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第一部 ニ章 異世界キャンパー編
まさかの事態!?
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翌日、濃密な朝霧の立ち込める泥沼地は静まり返り、灰色の鏡を思わせる滑らかな水面は、幻想的な雰囲気に包まれていた。
――はずだったのだが……。
「くわぁぁあああ!
朝っぱらから草など喰えるかぁぁあああ!!」
「姫様、肉ばかり食すのは感心致しませぬ。
湯通しした野草も口にしてくだされ!」
御覧の有り様である。
多分、普段からこんな風に手を焼いていたんだろうなぁ。
メッッチャクチャ分かるわ~。
次に初音が言い出しそうな事は手に取るように予測できる。
俺は残しておいたクチバシカモノのタマゴを使い、朝食の準備を進めておく。
その傍ら、遠くから二人の会話が流れてきた。
「姫様、少し見ぬ間に目方(体重)が増えたのではありますまいか? これも普段の食生活が乱れておる証拠ですぞ!」
「なぁ!? おま……なん…たる侮辱!
守役とはいえ、あまりに無礼であろう!!」
思わず笑ってしまう。
八兵衛さんは初音の身を案じて小言を口にするが、当の初音はそれが耳障りで仕方がないといった感じだ。
彼はまさに実直な武辺者といった性格なので、直情的な姫サマとは衝突が絶えないのだろう。
それでも全然諦めない辺り、本当に真面目な人だと思う。
「お待たせ。朝食にスクランブルエッグを作ったんですけど、一緒にどうっすか?」
「すくら……なんだと?
貴様、余計な真似をせずともよい!
このような小手先の料理で姫様が満足され――」
「おぉ、これは旨そうじゃのう!
しかも山盛りではないか!
流石はあしなじゃ! よう分かっておる」
ガッツリと落ち込む八兵衛さん。
なんだろうね……この表現できない罪悪感は。
「と、取りあえず食事にしましょうか」
真っ白に燃え尽きた老臣を半ば強引に座らせ、竹コップに入れた水と料理を配膳する。
主食としてハトマメムギで作った粉からパンを焼いてみたのだが、出来立てのスクランブルエッグを挟んでみると、これがシンプルながらも絶品!
ふっくらとした食感に素材が持つ甘味が楽しめると同時に、岩塩を利かせたスクランブルエッグの旨味が活力を与えてくれる。
確かに食はバランスが大事だ。
とはいえ、サバイバルじみた生活に加え、追っ手を意識して連日移動する旅ではどうしても偏りが出てしまうのだ。
「このような物で姫様の機嫌を取りよって!
……まぁ、よいわ。例の一件を肝に銘じよ。
それと姫様の御召し物を洗濯しておくように。
当方はその間、野草と根菜を集めておくのでな」
『初音の機嫌を取って帰るように促せ』
昨夜、八兵衛さんとの間で取り交わした密約だ。
やれやれ、あの人も苦労が絶えないね。
しかも、自分から野菜探しを買って出てくれるとは実に助かる。
そのまま彼はひとしきり小言を口にした後、配膳した料理を残さず食べて森の奥へと姿を消したのだった。
「ふぅ、爺のお節介にも困ったものじゃ。
洗濯にまで言及するとは細かいのう!」
昨日のドタバタですっかり忘れていた。
泥沼に胸までハマった初音の服は丸々一晩、小川に浸け置きにしておいたままだ。
こんな繊細な所にまで気を配って伝えておく辺り、ジャジャ馬娘の守役を任されているのも納得してしまう。
ポリタンクに水を汲み入れ、服を回収して戻ると初音がギンレイを探し回っていた。
「んん~、どこへ行ってしもうたんかのう」
「あぁ、ギンレイなら八兵衛さんの後を追って森に入っていったぞ?」
途端に退屈&不機嫌モードに移行する初音。
犬は落ち着きがあって、構い過ぎない人に懐く傾向にある。
つまり何が言いたいのかというと、ギンレイもたまには騒がしい鬼っ娘から解放されて、物静かな老人と散歩を楽しみたかったのだろう。
俺は暇そうにしている姫サマに洗濯物を渡すと、バケツに入れておいたツチナマズの様子を見にいく。
「さてさて、どうかな~?」
昨夜釣った三匹は狭いバケツの中で揉みくちゃになりながらも元気にしており、これなら今日の食料には困らないと一安心した。
お陰で計画を遂行する為の時間が得られるからな。
「決戦は今夜!
次のターゲットは不可視の化物だ!」
そう、これまで延々とストーキングを行ってきた相手へ、遂に反旗を翻す時がきたのだ。
その第一歩として『発酵石』の入手は絶対条件であり、計画の要を担っていると言っても過言ではない。
問題は、ここに揃えたツチナマズの体内に発酵石が存在しているのかに懸かっているのだが…。
「まずは体長40cmクラスから調べよう。
『異世界の歩き方』には体内のどこかに石があると記載されていたけど、胃の中かなぁ?」
後で食べる事を考えて体表面のヌメリを取り除き、ハラワタを引き出して丹念に調べるが、それらしい物は見つからない。
念の為に筋肉や口内、果ては目玉まで調べ尽くしたのだが見つからなかった。
「本には長い時間を掛けて体内で作られるとしか書いてないぞ。そうなるとマズい…。
ナマズは種類によっては10年以上生きるし、体長が1mを超えるモンスタークラスだっているんだ。
もしかしたら……」
最悪の事態が脳裏を掠める。
手元にあるツチナマズは50cmと60cmが一匹ずつ。
運良く発酵石が生成されている事を祈り、順に捌いていく。
しかし……。
「ヤバい……ヤバいヤバいヤバい!
60cmクラスでも無い……見つからない!
ど、どうする!? このままだと計画が…!」
考えが甘かった。
最も大きいツチナマズにも発酵石が出来ておらず、完全に手詰まり状態に陥ってしまう。
俺は心底心配だったが、ツチナマズの調理を初音に任せ、急いで釣竿を手に昨夜のポイントへ向けて走った。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
――はずだったのだが……。
「くわぁぁあああ!
朝っぱらから草など喰えるかぁぁあああ!!」
「姫様、肉ばかり食すのは感心致しませぬ。
湯通しした野草も口にしてくだされ!」
御覧の有り様である。
多分、普段からこんな風に手を焼いていたんだろうなぁ。
メッッチャクチャ分かるわ~。
次に初音が言い出しそうな事は手に取るように予測できる。
俺は残しておいたクチバシカモノのタマゴを使い、朝食の準備を進めておく。
その傍ら、遠くから二人の会話が流れてきた。
「姫様、少し見ぬ間に目方(体重)が増えたのではありますまいか? これも普段の食生活が乱れておる証拠ですぞ!」
「なぁ!? おま……なん…たる侮辱!
守役とはいえ、あまりに無礼であろう!!」
思わず笑ってしまう。
八兵衛さんは初音の身を案じて小言を口にするが、当の初音はそれが耳障りで仕方がないといった感じだ。
彼はまさに実直な武辺者といった性格なので、直情的な姫サマとは衝突が絶えないのだろう。
それでも全然諦めない辺り、本当に真面目な人だと思う。
「お待たせ。朝食にスクランブルエッグを作ったんですけど、一緒にどうっすか?」
「すくら……なんだと?
貴様、余計な真似をせずともよい!
このような小手先の料理で姫様が満足され――」
「おぉ、これは旨そうじゃのう!
しかも山盛りではないか!
流石はあしなじゃ! よう分かっておる」
ガッツリと落ち込む八兵衛さん。
なんだろうね……この表現できない罪悪感は。
「と、取りあえず食事にしましょうか」
真っ白に燃え尽きた老臣を半ば強引に座らせ、竹コップに入れた水と料理を配膳する。
主食としてハトマメムギで作った粉からパンを焼いてみたのだが、出来立てのスクランブルエッグを挟んでみると、これがシンプルながらも絶品!
ふっくらとした食感に素材が持つ甘味が楽しめると同時に、岩塩を利かせたスクランブルエッグの旨味が活力を与えてくれる。
確かに食はバランスが大事だ。
とはいえ、サバイバルじみた生活に加え、追っ手を意識して連日移動する旅ではどうしても偏りが出てしまうのだ。
「このような物で姫様の機嫌を取りよって!
……まぁ、よいわ。例の一件を肝に銘じよ。
それと姫様の御召し物を洗濯しておくように。
当方はその間、野草と根菜を集めておくのでな」
『初音の機嫌を取って帰るように促せ』
昨夜、八兵衛さんとの間で取り交わした密約だ。
やれやれ、あの人も苦労が絶えないね。
しかも、自分から野菜探しを買って出てくれるとは実に助かる。
そのまま彼はひとしきり小言を口にした後、配膳した料理を残さず食べて森の奥へと姿を消したのだった。
「ふぅ、爺のお節介にも困ったものじゃ。
洗濯にまで言及するとは細かいのう!」
昨日のドタバタですっかり忘れていた。
泥沼に胸までハマった初音の服は丸々一晩、小川に浸け置きにしておいたままだ。
こんな繊細な所にまで気を配って伝えておく辺り、ジャジャ馬娘の守役を任されているのも納得してしまう。
ポリタンクに水を汲み入れ、服を回収して戻ると初音がギンレイを探し回っていた。
「んん~、どこへ行ってしもうたんかのう」
「あぁ、ギンレイなら八兵衛さんの後を追って森に入っていったぞ?」
途端に退屈&不機嫌モードに移行する初音。
犬は落ち着きがあって、構い過ぎない人に懐く傾向にある。
つまり何が言いたいのかというと、ギンレイもたまには騒がしい鬼っ娘から解放されて、物静かな老人と散歩を楽しみたかったのだろう。
俺は暇そうにしている姫サマに洗濯物を渡すと、バケツに入れておいたツチナマズの様子を見にいく。
「さてさて、どうかな~?」
昨夜釣った三匹は狭いバケツの中で揉みくちゃになりながらも元気にしており、これなら今日の食料には困らないと一安心した。
お陰で計画を遂行する為の時間が得られるからな。
「決戦は今夜!
次のターゲットは不可視の化物だ!」
そう、これまで延々とストーキングを行ってきた相手へ、遂に反旗を翻す時がきたのだ。
その第一歩として『発酵石』の入手は絶対条件であり、計画の要を担っていると言っても過言ではない。
問題は、ここに揃えたツチナマズの体内に発酵石が存在しているのかに懸かっているのだが…。
「まずは体長40cmクラスから調べよう。
『異世界の歩き方』には体内のどこかに石があると記載されていたけど、胃の中かなぁ?」
後で食べる事を考えて体表面のヌメリを取り除き、ハラワタを引き出して丹念に調べるが、それらしい物は見つからない。
念の為に筋肉や口内、果ては目玉まで調べ尽くしたのだが見つからなかった。
「本には長い時間を掛けて体内で作られるとしか書いてないぞ。そうなるとマズい…。
ナマズは種類によっては10年以上生きるし、体長が1mを超えるモンスタークラスだっているんだ。
もしかしたら……」
最悪の事態が脳裏を掠める。
手元にあるツチナマズは50cmと60cmが一匹ずつ。
運良く発酵石が生成されている事を祈り、順に捌いていく。
しかし……。
「ヤバい……ヤバいヤバいヤバい!
60cmクラスでも無い……見つからない!
ど、どうする!? このままだと計画が…!」
考えが甘かった。
最も大きいツチナマズにも発酵石が出来ておらず、完全に手詰まり状態に陥ってしまう。
俺は心底心配だったが、ツチナマズの調理を初音に任せ、急いで釣竿を手に昨夜のポイントへ向けて走った。
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