ腰を下ろして話をしようぞ。座って話せば、落ち着いて会話ができるというもの」
ダーは座ったまま、上目遣いにミキモトへ視線を注いだ。
ミキモトは当然、座ろうとはしない。その眼には警戒の色がある。ダーのペースに乗せられてはならぬと思っているようだ。
チッと苛立ち混じりの舌打ちをすると、
「どこまでも人を食ったドワーフですね。この場で叩き斬って、あなたの死骸から回収しても構わないのですよ」
と、ミキモトは威圧するように、すうっとアンガルドの姿勢をとった。
ダーたち一行には見覚えがある構えだ。あの姿勢から、空中へ目に見えぬ斬撃を放ち、堅い黒魔獣の装甲を紙のように切り裂いた光景を、5人全員がそろって目撃している。
ダーは背後を見た。コニンと眼が合った。
「――ひっ!」
コニンは急に短い悲鳴を発し、会議室へと通じる扉へ駆けだした。
「逃がしませんよ、お嬢さん!!」
ミキモトはアンガルドの姿勢からレイピアを抜いた。
すいっとコニンへ向かい――いや、正確には彼女の向っている方向へ――かれは剣先をかるく動かした。
それだけの動作で、コニンの眼前の床が裂け、堅い樫の木製の扉が割れた。
コニンは怯えたように、後じさった。
「ポリシーとして、かわいい女の人を傷つける気はないんですよね。大人しくこちらの命令に従ってもらえれば、ちゃんとした待遇をお約束いたしますね」
彼が余裕しゃくしゃくに、語りだした瞬間だった。
「いまのは何のさわぎだ!!」
大きく割られた会議室の扉が開かれ、そこから白い頭髪をした精悍な顔つきの男が姿を現した。もと冒険者らしく、体格がいい。彼こそがこのベールアシュのギルドマスターなのだろう。
「おお、ちょうどよいところに来られた。実はこの異世界勇者どのが、ワシらのミスリル銀をよこせと脅迫し、なおかつ攻撃してきよったのじゃ」
機先を制して、ダーが告げる。
ギルドマスターが驚愕のまなざしを、ミキモトに向けた。
「なっ、本当なのですか。異世界勇者どの!?」
「ち、ちがう、そこのオイボレのまったくのデタラメですね!」
「ちがうも何も、この扉を破壊したのは、ミキモト様の斬撃ではないのですか?」
「それは不可抗力だ。私はそういうつもりで――」
もはやミキモトの精神のすべては、この唐突に浴びせられた理不尽な誤解をとくことのみに注がれている。この瞬間、ダーたちのことは、完全にかれの意識の埒外にあったといっていい。
「よし、今じゃみんな!」
ミキモトの視線は、ギルドマスターに釘付けになっている。
ダーは座った状態から、前に突き出したミキモトの片足をすくった。
「うおっ! しかしその程度で――」
ミキモトはふらついたが、すぐに体勢を立て直すかに見えた。
そこに、微塵の敵意も感じられぬ笑顔で、ルカが近寄ってきた。
「――浄化の光」
まばゆい光が部屋に満ちた。
屍を浄化するやさしげな光も、至近距離でもらえばたまったものではない。
「ぐあっっ!!」
ミキモトは両目を押さえた。
体勢を崩しかけた状態だったこともあり、大きく上体が揺れる。
そこへ、とどめとばかりに、クロノトールが追撃の前蹴りを入れた。
「……キミ、キライ……」
うわあああと悲鳴をあげて、ミキモトはもんどりうって階段を転げ落ちていった。
「す、すごい息の合った連携プレー……」
ナナウは指の隙間から驚きの眼を瞠っている。
「――それ、逃げるぞ!」
ダーの号令一下、メンバー全員が階段を降りる。
受身を取るのに失敗したのだろう。ミキモトはしたたか1階の床に頭部を打ち付けて、ごろごろと痛みにのたうち回っている。
彼らは地表に出てきたミミズと化した、ミキモトの体を飛び越えた。
「クロノ」
「……うん……」
タイミングはほぼ同時。
ダーがショルダータックルで、クロノが蹴りで、扉を蹴り破った。
強烈な衝撃を受けた扉は弾けとび、扉の向こう側で待ち構えていたミキモトの仲間を巻き込んだ。
「うわーっ」と悲鳴をあげて転がっていく連中を尻目に、ダーたちは町の中心部へと駆けた。
狙いはミキモトの追撃を封じるためである。大勢の人々がひしめきあう町のど真ん中で、すさまじい破壊力を持つ勇者の武器を使えばどうなるか。さすがのミキモトも、理性を働かせるだろう。
「これから、どこへ向かえばいいの?」
「……さて、どうしようかのう」
誰もこれといった方策があるわけではない。
駆けつつも、憂鬱な声が出てしまうのは仕様がない。
「このまま逃がすものですか……絶対にね!」
背後から、ミキモトのうなり声が聞こえたような気がした。
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