上 下
24 / 180
第一部 一章 遭難と書いてソロキャンと読もう!

明かされていく異世界の謎

しおりを挟む
 結構な数のカワラムシャガニを捕まえた為、一つのダッチオーブンでは到底入りきらない。
 なので、2品を同時に作る事にした。
 昨日と同じダッチオーブンを使った蒸し料理に加え、焼き料理に挑戦する。
 まずは蒸し焼きの準備をするがカワラムシャガニは口に含めると僅かに臭いがあったので、対策として数種類のハーブを使う。

「どこにでも群生してて香りも抜群。
 料理だけじゃなく虫除けにも使えるってマジ便利だよな~」

 肝心の焼き料理はAwazonで調理器具を注文――しない。
 そんな必要がないからだ。
 というのも、既にあると言った方が正しい。
 俺は河原へ降りると平たくて薄い大きめの石を見つけ出し、灰汁で汚れを落とした後に水を流して丁寧に拭き取る。
 これでOKだ。
 後は土台の石を並べて上手い具合に水平を取り、焚き火で熱消毒すれば準備完了。

「さぁ、どんどん焼いていくぞ~」

 ホームに芳ばしい香りが漂い始めると初音も興味を示したのか、調理中の光景を見ようとのぞき込む。

「なんじゃ? 食をそそる良い香……ギャァア!」

「うわぁあ! なに!? 脅かすなよ!」

 カワラムシャガニの石焼きを見た初音は物凄い勢いで後退り、信じられない物を目撃したと言わんばかりに顔を引きらせている。

「なに? じゃないわい!
  おぬ、お主正気か!? こんな物をワシに食せと…?  あ、あり得ん…絶対にイヤじゃ!!」

 うーん、異世界でもザリガニは食べる習慣がないのか。
 まぁ、俺が居た日本でも一般的な食材とは言えなかったしな。
 デパートの食料品売り場でも見た事なかったし。

 だがね、サバイバル生活において贅沢は敵なんですよ!
 喰える時に喰う!
 強くなりたくば喰らえ!!
 地上最強の雄が言ってるんだから間違いない!

「…これしか食べる物がないよ?」

 本当はあるけど甘やかすと無限に甘える奴と見た。
 だからえて俺は鬼になろう。
 別に腕相撲で負けたのを根に持っている訳ではない。
 決して!!

「ぁぁぁぁぁ……」

 コマ送り映像のように、ゆっくりと膝を着き項垂うなだれる初音。
 他者の心が折れる瞬間とは、かくも美しいものだと教えてもらった。
 そろそろ頃合いを迎えたのでダッチオーブンをトライポッドから下ろし、蓋を開けると豊潤な香りと共にハーブ特有の甘さ、そして清涼感を含んだ蒸気が立ち上る。

「………………」

 初音はまだ疑いの心が晴れないらしい。
 しかしだ、空腹具合から推測して観念するのは時間の問題だろう。
 焼き料理の方はもう少し時間が掛かりそうなので、先にダッチオーブンで作った蒸し焼きから頂く。

「うん、やっぱ旨ぇ!
 ザリガニはいつだって俺達の味方だぜ!」

 ふっくらと蒸された身は通常のザリガニとは比較にならない程のボリュームを誇り、猫舌のギンレイも熱さに耐えながら夢中でむさぼる。
 特にハサミの部分は食べ応えがあり、甘味の強い筋肉質の身はいくらでも食べられそうだ。
 次々とザリガニをたいらげていく俺達を見て、遂に空腹に堪えかねた初音が口を開く。

「ほ…本当に旨いのか…?」

 俺とギンレイは顔を見合せ、無言のまま爪の先に詰まった細かい身をほじくり出す作業に専念する。

「その…ひ、一口だけ食べて…みようかな」

 ――堕ちよったわ。
 俺はミシュランガイドを賑わせる高級レストランのウェイターを思わせる仕草で、複雑な表情を浮かべる初音を尻目に配膳を済ませる。

「カワラムシャガニの蒸し焼きで御座います。
 豪快に手掴みでお召し上がりください」

 ザリガニのつぶらな瞳が緊張ですくむ少女をじっと見つめていた。

「うぅ…父上、母上、空腹に負けて世俗に染まる初音をお許しください……」

 大袈裟おおげさ過ぎるだろ……。
 それでも初音はマジな葛藤にさいなまれているらしく、苦悶の顔つきでザリガニを口に運ぶ。
 小さな唇が小刻みに震え、今日まで想像もしてこなかった食材の味を体験する。

「どうだ? やっぱダメか?」

「…うぅ…あぁぁ……ワシは…」

 がっくりと肩を落とし地面に平伏ひれふす少女。
 その身なりから日々の食べ物に困窮している様子はなく、いきなり未知の食材であるザリガニを口にするのはハードルが高かったのかもしれない。

「なぜ…なぜ……こんな下手物ゲテモノを旨いと感じてしもうたんじゃあ~…。
 狂惑きょうわくじゃ! 神奈備かんなびもりなら追っ手から逃れる良い隠れみのになると思った…。
 そんな浅はかなワシに天罰が下ったんじゃあ~」

 神の贈り物であるザリガニがゲテモノとは心外な。
 しかしまぁ、口に合ったのなら幸いだ。
 それは置いとくとして初音が先程、涙ながらに語った言葉が気になる。

「なぁ、神奈備かんなびもりってここの事か?」

 ずっと疑問に思っていた。
 いや、よくよく考えてみれば俺は異世界こっちの事について何も知らない。
『異世界の歩き方』を読んだとしても、それは表面的な情報であり、この世界の住人から直接話を聞けるのなら絶好の機会といえる。

「そうじゃよ。
 このもりは伊勢のくにでも特に神聖な場所。
 不用意に立ち入るは鬼属きぞくであれ人間であれ、固く禁じられておる」

 俺は全身に電気が走るような衝撃を受けた。
 今、伊勢と言ったのか!?

「ちょっと待ってくれ! もしかして伊勢って所には大きな神社があるんじゃないか?
 その…とても古くて由緒ある場所が…」

 初音は質問に対して大きく頷くと、妙に自信に満ちた表情で答える。

「もちろんじゃ!
 日の本に御座おんざす八百万の神々を奉る神社かみやしろの中でも最高峰、伊勢の神宮が神代かみよときからこの地を見守っておるよ」

 やっぱり!
 ここは日本、しかも三重県なのか!
 俺の母方の実家が三重県という事もあり、何度も訪れた思い出の土地。
 ここに飛ばされて以来、異世界だという事しか分からない状況が続いていたが、ようやく大まかな現在地が判明した。
 異なる世界…だけど、ここは日本なのだ!
 しかし、全く形態の違う動植物に加え、初音の言う鬼属きぞくという人達の存在。
 俺のよく知る世界とは、似て非なるモノだと考えた方が良いだろう。

「初音がさっき言ってた追っ手とは誰の事なんだ?
 お前もしかして…何かのか?」

 必ず聞いておかなければならない。
 場合によってはトラブルに巻き込まれる恐れもあり、そんな事態は絶対に避けたいからだ。
 だが、俺の懸念を初音は一蹴する。

「そんな訳あるか!
 むしろワシは被害者じゃ!!
 父上が一方的に決めた望まぬ婚約に嫌気が差したのでな、とうとう城を飛び出してやったわ!」

 腕組みで仁王立ちする初音、こんな小さな子に婚約話を持ち込むとは…。
 まるで戦国時代の政略結婚だな。

「どこに逃げようか迷っておったが、神奈備かんなびもりなら隠れるのに最適じゃ。
 しかも獰猛で知られる野生動物の縄張りであり、タテガミギンロウまで出没するのでな。よほどの理由がなければ鬼属きぞくであっても近付かんわい!」

 逆に自分が狼に襲われるとは考えなかったのか、それとも考える余裕などなかったのか。
 呆れた気持ちが半分、行動力への敬意が半分といった具合に、初音へ微妙な同情を示すと嬉しそうに話を続けた。

「そうじゃよ、39で結婚など早過ぎる!
 父上は何を考えておるのかのう」

 え………39歳?
 見た目は小学生にしか見えないが…。

「あの…お前の親父さんって歳いくつ?」

 質問の意味が分からずハテナ顔の初音は、それでも大して気にも留めず答える。

「父上の御年?
 確か今年で440歳だと思ったぞ」

 あー、そういう系?
 俺は初音の額から伸びる一本角を見ながら、腕相撲で負けた理由に納得するのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

お気楽、極楽⁉︎ ポンコツ女神に巻き込まれた俺は、お詫びスキルで異世界を食べ歩く!

にのまえ
ファンタジー
 目が覚めたら、女性が土下座をしていた。  その女性に話を聞くと、自分を女神だと言った。そしてこの女神のミス(くしゃみ)で、俺、鈴村凛太郎(27)は勇者召喚に巻き込まれたらしい。  俺は女神のミスで巻き込まれで、勇者ではないとして勇者特有のスキルを持たないし、元の世界には帰れないようだ。   「……すみません」  巻き込みのお詫びとして、女神は異世界で生きていくためのスキルと、自分で選んだスキルをくれた。  これは趣味の食べ歩きを、異世界でするしかない、  俺、凛太郎の異世界での生活が始まった。  

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~

はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。 俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。 ある日の昼休み……高校で事は起こった。 俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。 しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。 ……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

「元」面倒くさがりの異世界無双

空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。 「カイ=マールス」と。 よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。

処理中です...