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第一部 一章 遭難と書いてソロキャンと読もう!

サバイバル生活を安定させよう!

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「さて、そろそろ動くか」

 ようやく満足してくれた狼の子は、初夏の風が吹き抜けるホームの岩肌に身を寄せて寝息をたてている。
 今の内に買ったばかりの衣類に着替え、汗と砂で汚れた冬服や斧、革手袋や焚き火の灰を入れたポリタンクをトートバッグに放り込む。

「新しい夏服最高!」

 やっと季節らしい衣類を手にした事で一安心といった所か。
 これから暑くなるのに冬服で過ごすのは辛過ぎるからな。
 トートバッグも大容量の物をチョイスして正解だった。
 お陰で物品の持ち運びや食料の採取が楽になるし、早速使わせてもらおう。
 ベルトにナイフを通し、バッグ片手に河原へと降りていくと早々に洗濯の準備を始めた。

「炊事・洗濯は生活の基本だからな。
 まぁ、誰かの受け売りなんだけどさ」

 洗剤の類いを購入しなかったのは人間の都合で自然を汚したくなかったという、実に人間らしい理由。
 無事に帰れるのか分からない状況で甘い考えだと自分でも思うのだが、手付かずで残された美しい自然を俺のエゴで汚してしまうのは許せなかった。
 それに洗剤の代えなら既にある。
 さっきまで焚き火をしていた際に出た木の灰。
 ここに川の水を入れて出来上がる灰汁あくが衣類の汚れを落とす洗剤になるのだ。
 その歴史は古く、旧約聖書にもその名が登場するらしい。

「むかーし読んだ本に書いてあったんだけど…本当に、これで汚れが落ちるのか?」

 あくまでも本に書かれた情報による受け売りだったが、今はワラにだってすがりたい状況なんだ。

「まぁ、いいや。
 試せる事は何でも全部試してやるさ!」

 江戸時代には石鹸の代わりとして手洗いにも利用されていた灰汁あく水。
 衛生状態を保つのはサバイバル生活において必須どころか、死活問題と捉えても大袈裟おおげさな話ではない。
 川から少し離れた窪地くぼちに冬服を入れた後、上から灰を被せてポリタンクで水を汲んで浸け置きにしておく。

「いわゆる浸け置きだな。
 まずは繊維の中まで灰を浸透させて、汚れを浮かせてみようか。よし、次の仕事だ!」

 俺はやたらとゴワつく革手袋を装着して斧を手にし、適当な竹に目を付けて次々と伐採していく。
 切る際のコツは元々傾いている方向へ更に竹を傾け、斜め上から振り下ろす。
 決して木こりのように横から斧を振り抜いてはいけない。
 その理由は縦に繊維が走っているので割れやすい一方、横方向は衝撃を逃がす弾力性がある為、下手に切りつけると弾かれる恐れがある為だ。

「下手を打って怪我をすれば破傷風になりかねない。つーか、そんな事でAwazonのポイント使いたくねーし!」

 異世界こっちではアオスジタケと呼ぶみたいで、文字通り沢山の緑がかった青い筋が縦に並んでいるが、よく知る竹よりも筋が大きく太いのが特徴だ。
 竹は様々な工芸品に使われる素材で利用価値が高く、水筒やかご、弓やすだれなど多様な用途に溢れている。

「やっぱ一番見逃せないのが食料としての竹、タケノコだな。今は5月だから旬を過ぎつつあるけど、涼しい森の中ならワンチャン……おぉ、あった! 思った通り!」

 かなり成長が進んでしまっていたが、河原の土手からいくつものタケノコが顔を出している。
 予想通りとはいえ、食料が豊富に見つかると素直に嬉しい。
 保存食にする分も含めて多めに採取しようと、なるべく芽が出たばかりの物を選んで掘り起こす。

「うひひ、大漁大漁~♪」

 少しの時間で随分と沢山のタケノコを得られた。
 それらをバッグに入れ、切り出した竹をつるで雑に縛って担ぐと一旦帰宅する事にする。

「まだまだ、こっからだぞ!」

 強い言葉で自分を鼓舞するとホームへ向けて歩きだしたが、生活を安定させるには足りない物が多く、これから生き延びられるかどうかはまさに俺の器量と運に掛かっていた。

「うわぁ、やっぱここは涼しいな」

 ホームと呼んでいる岩の裂け目は山から染みだした水や風雨が気の遠くなるような時間をかけ、石灰岩を少しずつ侵食して出来上がった物で、今もあちこちから水が滴っている。
 その為、気温が上昇してきた午後であっても気化熱によって、裂け目の中は一定の温度を保っているようだ。

「逆に言えば冬は……いや、今は考えないようにしよう」

 背負っていた竹やバッグのタケノコと水の入ったポリタンクを地面に置くと、まずはホーム内の整理整頓から手をつける。
 ポリタンクの水は飲み水用と灰汁を入れた手洗い用に分け、いつでも補充できるように入り口に配置した。
 そして、焚き火跡には河原で拾った石を追加してアップグレードさせ、更にクオリティを上げる為に竹を使った工作を開始する。
 竹を切り出した時に縛ったつる、名前をツルムシと言い、ちょっと手を加えると簡易ロープに姿を変える優れ物。
 まずは全ての葉を落とした後に表皮を剥ぎ、茎の太さを2本に揃えて選り分ける。
 そして、端を固結びにして足で挟み、両手で2本の茎を交互に縒り合わせていく。
 追加する際は交差する点に巻き込んで更に長くする。

「これだけで立派なロープの完成!
 後は3本の竹を交差させて頂点をロープで結べばトライポッドの出来上がり!
 我ながら中々の手際だと誉めてやりたいよ」

 残ったロープでダッチオーブンを吊るせば温度調節も可能、これで生活レベルがまた一つ向上した。
 食は生活の基礎となる部分。
 だから機能や衛生面には重点的に時間や気を使おうと思う。
 食が充実すれば厳しいサバイバルでも活力となり、生きる気力に繋がっていく。
 逆に衛生面を疎かにすれば、他の部分がどれだけ充実していてもアッサリと体調を崩し、場合によっては命に関わるのだ。
 アウトドアでは両者のバランスを取りながら、常に意識しなければならない。

「さあ、次の仕事だ!」

 俺は再度気合いを入れるとスマホから『異世界の歩き方』を呼び出し、いくつかの植物について調査を始めた。
 探しているのは虫除けに役立つハーブ類について。
 この世界に来てからというもの、虫食いの被害が絶えず、悩みの種となっていたからだ。
 目次欄から簡単なワード検索で何件かヒットした、どうやら今まで何度か見かけていた花や草がそうらしい。

「雑草だと思ってたけど、調べてみると有用な物でした~なんて事は案外多いもんだな」

 料理の香り付けやスパイスにもなる上に、生命力が強いので育てる手間まで省けるとは実に助かる。
 早速とばかりにホームの近辺や河原を探してみると、本当にどこにでも群生しており、しかも種類まで豊富に存在するみたいだ。
 試しに顔を近付けると、どれも小さな花だが強い香りを放ち、上手く活用すれば岩塩を使っただけの味付けから脱却できそうな予感がする。
 色彩豊かな花は気が滅入りがちな遭難ソロキャン生活に彩りを添えてくれるだろう、せっせと行き来しながら様々なハーブをホームの入り口付近へと移し替える。
 殺風景に口を開けていた岩の裂け目は装いを新たに、少しずつだが形を変えていった。
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