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第五章
一行は進む。
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ゴウリキがあのでかいイノシシの化物を屠ってから、半刻もの時間が経過している。すでにゴウリキはヘルメットを脱ぎ、額の汗も乾ききっていた。
それにしても、でたらめな破壊力だった。あれが異世界勇者の武器の真の力なのだろう。なごやかに仲間と談笑しているゴウリキを見て、ダーは正直に疑問をぶつけてみることにした。
「いったいなぜ、イノシシ狩りなどしておったんじゃ?」
「いいじゃねえか、個人の自由だぜ」
質問をぶつけた途端に、ゴウリキの顔が苦いものに変わる。
ぶつりと途切れた会話をつないだのは、リーニュだった。
「ゴウリキ様は、ヤマダさんへのリベンジに燃えているのですよ」
「こら、ウサミミ、余計なことを言うんじゃねえぜ」
「怒らないでくださいよ。本当のことじゃないですか」
「なるほどな、合点がいったわい」
「ちっ、ジジイに何がわかるってんだ……」
ゴウリキを含む、異世界勇者3人は、失態を演じた。
たったひとりの男。それも武道の一切を知らぬオタク。
ケンジ・ヤマダの前に手も足も出ず、さんざんな敗退を喫したのだ。
その屈辱はいかばかりだったか。
特にゴウリキは、チキュウにいたときから暴力の世界に身を置いていた男である。
ひと気のない、町角の裏通りが彼のテリトリーだった。
弱ければ淘汰され、強ければ絶賛される。そういう場所で拳を振るい、自らの価値を証明してきたのだ。
異世界勇者としてもてはやされ、異常な攻撃力の武器を与えられ、すっかりいい気になったゴウリキは、おのれを鍛えることを怠った。
それがあの無残な結果につながったと、彼は考えたのだ。
もっと研鑽を積まなければならない。
この武器のすべてを引き出さなければならない。
ゴウリキは使い慣れない頭を酷使した結果、各地に眠る伝説の化物を狩る、この武者修行の旅に出る決意を固めたのだ。
(あのへんてこな跳び攻撃も、修行の成果というわけか)
ザラマでのヤマダとの闘いでは、あの技は使っていなかった。
彼なりに努力した成果というわけだ。
それにひきかえ、自分はどうだろう。ダーは瞳を閉じた。かれは精神力の酷使により、一週間もの間、ベッドに釘付けのままであった。
それからベールアシュまで来たものの、やっているのはムイムイ草の採取である。あれから少しでも強くなったかと問われると否である。
(ムウ、もっと修行を積まねばならんのう)
ゴウリキは、沈思黙考しているダーには目もくれず、
「エクセさん、俺の活躍、その眼に焼き付けてくれたかい?」
と、エクセに向かって微笑みかけた。
「え? ええ、まあ……」
茫然自失していたのは、エクセも同じのようである。
彼は彼なりに何か考え事をしていたようだ。
なんとも歯切れの悪い答えが返ってきた。
「そうかそうか。どうだ、俺に惚れちまったんじゃないのかい」
「――あのですね……」
ひくひくと、エクセが複雑な表情のまま引きつっている。
怒りと嫌悪感の入り混じった、なんとも複雑な顔だった。
大きい声を出そうとしてか、エクセがすーっと息を吸ったときだった。
「おっと待った。答えは今すぐじゃなくていい」
さっと掌をエクセに向けて、ゴウリキが白い歯を見せて微笑んだ。
本人は爽やかな笑みのつもりなのだろう。
実際はただただキモい。
少なくとも、エクセはそう思っているのは明白だった。
「そのうち、そこのへなちょこ老人より、俺のほうが圧倒的に頼れるナイスガイということが分かるはずだ。返事はそのときで構わないぜ」
そう言った後、格好をつけるように、さっと背を向けた。
すくなくとも、相手がどんな表情をしているか、確認した方がいいものを。
ダーがそう思っていると、すっとゴウリキが傍に寄ってきた。
「こいつはエクセさんにかなり好アピールできたな。そう思わねえか?」
「全然そう思わんが、そうじゃのう」
「へっへっへ、ジジイの嫉妬は見苦しいぜ」
いっそここまでアホだと清々しいくらいだ。むしろ好都合かもしれないので、ゴウリキにはこのまま勘違いしていてもらおう。ダーはそう心に決めたのだった。
「それでお前らは、これからどうするんだ? 俺たちはまだここで狩りをして、野営するつもりだが」
「わしらはそういう準備もしてきておらぬし、ムイムイの草もギルドに届けねばならぬ。一旦は引き揚げるわい」
「そうか……エクセさんだけでも残ってほしかったが……」
いささか名残惜しそうに、ゴウリキは手を振った。
好奇心で、ダーがエクセのローブの袖をまくってみると、身体にはすごい鳥肌が立っていた。
「かなりの拒絶反応じゃな、これは」
「あ、あの方とは、もう二度とお会いしたくありません……」
精神的な疲労感をにじませて、エクセはつぶやいた。
あるじのいなくなった妖魔の森を抜け、普通の森林へと歩を進めたときである。もはやゴウリキたちに聞かれる心配もないところで、ダーが切り出した。
「エクセ、お疲れなところ悪いのじゃが、聞きたいことがある」
「そうだよ、あの魔物たち。なんで中空から現われたのさ?」
エクセはメンバーの顔を見回した。
全員が同じ想いだったようで、ルカもクロノもこくこくと頷いている。
「まず、ひとつ。我々の位置は常に魔王軍に把握されていると考えてもらって結構です。朱雀の珠、青龍の珠にこめられた膨大な魔力で、位置を把握されているようなのです。
ふたつめ。術者がいないのに、移転魔法が作動し、魔物がこちらに現われる。これは正直私にも理由が判然としません。ラートーニが新たな魔術を身につけたか。
それとも――」
「それとも、なんじゃ?」
「そのような技を使いこなす、新たな敵が現われたのか」
「……それはかなり、まずい話じゃな」
「そうだよ。それならどこにいても、すぐに魔物が出現しちゃう」
「しかし、こればかりは対策の立てようがありませんね……」
一行はたちまち、暗澹とした顔色につつまれた。
こちらの位置を正確に把握して、魔物を放ってくる敵。しかもいつどこで襲来してくるか、皆目予想がつかないのである。
ダーは気持ちを切り替えるように、頭を振った。
厄介だが、考えても仕方がない。
「ま、とりあえずギルドにムイムイ草を届けるのが先決じゃな」
ダーはからりと陽気に言った。
うんうん、と隣でコニンも頷き、
「そうだね、明日の事は明日考えよう」
「き、気の切り替えが早いですね……」
エクセは軽くずっこけて、微苦笑を浮かべた。
そう、悩んでもどうにもならないことを考えこんでも、仕方が無い。
それよりも、一つずつ、今日やるべきことを果たすだけだ。
一行は進む。とりあえず。しかし、確実に。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*
「――行ってしまわれましたね」
「いやあ、騒がしい人たちでしたねえ」
ゴウリキのパーティは、ダーたちの後姿を見送ったあと、野営の準備を始めようとしていた。
今日の食事は豪勢な巨大イノシシの肉である。圧倒的なこの量。大食漢のゴウリキをもってしても、とても食べきれまい。あまった分はギルドに卸そうかとか、メンバーが呑気な会話をかわしているとき――
弛緩した空気を斬るように、ゴウリキの声が飛んだ。
「そろそろ、出てきてみちゃどうだい? 隠れてる奴」
リーニュも、他のメンバーも驚いてゴウリキを見た。
ゴウリキはいつの間にかヘルメットをかぶり、臨戦態勢である。
森の一部が揺らいだ。
そこからひとりの黒装束の人物が吐き出される。
ラートーニとも、ヤマダとも背格好が違う。
「意外……鈍感なようで、割と目端が利くんだね」
影が口を開いた。低く地に沈むような声。
「骸骨を召喚していたのは、お前ってことでいいんだよな」
「そうだろうね。他に該当者もいないことだし」
影の口調には、どこか嘲弄するひびきが含まれている。
ゴウリキはそれを敏感に察したか、
「あんまり舐めてると、痛い目に遭わすぜ。てめえ」
「――ふっふーん。さて、できるかなあ?」
ふたりの距離は数歩。電流のような殺気が大気に満ちた。
それにしても、でたらめな破壊力だった。あれが異世界勇者の武器の真の力なのだろう。なごやかに仲間と談笑しているゴウリキを見て、ダーは正直に疑問をぶつけてみることにした。
「いったいなぜ、イノシシ狩りなどしておったんじゃ?」
「いいじゃねえか、個人の自由だぜ」
質問をぶつけた途端に、ゴウリキの顔が苦いものに変わる。
ぶつりと途切れた会話をつないだのは、リーニュだった。
「ゴウリキ様は、ヤマダさんへのリベンジに燃えているのですよ」
「こら、ウサミミ、余計なことを言うんじゃねえぜ」
「怒らないでくださいよ。本当のことじゃないですか」
「なるほどな、合点がいったわい」
「ちっ、ジジイに何がわかるってんだ……」
ゴウリキを含む、異世界勇者3人は、失態を演じた。
たったひとりの男。それも武道の一切を知らぬオタク。
ケンジ・ヤマダの前に手も足も出ず、さんざんな敗退を喫したのだ。
その屈辱はいかばかりだったか。
特にゴウリキは、チキュウにいたときから暴力の世界に身を置いていた男である。
ひと気のない、町角の裏通りが彼のテリトリーだった。
弱ければ淘汰され、強ければ絶賛される。そういう場所で拳を振るい、自らの価値を証明してきたのだ。
異世界勇者としてもてはやされ、異常な攻撃力の武器を与えられ、すっかりいい気になったゴウリキは、おのれを鍛えることを怠った。
それがあの無残な結果につながったと、彼は考えたのだ。
もっと研鑽を積まなければならない。
この武器のすべてを引き出さなければならない。
ゴウリキは使い慣れない頭を酷使した結果、各地に眠る伝説の化物を狩る、この武者修行の旅に出る決意を固めたのだ。
(あのへんてこな跳び攻撃も、修行の成果というわけか)
ザラマでのヤマダとの闘いでは、あの技は使っていなかった。
彼なりに努力した成果というわけだ。
それにひきかえ、自分はどうだろう。ダーは瞳を閉じた。かれは精神力の酷使により、一週間もの間、ベッドに釘付けのままであった。
それからベールアシュまで来たものの、やっているのはムイムイ草の採取である。あれから少しでも強くなったかと問われると否である。
(ムウ、もっと修行を積まねばならんのう)
ゴウリキは、沈思黙考しているダーには目もくれず、
「エクセさん、俺の活躍、その眼に焼き付けてくれたかい?」
と、エクセに向かって微笑みかけた。
「え? ええ、まあ……」
茫然自失していたのは、エクセも同じのようである。
彼は彼なりに何か考え事をしていたようだ。
なんとも歯切れの悪い答えが返ってきた。
「そうかそうか。どうだ、俺に惚れちまったんじゃないのかい」
「――あのですね……」
ひくひくと、エクセが複雑な表情のまま引きつっている。
怒りと嫌悪感の入り混じった、なんとも複雑な顔だった。
大きい声を出そうとしてか、エクセがすーっと息を吸ったときだった。
「おっと待った。答えは今すぐじゃなくていい」
さっと掌をエクセに向けて、ゴウリキが白い歯を見せて微笑んだ。
本人は爽やかな笑みのつもりなのだろう。
実際はただただキモい。
少なくとも、エクセはそう思っているのは明白だった。
「そのうち、そこのへなちょこ老人より、俺のほうが圧倒的に頼れるナイスガイということが分かるはずだ。返事はそのときで構わないぜ」
そう言った後、格好をつけるように、さっと背を向けた。
すくなくとも、相手がどんな表情をしているか、確認した方がいいものを。
ダーがそう思っていると、すっとゴウリキが傍に寄ってきた。
「こいつはエクセさんにかなり好アピールできたな。そう思わねえか?」
「全然そう思わんが、そうじゃのう」
「へっへっへ、ジジイの嫉妬は見苦しいぜ」
いっそここまでアホだと清々しいくらいだ。むしろ好都合かもしれないので、ゴウリキにはこのまま勘違いしていてもらおう。ダーはそう心に決めたのだった。
「それでお前らは、これからどうするんだ? 俺たちはまだここで狩りをして、野営するつもりだが」
「わしらはそういう準備もしてきておらぬし、ムイムイの草もギルドに届けねばならぬ。一旦は引き揚げるわい」
「そうか……エクセさんだけでも残ってほしかったが……」
いささか名残惜しそうに、ゴウリキは手を振った。
好奇心で、ダーがエクセのローブの袖をまくってみると、身体にはすごい鳥肌が立っていた。
「かなりの拒絶反応じゃな、これは」
「あ、あの方とは、もう二度とお会いしたくありません……」
精神的な疲労感をにじませて、エクセはつぶやいた。
あるじのいなくなった妖魔の森を抜け、普通の森林へと歩を進めたときである。もはやゴウリキたちに聞かれる心配もないところで、ダーが切り出した。
「エクセ、お疲れなところ悪いのじゃが、聞きたいことがある」
「そうだよ、あの魔物たち。なんで中空から現われたのさ?」
エクセはメンバーの顔を見回した。
全員が同じ想いだったようで、ルカもクロノもこくこくと頷いている。
「まず、ひとつ。我々の位置は常に魔王軍に把握されていると考えてもらって結構です。朱雀の珠、青龍の珠にこめられた膨大な魔力で、位置を把握されているようなのです。
ふたつめ。術者がいないのに、移転魔法が作動し、魔物がこちらに現われる。これは正直私にも理由が判然としません。ラートーニが新たな魔術を身につけたか。
それとも――」
「それとも、なんじゃ?」
「そのような技を使いこなす、新たな敵が現われたのか」
「……それはかなり、まずい話じゃな」
「そうだよ。それならどこにいても、すぐに魔物が出現しちゃう」
「しかし、こればかりは対策の立てようがありませんね……」
一行はたちまち、暗澹とした顔色につつまれた。
こちらの位置を正確に把握して、魔物を放ってくる敵。しかもいつどこで襲来してくるか、皆目予想がつかないのである。
ダーは気持ちを切り替えるように、頭を振った。
厄介だが、考えても仕方がない。
「ま、とりあえずギルドにムイムイ草を届けるのが先決じゃな」
ダーはからりと陽気に言った。
うんうん、と隣でコニンも頷き、
「そうだね、明日の事は明日考えよう」
「き、気の切り替えが早いですね……」
エクセは軽くずっこけて、微苦笑を浮かべた。
そう、悩んでもどうにもならないことを考えこんでも、仕方が無い。
それよりも、一つずつ、今日やるべきことを果たすだけだ。
一行は進む。とりあえず。しかし、確実に。
―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*
「――行ってしまわれましたね」
「いやあ、騒がしい人たちでしたねえ」
ゴウリキのパーティは、ダーたちの後姿を見送ったあと、野営の準備を始めようとしていた。
今日の食事は豪勢な巨大イノシシの肉である。圧倒的なこの量。大食漢のゴウリキをもってしても、とても食べきれまい。あまった分はギルドに卸そうかとか、メンバーが呑気な会話をかわしているとき――
弛緩した空気を斬るように、ゴウリキの声が飛んだ。
「そろそろ、出てきてみちゃどうだい? 隠れてる奴」
リーニュも、他のメンバーも驚いてゴウリキを見た。
ゴウリキはいつの間にかヘルメットをかぶり、臨戦態勢である。
森の一部が揺らいだ。
そこからひとりの黒装束の人物が吐き出される。
ラートーニとも、ヤマダとも背格好が違う。
「意外……鈍感なようで、割と目端が利くんだね」
影が口を開いた。低く地に沈むような声。
「骸骨を召喚していたのは、お前ってことでいいんだよな」
「そうだろうね。他に該当者もいないことだし」
影の口調には、どこか嘲弄するひびきが含まれている。
ゴウリキはそれを敏感に察したか、
「あんまり舐めてると、痛い目に遭わすぜ。てめえ」
「――ふっふーん。さて、できるかなあ?」
ふたりの距離は数歩。電流のような殺気が大気に満ちた。
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