燃えよドワーフ!(エンター・ザ・ドワーフ)

チャンスに賭けろ

文字の大きさ
上 下
43 / 146
第五章

目覚め

しおりを挟む
 ダーは気がつくと、見覚えのある場所に横になっていた。
 空に連なる無限の雲。足許も雲。例の空間にもどっていた。
 おや、とダーが身を起こすと、周囲に四つの影が立っているのに気付く。
 むろん四獣神である。

「おい、ドワーフ、うまくやりやがったな」

 そう豪快に笑うのは、白い着流しを着た筋肉質の男、白虎だ。
 どうやらダーの戦いの一部始終を、ここから見ていたらしい。

「私どもが力を貸したのですから、この程度はやってもらわねば」

 冷然と言い放つのは、緑色の漢服に身を包んだ長身の玄武だ。
 そう言いつつも口許が綻んでみえるのは、気のせいではあるまい。

「それでワシはまた何故ここに舞い戻っておるのかな。まさか、あのあと急死したとか、そんなオチは勘弁じゃぞ」

「まあ、似たようなものです」

「おいおいおい、それは困るわい」

「半分は冗談で、半分は本当です。あなたは力を使いすぎたという処でしょうか」

 時計の針のように長身の玄武が、諭すように語りつづける。

「あなたの手許にあったのは、朱雀、青龍のふたつの珠のみです。私――玄武と、白虎の珠は所持していなかった。しかし事態が事態です。私たちはあなたに力を貸すことに決めた」

「それがまずかったのかの」

「ないものの力を借りるのだから、それなりのリスクはあるわな。その不足分は、お前さんの精神力から引き出したというわけさ。現世でのお前は仮眠状態にある」

「死んではおらぬ、というわけじゃな」

「死んではいません。ですが、肉体に意識がもどるまでは一週間ほどかかりますね」

「一週間!?」

 さすがにダーも唖然とするしかない。

「この力を行使する度に、それだけワシはお休みになるということなのか」

「ですから貴方には、私たちの珠を見つけ出してもらう必要があります。そうしないと、再度あの力を行使した場合、また一週間の昏睡状態が起こるということです」

「さすがに死活問題じゃのう」

 今回は、肉体は死滅していないという。それだけは不幸中の幸いである。
 それにしてもとダーは思う。四獣神の力を借りる。初めての経験だったが、五体隅々まで、圧倒的な力が行き渡るのが感じられた。
 あの暗黒神の力を宿したヤマダを一蹴したのを見れば、桁違いの能力なのは明らかだ。
 ただし、一週間も昏睡状態に陥るようなハイリスクの能力なのである。
 特に、敵をしとめそこなった場合は最悪だ。その場合。ダーは完全にパーティーのお荷物と化してしまうだろう。

「どうやらわかったようだな、ことの重大性が」

 にかっと白虎が笑ってみせる。ダーとしては、肩をすくめるしかない。
 
「それで、どこに珠があるのか、場所は教えてくれるじゃろうの」

「そうしてやりたいのはやまやまだが――……」

「時間です――」

 ダーは自らの身体が、急速に光輝に包まれていくのがわかった。
 肉体が――あきらかにかりそめのものだが――うっすらと透けていく。

「おい、それは無責任というものじゃ――」

 みなまで言い放つこともできず、ダーの意識は白濁化していく。
 完全に意識を失う一瞬、白虎の声らしきものが脳裏に滑りこんできた。

「――すぐに来る……チャンスを逃すな……」


―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―


 不意に、薄闇がダーを包んだ。ダーはわずかに動揺したが、すぐにこの闇は、目蓋を閉じているせいだと気付く。
 どうやら地上へと帰ってきたようだ。耳鳴りが戻ってきていた。
 眼をひらくと、無機質な板張りの天井が視界に飛び込んできた。
 薬草の匂いが鼻につく。雲の間ではなかった感覚だ。五感が一気に、ダーへと押し寄せてくる感じである。
 左を向くと、開かれた大きめの窓から清涼な風が流れ、陽光がななめから部屋に差し込んでいる。
 どうやらここは、施療院のなからしい。

(さて、あの戦いから一週間が経過しているということじゃが)

 どうも記憶が曖昧になっている。
 ダーは天国とも地獄ともつかぬ場所で、四獣神と出合った。
 ついさっきの事のように感じられたが、どうやら地上とあの空間とは刻の流れが違う、ということなのかもしれない。

(しかし、この様子だと、どうやら何事もなかったようじゃ)

 耳に心地よい、小鳥の歌声が聞こえてきた。
 どうやらザラマの町の平和は護られたようだ。
 一週間も現世を離れていたという実感はないが、ぐうぐうと自己主張を始めるすっからかんの胃袋がそれを証明していた。
 看病疲れなのか、床に膝をついて、彼のベッドを枕にするような形でコニンが眠っている。
 小さな椅子には、ルカが、これまたうとうとと眠りについている。
 栗色のふわふわした髪が差し込んだ光を受け、きらきらと輝いて見えてきれいである。
 
(はてさて、でかいのとエルフの姿が見えんの)
  
 これはちょっとダーには意外だった。
 エクセをかばったことは、曖昧ながら記憶にある。あのあと仮にエクセが死んだなら、あっちの世界で会えたはずだから、ふたりとも死んではいない、と思う。
 まあ、ここは天と地の何処でもない、と青龍はいっていたから、なんの根拠もないのだが。

「やれやれ、わしが見舞われる立場になるとはのう……」

 そうつぶやいたとき、がつん、と大きな音が響いた。
 ダーから見て右側に設置されていた扉、その上部分に頭を強打した人物がいる。
 どうやら扉を開いて中に入ろうとしたものの、かがむのを忘れて、頭をぶつけてしまったものと見える。

「……いたた……」

「そりゃ、痛かろう」

 ダーがそういうと、水の入った手桶と、身体の汗を拭くための布切れを持った大きな女性が、呆然といった風情で立っていた。
 いうまでもなくクロノトールである。

「……ダー、起きてる……」

「そうじゃな、さっき起きたとこ――ぎゃあ、いたたたたた!!」

 手桶を放りだしてダーに突進したクロノが、ダーをお得意のベアハッグに捕えたのだ。

「いたたたたた病み上がりにやめんか、死ぬわい」

「………いや。ダー起きないの、心配した………」

 その絶叫で、コニンとルカも眼が覚めたようだ。

「あー、ダーさん、起きた!!」

「よかったです。みんな心配していたんですよ」

「心配していたならこの大女の拷問からワシを助けい!」

 ダーがその拷問から開放されたのは、けっこうな時間が経過してからだった。
 なにしろクロノの怪力ゆえ、振りほどくのに苦労したのだ。
 
「ふー、危うく起きた途端にまた召されるところじゃったわい。ところで、あれからどうなったのか。ことの経緯を聞かせてもらえぬかのう」

 ルカとコニンの話はこうである。
 あの戦の後、参加したほとんどの冒険者はランクが上がった。特に大将首を獲ったクロノは、2つも階級がゲインした。ひとりだけ、3級冒険者に認定されたという。
 これにはダーも笑みを浮かべるしかない。
 ダーの手柄を奪ってしまったと、クロノは罪悪感に満ちた顔つきである。
 むろん、弟子の昇進に不平を鳴らすほどダーは狭量ではない、
 ダーはぐっと親指を立てて「でかした!」と賞賛した。
 ここでようやく、クロノの顔に安堵感が広がった。
 
「ところで異世界勇者達は、どうしたのかの?」

 異世界勇者たちは不平不満で口を尖らせたまま、船に乗って何処かへと姿を消したという。
 彼らの行く先はようとして知れない。ある勇者は、ヤマダを追って隣国ガイアザに乗り込んだのだとか、また別の冒険者は、更なるパワーアップを目指し、新たな修行の場を目指して旅立ったなど、さまざまな噂が広がっている。
 まるで眼中になかった男、ヤマダひとりにさんざん蹂躙され、危機的状況をひとりのドワーフに救われたのだ。その屈辱たるやいかばかりだろう。

 そこで不意に、扉が開いた。
 うつむき加減で現われた美貌のエルフが、眼をまるくしてダーを見つめている。
 驚きのあまりか、絶句したままのエクセに対し、ダーはいった。

「すまんが、メシの支度はまだかのう」
 


しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

処理中です...