異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp!

ちゃりネコ

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第一部 一章 遭難と書いてソロキャンと読もう!

蛇女を退ける力

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「はぁ~、堪能したのう。
 流石のワシもこれ以上は食えんわい」

 これだけ小さい体に大型猪のホルモンが全部入るとは…。
 改めて驚くとギンレイもパンパンになった腹を上に向け、同じような体勢で寝転がっていた。
 俺は寝る前にもう一台コットを作ろうとしていたが、初音は『一緒で構わん』とか寝言を言っていたので、無視して作業を続ける。

「よし、コット二号機の完成だ。
 おい、お前はこっちで…」

「……………………ぅ……ぁ」

 振り向くと初音は明後日の方向を指差し、大きな眼を見開いて絶句している。
 ……この表情を目撃してもなお、悪い冗談だと思えるほど俺はノンキではない!
 さっきまでの安穏あんのんとした空気は消え失せ、ホームの岩肌を巨大なうごめく影が覆い尽くす。
 あたかも当然であるかの如く、前触れすら感じさせない蛇女が再び、俺の前に姿を現した。

「……ッゥ! ま、またか!
 お前、俺に何の用なんだよ!」

 力の限り怒鳴って威嚇いかくしたつもりだったのに、影の主はまるでひるんだ様子もなく、き火に揺らめく陽炎のように静かにたたずむ。
 一体どうしたいのか。
 何が目的なのか。
 それとも、知らない内に俺が彼女の気にさわる真似でもしてしまったのだろうか?
 一切のコミュニケーションを拒否した無言の圧が押し寄せ、理不尽な恐怖に体がすくむ。
 だが、今は初音だっているのだ。
 万が一にも、子供にまで危害を及ぼすつもりなら――今度こそ、容赦なくオモテに叩き出してやる!

「黙ってないで……付きまとう理由だけでも言え!」

 無駄だと思いながらも意を決してたずねてみるが、やはり蛇女は無言を貫いたまま、文字通りゆっくりと地面を滑って近づいてきやがった!
 こうして目の当たりにしているにも関わらず、二足歩行とは思えない全く別の移動手段は、たとえるなら地上のフィギュアスケート。
 一歩足を前に出す間、信じられない距離を音もなく詰め寄る。

「こ、このバケモンがッ!」

 ついに我慢の限界に達した俺は昼間に採取したラセンタケを投げつけ、続いて薪割り斧を振りかぶったところで驚愕きょうがくの極みにおちいった。

「体が――物がすり抜けていった!?
 本当に……本物の化物なのかよ…!」

 意味が分からない……どうなってるんだ!?
 渾身こんしんの力で放ったラセンタケは蛇女の体をし、地面に突き刺さったまま、ぼやけた3D映像みたくシュールな画をさらしている。
 怒りに任せた物理的な手段は意味をなさず、逆に相手の異常さを際立たせる結果となってしまうとは…。
 奴は…蛇女は僅かに視線を胸元に落とすと、自分の体を貫いた物を無表情で見つめ、意にかいした様子もなく俺を壁際へと追い詰めた。

 もうダメだ!
 そう思った次の瞬間、冷気に閉ざされたホームに涼やかなが響き渡る。
 見れば初音は装飾として身に着けていた銀の鈴を手に、不思議な舞を真剣な表情で演じていた。
 俺も――蛇女でさえも、初音の静かな舞踊に心を奪われ、にらみ合いを忘れて見惚みほれてしまう。
 この切羽詰まった状況において、初音の取った行動がどういった意味を持つのかは分からない。
 しかし、その意図はきっと俺を助ける為なのだろう。
 懸命に舞う少女は明確な意思を持ち、小さな唇から漏れでた吐息は次第に音となり…ことつむぎ…やがて祈りを込めたへと形を成していく。

「これは……祝詞のりと?」

 現実に存在する全てが夢想と交わり、幽玄の世界へと足を踏み入れた感覚に身を委ねる。
 視界に映るモノの境界が曖昧となるような――陶酔にも似た錯覚が収まる頃、蛇女の姿はどこかへと消えた後だった。
 しばらくの間、俺は自分の意識が戻った事にも気づかず、ただただ…初音の美しい舞に眼を奪われていた。
 洞窟にこだまする銀鈴ぎんれいと炎に浮かぶ姿。
 どこか幻想的で…原初の風景を想起させる振る舞いに、感嘆の息が喝采の声へと変わっていく。

「す、すごいじゃないか!
 俺……どう言えばいいのか…。
 その、あ…ありがとうな。
 お前のお陰で――」

「………………あしなよ」

 舞が終わると同時に繰り出された右のアッパーカットが的確に俺のあごを捉え、ホームの天井を鼻先に感じた直後、岩肌剥き出しの硬い地面と熱い包容を交わす。
 崩れ落ちた姿勢。
 混濁したままの思考。
 絶え間ない耳鳴り。
 ――こいつら……俺を殺す気か?

「こぉのッ! れ者め!!
 よりにもよって、あのような大神たいしんに取りかれるとは……貴様、一体なにをやらかした!?」

「…な……も…してな…。
 おま……知って…………」

 色々と聞きたい事は山程あったのだが、俺の体力ゲージはレッドゾーンを振り切り、光すら届かぬ暗闇の底へと沈んでいくのだった。

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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