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第一部 ニ章 異世界キャンパー編
2人の日常
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道中は昨夜まで降り続いた雨の影響か、あちらこちらで小規模の土砂崩れが起きていた。
元々雨量の多い地域という事もあり、崖と川が延々と続く土地は地盤が強いとは言えず、今にも崩落しかねない場所が無数に存在している。
「いつ斜面が崩れるか分からない。
頭上と足元に気をつけて進もう」
「これくらいで臆してどうする。
ここはワシ自ら手本を示してくれるわ!」
勇み足で駆け出した初音を慌てて呼び止めようとしたが間に合わず、あっと言う間もなく木の根に足を取られ、ゾッとする高さの崖から転落した!
「初音!? 初音ぇえ!!」
肝が冷えたなんてモンじゃない。
ほんの少し前まで笑顔を振りまいていた少女の姿が、永遠に消えてしまったという計り知れない喪失感によって、本来なら急いで駆けつけるべきなのに、全く足を動かせなかった。
唖然とした視線と力なく伸ばした右手が宙を彷徨い、あるべき姿を探して名を呟く。
当然、返ってくるはずもない……。
あまりにも突然の出来事で…別れの言葉すら…。
立ち上がる気力も尽き果て、地に平伏して泣きながら、何度も失った者の名を呼び続けた。
「うぅ……嘘だ……初音…初音ぇ……」
「うぷっ……くくっ……」
幻聴――ではない!
不意に聞こえた耳覚えのある声に反応して顔を上げると…。
「うっくく! 初音ぇって呼んだかの?
よしよし、ここに居る故安全致せ…くくっ!」
イヤらしい笑みを満面に貼りつけた初音が、膝を抱えて俺を眺めていた。
この非常識で世間知らずな性格は、幻覚でも幽霊でもない。
間違いなく本物の初音本人だ!
しかし、未だに信じられなかった俺は事態を飲み込みきれない。
「お、お前…崖から落ちたんじゃ…」
「落ちたのう。じゃが運よく背中の荷物が枝に引っ掛かっての、こうして難を逃れたという訳じゃよ」
…………だったら、なーんで直ぐに返事しなかったんだ?
コイツ、俺が絶望して泣いてる様子を面白がって見てやがったな。
沸々と沸き上がってくる怒り。
それを察したのか、ギンレイを楯にして必死の弁明を試みる初音。
「ま、まてまて!
勘違いしておったのはお主じゃろ?
ワシはほら…ギ、ギンレは既に気づいておったしぃ…」
しどろもどろになって後ずさりするが、これはライン超えなんて生易しいモノではない。
取っ捕まえて尻叩きの刑だ!
猛然と立ち上がって始まった鬼ごっこ。
躾のなってない子供への正当な罰を身をもって教えてやる!
「待ちやがれ! このクソガキがッ!」
「イヤじゃイヤじゃ~♪
手籠めにされる~」
結局、初音はそのまま逃げ切ってしまい、代わりに昼飯抜きという罰を受けて激しく後悔するのだった。
「あー、腹がへったのう……あしなのせいでのう~」
「自分のせいだろーが」
昼飯を抜かれた初音は不満げな顔を向け、反省した様子もなく、近くにあった大きな岩に腰掛けた。
ギンレイが岩に向かって吠えていたので、また落ちるのではないかと心配しているようだ。
あれから崖の途中にあったドラム缶をどうにか引き上げ、旅を再開したものの、道中は険しさを増すばかり。
油断すれば先程のような転落が再び起ても不思議ではなく、より一層の注意が必要な道が続く。
「どこぞに『けーき』でも落ちとらんかのう」
「流石に異世界でもケーキは生えて……ん?」
気のせいか、座っていた初音の位置が急に変わったように見えた。
だが、ここでもギンレイは素早く異変に気づき、俺達に知らせてくれていたのだ。
「…お? おぉ…動い……なんじゃぁあ!?」
慌てて飛び降りた初音を空中で受け止め、突然動き出した岩へ身構えると…。
「亀!? しかも…デカいぞ!」
岩だと思い込んでいたのは、現実世界でもお馴染みの亀。
野太い四本の足と伸び縮みする首。
感情が読み取れない顔は泥にまみれ、俺達を気にした素振りも見せない。
苔むした甲羅には無数の植物やキノコが生え、何十年も生きているという風格を漂わせている。
『異世界の歩き方』によると名前はゾウガメオキナ。
非常に堅牢な甲羅に守られ、寿命は数百年にも及ぶ亀の稀少種らしい。
年齢に比例して甲羅も大きくなるそうで、この個体は体長が2mを超えているにも関わらず、100歳前後の若い部類との事。
「…って事はだぞ、これよりもっとデカい奴が居るってのか!」
鈍重な動きで一歩進むごとに地響きを鳴らす様子は泰然としており、太古の時代を生きた恐竜を彷彿とさせる姿は圧巻の一言に尽きる。
その一方でゾウガメオキナの穏やかな顔を観察すると、名前の由来となった髭が口元から伸びており、どこかコミカルな印象を受けた。
どうやら大人しい草食性の生き物のようだ。
「よいよい、小さくともワシの昼餉には丁度よいわ!」
「まさか…コイツを狩るつもりか!?」
腹を空かせた初音が走り寄るとゾウガメオキナは敵対行動と見なし、顔と足を引っ込めて防御の構えをみせた。
鬼の力と亀の甲羅。
互いの自慢が衝突すると聞いた事のない破裂音が響き渡り、生み出された衝撃波によって一帯の木々が激しく揺れ、砂煙が舞い上がって視界を覆ってしまう。
ようやく先が見通せた頃には、微動だにしない両者が立ち尽くしていた。
「おい! 大丈夫か!?」
「~~っっっ痛ぁぁぁあああ!!」
真っ赤になった右手を抱え、涙目でゴロゴロと地面を転がる初音。
一方の対戦相手は、勝利を確信すると再び手足を伸ばして悠然と去っていった。
今まで常識外れなパワーを見せつけてきた鬼娘が、上には上がいるという事を思い知らされたのだろう。
唯一の心配だった右手は骨や靭帯に異常はなく、その点は一安心といったところか。
つーか、あの衝突で無事だったとか…お前の拳も相当に堅いぞ。
「おのれぇぇえ!
次こそはみておれよぉ!」
鬼としてのプライドを粉砕された初音は、ギンレイの献身的なペロペロ介護を受けて再戦を誓う。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
元々雨量の多い地域という事もあり、崖と川が延々と続く土地は地盤が強いとは言えず、今にも崩落しかねない場所が無数に存在している。
「いつ斜面が崩れるか分からない。
頭上と足元に気をつけて進もう」
「これくらいで臆してどうする。
ここはワシ自ら手本を示してくれるわ!」
勇み足で駆け出した初音を慌てて呼び止めようとしたが間に合わず、あっと言う間もなく木の根に足を取られ、ゾッとする高さの崖から転落した!
「初音!? 初音ぇえ!!」
肝が冷えたなんてモンじゃない。
ほんの少し前まで笑顔を振りまいていた少女の姿が、永遠に消えてしまったという計り知れない喪失感によって、本来なら急いで駆けつけるべきなのに、全く足を動かせなかった。
唖然とした視線と力なく伸ばした右手が宙を彷徨い、あるべき姿を探して名を呟く。
当然、返ってくるはずもない……。
あまりにも突然の出来事で…別れの言葉すら…。
立ち上がる気力も尽き果て、地に平伏して泣きながら、何度も失った者の名を呼び続けた。
「うぅ……嘘だ……初音…初音ぇ……」
「うぷっ……くくっ……」
幻聴――ではない!
不意に聞こえた耳覚えのある声に反応して顔を上げると…。
「うっくく! 初音ぇって呼んだかの?
よしよし、ここに居る故安全致せ…くくっ!」
イヤらしい笑みを満面に貼りつけた初音が、膝を抱えて俺を眺めていた。
この非常識で世間知らずな性格は、幻覚でも幽霊でもない。
間違いなく本物の初音本人だ!
しかし、未だに信じられなかった俺は事態を飲み込みきれない。
「お、お前…崖から落ちたんじゃ…」
「落ちたのう。じゃが運よく背中の荷物が枝に引っ掛かっての、こうして難を逃れたという訳じゃよ」
…………だったら、なーんで直ぐに返事しなかったんだ?
コイツ、俺が絶望して泣いてる様子を面白がって見てやがったな。
沸々と沸き上がってくる怒り。
それを察したのか、ギンレイを楯にして必死の弁明を試みる初音。
「ま、まてまて!
勘違いしておったのはお主じゃろ?
ワシはほら…ギ、ギンレは既に気づいておったしぃ…」
しどろもどろになって後ずさりするが、これはライン超えなんて生易しいモノではない。
取っ捕まえて尻叩きの刑だ!
猛然と立ち上がって始まった鬼ごっこ。
躾のなってない子供への正当な罰を身をもって教えてやる!
「待ちやがれ! このクソガキがッ!」
「イヤじゃイヤじゃ~♪
手籠めにされる~」
結局、初音はそのまま逃げ切ってしまい、代わりに昼飯抜きという罰を受けて激しく後悔するのだった。
「あー、腹がへったのう……あしなのせいでのう~」
「自分のせいだろーが」
昼飯を抜かれた初音は不満げな顔を向け、反省した様子もなく、近くにあった大きな岩に腰掛けた。
ギンレイが岩に向かって吠えていたので、また落ちるのではないかと心配しているようだ。
あれから崖の途中にあったドラム缶をどうにか引き上げ、旅を再開したものの、道中は険しさを増すばかり。
油断すれば先程のような転落が再び起ても不思議ではなく、より一層の注意が必要な道が続く。
「どこぞに『けーき』でも落ちとらんかのう」
「流石に異世界でもケーキは生えて……ん?」
気のせいか、座っていた初音の位置が急に変わったように見えた。
だが、ここでもギンレイは素早く異変に気づき、俺達に知らせてくれていたのだ。
「…お? おぉ…動い……なんじゃぁあ!?」
慌てて飛び降りた初音を空中で受け止め、突然動き出した岩へ身構えると…。
「亀!? しかも…デカいぞ!」
岩だと思い込んでいたのは、現実世界でもお馴染みの亀。
野太い四本の足と伸び縮みする首。
感情が読み取れない顔は泥にまみれ、俺達を気にした素振りも見せない。
苔むした甲羅には無数の植物やキノコが生え、何十年も生きているという風格を漂わせている。
『異世界の歩き方』によると名前はゾウガメオキナ。
非常に堅牢な甲羅に守られ、寿命は数百年にも及ぶ亀の稀少種らしい。
年齢に比例して甲羅も大きくなるそうで、この個体は体長が2mを超えているにも関わらず、100歳前後の若い部類との事。
「…って事はだぞ、これよりもっとデカい奴が居るってのか!」
鈍重な動きで一歩進むごとに地響きを鳴らす様子は泰然としており、太古の時代を生きた恐竜を彷彿とさせる姿は圧巻の一言に尽きる。
その一方でゾウガメオキナの穏やかな顔を観察すると、名前の由来となった髭が口元から伸びており、どこかコミカルな印象を受けた。
どうやら大人しい草食性の生き物のようだ。
「よいよい、小さくともワシの昼餉には丁度よいわ!」
「まさか…コイツを狩るつもりか!?」
腹を空かせた初音が走り寄るとゾウガメオキナは敵対行動と見なし、顔と足を引っ込めて防御の構えをみせた。
鬼の力と亀の甲羅。
互いの自慢が衝突すると聞いた事のない破裂音が響き渡り、生み出された衝撃波によって一帯の木々が激しく揺れ、砂煙が舞い上がって視界を覆ってしまう。
ようやく先が見通せた頃には、微動だにしない両者が立ち尽くしていた。
「おい! 大丈夫か!?」
「~~っっっ痛ぁぁぁあああ!!」
真っ赤になった右手を抱え、涙目でゴロゴロと地面を転がる初音。
一方の対戦相手は、勝利を確信すると再び手足を伸ばして悠然と去っていった。
今まで常識外れなパワーを見せつけてきた鬼娘が、上には上がいるという事を思い知らされたのだろう。
唯一の心配だった右手は骨や靭帯に異常はなく、その点は一安心といったところか。
つーか、あの衝突で無事だったとか…お前の拳も相当に堅いぞ。
「おのれぇぇえ!
次こそはみておれよぉ!」
鬼としてのプライドを粉砕された初音は、ギンレイの献身的なペロペロ介護を受けて再戦を誓う。
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