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第一部 一章 遭難と書いてソロキャンと読もう!

サバイバルで気をつけるべき事柄

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 夕方から降りだした雨は勢いを増し、眼前を流れる清流は穏やかな表情を脱ぎ捨て、苛烈な濁流へと変貌へんぼうを遂げていた。
 まさしく日本の河川と同様に、僅かな天候の変化によって自由気ままな荒神の如く、奔放ほんぽうな振る舞いを見せつけている。
 近づく事も抵抗する事も叶わず、あらゆる生物の干渉を許さないままに、一切合切を押し流してしまう。
 轟音はホームの中まで鳴り響き、反響を繰り返す様子は逃げ場のない恐怖心をき立てる。

「ん? どうしたんだ?
 もしかして震えてんのか?」

 見れば狼は俺にピッタリと寄り添い、小さく体を震わせていた。
 いつもはピンと立てた耳と尻尾を伏せ、外界で起こっている災禍から少しでも逃れたいのだろう。

「よしよし、水はホームまで来ないから安心しろ。
 お前も腹が減ってるんだろ? 魚を山ほど釣ってきたから今夜は御馳走にしようぜ!」

『御馳走』と聞いたからなのか、伏せていた耳を持ち上げて甘えるような声で催促さいそくを促す。
 俺は魚の入った2個のバケツを引き寄せ、サイズによって用途別に仕分けた。
 まず10cm台の物は保存用の甘露煮にして、20cmに届く中型は同じく保存用の干物にする。

「んで、今夜のメインディッシュとなるのは最初に釣った40cmのマブナフナだ。
 コイツは煮付けにしてみようと思……アレ?
 え? ウソだろ? どこに……あぁ、ここか」

 記憶に残る激戦の相手を見失ってしまうとは、我ながら不甲斐ふがいない。
 もしかしたら遭難して数日が経ち、自分が考えてるよりも疲れていたのかもしれないが、ここで休んでいても一向に仕事は進まない。

「さぁ、忙しくなるぞ~。
 作業してれば外なんて気にならないさ」

 つぶらな瞳で見上げる狼の頭を優しくでてやり、本日の作業を再開する。
 まずは腹ごしらえを済ませる為、食事の準備から取り掛かろう。
 お馴染みとなったAwazonで砂糖と醤油の味比べセットを購入するが、ここで衝撃の事実が判明。
 なんと各調味料は一度しか買えないのだ!
 ポイントは潤沢にあるにも関わらず、たった一度の購入で無情なSOLD OUTの表示…。
 しかし、岩塩を買った後も顆粒かりゅうタイプの塩は売られているなど、半分嫌がらせみたいな判定に思わず天を仰ぐ。
 その上、味醂みりんはあっても料理酒が見当たらない!
 どうやら『酒』は飲み物判定でアウトらしい。
 オイオイ、全くの別物なんじゃないの?

「キチィ~……。酒類の問題はいずれクリアするとして、当座の調味料だけでり繰りするしかねぇな」

 遭難ソロキャン中に買い物が可能な時点で贅沢なのかもしれないが――仕方ない。
 気を取り直して作業を開始すると、木の皮を引き伸ばしたまな板の上でうろこを落とし、エラを取り除いた後に腹開きで内臓を処理する。

「あー……癖があるってのは臭いの事か。
 なるほど、確かに少し泥っぽいな」

 恐らく流れの停滞した場所に潜み、何でも食べてしまうのが原因だろう。
 腹を開いたと同時に漂う独特な川の臭い。
 これを消せるかどうかで旨くも不味くもなるのだと納得した。
 そうと分かれば対策は十分に可能。
 魚の下ごしらえは料理の出来映えに直結する重要な工程であり、丁寧に行う事で劇的に臭みを軽減させる。
 手を抜けばどうなるか――言わずもがなだ。

「加えて絶対に見逃せないのが寄生虫の存在。
 ここは死活問題だと思っておかないと、冗談抜きでマジに死ぬ!」

 スーパーで売られている魚は下処理の段階で厳しくチェックされ、安全に食べられる状態で店頭に並んでいる。
 しかし、それでも見逃してしまう事故が年間で100件を超えているのだ。
 今さっきまで元気に泳いでいた天然の魚なら…言わなくても分かるだろ?

「チェック完了。
 これなら大丈夫!」

 ジンショーガを薄切りにした後は水と塩、醤油と味醂みりんに砂糖を適量加えてダッチオーブンに投入。
 沸騰したら切り分けた魚を入れて煮込んでいく。

「ここからは焚き火の火力を調節するか、トライポッドの紐を引いて鍋を炎から離しておくんだぜ」

 ヨダレを流して見つめる狼に説明してあげたのだが、全ッ然聞いてないなコイツ。
 塩や醤油を入れた料理を動物に食べさせる訳にはいかないので、今回も別に用意しておく必要がある。
 先程のマブナフナの内臓をダッチオーブンの上に載せ、十分に火を通した後に冷ましておいた。
 多分、野生の狼には心配無用だと思うが、病み上がりなので少し気を使ったのだ。

「ほらよ、お待たせしたな」

 竹皿に盛り付けた狼飯は地面に置いた瞬間になくなり、まだまだ食べ足りない様子。
 良い傾向なのだが…もうちょっと味わって欲しいなぁと、まるで母親のような気持ちを味わうのだった。
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