燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

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第六章

カッスターダンジョン その5

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 床に累々たる怪物の屍が折り重なり、血だまりが足許を濡らす。
 どれくらいの時間が経過したのだろうか。
 誰もわからない。半刻かもしれず、一刻かもしれない。
 
 長い戦闘による興奮状態と疲労感で意識が混濁し、冷静な判断ができるものはいなくなっていた。あるのはただ、生きてこの難局を乗り切るという覚悟である。
『フェニックス』メンバー全員が一丸となり、それぞれの長所を生かしあい、フルに機能している。
 敵の数は、もはや数えるほどしかいない。
 
 だがまだ、最大の難物、オーガーが残っている。
 オーガーは静謐そのものの佇まいで、腕組みをして冷静に戦況を見守っていた。
 その状態を不気味に思っていた一行だったが、ころあいよしと見たか、オーガーは腕組みを解き、ゆっくりと前進を開始した。
 まずコニンが弓を射るが、その硬い表皮にはじかれた。
 
「ファイヤー・ホーク!」

 エクセの詠唱が完成した。
 空中魔法陣より、炎に包まれた鷹が羽ばたいた。
 高い天井付近まで飛翔すると、炎の鷹は威嚇するように「グギャア」とひと声鳴き、羽根を広げオーガーの頭上へと飛来する。
 オーガーは腕をクロスし、それを受けた。
 炎に包まれたのも一瞬のこと。
 やがて何事もなかったかのように、のっしのっしと前進してくる。まるで痛痒を感じていないようだ。
 つうっとエクセの白い頬に汗がつたう。

「このオーガーは、呪文に対する耐性がありますね……」

「ならば、直接打撃しかあるまい」

 ダーがひょいと戦斧を肩に担いで前に出る。
 当然のような表情で、その隣をクロノが埋める。
 彼らを見やり、にやりと鬼《オーガー》が笑ったように見えた。
 
「なにがおかしい、このデカブツめ」

 オーガーは背中から、ずるりと巨大な鉈のような剣を抜いた。
 鈍い光を放つそれは、オーガーのそれぞれの手に握られている。
 
「双剣使いのオーガーじゃと!?」

 ダーは驚いたが、止まってはいない。停滞は死につながる。
 クロノとの、いつもの上下連携で、オーガーに斬りかかった。
 オーガーは、その両方の攻撃を、双剣で受けて見せた。
 並の力量ではない。
 
「むう、やりおる」

 ダーは下から踏み込み、斬りあげた。クロノは突きを入れる。
 それを易々とさばかれる。
 2人の熟練した剣士を相手にして、このオーガーは対等以上に渡り合っている。いや、どちらかといえば劣勢なのはこちらの方だ。
 これは実戦で鍛え上げた技術だと、直感的にダーは理解した。
 おそらくここで出会うまで、よほどの数の冒険者を斬ってきたのだろう。
 
 そして、明らかに太刀筋を読まれている。
 先程までこの鬼が、沈黙を保っていたわけがわかった。
 他の怪物を犠牲にして、こちらの動きを冷静に観察していたのだ。
 技術に加え、並々ならぬ知性がある。確かにこれは難敵だった。
 
 広い密室に、鉄の擦過音がひびきわたる。戦況は芳しくなかった。
 オーガーの攻勢が続いている。ふたりは対抗するのがやっとの状態だ。
 剣闘士時代から鍛えぬいた技術が通じない。その焦りがあったのだろう。クロノトールは水平に振った剣を受けられると、不用意に前蹴りを放った。
 いかん。思わずダーがつぶやいた瞬間である。
 その隙をとらえ、オーガーがカウンターで蹴り返した。

「ぐっ……!」

 腹部に蹴りが炸裂し、うめき声をあげて、ふっとぶクロノトール。

「クロノ!」
 
 ダーは叫ぶが、すぐに気を取り直した。オーガーが向かってくる。
 背後のことをダーは意識した。逃げるわけにはいかない。
 ダーはすっと斧を上段に構えなおした。
 オーガーは笑みを浮かべている。勝利を確信したような笑み。

(そうは、いくか)
 
 ダーの口から、奇妙な言葉が紡がれる。呪文の詠唱だった。
 今日までひたすらやってきた、マナの総量を増大する作業。
 しかし、ダーは失神と回復をくりかえすうち、これを実戦に応用できないか、ずっと考えていたのだ。
 幸いなことに、彼はいま、青龍の珠を携帯してきている。
 珠は背嚢のわずかな隙間から、外部へと青輝を放っている。
 
「大いなる天の四神が一、青龍との盟により顕現せよ、サンダ――」

 ムウと考えるが、その先が思いつかない。
 ドワーフの魔法使いになる修行はしていないからだ。
 
「ええい、とにかく出でよ! サンダー!」 

 その中途半端な詠唱でも、青龍の珠は応えてくれた。
 戦斧の斧頭が静かに青くかがやいた。
 帯電しているのか、それは斧頭からゆるりと刃先に流れこみ、薄暗闇の広間を、亡霊のような青い光で照らし出した。
 
 オーガーは剣を振り下ろし、ダーの斧と噛み合った。
 その瞬間、オーガーの全身に青い光が広がった。
 まるで燎原に放たれた火のごとく。 

「ガアアアアアアアアッッ!!!」

 オーガーは苦悶している。全身に稲妻のような多角形の傷が浮かびあがった
 ダーは内心、驚嘆する思いだった。
 それでもオーガーはなお、その力を緩めようとしない。
 しばらく、その状態が続いた。どれほどの電流が体内に流れたのだろうか。
 
(これで駄目なら、本物の化物じゃわい)
 
 だが、ほどなく限界は訪れた。
 オーガーは切り倒された大木のように、ゆっくりと前のめりにその巨体を沈めていく。
 ダーはあわてて横に飛びのき、下敷きになるのを避けた。
 ずしんという凄まじい轟音たてて、オーガーは地に伏した。
 すでに、絶命しているようだった。

「心臓が止まったのです」

 エクセが静かに宣告した。

「そうかい、そりゃよかったのう……」

 ダーは転がったまま、動かない。いや、動けなかった。
 精神力の枯渇状態。もはや彼にとって馴染みの感覚である。

「すまんが、マナ・ポーション一つ、もらいたいんじゃが」

 エクセは苦笑しつつ、細いビンを片手に彼の元へと歩み寄る。

「今回は、ツケでいいですよ」

 クロノも、むっくりと起き上がった。黒魔獣の装甲のおかげか、さほどのダメージはなさそうだった。
 へなへなと、イエカイが床にへたりこんだ。

「もう、生きた心地がしませんでしたよ……」

「そりゃ、こっちのセリフじゃわい」

 座り込んだままマナ・ポーションを呷りながら、ダーがつぶやく。
 戦力にならぬ、足手まといの若者を庇いながら、この大群を向こうに回して戦い続けたのだ。とんでもないハンデ戦であった。死者が出なかったのが奇跡のようなものだ。 
 
 大広間は魔物の死体で、足の踏み場もないような状態である。
 コニンが射撃手スケルトンの持っていた弓を手にして、ガッツポーズしている。どうやら戦闘中から目をつけていたらしい。
 薄暗闇の中でもなお、涼やかな光を放つ銀色の弓だ。
 武器屋に売却すれば、おそらく相当の値がするだろう。
 
「カ、カッコいい。これ絶対いいものだよ! 軽いし!」

「よかったですね、いい武器が手に入って」

 ルカが我がことのように嬉しそうに言う。
 魔物はたまに、こうしたレア・アイテムを持っている事がある。
 本来の所有者は、逃亡してアイテムを取り落としたのか、命もろともアイテムを奪われたのか。それは彼らにはわからない。
 コニンは落ちた矢を回収するついでに、新しい弓の試し撃ちをしている。
 何度か虚空へ向かって弓を射ったあと、再び矢を回収しながら、
 
「これいいよ、うん。以前のやつより飛距離が増した感じがあるし、グリップが握りやすくて私に合ってる。もうちょっとここを――」

 と、なにやら一人でぶつぶつと呟いている。

「喜んでいるようで何よりじゃ」

 罠で下りた分厚い扉は、オーガーが死ぬと同時にすべて解除された。
 ガラガラとなにかが作動する音がした後、ゆっくりと扉は上に引き上げられた。どういう仕組みなのか、シーフのいないフェニックスのメンバーには理解できない。

「仕組みはわからんが、あまり長居をしてもいいことはなさそうじゃ」

「そうだね。また罠が作動してもつまらないし」

 抜け目なく金目のものを物色すると、一行はさっさと大広間を後にすることにした。
 下の層へ降りる階段は、すぐに見つかった。
 
「さあ、地下5層じゃ――」

 
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