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第一部 ニ章 異世界キャンパー編

Let's walk!

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 翌朝は日が昇る直前から行動を始めた。
 保存食を中心とした食料をドラム缶に詰め、その他の物資をバックパックに入れた後、最後にツルムシで編んだ注連縄しめなわを回収しようとして絶句してしまう。

「一晩でこんな…ボロボロじゃないか……」

 昨晩は青々とした色身だったはずなのに、まるで何年も放置したみたいに酷く劣化した縄を見て、改めて相手は人智の及ばない存在なのだと思い知らされる。

「やはりのう…。
 一晩持ったのが奇跡じゃな」

 昨夜は有効な対策が見つかったと喜んだばかりだというのに、これでは焼け石に水じゃないか。
 俺に残された希望は森の奥に住む修験者に会うしかなく、心理的に追い詰められたという事実が胸を締めつける。

「……行こう」

 言葉少なげだったのは、感情に任せて暴言を吐かないように努めた為。
 事実上の協力者である初音に心理的な負担を負わせたくないという配慮であり、たとえ実年齢では年下であったとしても、精神年齢と見た目からは保護者のような気持ちを抱いていた。
 だからこそ、危険な旅程に巻き込んでしまった事について、少なからず負い目を感じていたのだが…。

「次はどんな景色が見れるか楽しみじゃのう!」

 本人は至って気にした素振りはなく、思いっきりキャンプを楽しんでいた。
 大物感というか、神経が図太いというべきか…。
 自嘲じちょう気味な笑みを拭い去り、視線を落とすと一日ぶりの外出にき立つギンレイの姿が目にまる。
 頭上から続く銀のたてがみを雄々しく逆立て、激しく尻尾を振り乱して急かす様子は、野生ならではのたくましさを示してくれているようだった。

「結局、一番神経が細いのは俺か…」

「何か言ったかの?」

 初音の問い掛けに無言で首を振った。
 どこか吹っ切れた横顔には悲壮感など微塵もなく、昇り始めた太陽が暗闇に沈んでいた行き先を煌々こうこうと照らしだす。
 葦拿《あしな》よ、異世界こんなところで迷ってどうするってんだ?
 不安や恐怖なんて
 人間は生まれてから死ぬまでの間、ず~っと怖がりのままなのさ。
 俺も、初音も、ギンレイも、そして小屋の中で人知れず死んでいた男もきっと…。
 名も知れぬ男へ一宿いっしゅくの礼を述べ、俺達は今日という光差す道を目指して歩き始めた。

 神奈備かんなびもりは依然として人を寄せつけない雰囲気をかもし、縦横に入り乱れて生い茂る樹木は断固とした態度で何人なんぴとも立ち入らせまいと立ちふさがる。
 その一方で、雨上がりの皐月さつきは豊かな新緑に彩られ、視界に広がる万葉まんようは芽吹いたばかりの新しい命に溢れていた。
 相変わらず足元の道幅は驚く程に狭く、僅かに足を踏み外しただけで崖下へ転落してしまう危険な道が続く中、立ち止まって周囲を見渡すと息を飲む絶景が俺達を迎え入れる。

「こんなにも沢山の滝を見たのは初めてだよ。
 しかも、どれもが全く違う形なんだぜ?」

「ほんに豊かな水じゃ。
 水龍様が棲むという話も、あながち間違まちごうてはおらんかもしれんのう」

 意外だったのは初音の信仰に対する考え方だ。
 巫女という職業柄、日常のあらゆる事柄を神仏と関連付けているのかと思いきや、自然現象や因果関係については自分なりの考察にもとづいて判断していた。
 それどころか、宗教家にありがちな盲信や教義を毛嫌いしており、形式に囚われず日々の心構えを重視するという考えは素晴らしいと思う。
 ――そんな御高説をいておきながら、当の本人は目を離すと当たり前のように暴飲暴食してるんだが?

「ふ……これも成長期ゆえにな。見よ!
 一晩でこんなにも身のたけが伸びておろう?」

 パッツパツの胸元を大きく反らし、自身の成長をアピールしているつもりらしいが、ソレは草履ぞうりから靴に履き替えたからでは?
 靴底の分だけ身長が伸びたと錯覚したようで、初音サマは大層ご機嫌だったそうな。

「やはり運動とたっぷりの食事が効いておるのう」

 言葉の端々から伝わる低身長に対するコンプレックスは思ったより重症で、俺がAwazonを見るたびに身長を伸ばす道具はないのかと聞いてくる程。
 ……日々の心構えとやらは何処いずこ
 そんなワケで、初音には『小さい』とか『低い』という言葉ワードは絶対NGなのだ。
 もしも破ったなら――地雷を踏み抜いたも同然!
 それこそ、即座に死ぬと書いて即死の運命が待っているのは明白。

「お~よしよし、ギンレイはいのう!
 ずっっっっと、そのままでいてもれ。
 ――あしなよ、お主は少々…目上の者への敬意が足りぬと見えるなぁ?」

 ……自分より身長の高い者に対してのヘイトが半端ない件について。
 コイツ、絶対巫女に向いてないだろ……。
 恐るべき個性コンプレックスを抱えた鬼娘は下ろし立ての登山靴トレッキングシューズで軽快に山道を進み、初夏の陽光よりもまぶしい笑顔を振りまく。

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