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断章

ヒトギラの嫌悪

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 俺にとって、人間はとても気持ちの悪い生物だった。

 肌の感触。声の響き。不愉快な動作。
 みんな吐き気がするほど気持ち悪い。

 気持ち悪い上に、自分勝手な人間はもっと嫌いだった。
 相手のことなんか考えずに愛を押し付ける女も。
 嫌だと言っているのにべたべた触ってくる男も。

 貧乏人を見下して虐げる貴族も。
 貴族を逆恨みして火を放つ貧乏人も。
 我関せずと助けを求める者を無視する民衆も。

 ――俺自身も。

 体を触るのが嫌だった。
 声を出すのが嫌だった。
 鏡を見るのが嫌だった。
 人間を嫌う、人間の俺が気持ち悪かった。

 母親が家ごと燃えて死んだ後、俺は田舎へ越した。
 ひとりで静かに朽ちていきたい、そう思って。

 だがどれだけ嫌悪に苛まれても、不思議と死ぬ気にはなれなかった。
 しかして苦痛はどこまでも付きまとう。

 せいぜい長くてあと数十年の地獄だ。
 そう自分に言い聞かせ、ずっとずっと耐えた。
 こんな生に何の意味があるのだろう、と思いながら。

 妙にしぶとい惰性だけが俺を生き永らえさせたのだ。

 そうして19の春、俺はあいつに出会った。

 気持ちの悪い女たちと俺の間に割って入った、冴えない少年。
 彼に肩を掴まれて振り払おうとした。

 そこで、気付く。
 ――気持ち悪くない。

 突然芽を出した希望にすがるがごとく、俺は手袋を外して直接、彼に触った。
 やはり平気だ。
 普通は服の上からでも触られるのは苦痛なのに。

 思えば彼は声だって全く不快じゃなかった。
 こいつは何者なのだろう。
 驚くあまり、神が遣わした聖者か、なんていう馬鹿げたことまで少し考えてしまった。

 幸運はそれだけにとどまらない。

 彼――フウツは俺を自分のパーティーに入らないかと勧誘してきた。
 パーティーランクがAになったら単独冒険者として、他人と関わる必要のない生を歩めるから、と。

 当然断る理由も無く、俺は申し出を受け入れた。

 かくして俺は冒険者となり、フウツの隣で戦い、騒動に巻き込まれ、目まぐるしい日々を過ごすこととなった。

 ただただ、あいつと共にいるのは心地よかった。
 あいつの傍に立っている時だけは、嫌悪の渦から逃れて穏やかな気持ちでいられる。

 だが、やがて俺はフウツの異常性を知ることとなる。

 あいつがいくら嫌われても罵倒されても、ちっとも怒らないことに常々違和感を抱いていた。
 が、それが決定的なものに変わったのは、ふざけた態度の魔族に夢――最初は現実だと思っていた――の中へ飛ばされた際のことだ。

 俺はあいつの生い立ち、そして村人から受けた仕打ちを聞いた。
 そしてそれらに対し、フウツは少しも怒りを覚えていないのだとわかった時。
 俺はこいつを守らねばならないと思った。

 理由も無く嫌われて、虐げられて、それでも笑っているなんておかしい。
 あいつは自分を取り巻くクソみたいな環境から、身を守る術を持っていないのだ。

 放っておいたら、いつか理不尽に殺されてしまう。
 だから、俺がやらなければ。
 必要とあらば、ゴミみたいな連中を全員殺してでも。

 自分を救ってくれた恩返し?
 確かにそれもある。
 でも、一番は……あいつのことが大事だからだ。
 理由とか、細かいことは知らない。知らなくていい。

 なあ、フウツ。
 最初は単独冒険者になるために、なんて言っていたが、そんなのはもうどうでもいいんだ。
 お前の傍にいさせてくれ。
 俺にお前を守らせてくれ。

 それだけで、俺は。

 ……だなんて、そんなことを口に出せるはずもなく。
 今日も俺は、いつもと変わらずフウツの隣に立つのである。
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