Paso royale

夏油いずも

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タンゴ

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「まだ役職について間もないのに重役出勤とはな。若いからといって、あまり目立つ真似はしてくれるなよ?」

ホテルであのこに置いていかれてささくれだった精神をシャワーで流して会社に来てみれば、開口一番父君からお小言をいただいた。

全くもってありがたくない。

面倒臭いねぇ、たかが同族経営の専務取締役に就任したからってそんなに圧力をかけないでほしいな。

僕の家系は国内でも名の知れた古くからある一大企業で、創業以来同族経営で回してきた。

分野も医療福祉から冠婚葬祭、大型商業施設経営と多岐に渡る。

僕はその本家筋に生まれていて、父親が現在4代目に当たっているんだけど、代々の好色が祟ってか、分家やら妾の子やらにも役職が与えられ、僕が知らない叔父やら伯母やら従兄弟やらが沢山いる。はっきり言って名前も顔も覚えてられないし、覚える気すら更々ないし?

「今日が何の日か、きちんと前に連絡入れておいたはずだったが?」

そういえば、今日はそんな親戚一同……まあ、役員一同だね。それを集めた重役会議を行うとかなんとか聞かされてたっけ。

「でもまあ、間に合ったからいいじゃない」

にへりと笑ってその場を誤魔化す。だって僕はへらへら軽薄そうに見えるみたいだけど、これでも仕事には手を抜いていないからね?

帝王学は勿論、経営学に会社法や経理から雑学に至るまで全てを頭に叩き込んで、それを活用すべき時節は抜かりなく探っているし、采配を振るっている。だから今のところは部下たちからの信頼も厚いみたいだしこれと言ってクレームがついたこともない。まあ、多少時間にルーズなのは認めるけど。

「そうも言ってはおれんぞ。俺の従兄弟の息子がお前よりも3つほど目下なんだがな。こいつが非常に優秀なやり手で、なんでも、高校生の頃から従兄弟を佐けて分社の経営を担っていたらしい」
「へえ、はとこ、ねぇ。僕より3つ下ってことは…。まだ大学を出たばかりじゃないの?凄くない?」
「関心している場合じゃないぞ。あの野心家の従兄弟の事だ、何れは本丸である俺の主流会社に下克上を起こしても不思議ではない」
「鎌倉時代みたいだね?」

令和の時代にナンセンス過ぎない?まあ、どこの同族経営者間もそんな感じでギスギスしてるんだろうけどね。僕にはあまり興味が無いかな。

「とにかく、奴ら親子には気をつけろ。それと、その緩んだ顔も少しは引き締めておけ」

失礼だよねぇ、緩んだ顔って。緩んでないし、むしろあのこに置いていかれたことで逆に苛々してるんだけど。

そんなことは我関せず、エレベーターに乗り込む父親の後を追って自分もまた会議室に向かう。

はあ、これからまたつまらない日々が戻ってくるのかと思うと全く憂鬱だ。

会議室には既に人が揃っていて、僕たちで最後かと思ったら、まだ会長である祖父が来ていないので到着待ちである旨告げられた。

別に早く来なくても良かったじゃない。

なんならじい様が来てからでも遅くなくない?出かかった欠伸を堪えて手渡された資料を片手に上座の自分の席に座る。

上座からは末端役員の全てが見渡せて圧巻だった。

凄いねぇ、こんなに嫡子・庶子構わずいるとかどれだけ皆お盛んなの?僕も人のことは言えない生活を送ってたけど。でもそれも昨日までの話しで……。

若干酒精が残る頭でぐるりと役員一同を見渡していた僕の目に止まった、馴染みのある薄茶色の髪。

さらさらのストレートの髪を真ん中で分けたその間から見える清廉な眼差しは、紛れもなく昨日僕が抱いた愛しいあのこに違いなかった。

え?嘘。こんなに呆気なく見つけられるものなの?

席次を見れば、《MG製薬部門・常務取締役  藤原拓》とある。

なにこれ昨日の本人じゃない。席次を見るのを止め、勢いよく顔を上げそのこを見れば、そのこも信じられないようなものを見た顔なんてして僕を呆然と見つめ返していた。

なんなの、こんなに近くにこのこがいたなんて信じられない。


席を立って足を踏み出そうとしたら、会長であるじい様が御入来したことを告げられる。流石に今動くのは不味いか。でも、また逃げられる前に僕から動かなきゃ、ね。

会議が終わっていざ拓の元に赴こうとした自分を、父親が呼び止めた。なんなのもう。僕はあの子のところに行きたいんだけど。また逃げられたらどうしてくれるの?

「お前も見たか?従兄弟の息子、拓。お前のはとこに当たる。きちんとした嫡子だから、製薬部門は拓が担うことになるんだろうな。あれがさっき話した気をつけるべき奴らだ」
「はとこ……?え?待って、あのこが?僕の会社に下克上?」
「一筋縄ではいかんぞ。……こちらに来ている。気を引き締めて隙を見せるなよ」

は?嘘でしょ。高校生の頃からあの製薬会社の経営を佐けていたって?どれだけ頭がいいのあのこ。それから、隙を見せるなって。

逆に僕があのこの隙を虎視眈々と狙っているんだけど。

今度は逃がさないから。

「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

ちっとも心のこもっていない声が、僕の思考を停止させた。

真向かいに立っていたのは、父の従兄弟と……拓。

拓は些か気まずそうに僕から視線を逸らしている。

なにそれ、ホテルに僕を置いてったくせにそんな態度をとるなんて、僕が許すとでも思ってるの?

「久しぶり。お前も年の割にはお盛んだそうで」
「なんだそれは。嫌味か?」
「いやいや。その年で伊豆の舞妓を囲った話は聞き及んでいてな?相変わらず元気そうで結構なことだ。まず、そんなことより、そちらが拓くん…かな?」
「あ……はい……」

唐突に話を振られた拓は、戸惑いながら僕の父親に曖昧な返事を返した。ほんとに、つくづく愛想笑いは似合わないよね、可愛い声で鳴いてるのが似合ってるよ、お前は。

くすりと笑って拓の前に立ち、振り返って父親を見た。

「あのね?僕は彼と少し話しがしたいんだけど、いいかな?」

僕の発言にほかの3人が驚く。このこはともかく、父親たちは真っ黒い腹の探り合いでもして時間を潰していればいい。
「いや、だがしかし……!」

父が焦って目配せをするけど、そんなの僕は気にしない。

「は!流石に本家の帝王学を学んだ次期惣領は器が違うな。良いだろう。拓、顕人と話をしてこい。……忘れるなよ?」

拓は従伯父に曖昧に頷き返すと、僕に従って会議室を後にした。



「さて、言い訳を聞いてもいいかい?」
「言い訳、とは……」

なんでしらばっくれてるのこのこ。緊張していて、僅かに震えてるのだって見れば一目瞭然なのに。

「こんなメモ1枚で僕から逃げた、その理由」

目の前でヒラヒラとメモ用紙を振れば、困惑した拓が慌てて両手を振った。

「あの……。ちょっと待ってくれ。俺と貴方との関係性が混乱して……貴方は、おれのはとこで」
「うん、そして恋人、だね?」
「いやそんな関係になったつもりはないのだが!?」

ありゃあ。昨夜は僕の下であんなに乱れて鳴いていたのに忘れるなんて、随分酷いこだね?

「……思い出しなよ、お前は僕の恋人。そうだろう?」
「違う!貴方は蹴落とさなければ……、ならない相手で……」
「ふうん。そう教えこまれてきたの?お前の父親たちに?」

不愉快だなぁ。ロミジュリ気取る気はないけれど、僕は家の柵やら枠に囚われる気なんて更々ないのにねぇ?

「あ……ぅ、今の発言は忘れてくれ……」
「うん、忘れたよ。でもお前が僕のモノだってことは、忘れられそうにないかな?」
「だから……!違うと……」

ふーん?どこが違うんだろうね?最後は自分からあんなにも求めてきたのに?

壁際に拓を追い詰め、昨日と同じ眼差しを送る。間違ってはいけないよ?

今この場を支配しているのは僕で、お前は捕食される側。マウントを取るのは僕だけだ。

「今すぐここでお前を食べちゃっても良いんだけどね?」
「いっ…やだ!御免蒙る!」
「うん。だったら、仕事が終わったら昨日のバーにおいで?お酒でも飲みながら、ゆっくり話し合おうじゃないか」
「それは、話し合い……だけで済むのか?」

何言ってるのこのこ。それだけで終わらせるわけないでしょう?

「いや、貴方は俺の存在が憎いのでは…ないのか?」
「ええ!?なんでそういう流れになるわけ!?」

ここまで目で語ってるのに気づかないなんて、このこよっぽど鈍感なんじゃないの!?

「いや、穏やかに対話をしてくれると言うのなら…。わかった、7時ごろで良いだろうか?」
「うん。待ってるね」

すっかり油断してる拓の額の髪を掻き上げそこに口付けを1つ落とすと、僕は足早にその場を離れた。

何故かって?だってあれ以上あの場に長居したら、僕があのこを食べちゃうでしょう?後は、あの子の判断に任せるだけ、だね。


オールドファッションドは自分好みに甘さを控えてマドラーで掻き回す。

目の前には緊張した面持ちの拓が、ちょこんとハイスツールに座ってジントニックをちびちびと啜っていた。

「それで、あの……」

口火を切ったの拓の方だった。僕は何も言わず、クラッシュドアイスが溶けていく様をぼんやりと眺め続ける。水滴が一筋流れ、まるで情事後の汗を彷彿とさせた。

「……うん?何?」

時間をかけてゆっくりと返事をすれば、拓の緊張感が更に増した。

「貴方は、俺が……俺の存在が目障りで、俺に近づいてあんな事をした、……のか……?」

はあ?どうしてそういう思考になるの?怒るよ本当に。

「……なんでそう思うわけ?」

僕の機嫌が急降下したのが分かったのか、拓が身を竦めて息を飲んだ。

「お前も知っての通り、僕らの一族は嫡子から庶子に至るまで数え切れないほどの人間がいるんだ。はとこなんて遠い存在、僕が知るわけないだろう?」
「だが」
「だがも何も要らないよ。僕はお前に嫌がらせのために近づいたんじゃないし、第一そんなふうに僕の気持ちを扱われるのは心外だ」
「では、本当に貴方は俺のことを知らなかった……と?」
「そういうお前はどうなんだい?前々から僕のことを知っていたの?」

昨日のあの様子から見て、このこが僕のことを知っていた可能性は無いと思うけどね。

「いや、本家の嫡男のことは聞いていたが、名前も知らなかった。まさか貴方だとは夢にも思っていなかった、……のだ」
「ああ、そう?」

じゃあお互い何も知らずに僕はこのこに惹かれたってわけなのかい?

それはそれで運命的なんだけど、このこの警戒心と洗脳を解くにはどうしたらいいんだろうね?

このこ、すっかり従伯父……このこの父親に洗脳されてるみたいじゃない。何、僕を蹴落とすって。できるものならやってごらんよ。

「気を悪くしたのなら謝る。すまなかった」
「僕が気分悪くしてるのはそういうのではないけど」
「では、どういうことだ……?」
まだ僕の気持ちが分からないの、このこ。鈍いにも程がある。
「お前の気持ち。それが知りたいだけ。あんな紙切れ1枚で逃げ出して、僕との関係をなかったことにしようだなんて、ほんと業腹ものなんだよね?」
「えっ!?いや、それは……」
「どう思ってるの、お前。僕のこと」
「尊敬できる、本家の跡継ぎだと……それに、俺は父の会社を継がなければ……」

そういう御託は要らないから。家のこととか抜きにして、お前自身が僕をどう思っているのか、それが知りたいんだってば。

目線を逸らさず黙って睨み合うこと数分。

最初に折れたのは僕だった。駄目だこのこ。正統法で攻めても絶対に口を割らないだろうと踏んだんだ。

何より拓の瞳の奥には、叔父によって支配された本家に対する旧く悪しき憎悪の炎が青黒くちらついている。

溜息をこぼして拓の手を取る。

「もういいよ。踊ろう?」
「今、ここで……か?」
「タンゴ。お前に合わせてあげる。曲はJalousieだ」

ジェラシー。うん、今の僕の気分にぴったりだ。僕とこのこを取り巻く全ての事象に切歯扼腕しているのだから。

その柵も垣根も全て取り払って、このこの全てを手に入れたい。

フロアスタッフに合図を送り曲目を指示し、昨日と同じようにスタンバイ。

スパニッシュドラッグで刹那的に絡まり合う視線。泣きそうな拓の瞳が、このこの心情を全て物語っている。

レナスペシャルで絡ませる足に情欲的で熱に浮かされたような表現なんて見せられたら、もう、言葉なんて要らないじゃない。

 それが、お前の心なんでしょう?

クローズまで踊りきると息を荒らげて肩で呼吸する拓の耳に吹き込んだ。

「素直になりなよ。お前の心はもう暴いたんだから、今度は体を暴いてあげる」

拓は抵抗もせず、相変わらず瞳に涙を浮かべてふるふると首を振った。



昨日使ったホテルの一室。

スイートルームのベッドに拓のカラダを横たえれば、蕩けるようなキスで全てが始まる。

震える手を僕に差し伸べた拓は、意外にも大人しく僕に着いてきた。

白皙のような白い体を思う存分貪り、中に獣を突き立てる。

上がる嬌声は甘くしなやかに理性を奪っていく。さっき踊ったタンゴの再現か、刹那的な愛憎を魅せる快楽に酔い、乱れ、舞う。

「お前は、っ……どうしたいの……?僕と、どうなりたい、の……?」

中の悦い所を攻めながら容赦なく問い質した。

「おれは、……あなたを…超えなければ…っ!」
「まーだそんなこと言ってるの?やっぱりカラダに教えこまないと駄目みたいだねぇ」
「いや、だ。……負けた、気がす……る!やっ、やめて…くれ……っ!」

なんなのこのこ。我慢比べで僕に勝てるとでも思ってるわけ?昨日まで童貞・処女で経験すら無かったのに?本当、そういう所が可愛いんだから。

半ば怒りも込めて拓のピンポイントばかりを攻め立てると、拓は呆気なく絶頂を迎えてしまった。

「は…っ……あ、あ…ぁぁああ…っんん……」

ほら、ね?お前が僕に適うわけないでしょ、って。

「お前はね、深く考えすぎるんだよ」
「貴方が、……悠長すぎるの、だろう……?」

イったばかりで息も絶え絶えのはずなのに憎まれ口だけは叩くんだ?

そんな囁かな抵抗もじゃれつく猫をあやすみたいでとても楽しいね。中に僕のものを入れたまま展開するピロートークは、本音で語り合える貴重な一時だ。

「お前に施された刷り込みが、かなりお前を縛っているみたいだね」
「刷り込み、とは…?」

拓が小首を傾げて僕を見上げる。

「お前自身はどうなんだい?……どうしても、将来僕が得るはずの社長の椅子が欲しいの?」

僕の指で拓の顎を掬い、目を逸らさせないように固定して問うた。

「俺……俺、は……」

拓の瞳に迷いが見えた。

バーでは確かに伯父の支配から逃れられていなかった拓がここに来て迷い始めている。

僕はもう迷っていないし、お前と一緒ならなんだってできる。そう思ってるんだけどね。

「少し考える時間をあげる。でも僕はお前を離す気なんて、そうそうないから…ね?」

そういって僕はまた拓のカラダを思う様貪る。

熱が上がるにつれて拓の瞳に情欲が混じる。

このこ、こんなに快楽に弱いのにどうして僕に抗えると思っているんだろう。

まずは拓のカラダから素直になるように躾けなきゃ、いけないよね。

言葉は要らない。

2人だけで白いシーツの中、溺れよう。


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