Paso royale

夏油いずも

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ジャイヴ

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翌朝目を覚ますと、またもや既に拓は居なかった。

今朝はどこを探しても可愛い置き土産はなくて、昨日みたいにメモぐらい残していてくれればいいのになぁ、と少し残念に思う。

でも昨日とは違って、あのこの正体も勤務先も分かったからには容赦はしない。折角敷いた包囲網、無駄にする気は更々無いよ。

シャワーを浴びてスッキリした身体を鏡に映せば、不敵な顔がこちらを見つめている。

あのこはきっと、幼い頃から現当主の息子である僕を負い落とせと周囲に吹き込まれて育ったのだろう。

ただそれだけを目標に。

だからまさか、僕とあんな出会いをしてこんな関係を持ってしまったことが信じられず、困惑して戸惑っている。

伯父の元に帰ればきっとまた僕を追い落とすための【英才教育】が始まるはずだ。

そうはさせない。

つまりは世の恋人同士が紡ぐような言葉を絶えずあのこに送ろう。

何よりも、情熱的であのこの心をふるわせる、甘い棘を、君に。



『おはよう。朝の挨拶もさせてくれないなんて、僕の恋人は随分と冷たいよね』

まあ、返事が返ってくるかどうかは知らないけど、僕は事ある毎に拓にメッセージを送っていた。

尤も拓から返事が返ってくることは全くなかったのだけれど。

そんな生活を続けて1週間。

取引先との会合から帰る車中からふと外を見ると、色とりどりの花に包まれたフラワーショップが目に付いた。

「ごめん。ここで降ろして」

お付きの運転手が慌てて車を路肩に寄せたのを確認してから、僕は路上に飛び降りた。

「いらっしゃいませ」

明るい声の店員に促され、フラワーショップの中に誘われる。

店内に入ってまず目に付いたのが、大輪の深緋色の薔薇。

そうだね、あのこにこれを送ろう。

店員を呼んでその薔薇を包んでもらうように頼んだけれど「何本ほどご入用ですか?」と問われて思わず固まってしまった。

……流石にいきなり100本なんて送られても重いよねぇ。

むむ、と思考する僕を見て、店員がタブレットを差し出してきた。

「送る薔薇には本数にも花言葉があるんです。よろしかったら、こちらから近いお気持ちの本数を選ばれてはどうてしょう?」と。

おお、これはありがたいアドバイスだ。

それに、僕が選んだ深緋色の薔薇の花言葉も気に入った。

【灼熱の恋、情事】

僕はタブレットをみつめ薔薇の本数を24本選び、素早くカードにメッセージを書き添えたものを渡すと、美しくラッピングされたそれをあのこの元に届けてくれるよう店員に頼んで、店を後にした。

さて、拓はどうするのかな?

24本の薔薇の意味は【一日中思っています】


車に戻り、社に戻るよう運転手に支持すると自然に笑みが零れてきた。

拓はきっと拒めないし、僕の誘いを跳ね除ける気力が無いのは先日の情事でよく分かった。

今までの成長過程で伯父によって歪められた、僕に対する認識が揺らいできている。

きっとあの伯父のことだ、僕のことは憎き敵だと拓に叩き込んだのだろう。僕という為人を知らなければそれはそれで幸せな世界だったのかも知れない。

でもね。

お前はもう僕の手を握ってしまった。もう後戻りなんて、出来るはずがないんだよ…────。




はたして、メッセージカードに書いた通り、僕はいつものホテルで拓が来るのを待っていた。

あのフラワーショップ店員に託したカードには簡素に一言だけを書き綴っている。

『いつものホテルで待ってるよ』と。

時刻は21:00ジャスト。

正直来るも来ないも賭けだったけど、はたして拓はやってきた。様子を窺いながらおずおずとドアをノックして小声で「拓だが…」と、名乗ってきた。

ドアを開けて拓を室内に招き入れる。拓は怖々とだが、確りと僕を見据えて上目遣いに睨んできた。お前それ、怖くないし寧ろぞくぞくするぐらい嬉しいから止めてくれない?じゃないと今ここで襲っちゃうよ?

「こうしたことをされるのは、……困るのだが」

意を決したように、僕に向き直る拓。余程気力を振り絞って僕に相対しているのだろう、既に涙目なのがいじらしい。

腕には僕が送った薔薇を困った顔で持て余している。

「あれ、迷惑だった?」
「迷惑…ではない。だが、親父にバレると不味いから…。言い訳をするのに苦労した」
「僕からの贈り物だってことは?嬉しくなかった?」
「………」

僕を睨んでいた瞳を逸らすと、微かな声で「嬉し、かった……」と呟く。

あまりにもその背が愛しくて、後ろから抱きしめ唇を奪う。拓はもう抵抗もせず僕を受け入れた。

そのカラダを横抱きにしてそっとベッドに横たえれば、爽やかでハーバルなトワレが鼻腔を擽る。これは菖蒲の香りだろうか?いかにも清廉で真っ直ぐな拓らしいチョイスだ。

シャツの前ボタンを一つ一つ焦らすように開ければ、あえかな声を上げて拓が身を捩る。

涙目で僕を見上げる様がまた扇情的で支配欲を掻き立てる。

言葉なんてもう要らないでしょ?

お前の心は、ここに来た時点でもう決まってるのでしょう?

だったら僕がお前を悩ませる全てを取り払ってあげる。

そして共に行こう、高みへ。

「……愛してるよ、僕の半身」

そう告げて僕は拓のカラダを支配していく。



「だからね、僕らの父親たちが牽制しあっているなら、僕らにとってはチャンスじゃない」
「……チャン、ス……?」
「そうそう。あのね……?」 

まずは1回戦が終わった後のピロートークで僕は拓の憂いを払拭してやるため、このこと出会ってから頭の中に描いていたビジョンを具体的に話して聞かせた。

僕ら2人が未来で同じ場所に在るための計画だ。

僕の統率力とお前の頭脳があれば、何だってできる、ねえ、そうじゃないかい? 

まずは目障りな父親と伯父を焚き付けて、海外に支社を作らせ、僕を責任者、拓を補佐役に付けその支社を上手く軌道に乗せ本社が口出しできないような規模まで発展させる。

そう、少なくとも本社の老害役員たちから発言権を奪えるぐらいにまで会社を成長させたら、そこからが本番だ。

つまり、下克上は僕と拓が父親と伯父に対して行うもので、これなら間違っても拓が僕を蹴落とすなんて考えなくて済むだろう。

そう説明してやると、拓は半信半疑な表情を浮かべたが、黙って僕の手を握り返してきた。

そうだね、それがお前の応えなんでしょ?

だったらもう、僕たちの間に障壁は存在しないよね?

「……信じているぞ、顕人、さん……」
「んー。どうにも他人行儀なんだよねー」

だって一応はとこ、親戚でもあるでしょう?

このこが僕を呼ぶ呼び方も変えたいんだけど。貴方やさん付けじゃ、あまりにも他人行儀過ぎるし。

僕、お前のお兄ちゃんにもなってみたいなぁ、なんて言ったら目を丸くして驚いているけど。

だってそれ、禁断の恋みたいでなんだかぞくぞくしない?

「兄弟……。俺と、貴方が、か?……んんっ」

中に入った僕を少し動かしただけで、切なげに喘ぎながら背中にしがみついて上目遣いに僕を見上げる。

はー、可愛い。もう一度昇天させてやろうか。

「だが、なんと呼べば……?」
「では、顕人兄貴、顕人兄ちゃんなどは」
「兄貴なんて言ったら張っ飛ばすよ?」
「顕人兄さん、では…?」
「ああ、それ良いね。顕人兄さんってお前に呼ばれるのはしっくりくるよ」
「では、顕人兄さん……」

うん。可愛らしいこのこのこの口から紡がれる言葉に心が満たされる。

「ねえ、拓?何時いかなる時も裏切らないでね?」

恥じらう拓は僕の胸に顔を埋めて、こくりと一つ、頷いた。
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