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第2章 忍び寄る暗雲

古代語

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 その後は特筆すべきことも無く館内を回り終え、俺は入り口のところでみんなと合流した。

「お待たせ。みんなどうだった?」

「多くはありませんが、気になる物は見つけましたわ」

「右に同じ」

 ここで話すのもなんだし、と俺たちはいったん人通りの少ない場所に移動する。
 周囲にあまり人がいないことを確認すると、まずヒトギラが口を開いた。

「俺はこの街の歴史をまとめた史料を読んでいた。概ね街の奴らが言っていた通りだったんだが、ひとつだけ妙な点があった」

「へえ、どんな?」

「竜人が魔物を殲滅した、という記述のあるページ……その次の2ページが破り取られていた。他の記録にもあたってみたがどれも同じような箇所が無くなっていたんだ」

「ってことは、誰かがその部分にあった出来事を知られたくなくて、ページを破った?」

「だろうな」

 ヒトギラは頷く。
 加えて、「だがおそらく、街自体が意図的にそうしている」と言った。

 しかし、知られると不利益があるような出来事を街がわざわざ記録として残しておくだろうか。
 だって本当に隠しておきたいのなら、ハナから記録しなければいいだけの話だ。

 だとすれば個人の仕業?
 否、それなら図書館側が気付かないはずがない。
 普通の本ならまだしも大事な街の記録だ。
 欠落なんてすぐに発見され、補完されるだろう。

「史料はいくつかあった。古い物は100年前、一番新しいのは10年前に書かれたものだ。で、その最新版の記録には……そもそも該当部分が無かった」

「すると、ページは最近になって破られた、と考えるのが妥当ですわね」

「ああ。10年前までの段階で、特定の出来事を秘匿するよう街全体で決定したのだろう」

 それで、既存の史料は該当部分を破棄し、新たに作られる物には最初から書かないでおいた……。
 なるほど、それなら合点がいく。

「でもなんでそんなことをしたのかな? 見られたくないなら本自体を隠しておけばいいのに」

「うーん、やむにやまれぬ事情があるのでしょうか。しかし、今ある情報だけではこれ以上の判断は難しいですわね」

「じゃあひとまずこの件は置いておいて、お姉さんたちの報告を先に済ませましょ」

 そう言うと、アクィラは紙きれを一枚取り出した。

「お姉さんたちが見つけた本を書き写したものよ。フウツちゃん、これ読めるかしら」

 ずいと広げた紙を見せられる。
 書いてあるのはうねうねした謎の何か。
 俺が見つけたあの本にあったものと酷似している。

 が、当然、読めるわけがないので俺は首を横に振った。

「そう、読めないわ。むしろ読めなくて当然よ」

「もったいぶらないで早く仰ってくださいまし」

「う、うるさいわね! もう、ほんと可愛くないんだから……」

 こほん、とアクィラは咳ばらいをひとつする。

「――これはね、古代語よ」

「コダイゴ……? あ、古代語か。昔の言葉ってこと?」

「まあそういう反応になるわよね。お姉さんですらこれが使われていた時代のことは知らないもの」

 彼女曰く、古代語とは読んで字のごとく遥か昔に使用されていた言語のことだという。
 それこそ魔王が攻めてくるよりもずっと前からあったものだが、現代で古代語を読み解けるのは一部の精霊だけ。

 精霊は「世界の記憶」という、世界そのものに蓄積された知識の断片を持って生まれるらしい。
 どういった知識を有しているかは個人によって異なるが、アクィラの場合はそれが古代語だったのだとか。

「なんか壮大だね」

「そうよ、壮大なの。精霊って凄いのよ? 神秘的な種族なのよ? ほらそこ2人、お姉さんに対する評価を改めて?」

「種族が神秘的でも中身が気色悪かったら意味無いだろ」

「プラマイゼロですわ」

「フウツちゃん、近くに水場は無いかしら? 精霊パワーで無礼者を溺死させてあげようと思うのだけれど」

 また話が脱線して始めた。
 せめてトキがいてくれればなあ……。

「ところで、その古代語の本って何が書いてあったの?」

 俺はスルーして話を戻す。

「え、ええ……。お姉さんが書き出したこれは詩か唄か、たぶんそういう類のものよ。読みあげるわね」


 くろいなみ
 くろいなみ

 うみはかえって
 りくになる

 おぞましや
 おぞましや

 ひとのじだいは
 これでおしまい

 はじめはひとり
 さいごもひとり

 おお

 まおうはひとりで
 たっている


「これは……予言か? いやに不吉だな」

 ヒトギラが顔をしかめる。
 確かに、「ひとのじだいはこれでおしまい」なんて縁起でもない文だ。

 でもなんというか、この詩からは――。
 ……いや、やめておこう。
 少なくとも今言うことじゃない。

「きっと昔の人か精霊が残したものね。それか、竜人の予言を書き起こしたのかも」

「もしかして、魔王のしようとしていることを指しているのではなくて?」

「有り得るな。他の部分には何が書いてあったんだ?」

「えっと、それが」

 アクィラがにわかに表情を曇らせる。

「何も」

「何も?」

 怪訝そうに眉をひそめ、ヒトギラが聞き返した。

「他のページには何一つ書かれていなかったわ。真っ白よ、真っ白。わざわざ本の形になっていたのに、文字はあれだけだったの」

 他の部分は全部真っ白……。
 じゃあ俺が見た本とは別の本だったのか。
 あっちはぎっちりどのページにも文字が並んでいたし。

「ならもう1冊の方はどうだった?」

「もう1冊?」

「いっぱい文字がある方」

「?」

「最初に触った時だけ、こう、バチンって感じのする……」

「???」

 話がかみ合わない。
 2人は見つけていなかったのか。

「えっとね。2階の右奥かな、そのくらいの場所で見つけたんだ。だいたいの場所は覚えてるから案内しようか?」

「まあ、そうなんですのね。でしたらお願いしますわ」

 俺はみんなを連れて再び図書館に入り、記憶を頼りに目的の棚まで向かう。
 確か、階段を上がってすぐの通路を真っすぐ行って……。

「この辺りだったと思う。真っ赤な表紙だからわかりやすいはずだよ」

 足と視線を動かし、順繰りに背表紙を見ていく。
 そう、すごく鮮やかな色をしていたし視界に入れば一発でわかるはず。

 ……と、思っていたのだが。

「あの、フウツさん?」

「あー待って、こっちだったかも……?」

 隣の棚に移る。
 無い。

「あ、あはは、あっちだったかな?」

 もうひとつ隣に移る。
 無い。

「……えっと…………」

 その隣、さらに隣、もひとつ隣。
 どこにも無い。

 ぶわりと冷や汗が出る。

 あれ?
 あったよね?
 俺が歩いてたら偶然落ちてきて、空いてるスペースがあったからそこに戻して。
 ……あれあれ?

「ご……ごめん、あった、はずなんだけど……」

 まさか夢?
 あれは夢だったのか?

 じゃあ俺、みんなをぬか喜びさせただけ?
 も、申し訳なさすぎる……。

「ええと……大丈夫よ、誰にでも思い違いはあるわ」

「まあ、なんだ。……気にするな」

「私はいつでもフウツさんを信じておりましてよ」

 皆口々にフォローしてくれる。
 優しさが深々と胸に刺さった。
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