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第1章

第1話 水晶竜と薬師のエルフ

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 無意識にまぶたを開けると、寝台に寝転んだときに一番初めに目に入る翡翠色の見慣れた植物が目に入ってきた。この植物が目に入るということは、自室にいるということだ。随分おかしな夢を見た気がする。
 夢の割には、全身を包む鈍痛と、左肩に確かに感じる激痛がやけにリアルだ。からだを起こすことすらままならない。
 時間をかけて、やっと上半身を起こすことができた。寝台近くの窓から外を見ると、ふたつの月――それから、猛々しくそびえ立つ一面の氷山。
「氷……山……?」
 違う。水晶でできた山々だ。
 確かに雪は降っていた。魔法石の欠片もちらついていた記憶がある。だがそれを確認したのはいつの記憶だ? そもそも何処から何処までが夢だったのか。
 あの百年前の戦争から、もしかしたら夢だったのかもしれない。だとしたら、今自分は何処に居て、何をしようとしていたのだろう。現実味がない現実に直面したレイスは、いつの間にか部屋の外へ出るために無意識のうちに扉へ向かっていた。
 触れ馴染んだ扉の取っ手を掴み、勢いよく開ける。
「あああっ! うわわあ!」
 陶器の食器を落としたような音が響き渡ると同時に、驚愕した老人の声が何故か足元から聴こえてきた。
 慌てて声がした方に視線を落とすと、散らばった食器と溢れた食事。それから、燕尾服を着た小さな老紳士が倒れていた。ヤギの頭をしているので、おそらくは獣人族だろう。
「大変失礼しました。大丈夫ですか?」
 レイスは老紳士の手を取り、ゆっくりと起こすと、老紳士はヤギの瞳をぎょろぎょろさせてレイスから距離をとった。それからすぐに深々と頭を下げた。
「も、申し訳ございません! 新しく朝食をご用意致しますのでしばらくお待ちくださ――……」
 老紳士は頭をグイッと勢いよくあげ、小首を傾げるレイスの瞳を見るなり、またヤギの瞳をぎょろぎょろさせた。しばらくの沈黙のあと、滝のような汗を流した老紳士がゆっくりと大きく口を開く。
「まままままま! マオ様ーー!! エルフ様が目を覚まされましたーー!!」
 小さなからだからは想像がつかないほどに大きな声を張り上げ、どこかに走っていってしまった。
 老紳士が走って行った方向に目を向けると、見慣れない景色が続いていた。水晶でできた長く広い廊下、同じように水晶でできた城内。少なくとも、レイスが住んでいた森では無いことは確かなようだ。
 部屋から一歩廊下へ踏み出すと、ひんやりとした冷たい廊下の感覚が素足を伝わって来る。その冷たさで、徐々に記憶を冷静に取り戻していく。

「あまり水晶の上に立ってると命を落とすぞ」

 もう一歩踏み出そうとした瞬間、からだがふわりと浮いた感覚に驚き、思わず手を伸ばして触れたものにしがみついてしまう。
 がっしりとしたからだは、強くしがみついてもビクともしなかった。レイスが今肩に手を回しているのは、見知らぬ男。褐色の肌に黒い髪。瞳の結膜部分は黒く、瞳孔は白色をしている。左に二つ、右に一つ。左右非対称の瞳をしていた。更には渦を巻いた大きな角が頭にはえている。
 こんな種族は見たことがない。獣人族でもなければ、レイスが知る魔族――ともまた少し異なる。
「……あなた、は……」
 レイスの問いに答える気配はなく、男はあからさまに不機嫌そうな顔をしてそっぽをむいてしまった。地に付くほど長いレイスの髪の毛先が水晶の廊下に触れないように、男はすぐさま室内へ戻り寝台までレイスを運ぶと、労るように優しく寝かせた。どこまでも沈んでいきそうな気がして、恐ろしくて男に更にしがみついてしまう。
「…………おい。離せ」
 耳元で聴こえた低い声は明らかに怒りの感情含んでいる。申し訳なさそうに、すぐさま男の肩からまわしていた腕をほどく。
「す、すみません! 痛……っあ」
 肩に走る激痛。そう、あの令嬢にされた仕打ちを思い出せば出すほど痛みの記憶も蘇る。
「ちっ。めんどくせえな」
 男は舌打ちをしたあと「はあ」と声に出してため息をつき、レイスの上半身を抱き寄せる。
「傷口が開いてる。服汚したらメイド長にドヤされんのは俺なんだぞ」
 よくよく見ればレイスの服は自前のものではなくなっている。小汚いと令嬢に罵られたエルフ族の伝統的な服ではなく、高級そうな純白のレース生地の長い肌着を身につけていた。
「了解。左肩、な」
 男はそう呟くと、肌着の肩紐をずらし、あらわになったレイスの鎖骨に舌を這わせる。
「――!」
 突然の事に驚き、抵抗しようと男の胸を押すがビクともしない。力の差は歴然で、ただされるがまま男に左肩を舐められている。優しく舌をゆっくりと這わせてみたり、時折歯をたてたり、浅く舌先で突いたと思えば深く喰らうようにかぶりついたりと忙しい。
「……んっ」
「もっと声出せ。煩い女は萎えるが、お前の声はクるもんがある。年増のエルフだと聞いてはいたが、余裕でヤれる」
 ちゅっ。と胸元を吸われたかと思えば、舌を徐々にずらしていきレイスの薄く色づいた乳輪を布越しに舐め上げた。
「あっ、や……あ」
 なんのためにそこを吸うのだろう。レイスは哺乳類の雌ではないし、男は母乳を欲しがる年齢でもないだろう。それなのに、何故この男は自分の乳を吸い上げたりかじったり、舐めて舌先でつぶして遊んだりするのだろう。熱い舌先で下からつつかれ、優しく愛撫されたかと思えば、先端を齧られて小さな悲鳴をあげてしまう。
 またすぐに吸われれば、得たことのないなんとも形容しがたい感覚に身震いし、腹の底を何かが這うような恐怖を感じて思わず目の前の男に再びしがみついてしまう。
「やめてくださ……い」
「やめろっつう割には息上がってんな。布越しに弄ってるだけなのに乳だけでイきそうじゃねえか。……エルフってのは禁欲的な生き物だって言われてるが。お前は素質がありそうだ」
「なんの……こと、ですか」
「わかってねえでそんなエロい匂いとふやけた顔してるってのか。ナルホド、魔性ってやつだな」
 喉仏を舐め上げながら、男は態とらしくレイスを嘲り煽るように嗤う。
「……は」
 と短く息をついた男の表情はどこか苦しげで、レイスは男の頬に手を添えると「大丈夫ですか……?」と心配そうに訊ねる。
「ノってきた。このまま交尾するか」
「交尾……とは?」
「はあ? カマトトぶりやがって。なんでか知らねえが、お前を見た瞬間からなんつうかゾワゾワして気持ち悪いんだよ。だからお前のカラダで何とかしろ」
 レイスの左肩を執拗に舐め終えた男は、三つの瞳全てにレイスの瞳を捕えた。
「魔族のアレは気狂うほど気持ちいいからな。お堅いエルフ様もヨダレ垂らしながらあんあんヨガリ狂って――」
 男の唇がレイスの唇にかぶりつこうとした瞬間、突然冷気と雷鳴に包まれたかと思えば強い風が吹き抜け、ありとあらゆる場所から水晶がものすごい速度で聳え立った。
 男とレイスの間に光るのは、水晶でできた細身の剣だ。

 寝台に立ち、レイスを見下ろす瞳。虹色の、無垢な瞳。
 竜の翼を持ち、額に二本の角を生やしている。太く長い尻尾は不機嫌そうに床を鳴らし、怒りを顕にしているようだった。

『迎えに来たぞ、レイス』

 意識を手放す前、幻聴にしてははっきりと聴こえた。優しい、まだどこかあどけなさを残した青年の声。
 令嬢に殺されかけた自分の肩を優しく抱き寄せ、耳元でそう告げた、あの青年だ。
 声がしたほうに目をやると、黒い髪の隙間から覗く猫目の大きな瞳と目が合ったのを覚えている。ほんの少しだけ泣き出しそうに見えて、思わず頬に触れてしまった。頬に指先に触れる冷たい感触。
 瞳も氷のように冷たい色。だが、暖かみを帯びた青と、夏草のようにはっきりとした翠……よく見ると様々な色が混ざった虹色の瞳をしていて、とても綺麗だと思った。


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