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第一部 ニ章 異世界キャンパー編

鬼娘の意外な弱点

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 夜になっても雨は降り止まないどころか、更に激しさを増していき、いよいよ明日の出発さえ危ぶまれる気配が漂い始めていた。
 当初は気にもしなかった天井の穴も、絶え間なく雨漏りが続くとなれば話は別。
 既に小屋の中は外と大差ない程に濡れ、おは水を吸って泥と化しているので横になる事すらできず、木材や竹を敷き詰めたとしても、水滴が顔に落ちてしたやらさすねかけかなくぬきいうふゆかまえば就寝を阻害されて落ち着いて眠る事もできない。

「そんな諸々でお困りなら、Awazonにお任せあれ」

 いつもとは少し趣向を変えてみたのだが、どうだろうか?
 安眠を得る為に購入したのは、キャンプアイテムでお馴染みのタープとハンモック。
 本来ならタープは屋外に設置して日除けや雨避けとするのだが、今回は雨漏り対策として使用する。
 ポールは必要ないと判断したので小屋の隅に付属していた紐を結びつけていく。
 これだけで少量の雨なら問題なく防いでくれるはずだ。

「あしなよ、この布はなんじゃ?」

 ハンモックを手にした初音は不思議そうな顔で広げ、細かい編み目越しに周囲を見渡していた。
 こちらの世界にも類似する物が存在していると思うが、実際に目にするのは初めてなのだろう。
 反応が面白いのでしばらく観察してみる。

「どうやって使うと思う?
 当てたらギンレイと寝る権利をやるよ」

「ほう、ワシに挑むとは面白い!
 これはのう……ビミョーに向こう側が透けて見えるのう~。寝る前にうたんじゃ、きっと寝衣しんいに違いない! 正解じゃろ?」

 そう言ってドヤ顔でハンモックをミイラみたいに巻き付ける。
 寝衣しんいとは古い言葉でパジャマの事。
 しかしながら、ノーヒントで案外悪くない線を当てたのは素直に驚く。

「ざんねーん、正解はこう使いまーす」

 俺は小屋の中で最も太い柱を選び、ハンモックの両端をベルトとカラビナで調節しながら適切な長さに仕上げ、あっと言う間に二人分の寝床が完成!
 けれども、この形を見ても初音はピンときてない様子だったので、口で説明するよりも見た方が早いだろう。

「こうやって中に入って体を安定させれば…」

「なんと夜具やぐだったか! 
 これは…ほ~ぅ、宙に浮いておるとは……」

 ――めっちゃ見とる……。
 そこまで珍しがられるとは思っていなかったので、ちょっと…いや、かなり恥ずかしい。
 気分を紛らわす為、ハンモックから降りて無駄にストレッチをして誤魔化ごまかす。

「お前も横になってみな。
 この浮遊感は慣れると楽しいぞ~」

 熱心な観察を続ける初音にもオススメしてみるが、何やら怪しい動きでワチャワチャしており、小さくジャンプしたりブラ下がったりしている。
 ハンモックを少し高い位置にしてしまったので、乗り込むのに苦労しているようだ。
 しばらく小さな子供を見守る保護者目線でいると、耳元で聞き覚えのない男の声がした。

「お気をつけやす……」

 恐怖はなかった。
 ただ…嫌な予感がして、気づいたら体が自然と動いてくれたのは正直、俺自身にも説明がつかない。

「お、おぉ…これは、なんというか…うわっ!」

 その直後、ハンモックの乗り方が分からない初音は、足を上げて中央部分から入ろうとしてバランスを崩した!
 地面に後頭部をぶつける直前、先に動き出していた俺は空中でダイビングキャッチを成功させ、どうにか事なきを得たのだった。

「ッッッ~~! だ、大丈夫か!?」

「いたた……す、すまぬ。
 お主の方こそ服がボロボロじゃ。
 さぞ痛い思いを…どこか怪我をしておらぬか?」

 飛びついた勢いで体を激しく打ち、小石だらけの地面でド派手なスライディングまでやった結果、衣服は肘から肩口まで大きく破れ、結構な痛みを負ってしまったのだが…。

「いや、どこも切ってない…ツイてたのかな。
 なあ、それよりも聞いてくれよ!
 急に耳元で声がしてさ、『気をつけろ』って――」

「ひゃああ! やめ…やめてぇ!」

 ………え?
 どこから聞こえた?
 今のも幻聴だったのか?
 見れば初音は小さな体を限界まで縮め、琥珀こはく色の瞳に涙まで浮かべて震えていた。

「……は? まさか…怪談とかダメなタイプ?」

 たおやかな曲線を描く華奢きゃしゃな肩を震わせ、何度もうなずく初音。
 オイオイオイ、聞いてた話と違うじゃん。
 心霊系相手なら最強とか言ってなかったか?
 豪放磊落ごうほうらいらくな態度も、自由奔放な発言も、今や彼女の代名詞とも言える要素は影を潜め、別人のように涙を流していた。
 ギンレイが心配そうに頬をなめようとするが、それすらも拒絶してしまう。

「あー……その、あれだよ。
 声が聞こえたってのは気のせいだった!
 うん、そんな気がしただけ!」

 これだけ怯えてる女の子を前にして、自分が耳にした声など主張できるはずもなく、意に反してバレバレのうそをつくしかなかった。
 だが、今夜の初音はどう表現するべきなのか――明らかに、いつもと違った。

「ほんと? うそじゃないよね?」

「う、ウソじゃないです!」

 意図せずしてウソが上乗せされていく。
 この調子だとピノキオもびっくりの鼻高々になっちまうぞ…。
 しかし、驚いた事に俺の言葉を真に受けた初音は安堵の溜め息をつき、うるんだ瞳で体を預けるという、これまでなら考えられない行動を取った!

「えぇ!? あの……初音…さん……ですよね?」

「うぅ…こわかったぁぁぁ……」

 思わず本人確認をしてしまうという天然ボケを完璧にスルーされ、胸の中で再び泣き出してしまう。
 悪い冗談だと勘違いする程の豹変ひょうへんぶりにペースを乱され、未だに怖がる理由を聞けてはいないのだが…いや、苦手なモノの理由など大した問題じゃない。
 要するに、初音は幼い見た目相応に、幽霊や心霊系が怖くて仕方がなかったのだ。

「だったらお前、女媧ジョカの時はかなり無理してたんじゃないか?」

「うん……だって、そうしないと…あしなが…しんじゃうとおもったから……」

 普段は妙な老人語を話しているのに、口調まで幼くなってしまうとは…。
 とはいえ、女媧ジョカに迫られた際には相当無理をさせてしまったのを今更ながらに気づく。

「そ、そうだったのか。
 ごめんな…けど、そろそろ離れて――」

「イヤ! ひとりはイヤ!」

 気まずさに耐えかねて離れようとした俺を放すまいと、小さな手を一杯に広げ、更に強く抱きつく初音。
 普段とまるで違う姿は庇護ひご欲を刺激し、思わず抱き締めてしまいたい欲求が俺を駆り立てたのだが――……待てよ…待て…待て待て待て!!

「はぁ…づぅね…! おち、おぢづげぇッ!」

 あまりにも幼い容姿と涙のせいで忘れていた。
 コイツの尋常ではない鬼パワーを!
 鬼の前ではジムで鍛えた肉体などハンペンと大差なく、万力の如くキマった両腕は一片の慈悲すら感じさせず内臓を押し潰す!
 メキメキと悲鳴を上げる肋骨の音を聞きながら、暗闇の淵へちようとしている意識を気合いで繋ぎ止める。

「いっしょにねてくれなきゃイヤ!」

 ……断れば死ぬ。
 俺に拒否権などという甘えは最初から存在しなかった。

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