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第■章 ■■■■■
一件○○
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「俺」は人を殺すのが嫌いだ。
それをするたびに、他人の命を奪うことへの抵抗が無くなっているのを感じるから。
暴力性に呑まれそうになるのが怖いから。
あるいは、既に吞まれつつあるこの現実を直視するのが怖いから。
このクソみたいな世界では、「殺さなければ殺される」が常識だ。
貴族や中流階級の人たちは違うのだろうけど、少なくとも「俺」のいる最底辺においては鉄則である。
人を殺したくない、傷付けたくないと思った奴から死んで行く。
だから躊躇せず殺す。
でも人道から外れていくのが怖いという、どっちつかずの気持ち。
なにも「俺」に限った話ではない。
思考回路がどうかしているデレーはともかくとして、この葛藤はきっと、誰の心にも少なからず渦巻いているのだろう。
が。
「うーん、どこの配合を間違えたんだろう……。もうちょっとイン剤を少なく……いや、でもこれ以上は削れないし……そうだ、いっそ基盤を変えれば……」
自分が毒をぶっかけて殺した男の死体を前に、何やらぶつぶつ呟きながらペンを走らせる少年。
彼はどう見ても、葛藤や恐怖など微塵も感じていない。
神徒を人間だと認識していないかのように、彼は平然としていた。
「よし、改善の道が見えました! お2人とも、お待たせしてすみません」
ノートを閉じ、少年は言う。
言っておくが、別に「俺」は待ってたわけじゃなくて、ただ呆気にとられていただけである。
「では行きましょうか」
「どこに?」
「あなたたちの宿泊先ですよ。あ、もしや野宿ですか?」
「いや宿とってるけど……。ちょっと待って、その前にいったん状況を整理してもらっていい? えっと、どういう経緯でこんなことになったの?」
「俺」たちそっちのけで話を進める少年にそう尋ねる。
神徒と彼はどういう関係にあったのか、そもそも彼はどこから来て、どうして人間で毒の効果を実験したりするのか。
今のところ、疑問しかない。
「ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。いいでしょう。どうせ朝まで人は来ませんし、お話ししますよ」
にこにこと人当たりの良い笑顔を浮かべ、彼はノートをわきに置いた。
「では改めて。僕の名前はトキです。ナナ国の実家が焼けたので教会を渡り歩いて来ました。そこの神徒に関しては、なんか不埒な輩っぽいなーと思ってたら実際そうだったので、実験台にしました」
「実験台……」
薄々そんなことだろうとは思っていたけれど、はっきり口に出されると頭痛がする。
「なるほど、そういうわけだったのですわね」
うんうんと頷くデレー。
意外にも優しい態度だ。
「他に何か話しそびれていることは?」
「ありませんよ。だいたい今ので全部です」
「では……」
彼女は斧をくるりと回し、トキの首元に刃を添える。
おっと、これは。
「もう用済みですわ。首を落としてさしあげますから、そのまま動かず、おとなしくしていてくださいまし」
「わあ、物騒ですね。ですがどこに僕を始末する必要が?」
「言われなければわかりませんの? あなたがフウツさんを傷付ける可能性があるからですわ」
「僕は自分を保護してくれる人に危害を加えるほど愚かじゃありあませんよ。そこは安心してください」
「説得力がありませんわ」
2人は睨み合う。
「あー、待って待って。とりあえず落ち着こう2人とも」
普通の少年ならまだしも、トキは平気で人に毒液を投げつけ殺害したという前科がある。
このまま放っておくと殺し合いに発展しかねない。
「トキ、『自分を保護してくれる』ってどういうこと?」
2人の間に割って入り、距離をとらせた上で問いかける。
「言葉の通りです。お2人に僕の保護者になってもらおうかと思いまして。ほら、僕って身寄りの無い哀れな子どもなので」
「お優しいフウツさんはともかく、私がそんな要求を呑むとでも?」
「え? いいんですか? 吞んでくれないならあなたたちに神徒殺しの罪を着せますけど」
トキは平然と恐ろしいことを言う。
自分が社会的に庇護される立場にあることをしっかり理解している、実に狡猾な脅し文句だ。
「別に悪い話ではありませんよ。見ての通り、僕は毒を作るのが得意ですし、役職は【聖徒】です。あなたたちは旅の人でしょう? 僕を連れて行ってくれるなら、きっとお役に立ちますよ!」
【聖徒】という言葉に現金ながら「俺」は反応してしまう。
「俺」たちの旅路は決して穏やかなものじゃないし、お金にも余裕が無い。
そこに傷を癒せる【聖徒】がいれば、どんなに楽になるか。
「ふん、その程度の誘惑では揺らぎませんわ。それに、逆にあなたがここで始末されるという可能性も十二分にありましてよ? ねえフウツさん?」
デレーがこちらを向く。
「俺」は目を逸らす。
「……フウツさん?」
毒使い。
【聖徒】。
神徒殺し。
少々問題があるとはいえまだ幼い少年。
「俺」たちの立ち位置。
これからのこと。
「……ごめん、デレー」
彼女から目を逸らしたまま、トキの方へと視線を移動させる。
「トキ」
「はい」
「これからよろしく」
「はい! こちらこそ!」
トキは勝ち誇った表情と声色で応えた。
「くっ……。フウツさんがそう仰るなら……! ですが決して、心を許したりはしませんわよ! 万一のことがあれば、すぐに首を刎ねて差し上げますので!」
「ええ、デレーさんもどうぞよろしくお願いしますね!」
勝利が確定したので、トキはデレーの脅しにも一切動じない。
「まったく、困ったクソガ……お坊ちゃんですわね。で、この死体はどうしますの?」
「放置でいいでしょう。もし疑われても僕が上手いこと躱しますので、そこはご心配なく」
「なら良いですわ。フウツさん、宿に戻りましょう」
デレーは「俺」の手を引いて部屋を出、入り口へと向かう。
「良かった良かった、一件落着ですね!」
ちょこちょこと横を歩くトキ。
どっちかっていうと、今しがた殺人事件が一件発生したんだけれども。
……こうして、図らずも新たな仲間を迎えた「俺」たちは、平和な夜の町に戻っていくのであった。
それをするたびに、他人の命を奪うことへの抵抗が無くなっているのを感じるから。
暴力性に呑まれそうになるのが怖いから。
あるいは、既に吞まれつつあるこの現実を直視するのが怖いから。
このクソみたいな世界では、「殺さなければ殺される」が常識だ。
貴族や中流階級の人たちは違うのだろうけど、少なくとも「俺」のいる最底辺においては鉄則である。
人を殺したくない、傷付けたくないと思った奴から死んで行く。
だから躊躇せず殺す。
でも人道から外れていくのが怖いという、どっちつかずの気持ち。
なにも「俺」に限った話ではない。
思考回路がどうかしているデレーはともかくとして、この葛藤はきっと、誰の心にも少なからず渦巻いているのだろう。
が。
「うーん、どこの配合を間違えたんだろう……。もうちょっとイン剤を少なく……いや、でもこれ以上は削れないし……そうだ、いっそ基盤を変えれば……」
自分が毒をぶっかけて殺した男の死体を前に、何やらぶつぶつ呟きながらペンを走らせる少年。
彼はどう見ても、葛藤や恐怖など微塵も感じていない。
神徒を人間だと認識していないかのように、彼は平然としていた。
「よし、改善の道が見えました! お2人とも、お待たせしてすみません」
ノートを閉じ、少年は言う。
言っておくが、別に「俺」は待ってたわけじゃなくて、ただ呆気にとられていただけである。
「では行きましょうか」
「どこに?」
「あなたたちの宿泊先ですよ。あ、もしや野宿ですか?」
「いや宿とってるけど……。ちょっと待って、その前にいったん状況を整理してもらっていい? えっと、どういう経緯でこんなことになったの?」
「俺」たちそっちのけで話を進める少年にそう尋ねる。
神徒と彼はどういう関係にあったのか、そもそも彼はどこから来て、どうして人間で毒の効果を実験したりするのか。
今のところ、疑問しかない。
「ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。いいでしょう。どうせ朝まで人は来ませんし、お話ししますよ」
にこにこと人当たりの良い笑顔を浮かべ、彼はノートをわきに置いた。
「では改めて。僕の名前はトキです。ナナ国の実家が焼けたので教会を渡り歩いて来ました。そこの神徒に関しては、なんか不埒な輩っぽいなーと思ってたら実際そうだったので、実験台にしました」
「実験台……」
薄々そんなことだろうとは思っていたけれど、はっきり口に出されると頭痛がする。
「なるほど、そういうわけだったのですわね」
うんうんと頷くデレー。
意外にも優しい態度だ。
「他に何か話しそびれていることは?」
「ありませんよ。だいたい今ので全部です」
「では……」
彼女は斧をくるりと回し、トキの首元に刃を添える。
おっと、これは。
「もう用済みですわ。首を落としてさしあげますから、そのまま動かず、おとなしくしていてくださいまし」
「わあ、物騒ですね。ですがどこに僕を始末する必要が?」
「言われなければわかりませんの? あなたがフウツさんを傷付ける可能性があるからですわ」
「僕は自分を保護してくれる人に危害を加えるほど愚かじゃありあませんよ。そこは安心してください」
「説得力がありませんわ」
2人は睨み合う。
「あー、待って待って。とりあえず落ち着こう2人とも」
普通の少年ならまだしも、トキは平気で人に毒液を投げつけ殺害したという前科がある。
このまま放っておくと殺し合いに発展しかねない。
「トキ、『自分を保護してくれる』ってどういうこと?」
2人の間に割って入り、距離をとらせた上で問いかける。
「言葉の通りです。お2人に僕の保護者になってもらおうかと思いまして。ほら、僕って身寄りの無い哀れな子どもなので」
「お優しいフウツさんはともかく、私がそんな要求を呑むとでも?」
「え? いいんですか? 吞んでくれないならあなたたちに神徒殺しの罪を着せますけど」
トキは平然と恐ろしいことを言う。
自分が社会的に庇護される立場にあることをしっかり理解している、実に狡猾な脅し文句だ。
「別に悪い話ではありませんよ。見ての通り、僕は毒を作るのが得意ですし、役職は【聖徒】です。あなたたちは旅の人でしょう? 僕を連れて行ってくれるなら、きっとお役に立ちますよ!」
【聖徒】という言葉に現金ながら「俺」は反応してしまう。
「俺」たちの旅路は決して穏やかなものじゃないし、お金にも余裕が無い。
そこに傷を癒せる【聖徒】がいれば、どんなに楽になるか。
「ふん、その程度の誘惑では揺らぎませんわ。それに、逆にあなたがここで始末されるという可能性も十二分にありましてよ? ねえフウツさん?」
デレーがこちらを向く。
「俺」は目を逸らす。
「……フウツさん?」
毒使い。
【聖徒】。
神徒殺し。
少々問題があるとはいえまだ幼い少年。
「俺」たちの立ち位置。
これからのこと。
「……ごめん、デレー」
彼女から目を逸らしたまま、トキの方へと視線を移動させる。
「トキ」
「はい」
「これからよろしく」
「はい! こちらこそ!」
トキは勝ち誇った表情と声色で応えた。
「くっ……。フウツさんがそう仰るなら……! ですが決して、心を許したりはしませんわよ! 万一のことがあれば、すぐに首を刎ねて差し上げますので!」
「ええ、デレーさんもどうぞよろしくお願いしますね!」
勝利が確定したので、トキはデレーの脅しにも一切動じない。
「まったく、困ったクソガ……お坊ちゃんですわね。で、この死体はどうしますの?」
「放置でいいでしょう。もし疑われても僕が上手いこと躱しますので、そこはご心配なく」
「なら良いですわ。フウツさん、宿に戻りましょう」
デレーは「俺」の手を引いて部屋を出、入り口へと向かう。
「良かった良かった、一件落着ですね!」
ちょこちょこと横を歩くトキ。
どっちかっていうと、今しがた殺人事件が一件発生したんだけれども。
……こうして、図らずも新たな仲間を迎えた「俺」たちは、平和な夜の町に戻っていくのであった。
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