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第5章 善と悪と

隠し書庫

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 ゼン曰く。

 今回の目的はあくまで陽動。
 それだけでいけばイリアを倒す必要は無いのだが、この状況で追い打ちをかけないのは不自然だ。

 とのことで、俺たちはより「ぽく」見せるため、少々危険ではあるが2手に分かれることにした。

 一方はナオ、俺、デレー、ヒトギラ、バサーク、アクィラ。
 もう一方はゼン、トキ、フワリ、エラだ。

 俺たちは2階から下を、ゼンたちは3階から上を捜索。
 その間に何かしら大きい音が聞こえたら集合、となった。

「申し訳ありませんわ、フウツさん」

 2階の通路を歩いていると、ふとデレーが言った。

「ん、何が?」

「先ほどのことですわ。あの女がフウツさんに色目を使ってきやがりましたのに、私ときたら何もできず……。次は必ず四肢を捥いで首を晒しますので、どうかこの失態をお許しくださいな」

「そ、そこまでやらなくていいんじゃないかな……」

 いつもの過激な発言はさておき、できれば次は逃がしたくない、という点は俺も賛成だ。
 ゼンの言う通り、陽動のためには全力で対応しなくてはならないし、早期に無力化できるならそれに越したことはない。

「あれ?」

 不意にバサークが立ち止まる。

「ねえみんな、ここなんか変だよ」

 彼女は壁を指差した。
 見たところ、何の変哲もない石造りの壁だ。

「どう変なの?」

「んー、なんかスカスカしてる」

「スカスカ……?」

「壁の中が空洞になってる、とかじゃない? おれにはよくわからないけど」

 コンコンと壁を叩きながら、ナオは言う。

 何か隠されているのだろうか。
 確認してみたいところだが、壊したら大きな音を立てることになり、集合の合図になってしまう。

 反対側に回り込もうにも、歩いてきた感じだとここは外壁に面する、一番端の通路だ。
 はてさて、どうしたものか。

「あっ!」

 悩んでいると、バサークがまた声を上げた。

「次は何だ」

「ね、ヒトギラ! そこ押して!」

「は?」

「そこ! それ!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら彼女が指すのは、壁を構成するブロックのひとつ。

「はあ……こうか?」

 ヒトギラは面倒くさそうな顔をしつつも、渋々その言葉に従った。
 が、ブロックが動くなんてことはなく、壁にも変化は現れない。

「おい、何も起こらんぞ」

「えっとね、そのままちょっと待っててね。たぶん、こう!」

 バサークがまた別のブロックを押す。
 と、今度はズズ……と沈み込み、ややあって壁の一部が上下に開き始めた。

 俺たちは唖然としてその光景を眺める。

「な……なんでわかったの!?」

 おそらく全員が思っているであろうことを、アクィラが真っ先に口に出した。

「なんかここかなあって」

「まあ! 凄いわ、バサークちゃん! なでなでしてあげる!」

「えへへ」

 バサークの勘には何度が助けられてきたが、それにしても今のは本当に驚きである。

 一か所を押すだけならともかく、一見、何の反応も見せない部分を押しつつもう一方を押すなんて、よく一発で当てたものだ。

「ほら、入ろ!」

 意気揚々と壁の向こうに足を踏み入れるバサークに続き、俺たちも慎重に進んで行く。

 そこにあったのは小さな部屋だった。
 多少分厚くはしてあるだろうが、壁の中という性質上、やたら細長い形をしている。

「暗くてよく見えないね」

 棚らしきものがあるのはうっすらと見えるけれど、灯りが無いため視界が悪いことこの上ない。

「ヒトギラさん、火をお点けになってくださいまし」

「ああ」

 ヒトギラの手から、ぽ、ぽ、と小さな炎が生み出され、次々と宙に浮かんでいく。
 炎は列を成し、それぞれ天井付近で静止した。

「ありがとう。これで……」

 俺は炎に照らされ、露わになった室内を見る。

 先ほどから少しだけ見えていた物体は、推測に違わず棚……本棚だった。
 そして入り口付近を除き、最奥に至るまでそれがずらりと置かれている。
 部屋の約半分が、本棚で占められている形だ。

 察するに、ここは隠し書庫なのだろう。
 俺は適当な本を1冊取り出し、見てみる。

「『ワープ魔法に関する研究 第一巻』……」

 修繕の痕跡のあるその本は随分と古いものらしく、表紙は擦れ、中の紙も茶色く変色していた。

「なんか書いてある?」

 ナオが後ろから覗き込む。

「難しくてよくわかんないけど、たぶん名前の通りだよ。変わったことは書いてないと思う」

「そ。『魂についての基礎』、『魔法変異論』、『魔法式の大いなる可能性』……うーん、ただの学術書ばっかだね」

 そこでふと、俺はあることを思い出した。

 第三支部でリーシアさんが見せてくれた、初代リーダーの手記。
 あそこには、魔王があらゆる書物を焼いたと書いてあった。
 魔王が自分の所業を知られることの無いようにやったのだろう、とも。

 もしそれが事実なら、これらの古書も焼かれているはず。
 しかし現実には、こうして厳重に保管されている。

 ……そうか。
 焼却したと見せかけて、自分だけは読めるように隠してたんだ!

 それなら辻褄が合う。

 当時の魔王が既に読んでいたかは不明だが、見るからに高等な知識が載った本ばかりだ。
 手放すには惜しかろう。

 故に、レジスタンス含め民衆には見られないよう、こっそり所有していたというわけである。

 ……まあ、気付いたからと言って、何がどうなることでもないけど。
 ともあれ、昔の書物が残っていたのは良いことだ。
 合流したらゼンたちにも教えよう。

「特に目ぼしいものは無いみたいだし、捜索に戻りましょうか」

「うん、そうだね」

 ヒトギラが炎を消し、俺たちはぞろぞろと書庫から出る。

「じゃあ玄関ホールの方に――」

 続く言葉は、何かが崩れ落ちる轟音によってかき消された。

 ゼンたちからの合図、もしくはその間も無く戦闘に入ったのだ。

「行こう!」

 俺たちは走り出す。
 今、俺たちがいるのは2階奥。
 音がしたのは、まさに向かわんとしていた玄関ホール方面だ。

 剣を抜き、通路を駆ける。
 いくつか角を曲がって中央通路に差し掛かると、前方――玄関ホールに土煙が立ち込めているのが見えた。

 ホールは吹き抜けになっており、1階と2階を隔てる天井が無い。
 3階以上にいたゼンたちが1階まで来ているということは、おそらく2階の天井をぶち抜いて下りてきたか落ちてきたのだろう。

「あ、いた!」

 俺の予想は的中しており、玄関ホールでは風穴の空いた天井の下、ゼンたちとイリアが戦っていた。

「あたしも混ーぜて!」

 手すりを飛び越え、バサークが乱入する。
 相変わらずの好戦家っぷりに苦笑しつつ、俺たちも戦場に飛び込んだ。

「うむ、無事合流できたな! 見ての通り、イリアと戦闘中だ! 3階で遭遇したのだが、狭い場所では先ほどの二の舞だと思ってな! ホールまで下りてもらった!」

「言っときますけど、僕フワリさんがいなかったら死んでましたからね! 床に穴空けるなら先にそう言ってください!」

 エラたちに強化魔法をかけながら、トキが苦情を入れる。

「はっはっは! 大丈夫、フワリがトキを助けるのを見越してのアレだ!」

 ゼンは飛来する刃を弾き、そう返した。

「さあ、全員揃ったからには本腰入れて行くぞ! 二度は逃がさない、ここで決着を付けよう!」
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