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第一部 一章 遭難と書いてソロキャンと読もう!

遭難者に救助される遭難者、鬼属の少女 初音

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 翌朝は随分と寝坊をかましてしまった。
 最たる原因となったのは、ベッドができた事で睡眠の質が大きく向上した為だろう。
 久しぶりにしっかりと寝た感覚があり、お陰で体の調子もすこぶる良い。
 昨日から降り続いた雨は深夜に弱まったようで、今朝は抜けるような青空が広がっている。

 まだ眠い目をこすりながら顔を洗おうと河原へ降りてみると、先に起きていた狼が何かへ向かってやかましく吠え立てているではないか!
 その尋常ではない様子に明らかな異常を感じた俺は、斧を持って河原へと駆け出した。

「どうした!? イノシシか!」

 依然いぜんとして警戒モードを解かない狼の視線の先、そこには奇妙な服装の少女が倒れている!

「ひッ、人! まさか蛇女か!?」

 脳裏をよぎったのは忘れ難い夜の記憶。
 だが、どうも様子が変だ。
 躊躇ためらいがちに近付くと僅かに目ぶたが動き、小さな声で寝言のような事を口にしている。
 河原に突っ伏して動かない少女は見るからにユルい雰囲気を醸しており、どう見ても蛇女とは違う――と思いたいのだが…。
 もしや、俺と同じ遭難者キャンパーなのだろうか?
 とりあえず生きている事だけでも分かり、最悪の事態を想像していた俺は一先ひとまず安堵の溜め息を漏らす。
 容姿から察するに、恐らく危険な人物ではなさそうだが…気になる点が一つだけあった。

 それは少女の頭から伸びている…角?
 右の額から伸びている小さいのは本当に?
 ウソみたいだ…こんなの…まるで……。

「その…大、丈夫です…か?
 俺の声、聞こえてますか…?
 どこか痛む所は………」

 そう言い掛けたが不意に少女の艶やかな唇が震え、次の予期せぬ展開に備える俺の全身に、ただならぬ緊張が走った。

「は、腹へったのじゃあ~」

 …放っといて帰ろう。
 少女は無事だった。
 というか、全然平気だったわ。
 きびすを返して朝食の準備でもしようとした所で、足首をガッツリ掴まれた。

「お願いじゃあ~、食べ物を…なるべく美味しい物を腹一杯食わせてくれ~」

 ……絶対に関わりたくない。帰ろう。
 しかし、いくら力を入れても掴まれた足は微動だにせず、少女は相当に切羽詰まっているのが見てとれる。
 思えば俺も異世界に飛ばされた頃は空腹で心細かった。
 この子も何があったか知らないが、昨夜は森の中を彷徨さまよい、耐え難い空腹にさいなまれているのだろう。
 だが、少女は瞳を潤ませて華奢きゃしゃな体を縮こませる一方で、掴んだ右手からは『絶ッぇ放さねぇ』という確固たる意思を感じ背筋が凍りつく。
 かたわらで俺の心情を察してくれたのか、狼は心配そうな顔を浮かべ悲しげな声で鳴いている。

「怪我はないようで安心しました。
 よろしければ朝食を一緒にとりませんか?」

 我ながら明け透けな程に取りつくろう言葉。
 その真意は背を向けたまま発せられた事からも明白だったのだが、それを『待ってました』と言わんばかりに少女はシャキッと立ち上がり、俺よりも前を歩いて急かす。

「おぉ! そうか、そうか。
 なら、お言葉に甘えようかのう!」

 飛びっきりの嫌な予感。
 この時はまだ、そんなレベルで考えていた。

「いやぁ、助かったのじゃあ~。
 この恩義は忘れぬゆえ、安心せい!」

 河原で行き倒れていた少女は俺のホームに来るや、早々と実家みたいにくつろぎ、物珍しげに周囲を見回す。
 この時代劇みたいな口調。
 初対面で物怖じしない態度。
 …どう考えても普通の子じゃなさそうだ。
 どこか良家のお嬢か?

 得体の知れない来客について色々と勘繰かんぐってみるが、やはり特別に目を引くのが右の額から伸びた角だろう。
 5cm程の小さな角が僅かに湾曲して上を向いているが、あれは本物なのだろうか?
 あまり女の子の顔をじろじろと見るのは失礼なのだが、どうにも気になってしまう。
 そんな視線に気付いたのか、少女は長い袖で口元を覆い、含みのある笑みを浮かべて優雅に唇を操る。

「ほほほ、ワシの美貌に見蕩みほれておるのか?
 庶子であっても男子おのこには違いないのう?
 それよりもはよう食事の用意を致せ」

 今すぐ出ていってもらうか。
 俺は無言で立ち上がると少女の体を持ち上げ、ホームの玄関(仮)まで丁重に運んで差し上げる。

「な、なんじゃ!?
 これが庶子の客人に対する慣わしか!?
 ちょっ、まだ食事してないんですけど!」

 わちゃわちゃと暴れると腕からすり抜け、狼の背に隠れて涙目でこちらをうかがう。
 子狼と比べると、少女の体格がどれくらい小さいのかがよく分かる。
 身長は130cm程か?
 黒い…装束?
 強いて言えば十二単じゅうにひとえよりもずっと身軽で、ラフな巫女装束を思わせる見た事もない服を着ており、身に付けた装飾品から裕福な家の出なのだろう。
 流れる黒髪は日の光を帯びて薄紫に見える程に艶があり、金の髪止めで整えられていた。
 琥珀こはく色の瞳を持つ整った顔立ちと、細い手足からは似つかわしくない胸の膨らみが奇妙なギャップを感じさせた。

「ワシを追い返そうとしてもムダじゃぞ!
 ぜーったいに帰らんからの!」

 ここに置いてやるなんてミリも言ってねぇ…。
 にも関わらず、少女は見ず知らずの男の家(洞窟)に居座ると言って聞かず、明らかに厄介なだという事は想像に難くない。

 こいつはヤバい匂いがする。
 直感だが限りなく確信に近いモノを感じ、ますます拒否の姿勢を強めると少女は悩んだ末に一つの提案を示す。

「だったら腕ずくじゃ!
 腕相撲で勝負してワシが負けたら潔く立ち去ろうではないか!」

 腰に手を当てて胸を張る姿からは強者のプレッシャーは微塵も見られず、例えるならレッサーパンダが後ろ足で立つ威嚇いかく行動を思わせた。

「俺と? 勝負? 腕相撲で?」

 こんな子供相手に大の大人である四万十 葦拿あしなさんが腕相撲?
 自慢じゃないがソロキャンのない日は週3でジムに通い、ベンチプレス120kgを上げる俺に?

「ふ……まぁ、よかろう。
 気が進まんが相手をしてやるか…」

 か弱い女の子に対して力勝負で決着をつけるというのは心苦しいが、本人が提案したのであれば仕方ない。
 結果はやるまでもないと思うが、朝食を御馳走した後に家に送り届けてやるか。
 その過程で人里の位置が分かれば、サバイバル生活から脱却できるかもしれない。
 俺にとっては願ってもない事だ、その提案を威風堂々とした態度で承諾する。

鬼属きぞくを相手に臆さぬ気概は天晴あっぱれである。
 では、いざ尋常に勝負じゃ!」

 地面に寝転び互いに組み合うと相手の手は折れそうな程に細く、本気を出そうなどとは到底考えられない。
 適当にあしらったら……………え?

 ――岩肌の天井が見える。
 ……なぜ?
 俺はうつ伏せになっていたはず…。
 緩慢な動きで自身の右手に視線を移すと、少女の右手が上に覆い被さっている。
 憎らしい笑みを満面に浮かべた少女は余裕の表情で勝利を宣げ……

「ちょっ待っ! すまん、呆けていたよ。
 掛け声の後に勝負だ!」

 これ以上ないレベルで格好悪い物言い。
 しかし、ここで万が一にも負ける訳には!
 渋る少女を必死に説得すると、呼吸を整え一瞬で全ての筋力を動員するべく意識を集中する。

「ready………go!」

 掛け声と同時にてのひらから伝わるイメージは……巨岩!?
 幾星霜いくそうせいを経て泰然たいぜんと存在するかの如く、少女の細腕はまるで倒れる気配を見せず、圧倒的なパワーを…おおぉぁあああ!!

 今後はひっくり返るなどという生やさしい物ではなく、理解不能な間に気付いた時には数m離れたベッドの上で仰向けになっていた。

「ワシの勝ちじゃあああ!」

「なんかもう、どうにでもしてくれ……」

 呆然といった具合に天井とお話する俺に、得意満面の少女が顔を覗き込んでくる。

「ワシの名は九鬼くき……いや、初音と呼ぶがよい。宜しく頼むぞ、あしな!」

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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