小野寺社長のお気に入り

茜色

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今夜、どうしても

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「ああやって『練習だ』とか適当なこと言って身体に覚えさせれば、なし崩し的に俺から離れられなくなるかなって計算して。やり方がセコいのは自覚してたけど、二年も我慢してたからな。もうどうやってでも、おまえのこと手に入れたくて限界だった。遠藤がまさかおまえを狙ってたなんて知らなかったから、あれで余計に火が点いた」

 遠藤をタクシーで帰らせてからの、小野寺のやけに強引なキスを想い出す。切羽詰まったような、何かに怒っているような顔をしていた。けれどもあのときのキスと愛撫はあまりにも情熱的で、蕩けそうなほどに気持ちが良かった。

「あの夜は一瞬通じあえた気がしたのに、抱きしめたらおまえが身体を強張らせたから『しまった』って思った。調子に乗りすぎたって。自分の気持ちと欲望だけで突っ走りすぎて、逆におまえに拒否されたんだと思った」
 でも、俺の勘違いだったんだな。そう言って小野寺はホッとしたように笑った。その顔が無邪気と言っていいほど嬉しそうだったので、本当はこんなに素直な笑顔を見せる人なのだと改めて見惚れてしまった。

「……勘違いですよ。拒否なんてしてません。私、最初から社長のこと、男の人として見てましたもん。正直に言えば、面接のときにこっそり一目惚れしてました」
「……嘘だろ?」
 小野寺がハンドルを握りながら、うろたえたように渚を見た。本当ですよ、と微笑んだら、小野寺は本気で驚いたような顔になった。

 今こそ素直な気持ちを伝えたい。長いこと、お互い自信を持てなくて遠回りしたけれど、こうして向き合えるチャンスが巡ってきたのだから今度こそ無駄にはしたくない。
「私も、社長のことずっと意識してました。でも絶対叶わないって思い込んでたんです。本気で好きになりそうな自分が怖くて、傷つきたくなくて。気持ちを抑えて、せめてアシスタントとして一番近くにいられればいいってずっと思ってました。だって社長、結婚なんてする気ないし、女には困ってないって宣言してたから」
 渚が少し責めるような瞳を向けると、小野寺が「あれこそ、その場しのぎの嘘だよ」と慌てて言い繕った。

「だって、ああいうふうに言っておかないと周りがうるさいだろう。いい年して独身だと、いちいち言い訳するのホントに鬱陶しいんだぞ?」
「分かりますけど。私はあれを聞いて傷ついたんですからね」
 唇を尖らせてそう言ったら、小野寺は「ごめん」と意外なほど素直に謝った。
 
「……ただカッコつけてただけだよ。本心では惚れてる女もちゃんといて、そいつといつかは結婚したいと望んでるけど、そんなこと俺みたいな立場の人間が部下の前で言えるかよ」
 望みが叶うかどうか、自信なかったし。そう言って、小野寺は渚をじっと見つめてきた。愛情に飢えたようなせつない眼で見つめられ、渚は今すぐ小野寺を抱きしめたくなった。

「今なら、叶うよな?……渚、俺と結婚してくれるだろ……?」
 数時間前、病室の母親に先に宣言しておきながら、今になって不安げな顔をしている。
 いつも自信に満ちて偉そうで、飄々としている小野寺社長のこんな顔を、渚以外にいったい誰が知っているだろうか。

「叶いますよ」
 前を向き、一度深く息を吸った。何故だか瞳が潤んできて、フロントガラスに浮かぶ月が白く滲んで見える。
「……私を、社長のお嫁さんにしてください」
 赤信号で停止した車の中で、渚は小野寺の唇にそっとキスをした。
 

 秋が深まる日曜の夜は、通りを行く人影もなくどこか物寂しい。車は静まりかえった裏通りに入り、渚の住むアパートの前に到着した。
 助手席に座ったまま月明りに照らされる街路樹の枯れ葉を見つめ、渚は今夜小野寺と離れたくない気持ちをどう伝えたらいいか思案していた。
 
「明日、月曜日だよな」
 小野寺が低い声で呟いた。当たり前のことを確かめるように。
「……そうですね」
「おまえも俺も出勤だ。しかもおまえのお母さんは入院中だ」
 渚は黙って頷いた。胸の奥がざわめいている。どうかこのまま帰らないでと密かに願いながら。
「タイミング的に適してないのは重々承知なんだけどな」
「……はい」
「……渚。俺、どうしても今夜おまえを抱きたい。……ダメかな?」
 小野寺の声にいつもの強引さは欠片かけらもなく、とてもデリケートな響きを持っていた。そのことに胸を打たれ、渚は小さく息を震わせた。

 良かった。小野寺も同じ想いでいてくれたことに心からの安堵とせつない喜びがこみ上げてくる。そして身体の奥からあふれ出してくる、自分でも持て余しそうなほどの深い欲望と。

「……私も、今日抱いてほしいです、社長に」
「……いいのか?」
 暗い車内で小野寺の瞳が濡れたように光った。吐息が熱くて、渚の鼓動が聞こえてしまわないかと不安になる。

「私のベッド、狭いですけど」
 渚が恥じらいながら見つめ返すと、小野寺はゴクリと喉を上下させた。
 

 玄関に入って靴を脱いだ途端、小野寺に後ろから抱きすくめられた。
 壁に手を這わせて電気のスイッチを入れ、「社長、待って……っ」と腕から逃れようとする。
 まず手を洗ってうがいして、それからコーヒーの1杯くらい淹れてからと思っていた。いや、小野寺はお酒の方がいいのかもしれないけれど、とにかく一度腰を下ろしてリラックスしてから……と。

「社長、今、コーヒー……」
「いらねーよ」
「待って、んぅっ……」
 キッチンテーブルの横でいきなり唇を塞がれた。こじ開けるように舌が口内に割り込んできて、渚の舌は瞬く間にぬるりと捕えられてしまう。

「待たない。ずっと我慢してたから、限界」
 小野寺は犯すようなキスで渚を翻弄しながら、ワンピースの裾に手を入れてきた。お尻を乱暴に捕まれ、指がストッキング越しに渚の性器を前後に撫でる。
「もう湿ってるぞ。やらしいな、おまえ」
「ちが……っ、あ、待って、きゃっ」
 小野寺は渚の身体を腰の辺りからひょいと抱き上げ、「ベッドどっち?」と部屋を見回した。

 狭いキッチンとリビング。その隣にベッドを置いた小さな部屋がひとつ。小野寺は渚を抱っこしたままズカズカと寝室に向かうと、照明のスイッチを入れてからベッドに渚の身体を横たえた。
「あ、社長……っ、せめてシャワーを……」
「後でいい」

 小野寺がジャケットを脱ぎ捨て、渚の上にのしかかってくる。見下ろす眼差しがドキッとするほど獰猛で、渚は自分が捕えられた獲物にでもなった気がした。
 30半ばの大人の男が、こんなに性急で余裕がなくていいのだろうか。小野寺の自分勝手な強引さに面食らったけれど、それだけ自分を求めてくれているのかと胸が騒々しくときめいた。

 覆いかぶさってきた小野寺が、渚に再び熱っぽいキスを仕掛けてくる。まろやかに、でも荒々しく、もうすっかり馴染んでしまった小野寺のキスにクラクラし、その舌の動きに渚の身体から一気に力が抜けていく。

 音を立てて唇を吸われながら、背中のファスナーを一気に引き下ろされた。
「やっ、社長、待って……っ。これじゃ明るすぎます……!」
「明るくなきゃ見えないだろ」
「やだ、見えすぎちゃう……っ。恥ずかしいです、こんなの」
「だっておまえの裸、よく見たいもん。いいだろ?」
「ダメダメ……!いきなりこんなの、絶対ダメ……っ!」

 渚が断固として拒否すると、「ちぇっ」と拗ねた声を出して小野寺が身を起こした。
 キョロキョロ辺りを見回してチェストの上に卓上のルームライトを見つけると、そちらのスイッチを入れて明るさをMAXにし、部屋の照明は渋々消してくれる。

「……ありがとう、ございます」
 上目遣いに告げると、「とりあえずだよ、とりあえず」とニヤニヤ笑いを返された。
 とりあえずってどういう意味?!焦ったのも束の間、再び心地良いキスに塞がれて思わず眼を閉じると、手品のような手つきでスルリとワンピースを脱がされてしまった。
 下に重ねていたミニスリップの裾をまくられ、ショーツはそのままにストッキングだけ引き下ろされる。緊張で身を硬くしていると、小野寺もまた自分の服を脱ぎ始めた。
 
 ごく細いストライプ柄のシャツのボタンを雑な手付きで外し、下に重ねていたTシャツも躊躇なく脱ぎ捨てる。きれいに筋肉の乗った男の身体が眼の前に現れ、渚の心臓がドキンと大きく跳ね上がった。


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