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第一部 一章 遭難と書いてソロキャンと読もう!

巨大猪襲来!

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 採取した竹の先端を斧で削ると螺旋状のネジみたいで、ますます何に使えば良いのか分からない。
 だけど、この独特な形はアイディア次第で化けそうな雰囲気を感じさせる。

「異世界の植物って面白いなぁ。
 どういう経緯で螺旋に進化したんだろ?」

 終止に渡って興味は尽きないが、そろそろ最重要項目である食料が欲しい。
 近くの草むらを探していると、つくしに似た植物を見つけた。
 うん、よく似ているが紫色の茎が微妙に食欲を減退させてくれる。
 これはダイエット食として有効かもしれん…。
 後で生態を詳しく調べる為、少量だけ採取して気を取り直す。

「どうみてもミミズ……いやいや、本には食えると書いてある。食えるが……むぅ…」

 『異世界の歩き方』によればツクスギナという名前で渋味が強く、栄養価が高いらしい。
 他に何かないだろうか?
 見れば辺り一面に麦のような植物が群生しており、随分と大きい実を蓄えた穂は大きくしなり収穫を知らせていた。

「これは野生の麦?
 毒の有無について知りたいな」

 再び初音を呼ぶと、2人で発見した植物について本で調べ始める。

「これじゃないかの?
 ハトマメムギと書いてあるぞ」

 確かに特徴が一致する。
 麦と命名されているが実際にはマメ科の一種らしく、柔らかい殻に包まれた実は枝豆より二回り程小さい。
 肝心の食用については無毒で、一部の地域では雑穀類として主食とされているそうだ。
 これは助かる!
 カロリー摂取の観点から主食となる穀物は絶対に欲しかった。
 これである程度は食料事情に改善の見込みが出てきたかもしれん。

 ナイフを使って丁寧に刈り取っていくと、あっと言う間に山盛りの束がいくつも出来たのでツルムシのロープで手早くまとめていく。
 膝を着いて作業していた際に小さな実を付けた植物を見つけたのだが、これはもしや…。
 調べたが予想通り、こいつは香辛料の一種でサンシュウショウ。
 若葉や種子はピリッとした強い辛味と仄かな苦味を持ち、抗菌や殺菌作用も期待できる万能スパイスだ。
 実の部分だけでなく、枝の皮や果皮までもが食べられるという有難い存在。
 ホームに植える為に根っこまで掘り返して持ち帰ろう。

「おーい、あしな!
 こっちに美味しそうな実があるぞ」

「そりゃ結構だな。
 何を見つけ……これは柑橘系かな?」

 初音が持っていたのは鮮やかな緑色の小さな果実。
 ここからでも爽やかな柑橘類の香りが漂い、まだ口にしていないが中々期待が持てそうだ。
 本の情報によるとカドデバナ。
 強い酸味が特徴で絞った果汁からは食酢が取れるらしく、これで偏りがちな味付けにまた一つ、貴重な調味料が加わった。

「すっっっぱぁ!!」

 取れたてのカドデバナを豪快に丸かじりした初音が顔をしかめる様子に、我慢しきれず吹き出してしまう。
 涙を流して酸味に耐える初音がカドデバナを俺に差し出してくるが、そこまで強烈な物なのか?
 逆に興味が湧いたので一口噛ってみたが……。

「ひょぉああ! すっっっぱぁあ!!!」

 抜ける程の晴天の下、河原に2人の大爆笑がいつまでも響き渡る。
 そんな風にせっせと採取を続けていき、バッグが一杯になったので帰ろうとした時、ギンレイの異様な吠え声が耳に届く。

「あしな!」

 明らかな危機を知らせる声に反応した俺達は、斧と切り出した竹を持って声のした河原へと駆けていくと、そこには体長2m近い巨大猪がギンレイを追い回していた!

「ウチの犬から離れろ!」

 今までの俺だったら、絶対にこんな無茶はしなかっただろう。
 だが、聞いた事もない大きさの猪が、幼いギンレイを散々に追い散らしているさまを目撃して頭に血が上ったのか、気づけば手にした竹を槍のように突き出していた。

「ギンレイ! こっちに来るのじゃ!」

 遠い間合いから迫る竹に気がそれたのか、猪が俺の方に向き直る間、その隙を逃さず初音がギンレイを保護してくれた。
 だけど、問題はここからだ。
 猪は前足で頻りに地面を掻き鳴らすと――真っ直ぐ突っ込んできやがった!

「うわぁああ!」

 転がるように横方向へ飛び退く!
 突進に伴う重量感のある音から、改めて猪の体格がどれだけ大きいのかが分かる。
 これは…まともに当たれば怪我じゃ済まないぞ!
 砂埃を上げて草むらへと消えていく猪を見送った時に、自分の手がどうしようもなく震えている事に気付く。
 クソッ、ビビるのは後にしてくれ!

「初音! ギンレイを連れてここを離れろ!」

 驚いた表情を見せた初音だったが、俺の指示に納得してくれたようだ。
 ギンレイを脇に抱えると、すぐに戻るとだけ言い残して走り去っていった。
 草むらから猪の荒い息遣いが聞こえ、周囲の枝を片っ端から折っていく様子を見るに、どうやら相当機嫌を損ねてしまったらしい。

「落ち着け……落ち着けよ葦拿あしな……」

 その間に2度、3度深呼吸をして気持ちを落ち着けておく。
 初音が戻ってくるまでは、一人で時間を稼がなくてはならない。
 あれは俺がどうにかできる相手ではない。
 初音の…鬼属きぞくの力でなければ追い払う事すら難しいだろう。
 時間にしてどれ位だ?
 恐らく10分とはいかないまでも、5分程度の時間があれば合流できると思いたい。
 猪の興奮は既に最高潮なのか、俺の胴体ほどの太い幹を持つ樹木を簡単にぎ払い、森の奥から再び姿を現す。
 その異様な光景は脳裏に嫌な予感を植えつけ、今度は足まで震えてくる始末だ。
 俺は辺りに素早く視線を送り、何か利用できる物はないかと思考を巡らせたが、有効な手段は全く思いつかない。

「思考を…考えるのを止めるな……。
 何か、何か手があるはずだ!」

 そんな思惑などお構いなしに猪は突進を再開するが、奴が蹴散らしたバッグの中身を見て一つのアイディアをひらめく。
 もうこれしかない!
 俺は猪に対してゆっくり弧を描くように移動を始めると、奴も同じように鼻先の向きを変えてくる。

 まだ距離がある内にポケットからスマホを取り出して操作を行い、それを指先にひっかけると覚悟を決めた。
 なるべく挑発するつもりで竹を投げつける素振りや、大声を挙げてボルテージを刺激してやると、予想通り野生の本能に火がついたのか、一層鼻息を荒げて地面をき鳴らす。
 ジリジリと両者が間合いを測り、次第に緊張が高まると遂に猪が動いた!

「ギリギリを狙え…!
 もっと、もっと…もう少し……今だッ!」

 本当にギリの所まで引き付け、すんでのタイミングで身をひるがえすと手にした防犯ブザーのピンを引き抜く!
 途端に体がすくみ上がる程の爆音が鳴り響き、驚いた猪はパニックを起こして俺を見失った。
 その目の前にはそびえ立つ岩壁!
 自慢の巨体は猛烈な勢いを乗せて硬い岩肌に激突すると、耳を塞ぎたくなるような嫌な音を立てた後にぐったりと横たわった。

「……ハハッ、やった…やったぞ!
 嘘みたいだ!! とっさに買ったAwazonの防犯ブザーが役に立ってくれた! 
 た、助かった! 助かったぁ…………」

 情けない話だが安心すると同時に、腰が抜けてしまったようだ。
 そのまま立ち上がる事もできず、念の為にと倒れた猪を竹で突いて生死を確認するが、全然反応がない。
 どうやら完全に気を失ったようで、安堵の溜め息を吐き出し座り込んでいると初音が戻ってきた。

「あしな! 無事……おぉ、すごいぞ!
 よくぞ一人で戦い抜いたのう。
 それでこそ男子おのこ! 天晴れじゃ!」

 初音の高笑いが響く中、俺はいつ腰が抜けて立てないのを伝えればいいのか迷っていた。
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