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第一部 一章 遭難と書いてソロキャンと読もう!

神秘とは神々の気まぐれ

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 狼は母親の乳が恋しいのか時折俺の腹辺りに鼻を擦りつけ、しきりに探し物するような仕草を見せる。
 こればかりは俺にもAwazonにも、どうする事もできない。
 せめてものなぐさめとして銀白色のタテガミや、首周りを満足するまででてやる。
 そうして午後をとっくに過ぎた後は、保存食の貯蓄に勤しむ。
 悪天候で朝から外へ出られない日もあると想定し、食料を探しに行けない事を考えれば、ある程度の食べ物は手元に残しておきたいからだ。
 衣食住を安定させるのは生活していく上で命題である。
 そして、これから作るのは昔ながらの定番シソ梅干し。
 水に浸したマルハウメと茎を取り除いたミツミシソの水気を丁寧に拭いた後、本当は天日に干すのだが時短として、焚き火の熱でカラカラになるまで乾燥させた。

「焼き干しの時に分かったんだけど、あぶって乾燥させる方法は味が落ちるんだよな。
けど、そこは妥協するしかないか」

 次いで塩揉みしたシソの灰汁抜きを行い、キッチリと絞ってからガラス瓶に塩とウメ、その上にシソを敷き詰めて重石を乗せておく。

「かなり工程を省いたが大丈夫だろう。
 多分……かなり不安だけど」

 このまま梅の水分が抜けるのを待ち、状態を観察してヤバそうなら早めに食べる事にする。
 たとえ今回失敗したとしても、梅干しの旬はまだ先なのでリカバリーできると考えたワケだ。
 梅干しの瓶をなるべく日光の当たらない涼しい所に安置したかったので、ホームの最奥へと入った所で意外な光景に度肝を抜かれる。

「お……おぉ……なるほど、冷えるはずだ……」

 そこは5月もとっくに過ぎたというのに、まるで冷凍庫のように一面が氷の世界に覆われていた。
 天井から滴る湧き水が長い時間をかけて形成した氷の鍾乳洞、まさに自然が作り出した芸術を目の当たりにした俺は、その圧倒的なスケールを前に言葉を失う。

 正面の通りを挟んだ両側の壁には何者をも寄せ付けない、静謐せいひつたたえる流水を表現したかのような氷柱のカーテンが列を成し、極僅かに届く日の光が様々な角度で反射する事によって、暗闇と凍結が支配する世界にまばゆい輝きを解き放っていた。
 今日まで気付かなかったのが不思議な程の神性を帯びたオーラを肌で感じ取り、霊感など皆無を自称してきた俺の考えを改めさせるには十分に足り得た。
 ここには何か、人間が触れてはならない神聖なモノが存在するのではないか、そう思わせる程に。

 ホームの入り口からさほど進んでいないというのに、外の雨音はどこか別世界で起きている出来事のような、ときが止まってしまったのではないかと錯覚してしまう。
 荘厳で寡黙な威厳に満ちた様は、歴史を積み重ねた教会を思わせる静寂に包まれていた。
 とてもではないが、ここの氷を傷付けたり冷凍庫の代わりにしようなどとは考えられない。
 俺は呆けた顔でしばしの間、進む事も戻る事もできず、人間の手が届かない悠久の時が作り出した不朽の大傑作を前に身を委ねた。
 どれ位の間、その場にたたずんでいただろうか。
 突然背後から聞こえた狼の吠え声によって我に返ると、体が酷く冷えてしまっている事にようやく気付く。

 それも当然だろう。
 これだけの氷が解けずに形を保っていられるなら、周囲の気温は間違いなく零度を下回っているはずだ。
 一向に戻ってこない俺を心配してくれたのか、わざわざ様子を見に来てくれた子狼の献身には感謝するしかない。
 きびすを返してホームの入り口へ戻ると焚き火が消えかけており、かなり長居していた事がうかがえる。

「うひょ~~寒~~!」

 風邪を予防する為に一刻も早く体を暖めなければならないが、焦る必要はない。
 ここで作ったばかりの火吹き棒を投入。
 竹の節に穴を開けただけのシンプルな構造ながらも、弱った炎へ向けてピンポイントで空気を送り込むという点に関して、十分な性能を持つ道具だ。
 一息ごとに弱々しかった種火は勢いを取り戻し、次第に煌々こうこうとした明かりとぬくもりが戻ってきた。

「後は薪を追加して着火するまで息を吹き掛ければOK!」

 個人的に火吹き棒は焚き火をする上でのマストアイテムだと思っており、『自分が炎を操っている』という感覚をダイレクトに味わえる。
 今では100均のアウトドアグッズとして売られているので、キャンプ場で焚き火デビューする際には手元に一本置いておくのをオススメするよ。

「どうした? そんなに焚き火が珍しいのか?」

 すぐ隣で見ていた狼は不思議そうに小首を傾げ、燃焼の原理を考えているようだったが、今の俺にはそんな事よりも艶々の毛皮で冷えきった足を暖める方が重要だった。

「焚き火とフワフワの毛が暖けぇ~。
 これは毛玉湯たんぽと命名しよう」

 更に冷たい手足をなめてくれる手厚いサービス付きだ。
 そうして暖を取っていると、指先の感覚も戻ってきたので作業を再開する。
 今度は本格的な虫除け対策を実施する為、事前に天日干しにしておいたハーブを取り出す。
 使うのはインドホウギク、多年草で香りも強く虫が嫌うシトロネラールなどを多く含む植物で、これを粉末にして他のハーブから採取したオイルと少量の松脂を混ぜ合わせる。
 出来上がった粘土状の物を竹串に巻いて、屋内で乾燥させれば完成!

「昔作った経験があるけど、虫除け効果は市販品にも引けを取らない。難点は燃焼時間が短い事かな」

 今回は素材の繋ぎとして松脂を使用したが、適度な弾力と良好な成形性を有しているので、乾燥途中に崩れてしまわない事を期待する。
 明日には乾燥を終えて防虫串が使えるようになっているだろう。

「さぁ、次は問題視してた寝具の番だ!」

 まずは外枠を太い竹で囲み、中に細い竹を縦に並べて完成。
 超簡単でお手軽!
 そして肝心の寝心地は――。

「………クッソ硬ってぇ。
 これじゃあ地面に寝てるのと大差ないだろ…」

 このままでは一生グッスリ寝られない。
 頭を絞って考えた末、少し前に作ったトライポッドの事を思い出す。
 これを改良してベッドを作ってみよう。
 まずは4本の太い竹でピラミッドのような形の柱を作り、地面から30cm程の高さに4本の外枠で柱を囲む。
 そこにツルムシのロープを横方向に巻いていくが、長さは俺の身長が176cmなので2mもあれば十分だろう。

「兎に角、大量のロープが要るなぁ。
 昼間に作っておいて助かったよ」

 相当な量のロープを消費したが、遂に念願のベッドが完成!
 見た目はピラミッド型のハンモックみたいだ。
 いや、どちらかと言えばアウトドアで使われる屋外用ベッド『コット』に近いか?
 試しに寝転がってみると中々悪くないし、重みで沈み込むけど地面には着かずに、しっかりと俺の体重を支えてくれている。

『おお、良いじゃん!』

 思わず声が出てしまう程の作品に自画自賛してしまう。子狼も楽しそうな物が増えて喜んでいるようだ。
 足りない物を補って生きる。
 それは人間が長い歴史から得た知恵と経験の賜物たまものなのかもしれない。
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