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第62話 伊勢の旅館宿 森田屋
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失礼ながらここまで歩いている最中はどんな宿を案内されるのか見当もつかず不安だったが、その杞憂を吹き飛ばす予想外の立派な建屋に感嘆の息が漏れる。
「風情があっていいのぅ」
確かに宿の外観は歴史を感じさせる多くの木材があてがわれ、2階からは通りの喧騒から離れて五十鈴川を眺められる好立地だ。
「入り口はこっちだから。
階段を登ったら直ぐそこさ」
そう言うと着物の裾から見え隠れする足を気にする素振りもなく、宿へと通じる階段を軽々と駆け登っていく。
なんとも元気な人だと妙に感心していると、初音がムスッとした表情で俺の袖を掴んでいた。
「ん?なに?」
「…なんでもないのじゃ」
変な奴だな。
あまり気にせず向き直るとお江さんが手招きしており、後に続いて階段を登っていくと中庭のような空間が姿を現す。
「あ………わらべ…」
初音の視線を辿ると中庭に子供が一人、手鞠で遊んでいる所に出くわした。
その子は俺達と視線が合うと門の陰に急いで隠れ、少しだけ顔を出してこっちを…初音を見つめているようだ。
「こんばんは、宿の子かな?」
挨拶をすると再び門に隠れて出てこなくなってしまった。
どうやら、かなりの恥ずかしがり屋らしい。
「すいませんね、ウチの…森田屋の娘さんなんですよ。今は女将さんが伏せっていて構ってあげられる人もいなくてねぇ」
「ご病気、ですか…」
お江さんは質問をはぐらかすように愛想笑いを浮かべると、俺達を宿の入り口へと促す。
あまり知られたくないのか、口にするのも控えているといった印象を受ける。
そんな風に話をしながら階段を登っていくが、初音はまだ門の所にいた女の子が気になっているのか、立ち止まったまま動こうとしない。
「お~い、そろそろ行こう」
声を掛けるとようやく歩きだして追い付いてきたが、その顔は何かを言いたくて仕方ないといった感じだ。
「…まぁ、夕食まで時間があるし、この辺りを歩く位なら大丈夫だろ。行ってこいよ」
「よ、良いのか?…仕方ないのう。
ワシの夕餉は残しておくのじゃぞ!」
そう言うと渋々といった態度を取り繕い、門の所へと駆けて行く。
そのやり取りを階上から見ていたお江さんは、屈託のない声を口にした。
「優しい若旦那さんだねぇ。
アンタ、本当に独り身かい?」
妙に艶を帯びた声にドキリとさせられる一方、見た目だけは親子のような俺と初音が、家族ではないと見抜いている事に驚く。
「…どこで気付いたんですか?」
自分ではそれっぽく振る舞っていたつもりなので、どうやって確信を得たのかを逆に知りたくなってしまう。
すると、お江さんは飄々とした顔で事もなげに答えた。
「こんな仕事をしているとね、沢山のお客さんと接する内に自然と分かるようになるのさ。特にワケアリならなおさらね」
参った、大した人目利きだ。
半分は鎌を掛けたって感じだろうか?
この人には下手な嘘やハッタリは通用しない、そう思わせる妙齢の女性。
「見事に当たったねぇ!
景品はなんだろね?はははっ」
長い髪を纏めて着物の袖をまくった粋な人は、子供のように笑い、長い階段を息も切らさずに登っていく。
「綺麗だけど、どこか子供っぽい人だな」
夕日が長い階段に影を落とし、爽やかな風が商家の間を吹き抜けていく。
「風情があっていいのぅ」
確かに宿の外観は歴史を感じさせる多くの木材があてがわれ、2階からは通りの喧騒から離れて五十鈴川を眺められる好立地だ。
「入り口はこっちだから。
階段を登ったら直ぐそこさ」
そう言うと着物の裾から見え隠れする足を気にする素振りもなく、宿へと通じる階段を軽々と駆け登っていく。
なんとも元気な人だと妙に感心していると、初音がムスッとした表情で俺の袖を掴んでいた。
「ん?なに?」
「…なんでもないのじゃ」
変な奴だな。
あまり気にせず向き直るとお江さんが手招きしており、後に続いて階段を登っていくと中庭のような空間が姿を現す。
「あ………わらべ…」
初音の視線を辿ると中庭に子供が一人、手鞠で遊んでいる所に出くわした。
その子は俺達と視線が合うと門の陰に急いで隠れ、少しだけ顔を出してこっちを…初音を見つめているようだ。
「こんばんは、宿の子かな?」
挨拶をすると再び門に隠れて出てこなくなってしまった。
どうやら、かなりの恥ずかしがり屋らしい。
「すいませんね、ウチの…森田屋の娘さんなんですよ。今は女将さんが伏せっていて構ってあげられる人もいなくてねぇ」
「ご病気、ですか…」
お江さんは質問をはぐらかすように愛想笑いを浮かべると、俺達を宿の入り口へと促す。
あまり知られたくないのか、口にするのも控えているといった印象を受ける。
そんな風に話をしながら階段を登っていくが、初音はまだ門の所にいた女の子が気になっているのか、立ち止まったまま動こうとしない。
「お~い、そろそろ行こう」
声を掛けるとようやく歩きだして追い付いてきたが、その顔は何かを言いたくて仕方ないといった感じだ。
「…まぁ、夕食まで時間があるし、この辺りを歩く位なら大丈夫だろ。行ってこいよ」
「よ、良いのか?…仕方ないのう。
ワシの夕餉は残しておくのじゃぞ!」
そう言うと渋々といった態度を取り繕い、門の所へと駆けて行く。
そのやり取りを階上から見ていたお江さんは、屈託のない声を口にした。
「優しい若旦那さんだねぇ。
アンタ、本当に独り身かい?」
妙に艶を帯びた声にドキリとさせられる一方、見た目だけは親子のような俺と初音が、家族ではないと見抜いている事に驚く。
「…どこで気付いたんですか?」
自分ではそれっぽく振る舞っていたつもりなので、どうやって確信を得たのかを逆に知りたくなってしまう。
すると、お江さんは飄々とした顔で事もなげに答えた。
「こんな仕事をしているとね、沢山のお客さんと接する内に自然と分かるようになるのさ。特にワケアリならなおさらね」
参った、大した人目利きだ。
半分は鎌を掛けたって感じだろうか?
この人には下手な嘘やハッタリは通用しない、そう思わせる妙齢の女性。
「見事に当たったねぇ!
景品はなんだろね?はははっ」
長い髪を纏めて着物の袖をまくった粋な人は、子供のように笑い、長い階段を息も切らさずに登っていく。
「綺麗だけど、どこか子供っぽい人だな」
夕日が長い階段に影を落とし、爽やかな風が商家の間を吹き抜けていく。
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