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第一部 一章 遭難と書いてソロキャンと読もう!

雨音を聞きながら

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 朝食後は兎に角、細々とした雑務の整理で忙殺され、気づけば昼もとっくに過ぎた午後を迎えていた。

「とりあえず食事だな」

 見れば腹を空かせた狼は我慢できずに置いてあったタケノコにかじりついている。
 対象が俺に移る前に用意しなければ、買ったばかりの夏服を穴だらけにされかねない。
 ストックしておいた薪に火を入れるとホームの中は仄かな揺らめきに包まれ、冷え込みがちな岩肌に暖かな光が手を差し伸べる。
 やはり初夏とはいえ天候に大きく左右される屋外で生活するなら、暖を取る手段である焚き火は欠かせない。

 補充したポリタンクを設置すると灰汁を入れた水で入念に手を洗う。
 衛生面では特に気をつけないと、食中毒一つで十分命に届き得るのだ。
 幸いにして木材と水は豊富にあり、衛生面に関係する原料の入手に事欠かないのは本当に助かる。

「今日はちゃんとした野菜が食えるぞ~」

 それにしても、水洗いしたサワダイコンはミニサイズのダイコンに近いと言うには無理があるか?
 見た目はどちらかと言えばゴボウに近く、手触りはダイコンっぽいという不思議な植物だが、貴重な野菜という事には違いない。
 なるべく熱が通るように乱切りにして切り分け、同じく採取したキノモトワラビとタケノコを湯にさらして灰汁抜き行う。
 火が通るまでの間、竹の節をナイフで削って簡単な『お玉』を作成しておく。
 節の部分を玉に見立てて中央を削り、取っ手まで一体型になった力作だ。

「うん、悪くない出来映えっすね」

 気を良くした俺は、次々と予備の食器や道具を作り出していく。
 はし置き、スプーン、ざる、ヘラ、火吹き棒。
 いずれも簡素ながら必要十分。
 見ようによっては、一切の装飾や塗装がないのも逆にオシャレだろ?
 しかも、以前に作った物より明らかにクオリティが向上しており、しばし自分の作品を眺め感嘆の息を漏らす。

 ……俺のような素人がまるで一流モデラーの如く、長時間に渡って集中力が途切れなかった理由は明確だ。
 沈黙によって訪れる思考は、記憶の底から昨夜の蛇女を呼び寄せ、最後に口にした言葉を今も自問し続けていた。
 僅かでも油断すれば、頭の大半を答えの出ない問いが埋め尽くす。
 要するに、常に意識を別方向に向ける事で、心に刻まれた恐怖心を忘れ去りたいという訳だ。
 もしかしたら……今夜も出るのではないか。
 そう考えるだけで体がすくみ、全身が氷水に浸される感覚に襲われる。
 一日でも早く、一瞬でも早く忘れるしかない…。

「集中……集中だ……集中して……忘れろ……!」

 ―――午後から振りだした雨はますます盛んになり、天井から染み出した水滴を受け止める空き缶は、絶え間ない水のリズムを刻んでいく。

「うむ、本日の最高傑作!」

 完成した新作竹箸の使い心地は快調で、これなら菜箸のような長物でも安心して作れそうだ。
 渾身の一作が完成した頃に野菜の灰汁抜きも完了したので、ワタを取り除いたイワナと残った焼き干しを投入してハーブで香り付けする。
 余分な水分を熱で飛ばしてしまえば食べ頃だ。

「山野菜とイワナの塩鍋が完成!
 おーい、お前も食べるだろ?」

 竹コップや空き缶に落ちる水滴が珍しいのか、それとも水音に興味をかれているのか、狼は飽きもせずに大はしゃぎで、呼び掛けると喜んで駆け寄ってきた。
 ズボンの裾を噛んで音のする方へ連れていきたいのだろうが、俺は腹が減って仕方ないんだよ。

「おいおい、遊ぶのは後だろ?
 今は食事にしようか」

 ささやかな抵抗を続ける狼を抱き上げて鍋の前へと連れていくと、ようやく匂いに気づいたのか、早速分け前を要求してきた。

「はいはい、分かってますよ。
 先にコレでも食べて、ちょっと待ってな」

 調理前のイワナを出す前に恒例のワタを食べさせ、その間に配膳を済ませる。
 こいつの食欲も日に日に旺盛になってきたようで嬉しい。
 鍋の方も上々の仕上がりで、野菜は思ったより柔らかく煮込まれていた。
 しかし、ダイコンとタケノコはともかく、ワラビは煮込み過ぎたのか形を保てずにしおれてしまったようだ。

「まぁ、食えりゃ良いのよ。
 旨けりゃもっと良いけどさ」

 食べてみるとタケノコは安定の食感と魚の旨味によって、文句なしに美味しく調理されていたが問題はサワダイコンである。
 乱切りとはいえ小さく切り分け、灰汁抜きも含めて十分に火を通したのだが、芯の方は硬さが残ってしまって味の浸透も十分とは言えなかった。

「あー、時間が短かった? 案外難しいわ」

 鋳鉄ちゅうてつ製のダッチオーブンは火の通りがアルミよりも優れ、更に焚き火を使った高温で調理したにも関わらず芯が残るとは……。
 森で簡単に手に入るサワダイコンという食材の調理方法は今後の課題かな。
 ハーブとワラビは熱で溶けてしまい素材の味は判別できなかったが、その風味はスープに活かされていた。
 独特の香りと僅かな苦味、そこに焼き干しで使われた塩気が加わり、悪くない味わいだ。
 特に気温が低下する雨の日は、体の中から暖まる鍋料理は鉄板中の鉄板と言えるだろう。

「鍋って不思議と食い過ぎちゃうんだよな~。お陰で焼き干しも全部なくなっちまったよ」

 さて、メインディッシュのイワナは?
 こちらは失敗など起きようもなく、柔らかな肉は口に含めると溶けるように胃袋へ消えてしまい、使用するハーブによって様々なバリエーションも楽しめるという万能ぶり。
 くせのない白身というのが料理の幅を広げているのかもしれない。
 今の所、ホームで最も旨い食材の座をサワグリと二分しているが、まだまだ出会った事のないお宝が眠っているはずだ。
 異世界こちらに来てから日も浅い。
 焦らず探していけばいいさ。
 共に食事を終えた狼は思い出したと言わんばかりに、再び雨音が奏でる素朴なコンサートに夢中になっていた。
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