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第83話 晴れやかに、空へ

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「お江さん…その…お申し出は嬉しいのですが、このままだと貴方達に…」

 彼女達が何をしようとしているのかが分かる一方、巻き込みたくない一心で精一杯の気遣いを見せるが、そんな事はお構いなしに宿の裏口へと引っ張られてしまう。

「初音ちゃん、私達のことは心配しないで!
 2人の事情はもう知ってるの…あれからずっと考えてて、どうしようか考えて…。
 だから、せめてこれ位は任せてよ!」

 お鈴ちゃん…。
 気丈に話してはいるが、桜色の着物から見える足は震えている。
 それでも自分を奮い立たせる為に、小さな拳を握って俺達に協力しようとしてくれているのか…。

「お鈴よ、気持ちは嬉しいがワシが…」

 言いかけた所でお藍さんが初音の口を塞ぐように抱きしめる。
 その姿は本当の母親と見紛う程であった。

「それ以上はダメよ?
 女はもっと素直に生きないと、どこかの誰かみたいに泣いてばかりになるんだから」

 俺の腕を掴んだままのお江さんの顔がにわかに紅潮していく。

「は…母う…ぇ……」

 つば広帽に隠れてはいるが初音の頬を一筋の涙が伝っていく。
 僅かな間ではあったが母の温もりを受け取るように、手を重ね合わせて最後の別れを告げた。

「すまぬ、だがワシらは必ず帰ってくるぞ!
 この恩義は決して忘れぬ、約束じゃ!」

「さぁ!裏口へ急ぐよ!」

 お江さんが手を引いて向かった先は、宿の裏側から川沿いの道へと続いており、通りからは死角になって見えないようだ。

「早く行って!」

 そう言うと同時に宿へ鬼属の一団が押し入り、一斉に家捜しを始める。
 方々から物が壊れる音や悲鳴が挙がり、思わず引き返してしまいそうになったが、お江さんの強い瞳がそれを許さなかった。

「なんだ!?この犬め!我等の邪魔をするか!」

「ギンレイ!?あしな!ギンレイが…」

 いつの間にか初音の背負っていたリュックの口が開いており、そこから出たギンレイのけたたましい吠え声が聞こえてくる。

「…もう戻れない…ギンレイを信じて走れ!」

 初音の手を取って川沿いを走っていくと、遂に裏口が見つかってしまったのか後方からお江さんの威勢の良い声が響く。

「なんだい、ここは関係者以外は立ち入り禁止さ!
 いくら領主様の使いでも容赦しないよ!」

「女!そこをどかんか!」

 今すぐ戻りたい衝動に駆られ一瞬足を止めてしまう。
 が、不意に発せられた声がそれを阻止する。

「そのまんま振り返らずに行ってくだせぇ、ここはあっしらが引き受けますよヤッシャセッ!!」

 声の方向を見ると町の住人が総出で集まっている!
 どこから話を聞き付けたのか、俺達が走り抜けた脇道から一帯を埋め尽くす程の人達が進路を封鎖する形で間に割り込む。

「なんだ!?貴様らぁ!どういうつもりだ!」

「ヒャッハー!ヤッシャセッ!!
 本日の宿はお決まりですかい!?」
「うわーい!鬼属さまだ!カッコいい!」
「是非!おいどんと相撲を取って頂きたい!」
「良い酒はいってますよ!いかがっすか!?」

 もう脇道どころか家の屋根からも、次々と人が現れては鬼属の一団に飛び掛かっていく。
 あっと言う間に集まった黒山の人だかりによって、鬼の力でも身動きが取れずに飲み込まれ、終いには五十鈴川に押し出されてしまったようだ。

 お陰で俺達は無事に町を離れる事ができた。
 ここの人達には感謝してもしきれない…。

「あしな!絶対にここに帰ってくるぞ!」

 確かに、ようやく帰りたいと思える場所に巡り会えた気分だ。
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