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第一部 一章 遭難と書いてソロキャンと読もう!

渓流釣りをしよう!

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「なんだ…今日は疲れてるんだ。
 もう少し寝かせてくれないか…」

 夢現ゆめうつつに昔を思い出して目を開けると、そこには俺の顔をナメ回す狼の鼻先が視界を埋めていた。
 起き抜けに味わうザラついた奇妙な感覚を嫌がり、手で防いだり背けたりするが一向にやめてくれる気配がない。
 駄目だ。
 とてもではないが寝かせてもらえそうにない。

「お前のお陰で素敵な夢を見させてもらったよ…」

 しきりに長い尻尾を振る狼(犬?)の頭をでてやり、朝一番の仕事を労う。
 ふかふかの登頂部にはその名の由来になったであろう、銀白色のたてがみが背中を通って尻尾の先まで一直線に伸びている。
 どうやら、かなり回復が進んだようで子供とはいえ野生のたくましさを実感するばかりだ。

「う…あぁ! こりゃあ強烈だ。
 肩やら腰が…バッキバキじゃないか」

 2日に渡って硬い地面で直寝をした為か、全身が今にもバキバキと音を立てそうな程に不調を訴えている。
 しかし、そろそろまともな食事をしないと、いずれ限界を迎えてしまうのは明白。

「なんにせよ、今日も食い物を探さないと」

 俺は未だ後ろ足を引きずる狼を残して河原に降りていくと、Awazonを開いて通知欄を確認する。
 ポイントは17000残っていたので、その中から釣り糸と渓流針を購入した。
 合計700ポイントの出費だが、予想通りなら十分に取り返せるどころかお釣りが返ってくるだろう。

『そう、釣りだけにな!』

 本当に誰に対してなのか分からないが、自分が思っている以上に精神状態がヤバいのかもしれない。
 やはり生活を安定させる事が精神の安定にも繋がるのだろうと、妙な納得をして準備に取りかかる。

「釣りなら大得意さ。釣竿を作るのもな」

 まずは竿となる材料の確保だが、これはアテがあった。
 付近を見渡すと渓流の岸から少し上がった所にフタバブナの森が広がっている。
 その境目辺りに竹に似た植物が青々とした笹を蓄え、枝をしならせて自生していた。
 これだけあれば十分とばかりに、適切な長さとしなりを備えた良品を選び出す。

「竹はある意味、木材よりも役に立つ。
 早速だけど使わせてもらうよ」

 竹は手早く枝を払うだけで、もう竿としての機能を全て備えた完璧な素材だ。
 早速先端に釣り糸を結びつけ、釣り糸から続く道糸を電車結びで繋ぎ合わせる。
 それぞれの糸で作った2個の結び目を合体させる為、手軽だけど中々の強度で糸を繋げられるのでオススメ。

「さてさて、お次は肝心の餌だが、水に浸った河原の岩をひっくり返せば……いた!」

 ゴツゴツとした岩の下に居たのは、映画『エイリアン』に登場したフェイスハガーみたいな見た目の虫、トンボの幼虫ヤゴ。
 異世界での名前はまだ知らないが、こっちでも似たような虫がいてくれて助かる。
 こいつは簡単に見つかって簡単に採れるという点で非常に優秀な釣り餌だ。

「釣竿OK、釣り餌OK!
 よっしゃ、それじゃ久しぶりの渓流釣りだ!」

 さぁ、御膳立ては済ませた。
 俺は缶に新鮮なヤゴを詰め込み、目標の水辺へ向かって匍匐ほふく前進を開始した。
「水質ヨシ、流れヨシ……状況開始!」

 清廉せいれんで静かな川のせせらぎに、切り出したばかりの若い竹が生み出すしなりが空を斬る。
 糸と針を繋いだだけの限りなく原初に近い竿は、初めて手にしたとは思えない程に馴染み、決して玄人とは言えない腕前をカバーするかのように、思い通りの場所へ餌を送り込む。

「いいぞ、上々の竿だ」

 僅かな起伏から自然を装ってヤゴが流され、そのまま苔むした岩の間にできた渦へと飲まれていく。
 そして……僅かなときを置いて指先に伝わる確かな感触!
 俺は軽く合わせた後に竹竿を引き上げると、新緑を写し出した透明感を持つ水面に、瑞々しさと生命を併せた美しいフォルムが浮かび上がる。
 初夏の眩しい陽射しを浴びた魚体はキラキラと輝き、ふっくらとした身は厳しい野生を乗り越えて躍動する力強さを備えていた。
 まさに渓流に住まう生きた芸術品。

「いいねぇ、渓流釣りサイコー!」

 その体は鳥などの天敵から身を守る為、背中側は緑がかった河床の色に紛れる保護色となっている。
 こいつはマダライワナ。
 その名の通り、背中から腹にかけて白や淡い黄土色などの斑紋が特徴の渓流魚だ。
 本来なら警戒心が強いので釣り上げるには相応のスキルが必要になるのだが、ここの魚は所謂いわゆるてないのだろう、俺のような素人でも簡単に釣れてしまうのだからね。
 まぁ、初めて渓流に入った時に人影を見ても隠れようとしなかったので、なんとなく分かっていた事だが。

「こりゃ入れ食い確定だな」

 なるべく他の魚を刺激しないように素早く水面から上げ、手元に引き寄せると爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。
 今日の朝食は間違いなく御馳走だ!
 約束された瞬間は今から楽しみで仕方がないが、流石に一匹では少ない。
 続けて2投3投と流すが、いずれも向こう合わせで針が食い込む。
 やはり、ここの魚は釣り人に対して全く警戒していないようだ。
 逆に言えばそれだけ人が寄り付く場所ではなく、救助については絶望的なのかもしれないが…。

「衝撃の事実…ってワケでもないか。
 『異世界の歩き方』とかいう非常識なモノまで存在するんだからさ」

 救助の件については後で考えるとしよう。
 兎に角、腹を満たさにゃ生きる事すらままならない。それだけは確実。
 俺は更に1匹を追加すると竿を納めた。
 あまり調子に乗って釣り過ぎるとスレて釣り難くなったり、貴重な資源さかなが枯渇する恐れがある為だ。
 帰る前に残ったヤゴを放し、替わりに空の缶には小さなカニを10匹程入れて平らな石でフタをする。
 『異世界の歩き方』にはシシロマミズガニとあったが、これも一品料理として食卓を賑わしてくれるだろう。

「病み上がりの犬も何か食うよなぁ。
 まぁ、当然なんだけど少し足りないかなぁ」

 食い扶持ぶちが増えれば仕事が増えるのは当然の事。
 どこかに食べられる物はないのか…。
 周囲を見渡すと清涼とした光景が広がり、照りつける日差しを緑色のカーテンが被う。

「特に何も……ん?」

 缶の中でもがくカニに気を取られ、視線を落とすと足元に年輪のような外観の石……じゃない! これは――。

「こいつは…貝だ!
 『異世界の歩き方』によるとサワグリって名前の二枚貝で、無毒な上に美味ときた!」

 俺は夢中になって川原を掘り起こすと、直径5cm程もある大型のサワグリを次々と見つけ歓喜する。
 これなら十分だ。
 ズボンのポケット一杯に採取した後、軽い足取りで仮の住まいとなった岩の裂け目へ顔を向けると、小さな同居人が目一杯に尻尾を振り回して帰りを待っていた。
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