上 下
1 / 74
第一部 一章 遭難と書いてソロキャンと読もう!

四万十 葦拿、21歳。極めて普通の大学生

しおりを挟む
 ソロキャンこそが生き甲斐

 俺は四万十 葦拿あしな、21歳。極普通の大学生だ。
 地方から東京の大学に入学後、気ままな一人暮らしで順風満帆なキャンパスライフを謳歌おうかする予定…だった。
 別に特別な事がやりたかった訳じゃない。
 受験勉強に明け暮れた先にあるはずの明るい未来、若さゆえのバカ騒ぎと暴発、ちょっとした甘い体験などなど――そんな…極々普通の新生活を期待してた。

 しかし、フタを開けてみれば例の世界的感染症の影響でキャンパスは閉鎖。
 約二年という長い自粛期間を経て初めて大学の門を通ったのもつかの間、同学年は既にサークル活動を楽しむという雰囲気ではなく、気づけば就職の足音が耳元まで迫っていた…。
 そんな中でも参加した飲み会で知り合った子と意気投合して仲良くなり、付き合うに至ったのだけれど、単位の修得とバイトに終われる日々でロクに会う事もできず、徐々に疎遠となってしまう。

 そして、とうとう共通の友人であるAが先日、彼女と見知らぬ男が仲睦なかむつまじい様子でホテルに消えていく所を見てしまったそうだ。
 俺にだって2人で過ごす時間を作れなかった落ち度はあったさ。それは認める。
 だから浮気した彼女を恨むつもりはない。

 「恨むつもりは――はぁ……」

 心身ともに荒れた俺を癒してくれたのはソロキャンプだった。
 切っ掛けは休日でも外に出ようとせず、塞ぎ込む俺を心配したAの何気ない言葉。

「あんまり考え過ぎるなよ。
 そうだ、キャンプでも行かないか?
 最近流行ってるらしいぞ」

 彼には今でも感謝している。
 人生で趣味と言える物を一切もたなかった俺が、胸を張って主張できる生き甲斐を見つけられたのだから。
 都会を被う灰色のコンクリートビル群を飛び出し、自然溢れる緑の中でれた一杯の珈琲は今でも忘れられない。
 あんなにも豊潤で豊かな時間が存在するだなんて想像もしていなかった。
 大袈裟おおげさかもしれないけど、本当に人生の転機を迎えたような気分だったんだ。

 俺は沼へ沈むようにアウトドアにハマリ込んでいき、最終的にはAが呆れる程のキャンプギアを買い揃え、寸暇を縫って国内の主要なキャンプ場を制覇していった。
 そして、ここ山ン中ヒュッテで冬キャンを楽しんでいたのだが…不思議な事に、そこからの記憶が全くない。
 気付いたら鬱蒼うっそうとした木々に囲まれた森の中で寝ていた――らしい……。

 一体どうなっている?
 ここはどこだ?
 季節は冬だというのに、さっきから汗ばむ程の陽気と木漏れ日を全身に浴びていた。
 俺は堪らず着込んでいたダウンジャケットを脱いでシャツのボタンを開けた。
 まるで夏のような暑さじゃないか。
 こんなの絶対変だ…。
 少し前までテントの周囲は雪と氷に被われた一面の銀世界だったんだぞ?
 それが今では芽吹いたばかりの新緑と小さな虫まで……。

「ちょっと待てよ――なんだ、この樹木は!」

 俺は自慢じゃないがアウトドアに長年親しんできた事で、日本国内の動植物にはかなり詳しいと自負していたのだが、この葉は二分裂葉の特徴を持っており図鑑でも見た事がない。
 色の濃さと葉の厚みから年間を通して落葉しない常緑樹だと思うが…。

 他のキャンパーが面白がって葉に細工をしたのかと考えたが、辺りを見回すと視界にある全ての樹木に同様の特徴がある。
 悪戯だとすれば何千、何万のこれら全ての葉を裂いて何のメリットがあるというのだ?
 そんなのは考え難い。
 悪戯にしては手が混みすぎている。
 俺は頭を振って今一度、冷静さを取り戻そうと深呼吸をしたが、胸中は言い知れぬ不安に襲われていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...