社食のお姉さん

茜色

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「さっきはごめんなさい。恋人のふりを頼んだとはいえ、私ったらはしたないことを・・・」
 喫茶店の客や従業員の視線から逃れるように店を出た途端、姫子は聖人に深々と頭を下げた。
「いや、全然、いいですって。如月のヤツ、とんでもなく失礼なこと言って、俺の方がもう少しであのバカを殴ってるところでした。むしろ姫子さんの機転に救われたと言うか・・・」
 あんなキスをしておいて、何を取り繕った言い方をしてるんだか。聖人は自分で自分に突っ込みつつ、姫子の顔から眼が離せずにいた。

 夕闇が迫りつつある3月の街角で、数日前までほぼ他人だった男女が想定外のキスをした後、これからどうしたものかと立ちすくんでいる。
 聖人は迷っていた。姫子ともう少し一緒にいたい気持ちがムクムクと湧いてきている。でも如月と決着をつけたばかりの姫子を食事に誘ったところで、素直にイエスと言ってくれるだろうか。

「あの、一本木さん。少し早いですけど、お夕飯一緒にいかがですか?今日のお礼にご馳走させてください。あんなことにまでつきあっていただいて、本当に申し訳ないので・・・。あ、もちろん、気が進まないようでしたら断ってくださって結構です」
 そこまで一気に言って、姫子は少し頬を染めた。自信なさげに視線を伏せている。さっき如月が姫子に向けて放った侮辱的な言葉が聖人の頭に蘇った。

 聖人の内側に、今まで女に対して感じたことのない不思議な感覚が芽生えた。
 それは保護本能とでも言おうか、男として眼の前にいる姫子を大事にしてやりたい、もっと楽しい気持ちにさせてあげたいという欲求だった。

「俺も、同じこと考えてました。姫子さん、食事に行きましょう。俺がご馳走します」
「あ、いえ、私にご馳走させてください。今日はこちらが無理を言ってお願いしたので私が・・・」
「いいから。こういうときは、男にカッコつけさせてください」
 聖人がそう言うと姫子はハッとした顔になり、「なるほど、そういうものなのですね」と嬉しそうな笑顔を見せた。笑うと年齢より幼く見える。
 聖人は自分がいつになく優しい気持ちになっているのに戸惑いつつ、姫子と並んで歩き出した。


 普段女の子と一緒の時は、相手に合せていかにも女子が好みそうなイタリアンだとかダイニングバーに行ったりする。が、今日の聖人はあえて自分好みの男臭い定食屋に姫子を連れて行くことにした。なんとなくその方が、姫子が喜ぶような気がしたのだ。   
 思った通り、姫子は無骨な造りの店内をもの珍しげに眺め、心から楽しそうにはしゃいでいた。いつも社食で聖人が天丼を頼むのを思い出し、今日は自分も天丼を食べてみると意気込んでいる。
 運ばれてきた大きな海老の天ぷらに声を上げ、「私、丼物って初めて食べます」と携帯で写真を撮って聖人を驚かせた。
「社食で、まかないとか食べないんですか?」と聞いたら、「あそこの従業員はだいたいお弁当かサンドイッチなどを持ち込んで簡単に済ませるんです」と言うのでまたまた驚いた。

 ガヤガヤした騒がしい店内で、姫子は天丼をきれいにたいらげた。
 酒も結構イケる口らしく、聖人と同じ梅酒を美味しそうに飲んでいる。酔うと頬が少しピンクに染まって、昼間見た時よりもっと艶っぽい顔になった。
 聖人の仕事について質問して来たり、学生時代の話を詳しく聞きたがったり。姫子はいちいち聖人の話を聞いては笑い転げ、聖人もまた姫子とのやり取りを思いのほか楽しんだ。
 店を出る時、姫子がまだ財布を取りだそうとするので、手でそれを制した。
「俺にご馳走させてください。・・・そうしたいから」
 姫子は感激したように聖人をじっと見つめ、「ありがとうございます。では、喜んでご馳走になります」と心からの笑顔を見せた。


 店を出て歩き出すと、姫子が聖人の顔を見上げながら改めてお礼を言ってきた。
「ご馳走様でした。とても美味しくて、本当に楽しかったです。男の人にご馳走してもらうのって、嬉しいものですね。本当にデートみたいで・・・あっ、ごめんなさい。デートなんて図々しいことを・・・」
 姫子は口に手を当てて恥ずかしそうな様子を見せた。
「・・・デートでいいじゃないですか」
 聖人が言うと、姫子は驚いて「えっ?」と顔を上げた。
「デートですよ。二人で食事して、夜にこうして一緒にいる。デートって言っても差し支えないでしょ?」
 人ごみの中で立ち止まって、聖人はそう言ってみた。姫子がパッと花開くような表情になる。その瞳を見たら、さっきからずっと聖人の中でくすぶっていた欲望がはっきりと表に顔を出した。

「そう・・・、そうですね。デートですよね。嬉しい。私、今日すごく楽しいです。一本木さんのおかげでこんな・・・」
「姫子さん。デートついでに、これからホテルに行きませんか?」
「・・・え、ええっ?!」

 引っぱたかれるのを覚悟で、思い切って言ってみた。
 もちろん心臓はバクバク音を立てている。でも聖人は今夜、どうしても姫子を抱きたくなった。姫子に女としての喜びをもっと知ってほしい、自分がそれを味わわせてやりたいという気持ちが抑えきれなくなった。

「ホテルって、その、つまり・・・」
 姫子が顔を真っ赤にして聖人を見上げている。
 如月の前でもこういう顔をしたのだろうか。想像したら、聖人の胸の奥にはっきりと嫉妬の感情が湧きあがった。
「あなたを抱きたいんです。俺なんかじゃ物足りないかもしれないけど、でも俺が、如月の痕跡をあなたの身体から消してあげたい。・・・おこがましいけど」
 姫子の眼に驚きの色が浮かんだ。聖人の真意を探るように、瞳が大きく揺れた。

 姫子はしばらく逡巡していた。が、やがて意を決したような顔になり、一度小さく頷いた。
 聖人は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。
「では・・・、よろしくお願いします」
 姫子はこんなときに場違いな様子で丁寧に頭を下げた。
「・・・私のような女にそこまで優しくしてくださって、ありがとうございます。恐縮ですが、どうぞ、よろしくお願いします」
 姫子は面倒な仕事を依頼するかのように深々と頭を下げた。

「・・・そんなこと、しなくていいんだよ」
 聖人は姫子の肩に手を置いて、顔を上げさせた。
 姫子の瞳はうっすらと濡れていた。姫子はやはり傷ついていたのだ。如月にあんな扱いを受け、ひどい言葉を投げられたことを。
「そんなふうに、謙遜しなくていいんだ。姫子さんはすごくキレイで素敵な人だよ。さっきのキスで、俺の方が我慢出来なくなったんだから」
 聖人はそう囁くと、ここが雑踏の中なのも構わずに姫子の身体をそっと抱きしめた。


 入ったラブホテルは先に料金を支払うシステムで、ここでも姫子は財布を出そうとした。
「さっき50万円返してもらったし、私が払います」
「いや、それはいいから。俺たち、デートでしょ?こういうときは男に任せていいんだよ」
 聖人が安心させるように言うと、姫子は穴が開くほど聖人の顔をじっと見て、「ありがとう」と切なそうに微笑んだ。
 この展開でその眼で見つめられるとヤバい。聖人は下半身が早くも疼くのを感じながら、急いで料金を支払い姫子の手を握ってエレベーターに向かった。


 ベッドに並んで腰かけると、ゆっくり時間をかけてキスをした。
 柄にもなく心臓が口から飛び出しそうだったが、姫子の方がもっと緊張しているようなので、「落ち着け落ち着け」と心で繰り返しながら優しくキスを続けた。
 シャワーを先に浴びるべきか迷ったが、さっきから聖人はひどく興奮していてとても待てそうになかった。唇を貪りながらブラウスの胸元に手を這わせると、姫子がピクッと身体を震わせた後、聖人に身を寄せてきた。

 思い切り抱きしめてキスを深くする。喫茶店でしたときよりずっと動物的なキスで姫子を攻め立てた。姫子も必死で応えようと、聖人の舌に自分の舌を絡ませてくる。
 柔らかくて熱い舌が互いの口内を舐め合うたびに、聖人の股間は熱を帯び硬度を増していった。

 ブラウスとスカートを脱がせると、控えめなレースの付いた下着が表れた。ブラジャーのホックを外すと、想像していたより豊かなふくらみがこぼれ落ちて、聖人の欲望をますます煽る。
 聖人は自身のシャツとジーンズも手早く脱ぎ捨てると、姫子をベッドの上に押し倒した。キスしながら肌と肌を重ねると、しっとり吸いつくような感触にゾクゾクと快感が走る。

 ・・・なんだこれ。めちゃくちゃ気持ちいい・・・。
 聖人は姫子の唇を吸いながら、なめらかな肌に手を這わせてその感触をふんだんに味わった。
 背中を撫で、ヒップをショーツ越しに柔らかく掴み、それから脇腹を通って胸の丘へと辿り着く。 両手で乳房をすくいあげると、姫子が「あっ・・・」と掠れた声を漏らした。手の中で蹂躙するように揉みしだくと、姫子は身をよじりながら唇を噛んだ。

「姫子さん、気持ち良かったら、声を我慢しなくていいよ。感じてる声、いっぱい聞かせて」
「でも、声なんて、恥ずかしい・・・」
「恥ずかしくないよ。男は好きな女性の感じてる声を聞きたいんだから」
 言ってから、「あれ?」と聖人は自分を不思議に思った。
 好きな女性・・・?この2,3日で初めて会話を交わしたこの女性を、自分はもう「好き」だと認識しているのだろうか・・・?

 腕の中の姫子は、聖人の言葉の意味に気づいたのか気づかないのか、恥ずかしげに顔を手で隠しながら甘い吐息をこぼし始めていた。聖人が乳首をそっと指で摘んでしごくと、「あ・・・、あんっ・・・」と声を漏らしてまた耳たぶを紅く染める。
 恥じらいながら、あきらかに快感に震えている姫子が可愛く見えて仕方なかった。

「姫子さん、キレイだよ。色っぽくて、すごく可愛い」
「私、こんな感覚、初めてで・・・」
「うん?どんな感覚・・・?」
「一本木さんの、唇とか手とか、すごく気持ち良くて、フワフワします。身体の奥が、しめつけられるような感じがして、ああっ・・・!」
 紅い乳首をぬるりと口に含むと、姫子が大きく身体をしならせた。聖人の口内で姫子の胸の蕾がコリコリに硬く勃起する。

 わざと音を響かせるように乳首を吸い、舌で上下左右に転がすように嬲ってやる。
 姫子は胸への愛撫に激しく感じているようだった。下半身に手を伸ばしてそっと秘所に触れると、ショーツの布越しでも聖人の指がしっとり濡れた。


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