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第一部 一章 遭難と書いてソロキャンと読もう!

四万十 葦拿、受難の始まり

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「何をウジウジしとるか、男子おのこらしくない!
 しっかりいたせ、あしな!」

「虫……今のアタシは虫けらなの…」

 年端もいかない少女に完膚なきまでに敗北した事で一人称まで失くし、ホームの隅で膝を抱えて横になっていると子狼が心配そうな声で気遣う。

「お前だけ……アタシの心を支えてくれるのは、お前だけなんだよ…」

 見る影もなくテンションが下がった主に困惑しているのか、狼は抱かれた腕の中で必死にもがくと初音の所へと避難する。

「おお! こやつタテガミギンロウの子か?
 これは大層めずらしや。人には決して懐かぬと聞いておったんじゃがの~」

「そうなん? でも300000Pだしな」

 おっと、Awazonについて初音には黙っておこう。
 何か嫌な予感がするのでな。
 それに沈黙は金とも言うし、必要な場面までは表に出さない方が良い。
 見れば初対面だというのに狼は初音に甘えるように尻尾を振り、全力の可愛いアピール攻撃を仕掛けていた。

「これは…いのぅ!
 ははは、これ! よさぬか」

 狼は得意のペロペロ攻撃で一気に畳み掛ける。
 これを受けて落ちない人間はいない。
 かく言う俺もその一人である。

「よしよし、お前の名はなんと言う?
 もう決まっておるのじゃろ?」

「え? 狼だけど?」

 途端に初音の細い眉が下がり、不満げな顔で俺に抗議を始める。

「それは名ではなかろう。
 全く甲斐性のない奴じゃのう~。
よしよし、ならばワシが飛びっきりの名を与えてやるわ!」

 そう言うと初音は狼の周囲を回って全身を隈無くまなく観察すると、しばらくの間考え込むような仕草をした後に、何かを思い付く。

「うむ、ギンレイというのはどうじゃ?
 お前の銀白色の毛から、雪が降り積もる白銀に輝く御山を連想したぞ」

銀嶺ぎんれいね、いいんじゃね?」

「そうじゃ、お前にこれを授けよう。
 大事にいたせよ」

 そういうと身につけた装飾品の中から銀製の鈴を取り外すと、ギンレイの首に光沢を帯びた絹紐でくくりつけてやった。
 やはり初音は高い教養を備えているようだ。
 短い間にタテガミギンロウの特徴から名前を付け、更に二重の意味である銀鈴ぎんれいまで思いつくとは。

 遂に名前と首輪をもらったギンレイは分かっているのか、先程よりも更に激しく尻尾を振って喜びを表している。
 あれ? 唯一の心の支え、早速取られてね?
 もはや俺には何も残されておらず、またもや膝を抱えて完全なヘラモードに移行する。

「何をしておるか! ワシは腹が空いておる。
 はよ朝餉あさげの用意をいたせと言うに」

 やれやれ、騒がしい奴が増えた。
 俺は起き上がると2人と1匹の朝食を確保する為に、釣竿を手に河原へと向かった。

「変な子供が居座っちまったもんだ。
 まぁ、退屈はしないだろうなぁ」

 食い扶持ぶちが増えたのは懸念すべきだが、今日から話す相手が出来たのは素直に喜ぶところなのだろう。
 河原への道すがら、そんな考えが頭に浮かぶと自分が久しぶりに心から笑っているのに気付き、思わず苦笑いを浮かべる。

「ありゃ、やっぱ濁りが目立つな」

 前日に降った雨は渓流が本来持っていた美しいエメラルドブルーの河床を一変させ、今は激しい流れを生み出して茶褐色の水で覆っていた。
 渓流釣りにおいて河川の濁りはプラスにもマイナスにも成り得るのだが、ここでは基本的にルアーを使わない餌釣りが主体なので、そこまで影響はないと思いたい。

 川虫を探して手早く針に掛けると、まずは一投。

「………………妙に反応が鈍いな……」

 いつもなら簡単に食い付くのに、魚の動きが鈍いのか、それとも警戒されてしまっているのか…。
 その後も何投か試したが結果はゼロ。
 ここで粘っても釣果は出ないと判断して、仕方なしに場所を変える事にした。
 川に沿って歩いていると、一つの現象が起きているのに気付く。
 濁りの合間にはちゃんと魚がおり、しきりに何かを口にしている。
 よく見ると雨で増水した事によって川底の小さな虫が掘り返され、それを魚が一心に食べているのだ。

「なるほどね、道理で釣れないワケだ」

 魚にとってリスクのある胡散臭い餌などを口にしなくても、そこら中に安全な餌が溢れている状況。
 だとすれば釣果が出ないのは当然と言える。
 魚が手に入らないとすると、他に手に入る食材は…おお、そこに居たのかカワラムシャガニ君。
 I Loveザリガニ。
 彼らは流れの弱い所に隠れていた。
 昨日からすっかりとりこになった食材を8匹確保し、バッグに放り込んでホームへの帰還を果たす。

「おーい、今日も御馳走だぞ」

 ほんの30分留守にしていただけだというのに、ホームの中は嵐が通り過ぎたのかと勘違いする程に荒れまくっていた。
 どうやったら、ここまで散らかせるのか…。
 ギンレイまで地面に座り込み、舌を出して遊び疲れた様子だ。

「……遅いのじゃあ~、もう動けん……」

『もう遊べない』の間違いだろうと、ツッコミを入れたくなったが無視する。
 さっさと焚き火の準備をする為、ファイヤースターターを取り出して火を起こそうとするが中々火がつかない。
 どうやら雨がホームの中まで入り込んでいたらしく、薪が濡れてしまったようだ。

「それは何じゃ? 珍妙な道具じゃのう~?」

 初音が背中越しにファイヤースターターを見つめ、物珍しげな声を挙げる。
 そのまま肩に顎を置いてグイグイと胸を押し付けてくるので、俺は逃げる事もできずに押し潰されていく。

「あ~ぶ~な~い~か~ら~、あっちでギンレイと遊んでなさい」

 本当に危ないのは俺の腰である。
 こいつ……どんな力してんだ?
 全く抵抗できずに煎餅せんべいみたくペタンコにされるところだった…。
 胸の柔らかさを感じる前に、死を予感するとか洒落にならん。
 別のドキドキを味わいながら薪を選り分け、濡れていない物を使うとようやく火をつける事に成功した。

「おお、その長いのは燧石ひうちいしじゃったか!
 ワシもやってみたい、やらせてやらせて!」

「腰ガァぁぁああああ!!!」

 背後から不意討ち気味のタックルを決められ、俺の腰は無事に終了した。
 頑張れ俺、明日はきっと今日よりも輝いているから……。
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