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第一部 一章 遭難と書いてソロキャンと読もう!

キャンパーの俺が家政夫になった件

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「あー、湯加減はどうっすか?」

 僅か半日で鬼娘のパシリにまで落ちた俺の立場について、アレコレと考えるのは保留とする。
 あれから散々騒いだ末に交代で入る事になったのだが、こちらのお嬢様は風呂がぬるいと抜かしやがりましたので、こうして甲斐甲斐かいがいしく火力を調整している次第であります。

「うむ、ご苦労!
 こうして外で風呂を楽しむのも一興よな」

 はぁそうでっか、ほぅそうでっか。
 なるべく顔を上げないようにしているが、初音は肌を見られる事に抵抗がなさ過ぎて困る。
 鬼ってのは全部こんな感じなのか?

 あえて考えても分からない事を考えて気分をまぎらわす。
 すると、『暑い』と言って豪快にドラム缶から出ようとするので慌てて止めた。
 本当に心臓に悪いからヤメテ。
 しかも着替えがないとか言い出す始末。
 こいつ……どんだけ無計画なんだ…。
 その突飛な行動の数々から初音は家出少女だったのだと思い出し、改めて扱いに困ってしまう。

 呆れつつも裸で居させる訳にもいかず、わざわざホームに戻ってAwazonで服を購入しようとするが……どれを買えば良いのか、全ッ然分からん!
 そもそも初音の体型が謎過ぎる。
 子供服だと多分上着が入らず、大人服だとブカブカだろう。
 しばらく検索していると手頃なルームウェア ワンピースを見つけたので買ってみたが、これで大丈夫だろうか?
 一緒にタオルも用意したのでドラム缶の脇に置いて早々に離れた。

「服はここに置いとくからな」

「何をそんなに慌てておる?
 こっちにきてワシの着付けをせい」

 ……あーあー、あれれ? 全然聞こえない。
 遠くから着付けが分からないとか言う声が聞こえた気がするが、簡単な構造なのですぐに理解できると思う。
 振り向かずにホームへダッシュを決めると一旦気持ちを落ち着ける為、Awazonで必要な品物をざっと見する。

「そうだ、俺のシャツも追加で買っておこう」

 選定の後に簡単な手続きを済ませると、いつものように宙から品物が届く。
 この買い物をしている時が、非日常の中で安堵感を得られる最高の瞬間なのだ。
 至福のドラム缶風呂を邪魔されたという事もあって、愚痴のひとつでも言わないとやってられんのよ。

「なんで俺が子供の着替えを手伝わなきゃならんのだ。つーか、一人で着替えられないから子ど…」

「ほぉ、誰がわらべじゃと?
 否、それよりも気になるのは黒板の方かや」

 片角を備えた額に青筋を浮かべた――いや、いやいやいや! それよりも真っ裸じゃねーか!
 気づけば全身から温かい湯気を上げた初音が背後に立ち、一糸纏いっしまとわぬ姿で堂々たる仁王立ちをかましてやがる!
 だが、初音は全裸を見られる事など全く気にする様子はなく、むしろスマホに興味を持っているようだ。

「今しがた…どうやってころもを出した?
 竹と黒板しか持っておらなんだお主が、どうやってヒノモトイノシシを退しりぞけたのじゃ?
 あの時、どこからか聞こえた大きな物音も黒板それによって生み出したのじゃろう?」

 間を置かずに投げ掛けられる数々の問い。
 そして、それと共に距離を詰める初音。
 いや、そんな事よりも何よりも、思いっきり御立派な胸が当たって逃げられねぇ……。

「わ、分かった!
 全部教えてやるから離れろって!」

 押し問答にすらならない。
 一方的に折れてしまった俺は隠していたAwazonの秘密について、包み隠さず告白するしかなかった。

「ほお~『あわじょん』とな…?
 40年近く生きておるのに、見聞きした覚えもない言葉じゃのう」

 こんな白状のさせかたなんてアリかよ……。
 女の子とはいえ、鬼を相手に力で勝てないのは腕相撲の時に思い知ったので、殆ど無抵抗のままに全てを教えた。
 Awazonという謎の存在を隠していた件について、真相を知った初音は意外にも怒るどころか、神妙な顔つきで自分なりの考察をしているようだ。
 とはいえ、俺でさえAwazonの事を全く知らない状態で使い続けているとなれば、何の手掛かりもなしに解明するなど無理だと思うのだが…。

「まぁ…そんなワケでだな、現状でAwazonは俺の生命線と言っても過言じゃねーのよ。
 コレのお陰で、今日まで危険な森の中でも生活できてるって事なのさ」

 既に洗いざらい吐いてしまったのは、逆の意味で隠し事がなくなったと考えればいい。
 これで初音に対して負い目を感じる必要もない上に、変に隠し続けて不信感を抱かれる心配もないのだから。

「この…光る板はほんに奇怪じゃ。
 暗闇でふみめるなどとは……ふむ」

 スマホを手にまじまじと見つめる初音。
 いや、それよりもバスタオル一枚で居座るのは本当に勘弁して欲しい。
 このままでは落ち着かないので、どうにか初音をなだめてドラム缶風呂へと誘導する。

「他に知りたい事があれば後で教えてやるよ。
 体が冷えたままだと風邪をひくぞ。
 食事の準備をしとく間に、もう一度風呂に入り直してくれ」

 強引にスマホを取り上げるとギリギリ納得してくれたのか、渋々といった感じで湯に浸かってくれた。
 帰り際にギンレイを持ってくるように言われ、ホームに避難していた狼に再出動という名の遊び相手を命じる。

「済まないけど行ってくれるか、ギンレイ」

 全身の毛がようやく乾いた頃だったのか、焚き火の前で寝ていたギンレイは特に同意を示した訳ではないが、初音の反発を恐れた俺によって強制的に二度目の風呂を体験する。
 折角の安眠を邪魔された上に、鬼娘のオモチャにされるギンレイを思うと涙が止まらない。

「頼んだぞ、ギンレイ!」

 背後から聞こえる悲痛な呼び声に耳を塞ぎ、幼い狼にエールを送る。
 しかし、俺の方も休んでいる暇はない。
 アイツは次に『腹が減った』と言うだろうから、先に食事の準備を進めておく。
 と言っても内容は実にシンプル、今日の夕食は待望の肉!
 しかも、鮮度抜群のホルモンだ。
 こいつを焼きと鍋の両方で頂くのだが、なにしろ2mの大物猪から取れたので量が多い。
 いや、多過ぎると言えるが果たして食べきれるだろうか?

 遠くから初音の笑い声と水音、そしてギンレイの悲痛な鳴き声が聞こえてくるが、体を洗うという名目で遊んでいるのだろう。
 兎に角だ、今はギンレイが身をていして足止めしてくれている。
 さっさと準備を整えなくては!
 数種類のホルモンを下ごしらえした後に鍋に投入して火に掛ける。
 今回はちょっとした工夫を効かせてみたので完成が楽しみだ。

 次は平石を使った焼き肉。
 種類毎に竹皿へ移して、部位の味わいをしっかりと堪能する準備を整えていく。
 今の内に調味料を揃えておく為、Awazonでおろし金を買っておこう。
 ちょうど準備が完了した頃に、タイミング良く初音が姿を現す。
 小脇のギンレイが疲れ果ててグッタリした姿が哀愁あいしゅうを誘う。
 ワンピース姿の初音は思ったよりも違和感がなく、一人でもちゃんと着れたようで安心した。
 …ちょっとサイズが小さ過ぎたかもしれんが。

「良い湯じゃった、満足じゃ~!
 して、今夜の夕餉ゆうげは何かのう?
 期待してもよいのじゃろ?」

「おうよ、葦拿あしなさん特製ホルモン料理だ。
 楽しみにしとけ~」
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