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第1章
第1話 水晶竜と薬師のエルフ_3
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何一つ不自由はさせない。マオのその言葉の通り、レイスは水晶の城で至れり尽くせりの生活を送ることになる。常に月が登る"魔界"では時間の感覚は失われ、一日が長く感じる時もあればやけに短く感じるときもある。マオに助けられた日からどれくらいが経っただろう。自分のいた世界の時間換算で、何夜目を過ごしたのだろう。定期的に三度、広大な食堂に招かれて豪勢な食事を振る舞われる。肉を食べるのが少し苦手だと知っているのか、レイスの食事は野菜や麦米が主役の優しい味付けの料理が多い。マオの食事は肉がメインだ。成人したと言っていたが、ワインは苦手なようであまり口にしない。かく言うレイスも、酒の類は一切口にしない。それも知っているのか、レイスのグラスには喉越しがいい水が注がれている。
華やかな衣服に、美味しい食事とスイーツはもちろん、欲しいとお願いしたはずがない貴重な宝石や書物が毎日のように、新しく用意されたレイスの部屋に届けられた。ヤギの執事達がせっせと運び込む姿を何度見ただろう。宝石は要らないとやんわり伝えれば、次は本が贈られてくるようになり、物はいらないと伝えれば、ヤギの執事達は「マオ様になんと伝えたらいいのでしょうか!」と慌てふためき泣き出してしまう。
広すぎる湯船にひとりぽつんと肩まで浸かりながら、これまた高すぎる天井を見上げた。吹き抜けの天井からは、無数の星が煌めいて見えた。マオが何を考えているのかわからない。
『あの女は何度殺しても死ななかった。目障りだから切り刻んで水晶に閉じ込めてある。森の入口も結界を張った。誰かが侵入する事は無い。だから森は安全だ。……お前は俺のそ……いや、ずっとこの城に居ればいい』という言葉を最後に、マオとは全く会話を交わしていない。
食堂の長い机の端と端の席につき食事をし、挨拶すら交わさずに起床から就寝までを別々に過ごす。時折、どこからともなく立ち込める霧の中から二ヴルがちょっかいを出しにレイスの前に現れるが、その度にマオが威嚇をして追い払うということを繰り返している。その時ですら、マオはレイスの方を一切見ようとしない。
「(嫌われているのでしょうか……)」
手のひらで掬った水面に映る自分の顔は、やけに疲れて見える。令嬢は死なない。もしまた蘇るようなことがあれば、真っ先に森を狙うだろう。皇子様や他の貴族も、もしかしたらまだ自分をさがしているかもしれない。
何故、あんなことになったのか。本当に理解できずにいた。一旦頭の中を冷静に整理してみよう。
「(私が惚薬を造るように言われたのがひと月前……。薬の製造法は魔導書通り……。レシピに手を加えてはいない……。製造工程は百七十。失敗したものを含めて製造した惚薬は二百……。仕上がった惚薬を精霊の加護を付与した瓶に入れて……それから…………)」
そこでふと、令嬢の言葉を断片的に思い出す。
《皇子様、薬飲んでくれなかったんですけど》
レイスをひと目みて求婚してきた皇子様は、惚薬を飲んでいないのに効果が出たと仮定する。
惚れさせる相手に飲ませるはずの薬を、どこかの過程でレイスが誤ってくちにしてしまったというのだろうか。
そんなはずはない。レイスが造っていた惚薬は"自分で飲んで効果を得るものではない"相手にのませて魔法が完成するものだ。そして飲んだ相手がひと目――そう、条件があう者(権力があり顔がいい男)が飲んだあと初めて見たものに惚れてしまうように造ったはずだ。
何かが……どこかがおかしい。終始睡眠不足で意識が朦朧としていたのがまずかった。製造過程を思い出そうにも、何を何番目にどう失敗したか、どこまで正しく造っていたか明確には思い出すことができない。
そう言えば、二ヴルも『お前を見た瞬間からなんつうかゾワゾワして気持ち悪いんだよ』と言っていた気がする。
とすれば、令嬢が言うようにレイスは何らかの手違い、もしくは魔法薬を製造する過程で惚薬の効果を"レイス自身が"得てしまったのかもしれない。だとすれば、顔の美醜がわからないレイスにも理解できるほど美形の、更には権力を持った男である第三魔王の二ヴルや、もしかしたら第六魔王のマオも惚薬の効果を――……。
『だからお前のカラダで何とかしろ』
二ヴルはこうも言っていた。カラダで何とかするという意味はわからないが、身一つで現状を打破しろという意味なのだろう。
「惚薬の効果を打ち消す魔法薬を造らなくては……」
薬で他者の心を支配することなど、絶対にしたくない。
そう思い立ってからは早かった。湯船から勢いよく上がり、からだにタオルを巻いて髪を絞りながら脱衣場へ一直線に向かう。
「おい」
「(まずは必要な魔法石を集めて、それから薬草も必要ですね。部屋はあの有様ですし、魔界と呼ばれるこの世界に必要な素材があるかどうか……あとは魔法陣を描くペンと羊皮紙を……)」
「おい待てコラ」
強く腕を捕まれ、からだを引き寄せられる。突然の衝撃に、ガクンと膝を崩して腕を掴んだ相手の胸に飛び込む形となってしまった。
「水晶の上! 歩くな!」
声は上から降ってくる。見上げれば相当不機嫌な顔をした二ヴルが何故か自分を抱き上げていた。
「素っ裸でナニしてんだ。そんなに俺に犯してほしいのか」
「素っ裸……? あっ」
考えごとに夢中になり、脱衣場から衣服を纏わずふらふらと自室へ向かっていたらしい。
「すみません! お見苦しいものを……見せて、しまっ……て?」
二ヴルの隣に居るのは初めて見る男だ。白い肌に暗い翠の髪。翠の瞳は一ひとつずつだが、二ヴルと同じような形の角が一本生えている。大きく異なる要素は背中から生える触手だ。触手は四本、木の幹のように太く、それぞれがまるで意思を持っているかのように別々に動いている。
「……これか、マオが連れてきたエルフというのは」
低音。二ヴルも低い声だが、それよりも更に低い。
物珍しそうにレイスの頭からつま先までじっくりと観察し、頬に触手の先で触れる。
「こいつはノクティヴィニグス。ノクスとでも覚えとけ。第二魔王。マオの城に来るのは珍しい客だ」
二ヴルが顎をつんと動かしてノクスを紹介し、ノクスは瞼を閉じて挨拶らしくない挨拶をした。
華やかな衣服に、美味しい食事とスイーツはもちろん、欲しいとお願いしたはずがない貴重な宝石や書物が毎日のように、新しく用意されたレイスの部屋に届けられた。ヤギの執事達がせっせと運び込む姿を何度見ただろう。宝石は要らないとやんわり伝えれば、次は本が贈られてくるようになり、物はいらないと伝えれば、ヤギの執事達は「マオ様になんと伝えたらいいのでしょうか!」と慌てふためき泣き出してしまう。
広すぎる湯船にひとりぽつんと肩まで浸かりながら、これまた高すぎる天井を見上げた。吹き抜けの天井からは、無数の星が煌めいて見えた。マオが何を考えているのかわからない。
『あの女は何度殺しても死ななかった。目障りだから切り刻んで水晶に閉じ込めてある。森の入口も結界を張った。誰かが侵入する事は無い。だから森は安全だ。……お前は俺のそ……いや、ずっとこの城に居ればいい』という言葉を最後に、マオとは全く会話を交わしていない。
食堂の長い机の端と端の席につき食事をし、挨拶すら交わさずに起床から就寝までを別々に過ごす。時折、どこからともなく立ち込める霧の中から二ヴルがちょっかいを出しにレイスの前に現れるが、その度にマオが威嚇をして追い払うということを繰り返している。その時ですら、マオはレイスの方を一切見ようとしない。
「(嫌われているのでしょうか……)」
手のひらで掬った水面に映る自分の顔は、やけに疲れて見える。令嬢は死なない。もしまた蘇るようなことがあれば、真っ先に森を狙うだろう。皇子様や他の貴族も、もしかしたらまだ自分をさがしているかもしれない。
何故、あんなことになったのか。本当に理解できずにいた。一旦頭の中を冷静に整理してみよう。
「(私が惚薬を造るように言われたのがひと月前……。薬の製造法は魔導書通り……。レシピに手を加えてはいない……。製造工程は百七十。失敗したものを含めて製造した惚薬は二百……。仕上がった惚薬を精霊の加護を付与した瓶に入れて……それから…………)」
そこでふと、令嬢の言葉を断片的に思い出す。
《皇子様、薬飲んでくれなかったんですけど》
レイスをひと目みて求婚してきた皇子様は、惚薬を飲んでいないのに効果が出たと仮定する。
惚れさせる相手に飲ませるはずの薬を、どこかの過程でレイスが誤ってくちにしてしまったというのだろうか。
そんなはずはない。レイスが造っていた惚薬は"自分で飲んで効果を得るものではない"相手にのませて魔法が完成するものだ。そして飲んだ相手がひと目――そう、条件があう者(権力があり顔がいい男)が飲んだあと初めて見たものに惚れてしまうように造ったはずだ。
何かが……どこかがおかしい。終始睡眠不足で意識が朦朧としていたのがまずかった。製造過程を思い出そうにも、何を何番目にどう失敗したか、どこまで正しく造っていたか明確には思い出すことができない。
そう言えば、二ヴルも『お前を見た瞬間からなんつうかゾワゾワして気持ち悪いんだよ』と言っていた気がする。
とすれば、令嬢が言うようにレイスは何らかの手違い、もしくは魔法薬を製造する過程で惚薬の効果を"レイス自身が"得てしまったのかもしれない。だとすれば、顔の美醜がわからないレイスにも理解できるほど美形の、更には権力を持った男である第三魔王の二ヴルや、もしかしたら第六魔王のマオも惚薬の効果を――……。
『だからお前のカラダで何とかしろ』
二ヴルはこうも言っていた。カラダで何とかするという意味はわからないが、身一つで現状を打破しろという意味なのだろう。
「惚薬の効果を打ち消す魔法薬を造らなくては……」
薬で他者の心を支配することなど、絶対にしたくない。
そう思い立ってからは早かった。湯船から勢いよく上がり、からだにタオルを巻いて髪を絞りながら脱衣場へ一直線に向かう。
「おい」
「(まずは必要な魔法石を集めて、それから薬草も必要ですね。部屋はあの有様ですし、魔界と呼ばれるこの世界に必要な素材があるかどうか……あとは魔法陣を描くペンと羊皮紙を……)」
「おい待てコラ」
強く腕を捕まれ、からだを引き寄せられる。突然の衝撃に、ガクンと膝を崩して腕を掴んだ相手の胸に飛び込む形となってしまった。
「水晶の上! 歩くな!」
声は上から降ってくる。見上げれば相当不機嫌な顔をした二ヴルが何故か自分を抱き上げていた。
「素っ裸でナニしてんだ。そんなに俺に犯してほしいのか」
「素っ裸……? あっ」
考えごとに夢中になり、脱衣場から衣服を纏わずふらふらと自室へ向かっていたらしい。
「すみません! お見苦しいものを……見せて、しまっ……て?」
二ヴルの隣に居るのは初めて見る男だ。白い肌に暗い翠の髪。翠の瞳は一ひとつずつだが、二ヴルと同じような形の角が一本生えている。大きく異なる要素は背中から生える触手だ。触手は四本、木の幹のように太く、それぞれがまるで意思を持っているかのように別々に動いている。
「……これか、マオが連れてきたエルフというのは」
低音。二ヴルも低い声だが、それよりも更に低い。
物珍しそうにレイスの頭からつま先までじっくりと観察し、頬に触手の先で触れる。
「こいつはノクティヴィニグス。ノクスとでも覚えとけ。第二魔王。マオの城に来るのは珍しい客だ」
二ヴルが顎をつんと動かしてノクスを紹介し、ノクスは瞼を閉じて挨拶らしくない挨拶をした。
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