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荒野に生きる青年ウォルター
第2話 荒野の掟
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ヴァン・グリード…ここから10km程南に位置する牧場の主。
母が生きていた頃は少なからず家同士の交流があったそうだけど、僕は殆ど覚えていない。
父はヴァンについて口にする時は決まって苦々しい顔になる。
以前ウィリアム兄さんに何故隣の家との関係が険悪になってしまったのか聞いたのだが、結局教えてはくれなかった。
だが次に兄が語った内容は、そんな過去を全て無意味にしてしまう程の物だった。
『奴等が犯行に及んでいる現場をこの眼で見た。
あいつらが数人がかりで俺達の牛に縄を掛けてたんで後ろから怒鳴り散らしてやったんだ。
そしたらその内の一人が銃を抜いたんで一発強烈なのをくれてやったのさ』
僕は兄のホルスターに収まっているピースメーカーに目を落とすと、背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
『殺した…って事…?』
重苦しい無言と蝋燭に照らされた2人の氷の様な顔が、言葉による返答よりも事実を雄弁に語っていた。兄の報告は続く。
『仲間の1人が倒されたのを見て奴等は一斉に銃を抜いたが、早撃ちで俺に敵う男はアルメニア中を探したって5人と居やしない。
俺はたっぷり0.2秒かけて銃を引き抜くと連中の中央にいた奴目掛けて2発お見舞いしてやった』
僕は兄の話を聞きながら暗い穴の淵に立たされている感覚と、12歳の時に連れていってもらったサーカスの煌めく舞台を目の当たりにしたような歓喜の両方を味わっていた。
隣に座る父の顔を見遣ると薄暗闇の中で僅かに口角が上がっているように思えた。
『それで、どうなったの?』
僕は抑えきれない気持ちを静めようと椅子に深く座り直す。
兄は勿体振るように人差し指を立てながら、ワイルドターキーのコルク栓を抜いてグラスに注いでいる。
『物覚えの悪い連中でも日に2回続けて勉強すれば少しは学習できたんだろう。撃たれた2人と牛を置いて他の奴は逃げていったよ』
父は満足そうに頷きながら自分と僕のグラスに酒を注いでいる。
兄は言い終わると悠々とした手つきで父と乾杯を交わし、一息に飲み干した。
父は透かさず空になったグラスを並々と満たすと自分も一息に呷った。
僕は未だ興奮さめやらぬといった感じで兄を見つめていたが、2人に促されてようやく酒を口にした。
暫く兄の腕前を称賛したり連中の慌てた様子を面白可笑しく真似たりしていたが、僕は今回の牛泥棒とヴァン・グリードがどう繋がっているのか分からなかった。
それを察した父が告げた言葉に、僕は再び冷や汗をかくのだった。
『ウィリアムが仕留めたのはヴァンの一人息子だったからさ』
底無し穴に落ちていく感覚とはこういう物なんだろうか。
僕は鼻先に纏わり付く刺激を振り払うように、鼻筋を引っ張りながら話の続きを待った。
『倒れていたもう1人はここいらでは見かけない奴だった。多分、金で雇われたゴロツキの類いだろう。
死体はヴァンの牧場前まで運んでやったよ』
…これからどうなるのだろう?
僕は自問していたが答えは最初から分かっていた。息子を失ったヴァンがこのまま引き下がるはずがない。
町の保安官に通報して裁判沙汰にするか?
それは絶対にない。
堕落して私腹を肥やすだけの奴等に頼るなんて論外だ。
荒野で起きた問題は荒野で生きる者達が解決する。それは家同士の抗争を意味していた。
ウォルターはグラスに目を落としながら今後について思いを巡らせていた。
こっちは4人…いや、幼いビリーを巻き込む訳にはいかない。
僕達3人でヴァン一家と戦わなければ。…向こうは何人だ?
話を聞く限り雇われた連中の質は高くないように思えた。
僕の思案する様子を見ていた父が肩に手を乗せて語りかける。
『お前の心配は分かっている。ビリーの事だろう?
だが安心しろ、私とウィリアムが付いている。
それにお前もいるじゃないか。
ビリーを危険な目に合わせやしないさ』
僕はウィリアムの方を見ると、彼は軽く笑みを浮かべながら瞬時に銃を構え、瞬きするような速さで全ての弾を入れ換えてみせた。
相変わらず溜め息が出るような速業だ。
彼が味方なら10人のゴロツキが相手でも勝てるだろう。
兄の銃捌きに見惚れていると、扉の奥からこちらを覗いている小さな瞳が見えた。
『父さん、兄さん…僕も男らしく戦うよ!』
いつから聞いていたのか、ビリーは扉から進み出ると堂々と戦いに参加する事を宣言した。
それを聞いた僕達は互いに顔を見合わせて弟の成長を祝福するのだった。
母が生きていた頃は少なからず家同士の交流があったそうだけど、僕は殆ど覚えていない。
父はヴァンについて口にする時は決まって苦々しい顔になる。
以前ウィリアム兄さんに何故隣の家との関係が険悪になってしまったのか聞いたのだが、結局教えてはくれなかった。
だが次に兄が語った内容は、そんな過去を全て無意味にしてしまう程の物だった。
『奴等が犯行に及んでいる現場をこの眼で見た。
あいつらが数人がかりで俺達の牛に縄を掛けてたんで後ろから怒鳴り散らしてやったんだ。
そしたらその内の一人が銃を抜いたんで一発強烈なのをくれてやったのさ』
僕は兄のホルスターに収まっているピースメーカーに目を落とすと、背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
『殺した…って事…?』
重苦しい無言と蝋燭に照らされた2人の氷の様な顔が、言葉による返答よりも事実を雄弁に語っていた。兄の報告は続く。
『仲間の1人が倒されたのを見て奴等は一斉に銃を抜いたが、早撃ちで俺に敵う男はアルメニア中を探したって5人と居やしない。
俺はたっぷり0.2秒かけて銃を引き抜くと連中の中央にいた奴目掛けて2発お見舞いしてやった』
僕は兄の話を聞きながら暗い穴の淵に立たされている感覚と、12歳の時に連れていってもらったサーカスの煌めく舞台を目の当たりにしたような歓喜の両方を味わっていた。
隣に座る父の顔を見遣ると薄暗闇の中で僅かに口角が上がっているように思えた。
『それで、どうなったの?』
僕は抑えきれない気持ちを静めようと椅子に深く座り直す。
兄は勿体振るように人差し指を立てながら、ワイルドターキーのコルク栓を抜いてグラスに注いでいる。
『物覚えの悪い連中でも日に2回続けて勉強すれば少しは学習できたんだろう。撃たれた2人と牛を置いて他の奴は逃げていったよ』
父は満足そうに頷きながら自分と僕のグラスに酒を注いでいる。
兄は言い終わると悠々とした手つきで父と乾杯を交わし、一息に飲み干した。
父は透かさず空になったグラスを並々と満たすと自分も一息に呷った。
僕は未だ興奮さめやらぬといった感じで兄を見つめていたが、2人に促されてようやく酒を口にした。
暫く兄の腕前を称賛したり連中の慌てた様子を面白可笑しく真似たりしていたが、僕は今回の牛泥棒とヴァン・グリードがどう繋がっているのか分からなかった。
それを察した父が告げた言葉に、僕は再び冷や汗をかくのだった。
『ウィリアムが仕留めたのはヴァンの一人息子だったからさ』
底無し穴に落ちていく感覚とはこういう物なんだろうか。
僕は鼻先に纏わり付く刺激を振り払うように、鼻筋を引っ張りながら話の続きを待った。
『倒れていたもう1人はここいらでは見かけない奴だった。多分、金で雇われたゴロツキの類いだろう。
死体はヴァンの牧場前まで運んでやったよ』
…これからどうなるのだろう?
僕は自問していたが答えは最初から分かっていた。息子を失ったヴァンがこのまま引き下がるはずがない。
町の保安官に通報して裁判沙汰にするか?
それは絶対にない。
堕落して私腹を肥やすだけの奴等に頼るなんて論外だ。
荒野で起きた問題は荒野で生きる者達が解決する。それは家同士の抗争を意味していた。
ウォルターはグラスに目を落としながら今後について思いを巡らせていた。
こっちは4人…いや、幼いビリーを巻き込む訳にはいかない。
僕達3人でヴァン一家と戦わなければ。…向こうは何人だ?
話を聞く限り雇われた連中の質は高くないように思えた。
僕の思案する様子を見ていた父が肩に手を乗せて語りかける。
『お前の心配は分かっている。ビリーの事だろう?
だが安心しろ、私とウィリアムが付いている。
それにお前もいるじゃないか。
ビリーを危険な目に合わせやしないさ』
僕はウィリアムの方を見ると、彼は軽く笑みを浮かべながら瞬時に銃を構え、瞬きするような速さで全ての弾を入れ換えてみせた。
相変わらず溜め息が出るような速業だ。
彼が味方なら10人のゴロツキが相手でも勝てるだろう。
兄の銃捌きに見惚れていると、扉の奥からこちらを覗いている小さな瞳が見えた。
『父さん、兄さん…僕も男らしく戦うよ!』
いつから聞いていたのか、ビリーは扉から進み出ると堂々と戦いに参加する事を宣言した。
それを聞いた僕達は互いに顔を見合わせて弟の成長を祝福するのだった。
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